無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第八十三話:罠を逆用する罠

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「茶番は終わりだ、司法卿」

アッシュの静かな、しかし鋼のような響きを持つ言葉が王宮の大広間に突き刺さった。全ての貴族が息を呑んで彼を見つめる。失意の底にいるはずの若き公爵の瞳には、苦悩ではなく全てを見通すかのような冷徹な光が宿っていた。

司法卿アウグストは一瞬、虚を突かれた。
「……何を言っているのかね、アッシュ公。君は彼女に裏切られたのでは……」
彼の感情に初めて「困惑」というノイズが走った。

「裏切られた? まさか」
アッシュはゆっくりと広間の中央へと歩み出た。その足取りには迷いがない。
「俺とセレスティア殿の信頼関係は、貴殿のような者の浅はかな嫉妬心で揺らぐほど脆くはない」

彼は絶望の表情を浮かべていたはずのセレスティアの隣に立つと、その手を優しく握った。セレスティアは顔を上げた。彼女の翡翠色の瞳にはもはや恐怖の色はなかった。そこにあるのはアッシュへの絶対的な信頼と、悪を断罪する正義の炎だけだった。

「なっ……!?」
アウグストは、その光景を見て自分が罠に嵌められたことを、この時初めて悟った。
「き、貴様ら、謀ったな!」
彼の感情が「優越感」から「焦り」と「怒り」へと一変する。

「謀ったのはどちらかな?」
アッシュは冷ややかに言い返した。
「貴殿がセレスティア殿を陥れるために用意したその『証拠』とやら。実に見事な出来栄えだ。だが、残念だったな。その証拠が全て我々が仕込んだ『偽物』だとも知らずに」

アッシュの言葉に広間は再びどよめいた。
「偽物だと!?」

「そうだ」
アッシュは傍聴席にいたキルヒアイスに目配せをした。
キルヒアイスは立ち上がると、一枚の書類を高らかに読み上げ始めた。
「司法卿が証拠として提出したグランツ帝国の商人。その正体は、帝都の場末の酒場で暮らすただの詐欺師です。彼は司法卿から金を受け取り、偽の証言をするよう強要されたと全て自白しております!」

「な……馬鹿な!」
アウグストの顔が青ざめていく。

「さらに!」
今度はセレスティアが声を張り上げた。
「司法卿が提示した密約書。その羊皮紙は我がヴァーミリオン家が所有する特殊な工房でしか作られていないものです。そして、その筆跡は私の筆跡を完璧に模倣している。これほどの技術を持つ偽造師は帝都にただ一人。司法卿、あなたの遠縁にあたるあの男しかおりませんわね?」

次々と突きつけられる反証。
アウグストが用意した証拠は全て、アッシュたちが事前に予測しその裏をかいて仕込んだ罠だったのだ。詐欺師も偽造師もアッシュの情報網によってとっくに買収され、アウグストを裏切る手筈になっていた。

「そ、それは……全て貴様らの捏造だ!」
アウグストは必死に叫んだ。だが、その声にはもはや力はなかった。
貴族たちの視線が同情から疑惑へ、そして軽蔑へと変わっていくのを彼は肌で感じていた。

アッシュはとどめを刺すように最後のカードを切った。
彼は皇帝の玉座の前まで進み出ると、一枚の羊皮紙を恭しく差し出した。
「陛下。これが、司法卿アウグスト・フォン・クラウゼヴィッツが『奈落の蛇』の幹部『嫉妬の仮面』であることの動かぬ証拠にございます」

その言葉に議場は三度、震撼した。
『奈落の蛇』。その名はすでに帝都の上層部の間では恐怖の象徴として囁かれ始めていた。

羊皮紙に記されていたのは、イザベラ侯爵夫人が捕らえられる直前にアウグストと交わしていた密書の写しだった。それはリリアがイザベラの屋敷に忍び込んだ際、裏帳簿と共に発見していた決定的な証拠だった。アッシュは、この逆転の瞬間までその存在を隠し続けていたのだ。

密書にはセレスティアを陥れるための計画が詳細に記されていた。そして、その末尾には紛れもないアウグ-スト自身の署名があった。

皇帝は、その密書に目を通すと顔を怒りに赤く染め、玉座から立ち上がった。
「……司法卿、アウグスト! 貴様という男は……!」

全てが終わった。
アウグストは自らが作り上げた正義の舞台の上で、自らが断罪されるという最大の皮肉に見舞われた。
彼の感情が「絶望:100」に振り切れる。

だが、彼はただでは終わらなかった。
追い詰められた蛇は最後の毒を吐き出す。

「……ククク……あははははは!」
アウグ-ストは突然、狂ったように笑い出した。
「そうだ! 私が『嫉妬の仮面』だ! だが、それがどうした! お前たちのような光の下で生きる愚か者どもに、我ら『奈落』の深淵が理解できるものか!」

彼の体からおびただしい量の負のエネルギーが黒いオーラとなって噴き出した。その瞳は赤く輝き、その顔には醜い嫉妬の仮面が実体となって浮かび上がっていた。
「お前たち全てを嫉妬の炎で焼き尽くしてくれるわ!」

本性を現した幹部はもはや人間の姿ではなかった。
彼は負の魔力の塊となり、王宮を破壊し尽くすための最後のあがきを始めようとしていた。
罠を逆用する罠は成功した。だが、その先には予期せぬ死闘が待ち受けていた。
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