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第25話:迫る戦火と最初の軍備
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俺が下した戦争準備の決断は、屋敷の中に重い沈黙をもたらした。
「戦争、ですって……? リオ、あなた、本気で言っているの?」
母が、信じられないという顔で青ざめている。父もまた、苦渋に満ちた表情で押し黙っていた。
無理もない。これまでアシュフォード領は、戦とは無縁の平和な土地だった。その平和を、俺自身が壊そうとしているように見えるのだろう。
「母上、これは我々が望んだ戦いではありません。ですが、相手が剣を抜いた以上、こちらも剣を抜かなければ、全てを奪われるだけです」
俺は静かに、しかし断固とした口調で言った。
「我々が汗水流して育てた麦も、新しく建てた家も、商会が築いた富も。そして、我々自身の命や尊厳も。その全てが、グライフのような男にとっては、ただの略奪の対象でしかないのです」
俺の言葉に、エリアーナが力強く頷いた。
「リオの言う通りです、お義父様、お義母様。平和は、ただ願うだけでは手に入りません。守るための力があってこそ、初めて維持できるもの。今の私たちには、その力が足りていない」
彼女の冷静な言葉が、感情的になりかけていた場の空気を引き締める。
父は、長く、深い息を吐いた。
「……分かった。お前の言う通りだ、リオ。我々が築き上げたこの領地を、あの強欲な男の好きにはさせん。私にできることは何だ」
「ありがとうございます、父上。まずは、領内の全ての成人男子の名簿を作成してください。来るべき徴兵に備えます」
「徴兵……」
父の顔が、再び曇る。兵士ではない、農民や職人を戦場に送ることへの抵抗が、そこにはあった。
「彼らは戦の素人だ。そんな者たちを戦わせて、一体何ができるというのだ」
「だからこそ、訓練が必要です。そして、彼らが勝てるための戦い方を、俺が考えます」
俺の目には、迷いはなかった。やるべきことは、もう決まっている。
翌日、アシュフォード領全土に、領主の名で布告が出された。
『来るべき脅威に備え、領内に住まう十六歳から四十歳までの健康な男子は、全員、指定された場所にて軍事教練に参加すべし』
それは、事実上の徴兵令だった。
領内は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
集められた広場には、不安げな顔をした男たちが二百人近く集まっていた。彼らは昨日まで畑を耕し、木を切り、鉄を打っていた、ごく普通の領民たちだ。その手に握られているのは、クワや槌ではなく、錆びついた古い槍や、間に合わせの木製の盾。
「なんで俺たちが戦なんかしなきゃならねえんだ」
「グライフ様とやらが相手なんだろ? 傭兵もいるって話じゃねえか。俺たちみてえな素人が、敵うわけねえ」
不満と絶望の声が、あちこちから聞こえてくる。家族の者だろうか、遠巻きに涙ぐんでいる女子供の姿もあった。
その男たちの前に、バルガスが立った。
「静まれ! これより、お前たちを兵士にするための訓練を始める! 俺の命令は絶対だ! 返事は『はい』か『イエス』だけだ!」
バルガスは、騎士団仕込みの厳しい口調で怒鳴った。だが、その効果はほとんどなかった。
集まった男たちの動きは、あまりにもバラバラだった。隊列を組ませれば、すぐに列は乱れる。槍を構えさせれば、その穂先はあちこちを向き、隣の仲間を突きそうになる始末。
バルガスの額に、青筋が浮かぶ。
「違う! 右足からだと言っているだろうが! なぜそれができん!」
「そこのお前! 槍はそう持つんじゃない! 腰を入れろ、腰を!」
怒声が飛び交う。だが、農民たちは怯えるばかりで、動きは一向に改善されない。彼らの体には、長年の農作業で培われた癖が染み付いており、兵士としての画一的な動きに馴染むことができないのだ。
俺は、その様子を少し離れた場所から黙って見ていた。
訓練の合間、バルガスが俺の元へやってきて、悔しそうに言った。
「……リオ様、申し訳ありません。このままでは、兵士などというものには程遠い。ただの武装した農民の集まりにしかなりません」
その顔には、焦りと、わずかな絶望が浮かんでいた。騎士団で精鋭を育ててきた彼にとって、この素人集団を率いることは、耐え難い苦痛なのだろう。
「お前のせいじゃない、バルガス」
俺は静かに言った。「彼らは、弱い。それは紛れもない事実だ」
「では、どうすれば……」
「弱いなら、弱いなりの戦い方がある。俺たちが目指すのは、王都の騎士団のような精鋭部隊じゃない。もっと別の、全く新しい形の軍隊だ」
俺は広場に集まった男たちの前に歩み出た。
皆、疲れと不満に満ちた顔で俺を見ている。
俺は、マイクもないのに全員に聞こえるよう、腹の底から声を出した。
「皆、聞いてくれ! 訓練はきついか!?」
「「「きついに決まってる!」」」
ヤジのような声が返ってきた。上等だ。
「だろうな! 俺もお前たちに、騎士様のような立派な兵士になれとは言わん! それは土台無理な話だ!」
俺の意外な言葉に、男たちはざわめいた。
「お前たちは弱い! 一人一人では、グライフの傭兵一人にも敵わないだろう! それが現実だ!」
俺は、厳しい現実を、容赦なく突きつけた。広場が、悔しさと諦めの混じった沈黙に包まれる。
「だがな、それは恥ではない!」
俺は、声を一段と大きくした。
「弱いからこそ、俺たちには知恵がある! 数がある! 力を合わせれば、どんな屈強な騎士にも勝てる方法があるんだ!」
俺は、集まった男たち一人一人の顔を見渡しながら、語りかけた。
「俺が、お前たちが勝てるための戦い方を、そして見たこともないような強力な武器を用意する! お前たちの家族を、畑を、この領地を守り抜くための、最高の道具をだ!」
男たちの目に、わずかな光が宿り始めた。
「だから、今はただ、俺を信じてくれ! バルガス教官の指示に従い、基礎的な体力と、集団で動くための規律を身につけてほしい! それだけでいい! 残りは、全て俺が何とかする!」
そして、俺は最後の一押しを加えた。エリアーナと前夜のうちに決めておいたことだ。
「この訓練に参加している間、お前たちの家族には、アシュフォード商会から特別な生活手当を支給する! 家族が腹を空かせる心配をしながら、戦の訓練などできるはずがないからな!」
その言葉が、決定打だった。
「おお……!」
「本当かよ!?」
男たちの顔から、不満の色が消え、希望と、そして覚悟の色へと変わっていく。
自分たちの生活が保障される。そして、この若き指導者は、自分たちが勝てる具体的な方法を用意してくれると約束してくれた。ならば、やるしかない。信じて、ついていくしかない。
空気は、完全に変わった。
バルガスは、その変化を目の当たりにして、呆然としていた。そして、俺のやり方を理解した。力で押さえつけるのではなく、目的と希望を与え、心を掴む。それが、リオ様のやり方なのだと。
彼は俺の前に進み出ると、力強く頷いた。
「リオ様、お任せください。このバルガス、必ずや、あなた様の期待に応える兵を作り上げてみせます」
彼の目から、迷いは消えていた。
その夜、俺は一人、開発室で羊皮紙に向かっていた。
そこに描かれていたのは、この世界の常識を根底から覆す、新しい軍隊の編成図だった。
長く、鋭い槍を密集させて、鉄壁の守りを固める「パイク方陣」。
その背後から、訓練度が低くても強力な矢を放てる「クロスボウ部隊」による一斉射撃。
騎士の突撃という、この世界の絶対的な戦術を、歩兵の集団で粉砕するための、冷徹で合理的なシステム。
俺は、ペンを走らせながら静かに呟いた。
「グライフ子爵……。お前が起こそうとしている戦争は、一つの時代の終わりを告げる、最初の戦いになるだろう」
その青い瞳は、技術者のそれではなく、戦場の未来を見据える、冷徹な戦略家の光を放っていた。
「戦争、ですって……? リオ、あなた、本気で言っているの?」
母が、信じられないという顔で青ざめている。父もまた、苦渋に満ちた表情で押し黙っていた。
無理もない。これまでアシュフォード領は、戦とは無縁の平和な土地だった。その平和を、俺自身が壊そうとしているように見えるのだろう。
「母上、これは我々が望んだ戦いではありません。ですが、相手が剣を抜いた以上、こちらも剣を抜かなければ、全てを奪われるだけです」
俺は静かに、しかし断固とした口調で言った。
「我々が汗水流して育てた麦も、新しく建てた家も、商会が築いた富も。そして、我々自身の命や尊厳も。その全てが、グライフのような男にとっては、ただの略奪の対象でしかないのです」
俺の言葉に、エリアーナが力強く頷いた。
「リオの言う通りです、お義父様、お義母様。平和は、ただ願うだけでは手に入りません。守るための力があってこそ、初めて維持できるもの。今の私たちには、その力が足りていない」
彼女の冷静な言葉が、感情的になりかけていた場の空気を引き締める。
父は、長く、深い息を吐いた。
「……分かった。お前の言う通りだ、リオ。我々が築き上げたこの領地を、あの強欲な男の好きにはさせん。私にできることは何だ」
「ありがとうございます、父上。まずは、領内の全ての成人男子の名簿を作成してください。来るべき徴兵に備えます」
「徴兵……」
父の顔が、再び曇る。兵士ではない、農民や職人を戦場に送ることへの抵抗が、そこにはあった。
「彼らは戦の素人だ。そんな者たちを戦わせて、一体何ができるというのだ」
「だからこそ、訓練が必要です。そして、彼らが勝てるための戦い方を、俺が考えます」
俺の目には、迷いはなかった。やるべきことは、もう決まっている。
翌日、アシュフォード領全土に、領主の名で布告が出された。
『来るべき脅威に備え、領内に住まう十六歳から四十歳までの健康な男子は、全員、指定された場所にて軍事教練に参加すべし』
それは、事実上の徴兵令だった。
領内は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
集められた広場には、不安げな顔をした男たちが二百人近く集まっていた。彼らは昨日まで畑を耕し、木を切り、鉄を打っていた、ごく普通の領民たちだ。その手に握られているのは、クワや槌ではなく、錆びついた古い槍や、間に合わせの木製の盾。
「なんで俺たちが戦なんかしなきゃならねえんだ」
「グライフ様とやらが相手なんだろ? 傭兵もいるって話じゃねえか。俺たちみてえな素人が、敵うわけねえ」
不満と絶望の声が、あちこちから聞こえてくる。家族の者だろうか、遠巻きに涙ぐんでいる女子供の姿もあった。
その男たちの前に、バルガスが立った。
「静まれ! これより、お前たちを兵士にするための訓練を始める! 俺の命令は絶対だ! 返事は『はい』か『イエス』だけだ!」
バルガスは、騎士団仕込みの厳しい口調で怒鳴った。だが、その効果はほとんどなかった。
集まった男たちの動きは、あまりにもバラバラだった。隊列を組ませれば、すぐに列は乱れる。槍を構えさせれば、その穂先はあちこちを向き、隣の仲間を突きそうになる始末。
バルガスの額に、青筋が浮かぶ。
「違う! 右足からだと言っているだろうが! なぜそれができん!」
「そこのお前! 槍はそう持つんじゃない! 腰を入れろ、腰を!」
怒声が飛び交う。だが、農民たちは怯えるばかりで、動きは一向に改善されない。彼らの体には、長年の農作業で培われた癖が染み付いており、兵士としての画一的な動きに馴染むことができないのだ。
俺は、その様子を少し離れた場所から黙って見ていた。
訓練の合間、バルガスが俺の元へやってきて、悔しそうに言った。
「……リオ様、申し訳ありません。このままでは、兵士などというものには程遠い。ただの武装した農民の集まりにしかなりません」
その顔には、焦りと、わずかな絶望が浮かんでいた。騎士団で精鋭を育ててきた彼にとって、この素人集団を率いることは、耐え難い苦痛なのだろう。
「お前のせいじゃない、バルガス」
俺は静かに言った。「彼らは、弱い。それは紛れもない事実だ」
「では、どうすれば……」
「弱いなら、弱いなりの戦い方がある。俺たちが目指すのは、王都の騎士団のような精鋭部隊じゃない。もっと別の、全く新しい形の軍隊だ」
俺は広場に集まった男たちの前に歩み出た。
皆、疲れと不満に満ちた顔で俺を見ている。
俺は、マイクもないのに全員に聞こえるよう、腹の底から声を出した。
「皆、聞いてくれ! 訓練はきついか!?」
「「「きついに決まってる!」」」
ヤジのような声が返ってきた。上等だ。
「だろうな! 俺もお前たちに、騎士様のような立派な兵士になれとは言わん! それは土台無理な話だ!」
俺の意外な言葉に、男たちはざわめいた。
「お前たちは弱い! 一人一人では、グライフの傭兵一人にも敵わないだろう! それが現実だ!」
俺は、厳しい現実を、容赦なく突きつけた。広場が、悔しさと諦めの混じった沈黙に包まれる。
「だがな、それは恥ではない!」
俺は、声を一段と大きくした。
「弱いからこそ、俺たちには知恵がある! 数がある! 力を合わせれば、どんな屈強な騎士にも勝てる方法があるんだ!」
俺は、集まった男たち一人一人の顔を見渡しながら、語りかけた。
「俺が、お前たちが勝てるための戦い方を、そして見たこともないような強力な武器を用意する! お前たちの家族を、畑を、この領地を守り抜くための、最高の道具をだ!」
男たちの目に、わずかな光が宿り始めた。
「だから、今はただ、俺を信じてくれ! バルガス教官の指示に従い、基礎的な体力と、集団で動くための規律を身につけてほしい! それだけでいい! 残りは、全て俺が何とかする!」
そして、俺は最後の一押しを加えた。エリアーナと前夜のうちに決めておいたことだ。
「この訓練に参加している間、お前たちの家族には、アシュフォード商会から特別な生活手当を支給する! 家族が腹を空かせる心配をしながら、戦の訓練などできるはずがないからな!」
その言葉が、決定打だった。
「おお……!」
「本当かよ!?」
男たちの顔から、不満の色が消え、希望と、そして覚悟の色へと変わっていく。
自分たちの生活が保障される。そして、この若き指導者は、自分たちが勝てる具体的な方法を用意してくれると約束してくれた。ならば、やるしかない。信じて、ついていくしかない。
空気は、完全に変わった。
バルガスは、その変化を目の当たりにして、呆然としていた。そして、俺のやり方を理解した。力で押さえつけるのではなく、目的と希望を与え、心を掴む。それが、リオ様のやり方なのだと。
彼は俺の前に進み出ると、力強く頷いた。
「リオ様、お任せください。このバルガス、必ずや、あなた様の期待に応える兵を作り上げてみせます」
彼の目から、迷いは消えていた。
その夜、俺は一人、開発室で羊皮紙に向かっていた。
そこに描かれていたのは、この世界の常識を根底から覆す、新しい軍隊の編成図だった。
長く、鋭い槍を密集させて、鉄壁の守りを固める「パイク方陣」。
その背後から、訓練度が低くても強力な矢を放てる「クロスボウ部隊」による一斉射撃。
騎士の突撃という、この世界の絶対的な戦術を、歩兵の集団で粉砕するための、冷徹で合理的なシステム。
俺は、ペンを走らせながら静かに呟いた。
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