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第八十二話:セレスティアへの罠
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セレスティアに関する悪意に満ちた噂は、アッシュが手を打つ間もなく帝都の貴族社会を席巻した。司法卿アウグストが巧みに情報を操作し、あたかもそれが真実であるかのように世論を誘導していったのだ。
「ヴァーミリオン侯爵令嬢が敵国と密通とは……」
「あり得ない話ではない。彼女はあの『辺境の悪魔』と手を組んでいる。悪に染まったとしても不思議はない」
「バルツァー伯爵は売国奴だったが、それを裁くために敵国の力を借りるのはやりすぎだ」
貴族たちの感情は、セレスティアに対する「疑惑」と「不信」で満たされていった。これまで彼女を『帝国の薔薇』と称賛していた者たちでさえ、手のひらを返したように距離を置き始めた。
セレスティアは完全に孤立した。彼女がいくら無実を訴えても誰も耳を貸そうとはしない。彼女の『正義』は嫉妬という名の毒によって、その輝きを失いかけていた。
ヴァーミリオン家の邸宅。セレスティアは自室で唇を固く結んでいた。彼女の感情は「怒り:95」「屈辱:90」、そして自分の無力さに対する「焦り:80」で渦巻いていた。
「……なぜ、誰も信じてくれないの……!」
そこへ、アッシュが一人訪れた。
「当然だ。人は信じたいものを信じる。英雄が堕落するという物語は、凡人にとって最高の娯楽だからな」
彼の声はいつも通り冷徹だった。
「あなた……! こんな時に、よく平然としていられるわね!」
セレスティアはアッシュに食ってかかった。
「これもあなたのせいよ! あなたと手を組んだから、私も悪だと見なされたんだわ!」
その非難は半ば八つ当たりだった。だが、アッシュはそれを否定しなかった。
「ああ、その通りだ。お前は俺という悪と手を組んだ代償を、今支払わされている」
アッシュは静かに彼女の翡翠色の瞳を見つめた。
「だが、このまま黙って喰われるつもりか? お前の正義は、その程度のものでしかなかったのか?」
その言葉はセレスティアの心に突き刺さった。
「……そんなわけ、ないでしょう!」
「ならば、戦え」
アッシュはきっぱりと言い放った。
「奴らが仕掛けた舞台の上でただ踊らされるな。その舞台そのものを、我々のためのものに作り変えるんだ」
アッシュはセレスティアに一つの計画を提示した。それはあまりにも大胆で、そして危険な罠だった。
罠を逆用する罠。
「……正気なの? 失敗すれば、私たちは完全に終わりよ」
計画を聞いたセレスティアは、信じられないという顔をした。
「成功させる」
アッシュの赤い瞳には絶対的な自信が宿っていた。
「そのためにはお前の完璧な演技が必要だ。俺に汚名を着せられ、絶望の淵に立たされた悲劇のヒロインを演じきれるか?」
セレスティアはしばらくの間アッシュの顔を睨みつけていた。だが、やがて彼女の口元に不敵な笑みが浮かんだ。
「……いいでしょう。乗ってあげるわ、その危険な賭けに。悪魔に魂を売るのも、これが最後よ」
彼女の感情から迷いが消えた。そこにあるのは敵に対する「怒り」と、アッシュへの僅かな「信頼」、そして自らの正義を証明するという鋼のような「決意」だった。
計画はすぐさま実行に移された。
セレスティアは公の場でアッシュを激しく非難し始めた。
「私は騙されていた! アッシュ・フォン・ヴェルヘイムこそが帝国を蝕む真の悪だった! 彼と手を組んだのは、私の生涯の過ちだ!」
彼女は皇帝に嘆願書を提出し、アッシュとの同盟関係の破棄と、自らの潔白を証明するための公式な審問会を開くことを要求した。
その動きは帝都の貴族たちをさらに混乱させた。
『辺境の悪魔』と『帝国の薔薇』の同盟はついに決裂した。誰もがそう信じた。
司法卿アウグストは、その報せを聞きほくそ笑んだ。
(愚かな小娘め。ようやく目が覚めたか)
彼の感情は「優越感:90」「満足感:80」。計画が完璧に自分の思い通りに進んでいると、彼は信じて疑わなかった。
彼はセレスティアの要求を全面的に受け入れ、皇帝主催の緊急夜会において彼女の潔白を審議するための公開討論会を開くことを決定した。それはセレスティアを完全に社会的に抹殺し、自らの正義を帝国の全てに示すための最高の舞台となるはずだった。
そして、運命の夜が来た。
王宮の大広間には帝国の全ての有力者が集まっていた。その雰囲気は華やかな祝宴のものではなく、罪人を裁くための冷たく張り詰めた空気に満ちていた。
広間の中央には被告としてセレスティアが一人、毅然とした態度で立っていた。その向かいには告発者である司法卿アウグストが、正義の執行者を気取って座っている。
アッシュはヴェルヘイム公爵として、少し離れた席からその光景を静かに見つめていた。彼の表情は硬く、まるで信頼していた仲間に裏切られ失意の底にいるかのように見えた。完璧な演技だった。
「では、これよりセレスティア・フォン・ヴァーミリオン侯爵令嬢に対する、国家反逆罪容疑の審議を開始する!」
アウグストが高らかに宣言した。
彼はセレスティアがグランツ帝国と密通していたという「証拠」を、次々と提示し始めた。グランツの商人と接触していたという偽の証言。彼女の筆跡を真似て捏造された密約書。
その全てが巧妙に作り上げられており、セレスティアを確実に犯人へと仕立て上げていく。
貴族たちは息を呑んでその光景を見守っていた。『帝国の薔薇』がその棘をもがれ、地に堕ちていく瞬間を。
セレスティアは顔を青ざめさせ、唇を噛み締めている。彼女の感情は「絶望」と「恐怖」に染まっているように見えた。
アウグストは勝利を確信した。
彼は最後の仕上げとしてアッシュに視線を向けた。
「アッシュ公! あなたも彼女に騙されていた被害者の一人だ! さあ、この場で彼女の罪を証言なされ!」
それはアッシュにセレスティアへの止めを刺させるための残酷な要求だった。
全ての視線がアッシュへと集まる。
アッシュはゆっくりと立ち上がった。その顔には深い苦悩の色が浮かんでいた。
彼はセレスティアを一瞥し、そしてアウグストに向き直った。
そして、誰もが予想しなかった言葉を、静かに、しかし議場全体に響き渡る声で言い放った。
「……茶番は終わりだ、司法卿」
その一言が、これから始まる壮絶な逆転劇の開幕のベルとなった。
罠を逆用する罠。
その本当の牙が今、油断しきった敵の喉元へと突き立てられようとしていた。
「ヴァーミリオン侯爵令嬢が敵国と密通とは……」
「あり得ない話ではない。彼女はあの『辺境の悪魔』と手を組んでいる。悪に染まったとしても不思議はない」
「バルツァー伯爵は売国奴だったが、それを裁くために敵国の力を借りるのはやりすぎだ」
貴族たちの感情は、セレスティアに対する「疑惑」と「不信」で満たされていった。これまで彼女を『帝国の薔薇』と称賛していた者たちでさえ、手のひらを返したように距離を置き始めた。
セレスティアは完全に孤立した。彼女がいくら無実を訴えても誰も耳を貸そうとはしない。彼女の『正義』は嫉妬という名の毒によって、その輝きを失いかけていた。
ヴァーミリオン家の邸宅。セレスティアは自室で唇を固く結んでいた。彼女の感情は「怒り:95」「屈辱:90」、そして自分の無力さに対する「焦り:80」で渦巻いていた。
「……なぜ、誰も信じてくれないの……!」
そこへ、アッシュが一人訪れた。
「当然だ。人は信じたいものを信じる。英雄が堕落するという物語は、凡人にとって最高の娯楽だからな」
彼の声はいつも通り冷徹だった。
「あなた……! こんな時に、よく平然としていられるわね!」
セレスティアはアッシュに食ってかかった。
「これもあなたのせいよ! あなたと手を組んだから、私も悪だと見なされたんだわ!」
その非難は半ば八つ当たりだった。だが、アッシュはそれを否定しなかった。
「ああ、その通りだ。お前は俺という悪と手を組んだ代償を、今支払わされている」
アッシュは静かに彼女の翡翠色の瞳を見つめた。
「だが、このまま黙って喰われるつもりか? お前の正義は、その程度のものでしかなかったのか?」
その言葉はセレスティアの心に突き刺さった。
「……そんなわけ、ないでしょう!」
「ならば、戦え」
アッシュはきっぱりと言い放った。
「奴らが仕掛けた舞台の上でただ踊らされるな。その舞台そのものを、我々のためのものに作り変えるんだ」
アッシュはセレスティアに一つの計画を提示した。それはあまりにも大胆で、そして危険な罠だった。
罠を逆用する罠。
「……正気なの? 失敗すれば、私たちは完全に終わりよ」
計画を聞いたセレスティアは、信じられないという顔をした。
「成功させる」
アッシュの赤い瞳には絶対的な自信が宿っていた。
「そのためにはお前の完璧な演技が必要だ。俺に汚名を着せられ、絶望の淵に立たされた悲劇のヒロインを演じきれるか?」
セレスティアはしばらくの間アッシュの顔を睨みつけていた。だが、やがて彼女の口元に不敵な笑みが浮かんだ。
「……いいでしょう。乗ってあげるわ、その危険な賭けに。悪魔に魂を売るのも、これが最後よ」
彼女の感情から迷いが消えた。そこにあるのは敵に対する「怒り」と、アッシュへの僅かな「信頼」、そして自らの正義を証明するという鋼のような「決意」だった。
計画はすぐさま実行に移された。
セレスティアは公の場でアッシュを激しく非難し始めた。
「私は騙されていた! アッシュ・フォン・ヴェルヘイムこそが帝国を蝕む真の悪だった! 彼と手を組んだのは、私の生涯の過ちだ!」
彼女は皇帝に嘆願書を提出し、アッシュとの同盟関係の破棄と、自らの潔白を証明するための公式な審問会を開くことを要求した。
その動きは帝都の貴族たちをさらに混乱させた。
『辺境の悪魔』と『帝国の薔薇』の同盟はついに決裂した。誰もがそう信じた。
司法卿アウグストは、その報せを聞きほくそ笑んだ。
(愚かな小娘め。ようやく目が覚めたか)
彼の感情は「優越感:90」「満足感:80」。計画が完璧に自分の思い通りに進んでいると、彼は信じて疑わなかった。
彼はセレスティアの要求を全面的に受け入れ、皇帝主催の緊急夜会において彼女の潔白を審議するための公開討論会を開くことを決定した。それはセレスティアを完全に社会的に抹殺し、自らの正義を帝国の全てに示すための最高の舞台となるはずだった。
そして、運命の夜が来た。
王宮の大広間には帝国の全ての有力者が集まっていた。その雰囲気は華やかな祝宴のものではなく、罪人を裁くための冷たく張り詰めた空気に満ちていた。
広間の中央には被告としてセレスティアが一人、毅然とした態度で立っていた。その向かいには告発者である司法卿アウグストが、正義の執行者を気取って座っている。
アッシュはヴェルヘイム公爵として、少し離れた席からその光景を静かに見つめていた。彼の表情は硬く、まるで信頼していた仲間に裏切られ失意の底にいるかのように見えた。完璧な演技だった。
「では、これよりセレスティア・フォン・ヴァーミリオン侯爵令嬢に対する、国家反逆罪容疑の審議を開始する!」
アウグストが高らかに宣言した。
彼はセレスティアがグランツ帝国と密通していたという「証拠」を、次々と提示し始めた。グランツの商人と接触していたという偽の証言。彼女の筆跡を真似て捏造された密約書。
その全てが巧妙に作り上げられており、セレスティアを確実に犯人へと仕立て上げていく。
貴族たちは息を呑んでその光景を見守っていた。『帝国の薔薇』がその棘をもがれ、地に堕ちていく瞬間を。
セレスティアは顔を青ざめさせ、唇を噛み締めている。彼女の感情は「絶望」と「恐怖」に染まっているように見えた。
アウグストは勝利を確信した。
彼は最後の仕上げとしてアッシュに視線を向けた。
「アッシュ公! あなたも彼女に騙されていた被害者の一人だ! さあ、この場で彼女の罪を証言なされ!」
それはアッシュにセレスティアへの止めを刺させるための残酷な要求だった。
全ての視線がアッシュへと集まる。
アッシュはゆっくりと立ち上がった。その顔には深い苦悩の色が浮かんでいた。
彼はセレスティアを一瞥し、そしてアウグストに向き直った。
そして、誰もが予想しなかった言葉を、静かに、しかし議場全体に響き渡る声で言い放った。
「……茶番は終わりだ、司法卿」
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