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第九十七話:夜明け
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崩壊した地下遺跡から脱出したアッシュたちを、帝都の夜明けは優しく包み込んだ。昇り始めた朝陽が彼らの血と埃に塗れた顔を照らし出し、長い戦いの終わりを告げていた。誰もが口を利く気力もなく、ただその場に座り込み、生きて朝を迎えられたという事実を噛み締めていた。
やがて、遠くから多数の足音が聞こえてきた。現れたのは、キルヒアイスに率いられた皇帝直属の近衛騎士団だった。彼らはアッシュたちからの連絡が途絶えたことを案じ、夜通し捜索を続けていたのだ。
「アッシュ侯爵!ご無事でしたか!」
キルヒアイスはアッシュたちの満身創痍の姿を見て息を呑んだが、その生存を心から安堵したようだった。彼の感情には「安堵:100」と共に、アッシュへの深い「尊敬」が浮かんでいた。
アッシュは疲労困憊しながらも、簡潔に事の顛末を報告した。
『奈落の蛇』の指導者を討ち、邪神復活の儀式を阻止したこと。そして、その首魁であった司法卿アウグストをはじめとする幹部たちがもはや帝国の脅威ではなくなったこと。
その報告は、すぐさま王宮の皇帝の元へと届けられた。
夜明けと共に帝都は安堵と歓喜に包まれた。原因不明の暴動や連続殺人を引き起こしていた、見えざる脅威が去ったのだ。人々はまだその詳細を知らない。だが、街を覆っていた重苦しい空気が嘘のように晴れ渡っているのを誰もが肌で感じていた。
人々は噂した。
昨夜、王宮で起きた激闘。そして、帝都の地下で何かが終わったことを。
その全てを成し遂げたのが若き宰相、アッシュ・フォン・ヴェルヘイムとその仲間たちであることを、人々は熱狂と共に語り伝えた。
『辺境の悪魔』という異名は、いつしか『帝国を守護する若き獅子』という新たな称号へと変わっていった。
アッシュは英雄としての賞賛を浴びながらも、その喧騒から距離を置き、ただ静かに傷を癒すことに専念した。
ガイウスとリリアも専門の治癒師による手当てを受け、数日のうちに動けるまでに回復した。セレスティアは消耗した魔力を回復させるため、しばらくの間自邸で静養することになった。
数日後。宰相執務室。
アッシュは皇帝アルノルト三世と二人きりで向き合っていた。
皇帝は今回の事件の全貌を知り、その老いた顔に深い疲労と、そしてアッシュに対する新たな感情を浮かべていた。それはもはや「警戒」や「利用価値」といった政治的なものではなかった。純粋な「畏怖」と、そして僅かな「感謝」だった。
「……そなたは、この帝国を、いや、この世界を救った」
皇帝は静かに言った。
「朕はそなたという存在を完全に見誤っていたようだ。そなたは朕が操れるような駒などではなかった。初めから、王だったのだな」
それは帝国の絶対君主からの最大限の賛辞だった。
「もったいのうございます」
アッシュは静かに頭を下げた。
「今後、帝国のことはそなたに任せる」
皇帝は続けた。
「そなたが信じる道を進むがよい。朕はもはや何も口出しはせん。ただ、一つだけ約束してくれ」
「……何でしょう」
「この帝国を、民を頼む。そなたのその力で、良き方向へと導いてやってはくれまいか」
その言葉は皇帝としてではなく、一人の老人としての切実な願いだった。
アッシュは、その老獪な皇帝の瞳の奥に初めて真の「憂国」の色を見た。
「……御意」
彼は短く、しかし力強く答えた。
その日を境に、帝国の実権は完全にアッシュの手へと渡った。
彼は皇帝という絶対的な後ろ盾を得て、これまで以上の速度で帝国の改革を断行していった。
腐敗した貴族たちは一掃され、代わりにキルヒアイスのような有能で志のある者たちが要職に就いた。
税制は公平なものとなり、民の暮らしは少しずつ豊かになっていった。
軍はガイウスの指揮の下で再編され、ヴァイスラントの鉄で作られた新たな武具でその精強さを取り戻した。
全てが良い方向へと向かっているように見えた。
『奈落の蛇』という巨大な脅威は去り、帝国には久しぶりの平穏な日々が訪れた。
アッシュは宰相として山のような書類仕事に追われながらも、その平穏を噛み締めていた。
彼の戦いは終わったのだ。
彼が望んだ安楽な生活。それはまだ手に入らないかもしれないが、その道筋は確かに見えてきていた。
だが、彼の心の片隅には虚無の導師が残したあの言葉が、小さな棘のように引っかかっていた。
『蛇は、一匹ではない』
この平穏は本物なのだろうか。
それとも、次なる嵐の前の束の間の静けさに過ぎないのだろうか。
アッシュは執務室の窓から活気を取り戻した帝都の街並みを眺めた。
人々が笑い、子供たちが走り回る平和な光景。
彼はこの光景を守るために戦ってきた。
(……そうだ。守るんだ)
彼は静かに新たな誓いを立てた。
たとえ、この先にどんな戦いが待っていようとも。
このささやかで、かけがえのない平和を。
そして、彼を信じてくれる大切な仲間たちを。
この手で必ず守り抜く、と。
夜明けは訪れた。
だが、本当の朝が来るのはまだもう少し先のことなのかもしれない。
アッシュの物語はまだ、終わらない。
やがて、遠くから多数の足音が聞こえてきた。現れたのは、キルヒアイスに率いられた皇帝直属の近衛騎士団だった。彼らはアッシュたちからの連絡が途絶えたことを案じ、夜通し捜索を続けていたのだ。
「アッシュ侯爵!ご無事でしたか!」
キルヒアイスはアッシュたちの満身創痍の姿を見て息を呑んだが、その生存を心から安堵したようだった。彼の感情には「安堵:100」と共に、アッシュへの深い「尊敬」が浮かんでいた。
アッシュは疲労困憊しながらも、簡潔に事の顛末を報告した。
『奈落の蛇』の指導者を討ち、邪神復活の儀式を阻止したこと。そして、その首魁であった司法卿アウグストをはじめとする幹部たちがもはや帝国の脅威ではなくなったこと。
その報告は、すぐさま王宮の皇帝の元へと届けられた。
夜明けと共に帝都は安堵と歓喜に包まれた。原因不明の暴動や連続殺人を引き起こしていた、見えざる脅威が去ったのだ。人々はまだその詳細を知らない。だが、街を覆っていた重苦しい空気が嘘のように晴れ渡っているのを誰もが肌で感じていた。
人々は噂した。
昨夜、王宮で起きた激闘。そして、帝都の地下で何かが終わったことを。
その全てを成し遂げたのが若き宰相、アッシュ・フォン・ヴェルヘイムとその仲間たちであることを、人々は熱狂と共に語り伝えた。
『辺境の悪魔』という異名は、いつしか『帝国を守護する若き獅子』という新たな称号へと変わっていった。
アッシュは英雄としての賞賛を浴びながらも、その喧騒から距離を置き、ただ静かに傷を癒すことに専念した。
ガイウスとリリアも専門の治癒師による手当てを受け、数日のうちに動けるまでに回復した。セレスティアは消耗した魔力を回復させるため、しばらくの間自邸で静養することになった。
数日後。宰相執務室。
アッシュは皇帝アルノルト三世と二人きりで向き合っていた。
皇帝は今回の事件の全貌を知り、その老いた顔に深い疲労と、そしてアッシュに対する新たな感情を浮かべていた。それはもはや「警戒」や「利用価値」といった政治的なものではなかった。純粋な「畏怖」と、そして僅かな「感謝」だった。
「……そなたは、この帝国を、いや、この世界を救った」
皇帝は静かに言った。
「朕はそなたという存在を完全に見誤っていたようだ。そなたは朕が操れるような駒などではなかった。初めから、王だったのだな」
それは帝国の絶対君主からの最大限の賛辞だった。
「もったいのうございます」
アッシュは静かに頭を下げた。
「今後、帝国のことはそなたに任せる」
皇帝は続けた。
「そなたが信じる道を進むがよい。朕はもはや何も口出しはせん。ただ、一つだけ約束してくれ」
「……何でしょう」
「この帝国を、民を頼む。そなたのその力で、良き方向へと導いてやってはくれまいか」
その言葉は皇帝としてではなく、一人の老人としての切実な願いだった。
アッシュは、その老獪な皇帝の瞳の奥に初めて真の「憂国」の色を見た。
「……御意」
彼は短く、しかし力強く答えた。
その日を境に、帝国の実権は完全にアッシュの手へと渡った。
彼は皇帝という絶対的な後ろ盾を得て、これまで以上の速度で帝国の改革を断行していった。
腐敗した貴族たちは一掃され、代わりにキルヒアイスのような有能で志のある者たちが要職に就いた。
税制は公平なものとなり、民の暮らしは少しずつ豊かになっていった。
軍はガイウスの指揮の下で再編され、ヴァイスラントの鉄で作られた新たな武具でその精強さを取り戻した。
全てが良い方向へと向かっているように見えた。
『奈落の蛇』という巨大な脅威は去り、帝国には久しぶりの平穏な日々が訪れた。
アッシュは宰相として山のような書類仕事に追われながらも、その平穏を噛み締めていた。
彼の戦いは終わったのだ。
彼が望んだ安楽な生活。それはまだ手に入らないかもしれないが、その道筋は確かに見えてきていた。
だが、彼の心の片隅には虚無の導師が残したあの言葉が、小さな棘のように引っかかっていた。
『蛇は、一匹ではない』
この平穏は本物なのだろうか。
それとも、次なる嵐の前の束の間の静けさに過ぎないのだろうか。
アッシュは執務室の窓から活気を取り戻した帝都の街並みを眺めた。
人々が笑い、子供たちが走り回る平和な光景。
彼はこの光景を守るために戦ってきた。
(……そうだ。守るんだ)
彼は静かに新たな誓いを立てた。
たとえ、この先にどんな戦いが待っていようとも。
このささやかで、かけがえのない平和を。
そして、彼を信じてくれる大切な仲間たちを。
この手で必ず守り抜く、と。
夜明けは訪れた。
だが、本当の朝が来るのはまだもう少し先のことなのかもしれない。
アッシュの物語はまだ、終わらない。
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