異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第20話:森で出会った少女

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禁断の森は、足を踏み入れるほどにその異様さを増していった。
木々は天を覆い尽くし、地面には湿った腐葉土が分厚く積もっている。道などない。俺たちは木の根や茨を避けながら、慎重に進んでいく。
「リオ様、やはり異常です。この森には、獣の気配が全くありません」
バルガスが、低い声で囁いた。彼の言う通りだった。普通ならリスや小鳥の一匹くらいいてもおかしくないのに、この森は生命のざわめきが完全に消え失せていた。まるで、この森全体が一つの巨大な生き物で、息を殺して俺たち侵入者を観察しているかのようだ。
俺たちはまず、測量チームが杭を抜かれたという場所にたどり着いた。
地面には、確かに杭が打ち込まれ、そして引き抜かれた跡が残っている。俺はその痕跡をしゃがんで観察した。
「……面白いな」
「何がです、リオ様」
「引き抜かれた跡の周りに、足跡がほとんどない。これだけの数の杭を抜くなら、もっと地面が荒らされてもいいはずだ。まるで、宙に浮いたまま作業したみたいじゃないか」
次に、木こりの斧が弾かれたという現場へ向かう。そこには、幹に深く食い込むはずだった斧の傷跡が、ごく浅い一本の線として残っているだけだった。
「これも奇妙だ。斧が弾かれたのなら、もっと乱暴な傷がつくはずだ。まるで、振り下ろされる寸前に、誰かがそっと押し返したような……」
俺の頭の中で、一つの仮説が形になりつつあった。
知性があり、痕跡を残さず、そして人間離れした力を持つ存在。
やはり、この森には「誰か」がいる。そして、その誰かは、無闇に人を傷つけようとはしていない。ただ、静かに「ここから出ていけ」という警告を発しているだけだ。

さらに森の奥深くへと進んだ、その時だった。
「……っ……ぅ……」
不意に、風に乗って微かなかすかな声が聞こえてきた。
それは獣の鳴き声ではない。苦痛に満ちた、人間の少女のうめき声のように聞こえた。
俺とバルガスは顔を見合わせ、音のする方へと慎重に歩を進めた。
腐葉土が積もった窪地に、それはあった。
巧妙に木の葉で隠された、深く掘られた落とし穴。その底には、動物の足を捕らえるための、鉄製の鋭い歯がついた罠が仕掛けられていた。おそらく、密猟者が仕掛けたものだろう。
そして、その罠に。
一人の少女が、足を挟まれて倒れていた。
俺は息を飲んだ。
少女の髪は、月光を溶かしたような銀色で、長くしなやかだった。着ている服は、木の皮や葉を編んで作ったような、森の色に溶け込む緑と茶色。そして何より目を引いたのは、その長く、先が尖った耳だった。
「エルフ……」
俺の口から、無意識にその言葉が漏れた。
前世の物語でしか知らなかった、伝説の種族。それが今、目の前で苦痛に喘いでいる。
俺たちの気配に気づいたのか、少女が顔を上げた。その瞳は、美しい翡翠色をしていたが、今は俺たちに対する激しい恐怖と、牙を剥く獣のような敵意で燃えていた。
「……ッ! クルナ!」
少女は、か細いが鋭い声で威嚇してきた。
バルガスが警戒して一歩前に出ようとするのを、俺は手で制した。
「待て、バルガス。刺激するな」
俺は両手を上げて、自分に武器がないこと、敵意がないことを示す。そして、できるだけ優しい声で話しかけた。
「大丈夫だ。助けに来た。俺たちは敵じゃない」
だが、少女の警戒心は解けなかった。彼女は罠にかかった足を必死に動かそうとするが、鉄の歯が深く食い込み、そのたびに苦痛の表情を浮かべるだけだった。出血もひどく、顔色は紙のように白い。このままでは、出血多量で死んでしまう。
「リオ様、どうなさいますか」
「決まってる。助けるんだ」
俺はゆっくりと、一歩ずつ少女に近づいていく。
「いいか、今からその罠を外す。少し痛むかもしれないが、我慢してくれ」
少女は威嚇の声を上げようとしたが、もはやその力も残っていないようだった。ただ、諦めと絶望が入り混じった目で、俺の行動を黙って見つめている。
俺は罠の構造を観察した。単純だが強力なバネ式のトラバサミだ。下手にいじれば、さらに歯が食い込む危険がある。
「バルガス、俺がバネを押さえる。あんたは、俺の合図でその歯を力ずくでこじ開けてくれ。いいな」
「承知いたしました」
俺は罠に手をかけ、全体重を乗せてバネを押し込んだ。ミシミシと金属が軋む音がする。
「今だ!」
俺の合図と共に、バルガスがアシュフォード鋼製の短剣を歯の隙間に差し込み、テコの原理で力任せにそれをこじ開けた。その腕力は凄まじく、頑丈な鉄の歯がギリギリと音を立てて開いていく。
少女の足が、罠から解放された。
その瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、少女は小さく「あ……」と声を漏らすと、そのまま意識を失ってぐったりと倒れ込んだ。

俺はすぐに、自分の服を破いて簡易的な包帯を作り、彼女の傷口を強く縛って止血した。傷は深いが、幸い骨までは達していないようだ。
バルガスが、困惑した様子で俺に尋ねた。
「リオ様、この娘をどうなさいますか。このまま森に置いていくわけにも……」
「当たり前だ。屋敷に連れて帰る」
俺は、即答した。
「しかし、この娘は人間ではありませぬぞ。エルフ……森の民。人との関わりを嫌うと聞き及びます。厄介事を抱え込むことになるやもしれません」
バルガスの懸念はもっともだった。
だが、目の前で傷つき、死にかけている命を見捨てるなど、俺の信条が許さない。
それに、この少女こそが、この森で起きていた不可解な事件の答えである可能性が極めて高い。彼女を助けることが、結果的に領地の問題を解決する鍵になるかもしれない。
「厄介事なら、もうとっくに抱えてるさ。今さら一つ増えたところで、どうということはない」
俺はそう言って笑うと、バルガスの目を見て頼んだ。
「運んでくれるか」
バルガスは、一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに深く頷いた。彼は何も言わずに、気を失ったエルフの少女を、壊れ物を扱うように優しく、しかし確かな腕付きでその背中に背負った。
驚くほど軽かった。まるで鳥のようだと、バルガスは思った。

俺たちは、急いで森を抜けるための帰路についた。
不思議なことに、少女を背負ってから、森の不気味な気配は嘘のように消え失せていた。まるで、森そのものが俺たちを受け入れたかのように。
俺はバルガスの背中で静かに眠る少女の横顔を見つめた。
その小さな存在が、これからアシュフォード領に、そして俺自身の運命に、どれほど大きな影響を与えることになるのか。
この時はまだ、知る由もなかった。
ただ、確かなことが一つだけあった。
それは、俺たちの世界に、科学では説明のつかない「魔法」という名の、全く新しい技術体系がもたらされようとしている、という予感だった。
その予感は、俺の技術者としての魂を、静かに、しかし激しく震わせるのだった。
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