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第26話:パイク方陣とクロスボウ
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兵たちの訓練は、俺が彼らの心を掴んだことで、見違えるように変わった。
彼らはもはや、ただ怯えるだけの農民ではない。「自分たちの手で故郷を守る」という明確な目的と、「若き指導者が勝利へ導いてくれる」という希望を胸にした、兵士の卵へと変貌を遂げていた。
バルガスも指導方針を切り替えた。個々の剣技を教えることは早々に諦め、徹底的に「集団行動」と「規律」を叩き込むことに専念した。
「一、二、一、二! 足を合わせろ! お前たちは一人ではない、一つの塊だと思え!」
彼の怒声は相変わらずだが、そこには兵士たちへの信頼と期待が込められていた。兵士たちも、その期待に応えようと必死に食らいついていく。
俺はその様子を横目に見ながら、来るべき戦いのための「ハードウェア」の開発に没頭していた。
俺がまず着手したのは、歩兵部隊の主兵装となる、新しい槍の設計だった。
この世界の槍は、長さが二メートル半ほどしかなく、手で持って突くことしか想定されていない。これでは、馬に乗った騎士の突撃の勢いを殺すことはできない。
俺が設計したのは、全長五メートルにも及ぶ、長大な槍だった。
「こ、こんなに長い槍を、一体どうやって使うんですかい、リオ様」
鍛冶屋の親方が、アシュフォード鋼で試作された長大な穂先を手に、困惑した声を上げる。
「これは、手で持って振り回すためのものじゃない。地面に突き立て、壁を作るためのものだ」
俺は、兵士たちに訓練用の長い木の棒を持たせ、密集した方陣を組ませた。そして、前列の兵士から順に、槍を斜め前に突き出させる。
すると、どうだろう。
方陣の前面には、鋭い穂先が何列にも渡って突き出す、まるで巨大なハリネズミのような、鉄壁の槍衾(やりぶすま)が形成された。
「これが、『パイク方陣』だ」
俺は、広場に集まった兵士たちと職人たちに説明した。
「敵の騎士が突撃してきても、この槍の壁に阻まれて馬ごと串刺しになる。馬を失った騎士など、ただの重い鎧を着た的だ。お前たちは、ただこの隊列を維持し、槍を地面にしっかり固定し、一歩も引かなければいい。それだけで、敵の最強の攻撃を完全に無力化できる」
兵士たちの間に、どよめきが広がった。彼らの常識では、歩兵が騎士に正面から立ち向かうなど、自殺行為に等しい。だが、目の前に形成された鉄のハリネズミは、その常識が覆るかもしれないという、確かな説得力を持っていた。
「すげえ……これなら、俺たちでも騎士を止められるかもしれねえ」
誰かが呟いたその言葉は、集団全体の希望へと変わっていった。
だが、パイク方陣はあくまで「盾」だ。敵を倒すための「矛」がなければ、いずれは押し切られてしまう。
その矛の役割を担うのが、第二の秘密兵器だった。
俺は、領内の腕利きの木工職人たちを集め、一つの武器の図面を見せた。
「これを、可能な限り多く作ってほしい」
職人たちが覗き込んだ図面に描かれていたのは、弓に機械的な引き金(トリガー)と、矢を番(つが)えるための溝を取り付けた、奇妙な武器。
「クロスボウ」、すなわち「弩(いしゆみ)」だ。
この世界の弓は、扱うのに熟練と強靭な腕力を必要とする。素人である領民兵には、到底使いこなせるものではない。
しかし、クロスボウは違う。
弓を引き、弦を固定するのは、てこの原理を応用した巻き上げ機を使う。引き金を引くだけで矢が発射されるため、狙いを定めることさえできれば、子供や女性でも騎士の鎧を貫くほどの威力を持つ矢を放つことができる。
「これなら、弓を引く力も、難しい技術もいらない。ただ狙って、引き金を引くだけだ。訓練度が低くても、安定した火力を発揮できる」
職人たちは、その合理的な設計に舌を巻いた。アシュフォード鋼で作った強力な弓幹(弓本体)と、精密な引き金機構。彼らは持てる技術の全てを注ぎ込み、クロスボウの量産を開始した。
数週間後、アシュフォード領の軍隊は、その姿を大きく変えていた。
兵力は、志願者も含めて三百五十。
そのうち二百名が、五メートルの長槍「パイク」で武装した重装歩兵部隊。彼らは、バルガスによる地獄の訓練の末、鉄壁の密集方陣を維持できるようになった。
残りの百五十名が、クロスボウで武装した射撃部隊だ。
俺は、この二つの部隊を組み合わせた新しい戦術を、兵士たちに徹底的に叩き込んだ。
前衛にパイク方陣を配置し、敵の突撃を完全に食い止める。その後方から、クロスボウ部隊が雨のような矢を一斉に射かける。盾で守られた安全な位置から、一方的に敵を攻撃する。
それは、騎士の個人技に頼ったこの世界の戦術とは、全く次元の違う、冷徹なまでのシステム化された戦術だった。
兵士たちは、模擬戦を繰り返すうちに、その戦術の恐るべき有効性を肌で感じ取っていった。
これまで恐怖の対象でしかなかった騎士の突撃が、自分たちの手で、いともたやすく粉砕されていく。その事実は、彼らに絶大な自信と、士気をもたらした。
「見事です、リオ様」
訓練の様子を眺めていたバルガスが、感嘆の声を漏らした。
「個々の力では劣る兵士たちが、これほど強固な一つの力になるとは。まるで、巨大な一つの生き物のようです」
「これが、システム化された軍隊の力だ。個人の勇猛さではなく、全体の規律と連携で戦う。俺たちの軍隊は、兵士一人一人が、巨大な機械を動かすための歯車なんだよ」
バルガスは、俺の言葉を噛みしめるように、深く頷いた。彼の騎士としての価値観もまた、この数週間で大きく変わろうとしていた。
俺は、兵士たちの顔を見渡した。
もうそこに、不安げな農民の顔はない。そこにあるのは、自分たちの力で未来を勝ち取ろうとする、精悍な兵士の顔だった。
パイクとクロスボウ。
この二つの武器は、アシュフォード領に、グライフ子爵の軍勢と戦うための最低限の力を与えてくれた。
だが、俺の頭の中では、まだ切り札が残っていた。
敵の意表を突き、戦場の流れを決定づける、本当の秘密兵器。
俺の視線は、開発室の奥に積まれた、素焼きの壺の山へと向けられていた。
「戦は、武器の性能だけで決まるものじゃない。敵の心理を、どうやって破壊するかだ」
俺は静かに呟き、次なる一手、錬金術師の領域へと足を踏み入れる準備を始めた。
彼らはもはや、ただ怯えるだけの農民ではない。「自分たちの手で故郷を守る」という明確な目的と、「若き指導者が勝利へ導いてくれる」という希望を胸にした、兵士の卵へと変貌を遂げていた。
バルガスも指導方針を切り替えた。個々の剣技を教えることは早々に諦め、徹底的に「集団行動」と「規律」を叩き込むことに専念した。
「一、二、一、二! 足を合わせろ! お前たちは一人ではない、一つの塊だと思え!」
彼の怒声は相変わらずだが、そこには兵士たちへの信頼と期待が込められていた。兵士たちも、その期待に応えようと必死に食らいついていく。
俺はその様子を横目に見ながら、来るべき戦いのための「ハードウェア」の開発に没頭していた。
俺がまず着手したのは、歩兵部隊の主兵装となる、新しい槍の設計だった。
この世界の槍は、長さが二メートル半ほどしかなく、手で持って突くことしか想定されていない。これでは、馬に乗った騎士の突撃の勢いを殺すことはできない。
俺が設計したのは、全長五メートルにも及ぶ、長大な槍だった。
「こ、こんなに長い槍を、一体どうやって使うんですかい、リオ様」
鍛冶屋の親方が、アシュフォード鋼で試作された長大な穂先を手に、困惑した声を上げる。
「これは、手で持って振り回すためのものじゃない。地面に突き立て、壁を作るためのものだ」
俺は、兵士たちに訓練用の長い木の棒を持たせ、密集した方陣を組ませた。そして、前列の兵士から順に、槍を斜め前に突き出させる。
すると、どうだろう。
方陣の前面には、鋭い穂先が何列にも渡って突き出す、まるで巨大なハリネズミのような、鉄壁の槍衾(やりぶすま)が形成された。
「これが、『パイク方陣』だ」
俺は、広場に集まった兵士たちと職人たちに説明した。
「敵の騎士が突撃してきても、この槍の壁に阻まれて馬ごと串刺しになる。馬を失った騎士など、ただの重い鎧を着た的だ。お前たちは、ただこの隊列を維持し、槍を地面にしっかり固定し、一歩も引かなければいい。それだけで、敵の最強の攻撃を完全に無力化できる」
兵士たちの間に、どよめきが広がった。彼らの常識では、歩兵が騎士に正面から立ち向かうなど、自殺行為に等しい。だが、目の前に形成された鉄のハリネズミは、その常識が覆るかもしれないという、確かな説得力を持っていた。
「すげえ……これなら、俺たちでも騎士を止められるかもしれねえ」
誰かが呟いたその言葉は、集団全体の希望へと変わっていった。
だが、パイク方陣はあくまで「盾」だ。敵を倒すための「矛」がなければ、いずれは押し切られてしまう。
その矛の役割を担うのが、第二の秘密兵器だった。
俺は、領内の腕利きの木工職人たちを集め、一つの武器の図面を見せた。
「これを、可能な限り多く作ってほしい」
職人たちが覗き込んだ図面に描かれていたのは、弓に機械的な引き金(トリガー)と、矢を番(つが)えるための溝を取り付けた、奇妙な武器。
「クロスボウ」、すなわち「弩(いしゆみ)」だ。
この世界の弓は、扱うのに熟練と強靭な腕力を必要とする。素人である領民兵には、到底使いこなせるものではない。
しかし、クロスボウは違う。
弓を引き、弦を固定するのは、てこの原理を応用した巻き上げ機を使う。引き金を引くだけで矢が発射されるため、狙いを定めることさえできれば、子供や女性でも騎士の鎧を貫くほどの威力を持つ矢を放つことができる。
「これなら、弓を引く力も、難しい技術もいらない。ただ狙って、引き金を引くだけだ。訓練度が低くても、安定した火力を発揮できる」
職人たちは、その合理的な設計に舌を巻いた。アシュフォード鋼で作った強力な弓幹(弓本体)と、精密な引き金機構。彼らは持てる技術の全てを注ぎ込み、クロスボウの量産を開始した。
数週間後、アシュフォード領の軍隊は、その姿を大きく変えていた。
兵力は、志願者も含めて三百五十。
そのうち二百名が、五メートルの長槍「パイク」で武装した重装歩兵部隊。彼らは、バルガスによる地獄の訓練の末、鉄壁の密集方陣を維持できるようになった。
残りの百五十名が、クロスボウで武装した射撃部隊だ。
俺は、この二つの部隊を組み合わせた新しい戦術を、兵士たちに徹底的に叩き込んだ。
前衛にパイク方陣を配置し、敵の突撃を完全に食い止める。その後方から、クロスボウ部隊が雨のような矢を一斉に射かける。盾で守られた安全な位置から、一方的に敵を攻撃する。
それは、騎士の個人技に頼ったこの世界の戦術とは、全く次元の違う、冷徹なまでのシステム化された戦術だった。
兵士たちは、模擬戦を繰り返すうちに、その戦術の恐るべき有効性を肌で感じ取っていった。
これまで恐怖の対象でしかなかった騎士の突撃が、自分たちの手で、いともたやすく粉砕されていく。その事実は、彼らに絶大な自信と、士気をもたらした。
「見事です、リオ様」
訓練の様子を眺めていたバルガスが、感嘆の声を漏らした。
「個々の力では劣る兵士たちが、これほど強固な一つの力になるとは。まるで、巨大な一つの生き物のようです」
「これが、システム化された軍隊の力だ。個人の勇猛さではなく、全体の規律と連携で戦う。俺たちの軍隊は、兵士一人一人が、巨大な機械を動かすための歯車なんだよ」
バルガスは、俺の言葉を噛みしめるように、深く頷いた。彼の騎士としての価値観もまた、この数週間で大きく変わろうとしていた。
俺は、兵士たちの顔を見渡した。
もうそこに、不安げな農民の顔はない。そこにあるのは、自分たちの力で未来を勝ち取ろうとする、精悍な兵士の顔だった。
パイクとクロスボウ。
この二つの武器は、アシュフォード領に、グライフ子爵の軍勢と戦うための最低限の力を与えてくれた。
だが、俺の頭の中では、まだ切り札が残っていた。
敵の意表を突き、戦場の流れを決定づける、本当の秘密兵器。
俺の視線は、開発室の奥に積まれた、素焼きの壺の山へと向けられていた。
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