異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第33話:英雄の誕生と敗者の末路

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祝勝の宴の熱狂が過ぎ去った翌日、アシュフォード領は静かな、しかし確かな興奮の余韻に包まれていた。領民たちは、歴史的な勝利を成し遂げた英雄として、兵士たちを称賛の目で見ている。兵士たち自身も、誇らしげに胸を張り、その顔には自信が満ち溢れていた。
だが、俺たちの戦いはまだ終わっていなかった。
軍事的な勝利を、政治的な勝利へと繋げる。それこそが、この戦いの最後の仕上げだった。そして、その舞台の主役は、俺ではなくエリアーナだった。

商会のオフィスで、エリアーナは冷徹なまでの集中力で、何枚もの羊皮紙にペンを走らせていた。
「リオ、捕虜にした傭兵団の連中から、グライフ子爵との契約内容について証言を取ったわ。報酬、目的、そして子爵が『アシュフォード領の富は全てお前たちの好きにしてよい』と約束したことまで、全て記録してある」
彼女は、捕虜にした敵兵から巧みに情報を引き出し、グライフ子爵の侵略が、彼の私利私欲に基づく不当なものであったことを証明する証拠を、次々と固めていた。
グライフ子爵が送りつけてきた傲慢な宣戦布告の書状。
傭兵団との契約を示す捕虜の証言。
そして、アシュフォード側の被害が極めて軽微であったという事実。
これら全てが、今回の戦いが「アシュフォード領による正当防衛」であったことを、雄弁に物語っていた。
「問題は、どうやってこれを王家に報告するかね」
俺が言うと、エリアーナは整った眉をわずかに上げた。
「もちろん、ヴァイス家のルートを使うわ。父は私のことを道具としか思っていないけれど、家の利益になる話なら、喜んで飛びつくでしょうから」
その声には、わずかな皮肉が込められていた。
「私が書いたこの報告書を、ヴァイス家の名で王家に提出させる。そうすれば、辺境の小貴族からの報告などと軽視されることはない。王は、これを無視できなくなるわ」
彼女が書き上げた報告書は、完璧なものだった。
そこには、グライフ子爵の理不尽な要求と、それに耐えかねたアシュフォード領が、いかにして自衛のために立ち上がったかが、冷静かつ劇的な筆致で描かれていた。
もちろん、俺たちの新兵器や、常識外れの戦術については、巧みにぼかされている。『領主リオ・アシュフォードの類いまれなる知恵と、領民たちの決死の奮闘、そして神の御加護により、奇跡的な勝利を収めた』という、王侯貴族が最も好みそうな英雄譚として、物語は再構築されていた。
「さすがだな。あんたにかかれば、ただの戦闘記録も叙事詩になる」
「当然よ。事実は一つでも、語り方は無数にあるもの。政治とは、その『語り方』を巡る戦いでもあるのよ」
エリアーナは、完成した報告書をヴァイス家の紋章が入った封蝋で厳重に封印し、最も信頼できる腹心の部下に託した。その使者は、王都へ向けて、風のように駆け出していった。

数週間後。王都では、一枚の報告書が大きな波紋を呼んでいた。
王城の会議室には、国王アルベール三世と、側近の重臣たちが集まっていた。彼らの間には、困惑と、信じがたいという驚きの空気が流れている。
「……これが、ヴァイス伯爵家経由で届いた、アシュフォード子爵領からの報告書の要約だ」
宰相が、震える声で読み上げる。
「アシュフォード領、兵力三百五十。対するグライフ子爵軍、兵力千五百。両軍は、アシュフォード領境界の平原にて激突。結果、グライフ軍は壊滅。アシュフォード軍の損害、死者ゼロ、負傷者十数名のみ……と」
会議室が、水を打ったように静まり返る。
軍務卿が、絞り出すような声で言った。
「ありえん……。そんな馬鹿な話があるものか。四倍の敵を相手に、被害がそれだけだと? しかも野戦で? 何かの間違いではないのか」
「しかし、報告者はヴァイス伯爵家です。彼らが、このような見え透いた嘘を報告するとは考えにくい」
「報告によれば、アシュフォードの三男、リオなる少年が考案した新戦術と、領民の奮闘の賜物だとか。まるで吟遊詩人の歌物語のようだ」
貴族たちは、口々に疑念を口にする。だが、その報告が事実だとしたら。その意味するところを考え、誰もが背筋に冷たいものを感じていた。
辺境に、規格外の何かが生まれた。
それは、王国の軍事バランスさえ揺るがしかねない、未知の力。
国王アルベール三世は、玉座で腕を組み、静かに目を閉じていた。彼は、数ヶ月前に謁見した、あの不思議な少年のことを思い出していた。年の頃は十歳そこそこ。だが、その瞳には、子供とは思えぬ深い知性と、底知れない光が宿っていた。
(やはり、あの小僧……ただ者ではなかったか)
国王は、ゆっくりと目を開いた。
「裁定を下す」
その声は、静かだったが、部屋の隅々まで響き渡った。
「グライフ子爵エドガーは、正当な理由なく他領へ侵攻し、王国の安寧と秩序を著しく乱した。よって、その爵位並びに領地の全てを剥奪する。身柄は拘束し、北方の修道院へ幽閉せよ」
それは、貴族に対する罰としては、最も重いものの一つだった。
「そして」と国王は続けた。「アシュフォード子爵家は、その忠義と勇気をもって、見事脅威を退けた。よって、今回の功績を称え、剥奪したグライフ領の一部を、アシュフォード家の新たな領地として割譲することを許可する」
その裁定は、王の絶対的な決定として、すぐに布告された。

アシュフォード領に、王都からの公式な使者が訪れたのは、それからさらに一週間後のことだった。
王家の紋章が入った使者が、国王の裁定を朗々と読み上げる。
グライフ子爵の爵位剥奪。領地没収。そして、アシュフォード領の拡大。
その報せを聞いた領民たちは、最初は何が起きたのか分からないといった顔をしていたが、やがてその意味を理解すると、この日一番の大歓声を上げた。
理不尽な敵は完全に滅び、自分たちの土地はさらに豊かになる。その事実に、誰もが喜びを爆発させた。
父アルフォンスは、使者の前で威厳を保ちながらも、その肩がわずかに震えているのが分かった。自分の代で、先祖代々の土地を広げるという偉業を成し遂げたのだ。その感動は、計り知れないだろう。
一方、その頃。
グライフ子爵領では、没落した主君の姿があった。
王の裁定に全てを失ったエドガー・フォン・グライフは、みすぼらしい馬車に乗せられ、領地を追われるところだった。かつての傲慢な態度は見る影もなく、その顔は絶望と憎悪で醜く歪んでいた。
領民たちは、圧政を敷いた領主の末路を、冷ややかな目で見送るだけだった。誰一人、彼に同情する者はいなかった。
自らの強欲が生んだ、当然の結末。まさしく、惨めな敗者の末路だった。

その夜、俺はエリアーナと共に、新しく我々のものとなった土地が描かれた地図を眺めていた。
「これで、私たちの正当性と力が、王国中に証明されたわね」
エリアーナが、満足げに言う。
「だが、本当の戦いはこれからだ」
「ええ、分かっているわ。王都のハイエナたちが、あなたという獲物に気づいてしまった。彼らが、私たちを放っておくはずがないもの」
俺たちは、顔を見合わせて不敵に笑った。
辺境の小さな領地で起きた、小さな革命。
その波紋は、今や王都の中心にまで達し、より大きな渦を巻き起ころうとしていた。
俺たちの前には、新たな、そしてより厄介な敵が待ち受けているだろう。
だが、不思議と心は晴れやかだった。
面倒なことになりそうだ。
だが、それ以上に。
面白くなってきた。
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