異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第34話:勝利の宴と新たな課題

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グライフ子爵の没落と、アシュフォード領の拡大を祝う、盛大な宴が領都の広場で開かれた。
商会が惜しみなく資金を投入した宴は、これまでにないほど豪華なものだった。広場の中央には巨大な焚き火がいくつも焚かれ、串刺しにされた豚や牛が、醤油ベースのタレを塗られて香ばしく焼かれている。大樽からは葡萄酒が惜しげもなく振る舞われ、楽団が陽気な音楽を奏でていた。
領民たちは、誰もが底抜けの笑顔だった。
戦の勝利、領地の拡大、そして何より、自分たちの未来が明るいものであるという確信。それらが、彼らを心からの祝祭へと駆り立てていた。
兵士として戦った男たちは、英雄として皆に担ぎ上げられ、自慢げに武勇伝を語っている。その話は、語られるたびに脚色され、俺の活躍はもはや神話の領域に達していた。
「リオ様が手をかざすと、大地から炎が噴き出してな!」
「いやいや、空から黒い雲を呼び寄せて、敵を飲み込んじまったんだ!」
俺は、そんな彼らの様子を、少し離れたやぐらの上から、微笑ましく眺めていた。

「見なさい、リオ。皆、本当に幸せそうよ」
隣で、エリアーナがガラスの杯を傾けながら言った。彼女の横顔は、焚き火の光に照らされて美しく輝いている。
「あんたがもたらした勝利が、この光景を作ったんだ」
「俺だけの力じゃない。あんたの政治手腕がなければ、ただの局地的な勝利で終わっていたさ」
「ふふん、おだてても何も出ないわよ」
憎まれ口を叩きながらも、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
やぐらの上には、いつもの仲間たちが集まっていた。
父と母は、領民たちと杯を交わし、領主としての一体感を楽しんでいるようだった。
バルガスは、部下たちに囲まれて豪快に酒を飲み干している。彼の厳格な教官としての顔は消え、頼れる兄貴分としての顔に戻っていた。
そして、シルフィとリリアナは、人混みから少し離れた場所で、二人仲良く串焼きの肉を頬張っていた。シルフィはまだ人混みが苦手なようだが、リリアナが一緒なら安心するらしい。彼女が、戦の記憶ではなく、この楽しい宴の光景を心に刻んでくれることを、俺は願った。
束の間の、完璧な平和。
俺たちが守りたかった、手に入れたかった光景が、今、確かにそこにあった。

だが、俺の心の一隅には、常に冷静なもう一人の自分がいた。
この勝利は、新たな課題を生み出したことも、また事実なのだ。
宴の喧騒が少し落ち着いた頃、俺はエリアーナとバルガス、そして父を、人目につかないテントの中へ呼び寄せた。
「皆、浮かれているところ悪いが、いくつか確認しておかなければならないことがある」
俺が切り出すと、三人の顔が引き締まった。
「まず、新しく得た領地についてだ。面積はこれまでの倍近くになる。だが、あそこはグライフの圧政で疲弊しきっている。ただ土地を手に入れただけでは、お荷物になるだけだ」
俺は、エリアーナが用意した新しい地図を広げた。
「幸い、あちらの土地はまだ連作障害の影響が少ない。俺たちの新農法を導入すれば、一年で目覚ましい回復を遂げるだろう。問題は、誰がそれをやるかだ」
「グライフ領の農民たちを、そのまま使えばいいのではないか?」
父が言うと、俺は静かに首を振った。
「それだけでは足りません。彼らは長年の圧政で、働く意欲そのものを失っている可能性があります。それに、我々を『新しい支配者』として、警戒しているかもしれない」
「では、どうするのだ?」
「答えは、我々の足元にあります」
俺は、宴の広場に視線を向けた。そこには、俺たちが捕虜にした、元グライフ軍の兵士たちの姿もあった。彼らはアシュフォードの兵士たちの監視下に置かれながらも、同じように食事と酒を与えられていた。
「彼らだ。捕虜にした兵士たち。彼らの大半は、グライフに無理やり徴兵された農民だ。故郷に帰っても、荒れ果てた土地と貧しい暮らしが待っているだけ」
俺は、自分の計画を語った。
「彼らに、選択肢を与えるんです。故郷に帰る自由。そしてもう一つは、アシュフォードの領民として、この新しい土地で働くという選択肢を。こちらに残る者には、新しい農具と、当面の食料を支給し、収穫物は一定の割合で彼らのものにすると約束する」
「なるほど……」エリアーナが頷いた。「敵兵を、新たな労働力として取り込むというわけね。素晴らしい考えだわ。彼らはアシュフォードのやり方と寛大さを身をもって知っているから、きっと良き領民になるでしょう」
これが、第一の課題。戦後復興と、新たな領民の融和だ。

「そして、第二の課題。これは、より深刻だ」
俺の声が、少しだけ低くなる。
「俺たちの軍事力についてだ。今回の勝利は、奇策と、敵の油断があったからこそ成し遂げられた。だが、同じ手が二度も通用するとは思えない」
「確かに」とバルガスが同意した。「我々の戦術は、もはや秘密ではなくなりました。次に戦う相手は、必ず対策を練ってくるでしょう」
「そうだ。焼夷手榴弾や煙幕弾も、一度見れば、その正体は火薬の応用に過ぎないと見抜く者が現れるかもしれない。パイク方陣も、側面や後方からの攻撃には脆弱だ。俺たちの軍隊は、まだ多くの弱点を抱えている」
「では、どうするべきだと?」
「軍の、さらなる近代化だ。もっと射程の長い武器。もっと破壊力の高い兵器。そして、敵の動きを、より正確に、より早く知るための手段。俺たちの技術を、軍事の分野に、もっと本格的に応用していく必要がある」
俺の言葉に、テントの中が静まり返った。
それは、アシュフォード領が、本格的な軍事国家への道を歩み始めることを意味していたからだ。
「……リオ」
父が、心配そうな声で言った。「お前は、この領地をどこへ導こうとしているのだ。我々は、ただ平穏に暮らしたいだけではなかったのか」
「平穏に暮らすためですよ、父上」
俺は、父の目をまっすぐに見つめた。
「圧倒的な力は、敵の戦意そのものを奪う。誰もが『アシュフォードと戦うのは、自殺行為だ』と思うようになれば、戦そのものが起きなくなる。それこそが、本当の意味での平和に繋がるんです。戦わずして勝つ。そのために、俺たちは誰よりも強い力を持たなければならない」
俺のその言葉は、もはや理想論ではなかった。一度、血なまぐさい戦場を経験した者だけが持つ、冷徹なリアリズムに基づいていた。
父は、それ以上何も言わなかった。彼は、息子が自分の手の届かない、遥か高みへと登り詰めてしまったことを、寂しさと、そして一抹の誇らしさと共に、受け入れたようだった。
宴の喧騒が、遠くに聞こえる。
領民たちは、勝利の美酒に酔いしれている。
だが、俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。
手に入れた勝利と、それに伴って生まれた新たな課題。その両方を背負い、俺たちは、まだ誰も見たことのない未来へと、歩みを進めていくしかなかった。
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