異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

文字の大きさ
29 / 118

第29話:決戦の地へ

しおりを挟む
夜明け前の薄闇の中、アシュフォード軍は決戦の地となる平原に到着した。
冷たい朝霧が立ち込める中、兵士たちの吐く息は白く、緊張が肌を刺す。
「布陣を開始する!」
俺の命令が、静かな平原に響き渡った。
バルガスが、訓練通りに兵士たちを動かしていく。その動きには、一分の乱れもなかった。
街道を正面に見据える形で、まず二百名のパイク兵が横に広く展開する。彼らは五列の密集方陣を組み、その前面には拒馬(きょば)と呼ばれる簡易的な木の柵が、敵の騎馬突撃をわずかでも阻害するために何重にも設置された。
「槍を構えろ!」
号令と共に、パイク兵たちが一斉に五メートルの長槍を地面に突き立て、斜め前に突き出す。朝日を浴びて鈍く輝く穂先が、無数に敵の方角を向く、巨大な鉄のハリネズミが完成した。
その方陣の後方、少しだけ小高くなった丘の上に、百五十名のクロスボウ部隊が三列の横隊で陣取る。彼らの位置からは、眼下に広がるパイク方陣と、その向こうからやってくるであろう敵軍の全てを見渡すことができた。
そして、俺が本陣を構えたのは、クロスボウ部隊のさらに後ろ。全軍を見渡せる、最高の司令塔だ。俺の隣には、顔を青くしたエリアーナと、固唾をのんで戦場を見つめるシルフィがいた。
投石器(カタパルト)も数台設置され、その横には焼夷手榴弾と煙幕弾の壺が、出番を待って静かに並べられている。
布陣は、完璧だった。
だが、その光景は、この世界の軍事常識から見れば、あまりにも異様だった。
「リオ様、本当にこれで……」
バルガスが、不安を隠しきれない声で尋ねてきた。
「敵は千五百。我々はその半分以下の兵力で、平地に陣取っている。敵から見れば、我々はただの自殺志願者の集まりにしか見えないでしょう」
「それでいいんだ、バルガス」
俺は、静かに答えた。「敵が我々を侮り、油断し、何の策も弄さずに正面から突撃してきてくれれば、それこそが俺たちの思う壺だ」
俺たちの戦術は、防御に特化している。敵が動いてくれなければ、その真価は発揮されない。相手の傲慢さと短慮を、最大限に利用する。それこそが、この布陣の最大の狙いだった。
「良いか、兵士たちに徹底させろ。何があっても、決して持ち場を離れるな。恐怖に駆られて逃げ出した者が出れば、その一人のせいで陣形は崩れ、全滅する。だが、持ち場を守り、仲間を信じ、命令に従い続ければ、我々は必ず勝てる、と」
「……はっ! 必ずや!」
バルガスは、俺の揺るぎない確信に満ちた目に、自らの不安を振り払うように力強く頷き、前線へと戻っていった。

やがて、東の地平線が赤く染まり、太陽がその姿を現し始めた頃。
遠くの地平線に、黒い線が浮かび上がった。
それは徐々に太く、濃くなり、やがて無数の人影と、揺らめく旗指物の群れであることが分かった。
グライフ軍だ。
地響きのような足音と、馬のいななきが、次第に大きくなってくる。その数、まさに報告通り千五百。先頭には、黒い鎧で身を固めた傭兵団「鉄の爪」の騎士たちが、威圧的に隊列を組んでいた。
アシュフォード軍の兵士たちの間に、緊張が走る。
三百五十対千五百。その圧倒的な兵力差を目の当たりにし、ゴクリと喉を鳴らす音が、あちこちから聞こえてきた。
「怯むな! 訓練を思い出せ!」
バルガスが、前線で大声を張り上げる。兵士たちは、恐怖を押し殺すように、槍を握る手に力を込めた。

グライフ軍は、平原の向こう側に布陣を完了した。
その中央、馬上にふんぞり返るグライフ子爵の姿が見える。彼は、こちらの貧弱な陣形を遠目に眺め、明らかに侮りきった表情を浮かべていた。
彼の目には、我々の軍は風前の灯火、一捻りで蹴散らせる雑魚の集まりにしか映っていないのだろう。
案の定、グライフ軍に、何の策を弄するような動きはなかった。
しばらくの睨み合いの後、ついにグライフ軍の陣太鼓が鳴り響いた。
ドォン、ドォン、ドォン!
それは、総攻撃の合図だった。
「来たか」
俺は静かに呟いた。
敵陣の最前列にいた、二百騎の重装騎兵。傭兵団「鉄の爪」が、一斉に動き出す。
彼らは馬の腹を蹴り、雄叫びを上げながら、アシュフォード軍のパイク方陣へと、一直線に突撃を開始した。
地が揺れる。
二百頭の軍馬が巻き上げる土煙が、津波のようにこちらへ迫ってくる。その威圧感と突進力は、普通の歩兵部隊なら、戦う前に戦意を喪失して逃げ出してしまうほどのものだった。
俺たちの兵士たちも、例外ではなかった。
恐怖に顔を引きつらせ、後ずさりしようとする者もいる。
「持ち場を離れるなーっ!」
バルガスの絶叫が響き渡る。
「リオ様を信じろ! 俺たちを信じろ! この壁は、絶対に破られん!」
その声に、兵士たちはハッと我に返った。彼らは、隣にいる仲間を見た。同じように恐怖に震えながらも、必死に槍を構え、持ち場を守ろうとしている仲間たちの姿を。
そうだ、俺は一人じゃない。
恐怖が、仲間を信じる勇気へと変わっていく。
兵士たちの足が、地面に根を張ったように踏みとどまった。
突撃してくる騎士団との距離が、みるみるうちに縮まっていく。
五百メートル、三百メートル、百メートル。
もはや、騎士たちの鎧の模様や、彼らの獰猛な表情まではっきりと見える距離だ。
「クロスボウ部隊、構え!」
俺の声が、後方の丘に響く。
百五十のクロスボウが一斉に持ち上げられ、その矢先が、迫り来る騎士団へと向けられた。
だが、俺はまだ発射の命令は出さない。
まだだ。まだ、引きつける。
騎士団の先頭が、ついに拒馬のラインに到達した。
誰もが、次の瞬間には、我々の陣形が粉々に砕け散る光景を想像した。
だが、その予想は、壮絶な形で裏切られることになる。
俺は、勝利を確信しながら、静かに次の命令を下した。
「撃て」
歴史の歯車が、大きく、そして決定的に動き出す、その合図だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?

名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」 「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」 「それは貴様が無能だからだ!」 「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」 「黙れ、とっととここから消えるがいい!」  それは突然の出来事だった。  SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。  そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。 「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」 「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」 「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」  ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。  その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。 「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」

赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス 優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました お父さんは村の村長みたいな立場みたい お母さんは病弱で家から出れないほど 二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます ーーーーー この作品は大変楽しく書けていましたが 49話で終わりとすることにいたしました 完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい そんな欲求に屈してしまいましたすみません

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク 普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。 だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。 洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。 ------ この子のおかげで作家デビューできました ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!

にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。 そう、ノエールは転生者だったのだ。 そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。

処理中です...