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第32話:ありえない勝利
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グライフ軍が完全に崩壊した後も、アシュフォード軍はしばらくの間、その場を動かなかった。
兵士たちは、目の前に広がる凄惨な光景に、言葉を失っていた。炎はまだくすぶり続け、負傷した敵兵のうめき声が、風に乗って微かに聞こえてくる。
自分たちが、勝った。
その実感が、恐怖と共に、じわじわと彼らの心に染み渡っていく。
やがて、誰からともなく、歓声が上がった。
初めは、ぽつり、ぽつりとした小さな声だった。だが、それはすぐに隣の者へ、そのまた隣の者へと伝染し、最終的には三百五十人の兵士全員による、地鳴りのような大歓声へと変わっていった。
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
恐怖から解放された安堵、故郷を守り抜いた達成感、そして何よりも、自分たちが歴史的な勝利を成し遂げたのだという興奮。あらゆる感情が入り混じった、爆発的な雄叫びだった。
彼らは槍やクロスボウを天に突き上げ、互いの肩を叩き合い、涙を流して勝利を分かち合った。
その熱狂の中心にいたのは、間違いなく俺だった。
兵士たちの視線が、一斉に後方の丘、俺が立つ本陣へと注がれる。その眼差しには、もはや単なる領主の子息に対するものではない、神がかった英雄を見るかのような、熱烈な崇拝の色が宿っていた。
「リオ様、万歳!」
「アシュフォードに、勝利を!」
自然発生的に、リオ・コールが巻き起こる。
バルガスは、その光景を感無量といった表情で見つめていた。彼の目にも、光るものがあった。
「やりましたな、リオ様。完璧な、ありえない勝利です」
「ああ。だが、これは俺一人の力じゃない。お前が兵士たちを鍛え上げ、兵士たちが恐怖に打ち勝ち、そしてシルフィが力を貸してくれたからだ。皆で掴んだ勝利だよ」
俺の言葉に、シルフィは少しだけ表情を和らげた。
エリアーナは、興奮冷めやらぬ戦場を冷静に見渡し、すでに次の手を考えていた。
「リオ、これからどうするの? 逃げたグライフ子爵を追う?」
「いや、深追いはしない」
俺はきっぱりと首を振った。「言ったはずだ。目的は、敵を殲滅することじゃない。戦意を完全に喪失させ、二度と我々に逆らえないようにすることだ。その目的は、もう十分に達成された」
それに、潰走した敵を追撃すれば、こちらの被害も増える可能性がある。最小限の損害で、最大の戦果を上げる。それが俺の信条だった。
「それよりも、やるべきことがある。バルガス、負傷した敵兵の手当てをしろ。捕虜として丁重に扱うんだ。殺すな、辱めるな、持ち物を奪うな。水と食料を与え、アシュフォードの民は慈悲深いと、彼らの骨身に刻み込んでやれ」
「はっ! しかし、よろしいのですか? 彼らは敵兵ですぞ」
「今はな。だが、いずれ彼らも、我々の領民になるかもしれない。恨みの種は、今のうちに摘んでおくべきだ」
俺の意図を察したバルガスは、深く頷き、すぐに行動を開始した。
アシュフォード軍が、 triumphant な凱旋を果たしたのは、その日の夕刻だった。
領民たちは、避難先から戻り、街道の両脇を埋め尽くして、英雄たちの帰りを待っていた。
初め、彼らは半信半疑だった。四倍もの大軍に、素人同然の自分たちの夫や息子たちが勝てるはずがないと、誰もが最悪の事態を覚悟していた。
だが、帰ってきた兵士たちの姿を見て、その不安は驚きと歓喜に変わった。
出征した三百五十人のうち、死者は一人もいない。重傷者も数えるほど。ほとんどの兵士が、多少の傷は負いながらも、誇らしげな顔で胸を張り、整然と行進している。
そして、彼らの後ろには、武器を取り上げられ、意気消沈した様子の、おびただしい数の捕虜が続いていた。
ありえない勝利。
その事実が、領民たちの熱狂に火をつけた。
「よくぞ、ご無事で!」
「あなた! 頑張ったのね!」
「アシュフォード万歳! リオ様万歳!」
花が舞い、歓声が響き渡る。まるで、お祭りのような騒ぎだった。
兵士たちは、出迎えた家族と抱き合い、涙ながらに自分たちの武勇伝を語っている。
「父ちゃん、すごかったんだぞ! あの鉄のハリネズミの前じゃ、騎士様も赤ん坊みてえだった!」
「リオ様の煙と炎の魔法は、そりゃあもう、地獄そのものだったぜ!」
彼らの口から語られる戦の様子は、尾ひれがつき、瞬く間に領内全土に広まっていった。
若き指導者リオ・アシュフォードは、神の知恵と、悪魔の力を併せ持つ、人知を超えた存在である、と。
俺に対する評価は、もはや尊敬を通り越し、畏怖と神格化の領域にまで達しつつあった。
その夜、屋敷ではささやかな祝勝の宴が開かれた。
エリアーナが商会の金で用意した、極上の酒と料理が並ぶ。
父は、上機嫌で酒を呷り、何度も俺の肩を叩いて勝利を称えた。母は、俺が無事に帰ってきたことに、ただただ安堵の涙を流していた。
兄たちも、もはや俺を子供扱いすることはなかった。彼らの視線には、畏れと、どう接していいか分からない戸惑いの色が浮かんでいる。
「リオ、乾杯しましょう」
エリアーナが、ガラスの杯を差し出してきた。その頬は、興奮でわずかに上気している。
「あなたの勝利に。そして、私たちの未来に」
「ああ、乾杯」
俺たちは、カチンと杯を合わせた。
シルフィも、リリアナに勧められて果実水を飲んでいた。彼女はまだ少し表情が硬いが、領民たちの喜ぶ姿を見て、自分のやったことが正しかったのだと、少しずつ実感しているようだった。
バルガスは、部下である兵士たちと酒を酌み交わし、豪快に笑っていた。
誰もが笑顔だった。誰もが勝利に酔いしれていた。
だが、俺だけは、その喧騒の中心にいながら、一人冷静に未来を見据えていた。
この勝利は、終わりではない。始まりに過ぎない。
グライフ子爵という、目先の脅威は去った。だが、この「ありえない勝利」の噂は、必ずや王都まで届くだろう。
辺境の小領主が、近代兵器とも言うべき新戦術で、四倍の敵を打ち破った。
その事実は、王国の権力者たちに、どう映るだろうか。
ある者は、俺の力を利用しようとするだろう。
ある者は、俺の力を危険視し、潰そうとするだろう。
いずれにせよ、俺たちの存在は、もはや無視できないものになった。
アシュフォード領は、否応なく、王国の政治という、より大きく、より複雑な戦いの舞台へと引きずり出されることになる。
宴の喧騒を遠くに聞きながら、俺はガラスの杯に残った葡萄酒を、一気に飲み干した。
これから始まるであろう、新たな戦いの味を、確かめるかのように。
兵士たちは、目の前に広がる凄惨な光景に、言葉を失っていた。炎はまだくすぶり続け、負傷した敵兵のうめき声が、風に乗って微かに聞こえてくる。
自分たちが、勝った。
その実感が、恐怖と共に、じわじわと彼らの心に染み渡っていく。
やがて、誰からともなく、歓声が上がった。
初めは、ぽつり、ぽつりとした小さな声だった。だが、それはすぐに隣の者へ、そのまた隣の者へと伝染し、最終的には三百五十人の兵士全員による、地鳴りのような大歓声へと変わっていった。
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
恐怖から解放された安堵、故郷を守り抜いた達成感、そして何よりも、自分たちが歴史的な勝利を成し遂げたのだという興奮。あらゆる感情が入り混じった、爆発的な雄叫びだった。
彼らは槍やクロスボウを天に突き上げ、互いの肩を叩き合い、涙を流して勝利を分かち合った。
その熱狂の中心にいたのは、間違いなく俺だった。
兵士たちの視線が、一斉に後方の丘、俺が立つ本陣へと注がれる。その眼差しには、もはや単なる領主の子息に対するものではない、神がかった英雄を見るかのような、熱烈な崇拝の色が宿っていた。
「リオ様、万歳!」
「アシュフォードに、勝利を!」
自然発生的に、リオ・コールが巻き起こる。
バルガスは、その光景を感無量といった表情で見つめていた。彼の目にも、光るものがあった。
「やりましたな、リオ様。完璧な、ありえない勝利です」
「ああ。だが、これは俺一人の力じゃない。お前が兵士たちを鍛え上げ、兵士たちが恐怖に打ち勝ち、そしてシルフィが力を貸してくれたからだ。皆で掴んだ勝利だよ」
俺の言葉に、シルフィは少しだけ表情を和らげた。
エリアーナは、興奮冷めやらぬ戦場を冷静に見渡し、すでに次の手を考えていた。
「リオ、これからどうするの? 逃げたグライフ子爵を追う?」
「いや、深追いはしない」
俺はきっぱりと首を振った。「言ったはずだ。目的は、敵を殲滅することじゃない。戦意を完全に喪失させ、二度と我々に逆らえないようにすることだ。その目的は、もう十分に達成された」
それに、潰走した敵を追撃すれば、こちらの被害も増える可能性がある。最小限の損害で、最大の戦果を上げる。それが俺の信条だった。
「それよりも、やるべきことがある。バルガス、負傷した敵兵の手当てをしろ。捕虜として丁重に扱うんだ。殺すな、辱めるな、持ち物を奪うな。水と食料を与え、アシュフォードの民は慈悲深いと、彼らの骨身に刻み込んでやれ」
「はっ! しかし、よろしいのですか? 彼らは敵兵ですぞ」
「今はな。だが、いずれ彼らも、我々の領民になるかもしれない。恨みの種は、今のうちに摘んでおくべきだ」
俺の意図を察したバルガスは、深く頷き、すぐに行動を開始した。
アシュフォード軍が、 triumphant な凱旋を果たしたのは、その日の夕刻だった。
領民たちは、避難先から戻り、街道の両脇を埋め尽くして、英雄たちの帰りを待っていた。
初め、彼らは半信半疑だった。四倍もの大軍に、素人同然の自分たちの夫や息子たちが勝てるはずがないと、誰もが最悪の事態を覚悟していた。
だが、帰ってきた兵士たちの姿を見て、その不安は驚きと歓喜に変わった。
出征した三百五十人のうち、死者は一人もいない。重傷者も数えるほど。ほとんどの兵士が、多少の傷は負いながらも、誇らしげな顔で胸を張り、整然と行進している。
そして、彼らの後ろには、武器を取り上げられ、意気消沈した様子の、おびただしい数の捕虜が続いていた。
ありえない勝利。
その事実が、領民たちの熱狂に火をつけた。
「よくぞ、ご無事で!」
「あなた! 頑張ったのね!」
「アシュフォード万歳! リオ様万歳!」
花が舞い、歓声が響き渡る。まるで、お祭りのような騒ぎだった。
兵士たちは、出迎えた家族と抱き合い、涙ながらに自分たちの武勇伝を語っている。
「父ちゃん、すごかったんだぞ! あの鉄のハリネズミの前じゃ、騎士様も赤ん坊みてえだった!」
「リオ様の煙と炎の魔法は、そりゃあもう、地獄そのものだったぜ!」
彼らの口から語られる戦の様子は、尾ひれがつき、瞬く間に領内全土に広まっていった。
若き指導者リオ・アシュフォードは、神の知恵と、悪魔の力を併せ持つ、人知を超えた存在である、と。
俺に対する評価は、もはや尊敬を通り越し、畏怖と神格化の領域にまで達しつつあった。
その夜、屋敷ではささやかな祝勝の宴が開かれた。
エリアーナが商会の金で用意した、極上の酒と料理が並ぶ。
父は、上機嫌で酒を呷り、何度も俺の肩を叩いて勝利を称えた。母は、俺が無事に帰ってきたことに、ただただ安堵の涙を流していた。
兄たちも、もはや俺を子供扱いすることはなかった。彼らの視線には、畏れと、どう接していいか分からない戸惑いの色が浮かんでいる。
「リオ、乾杯しましょう」
エリアーナが、ガラスの杯を差し出してきた。その頬は、興奮でわずかに上気している。
「あなたの勝利に。そして、私たちの未来に」
「ああ、乾杯」
俺たちは、カチンと杯を合わせた。
シルフィも、リリアナに勧められて果実水を飲んでいた。彼女はまだ少し表情が硬いが、領民たちの喜ぶ姿を見て、自分のやったことが正しかったのだと、少しずつ実感しているようだった。
バルガスは、部下である兵士たちと酒を酌み交わし、豪快に笑っていた。
誰もが笑顔だった。誰もが勝利に酔いしれていた。
だが、俺だけは、その喧騒の中心にいながら、一人冷静に未来を見据えていた。
この勝利は、終わりではない。始まりに過ぎない。
グライフ子爵という、目先の脅威は去った。だが、この「ありえない勝利」の噂は、必ずや王都まで届くだろう。
辺境の小領主が、近代兵器とも言うべき新戦術で、四倍の敵を打ち破った。
その事実は、王国の権力者たちに、どう映るだろうか。
ある者は、俺の力を利用しようとするだろう。
ある者は、俺の力を危険視し、潰そうとするだろう。
いずれにせよ、俺たちの存在は、もはや無視できないものになった。
アシュフォード領は、否応なく、王国の政治という、より大きく、より複雑な戦いの舞台へと引きずり出されることになる。
宴の喧騒を遠くに聞きながら、俺はガラスの杯に残った葡萄酒を、一気に飲み干した。
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『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』
※別サイトにも掲載しています。
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