異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

文字の大きさ
31 / 118

第31話:炎と煙の戦場

しおりを挟む
精鋭騎士団の壊滅は、グライフ軍全体に大きな動揺を与えていた。
後方に控えていた千人以上の歩兵たちは、目の前で起きた信じがたい光景に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。彼らのほとんどは、金で雇われたならず者か、無理やり連れてこられた農民兵だ。士気など、元から高いはずもなかった。
「な、何が起こったんだ……」
「鉄の爪の旦那方が、一瞬で……」
「化け物だ、あいつらは化け物だ!」
恐怖と混乱が、伝染病のように広がっていく。
グライフ子爵は、馬上で顔面を蒼白にさせながら、必死に叫んでいた。
「うろたえるな! 立て直せ! 歩兵部隊、前へ! 数で押し潰してしまえ!」
彼の命令に、督戦隊に促された歩兵たちが、おそるおそる前進を開始した。だが、その足取りは重く、隊列は乱れ、もはや軍隊としての統制は失われかけていた。
俺は、その好機を逃さなかった。
「投石器、目標、敵陣中央! まずは『煙』からだ! 放て!」
俺の号令と共に、本陣に設置された数台の投石器が、不気味な軋み音を立てて大きくしなった。そして、放たれた数個の素焼きの壺が、高い放物線を描いて、混乱するグライフ軍歩兵部隊のど真ん中へと飛んでいく。
壺は、地面に叩きつけられてけたたましい音と共に砕け散った。
次の瞬間。
ボフッという鈍い音と共に、大量の、濃密な黒い煙が、ものすごい勢いで発生した。湿らせた藁と硫黄が作り出す、目に染み、呼吸を困難にさせる有毒な煙だ。
「げほっ、げほっ! な、なんだこの煙は!?」
「前が見えん!」
「目が、目が痛え!」
敵陣の中央は、瞬く間に視界ゼロの暗黒地帯と化した。兵士たちは咳き込み、涙を流し、方向感覚を完全に失って右往左往するしかない。指揮官がいくら叫んでも、その声は兵士たちの悲鳴と混乱にかき消され、全く届かない。
指揮系統は、完全に分断された。
「シルフィ、頼む!」
俺が隣にいる彼女に合図を送ると、シルフィはこくりと頷いた。彼女は目を閉じ、集中する。
「風よ……」
彼女の小さな呟きと共に、戦場にありえない風が吹いた。
それは、煙幕の中心から外側へ向かって、渦を巻くように広がる風だった。その風に乗り、黒い煙はまるで意思を持った生き物のように、グライフ軍全体を包み込むように広がっていった。
「うわああ! 煙がこっちに来るぞ!」
「逃げろ!」
煙に巻かれた兵士たちは、大パニックに陥った。敵がどこにいるのか、味方がどこにいるのかも分からない。ただ、この息苦しい暗闇から逃れようと、我先に逃げ惑うだけだ。
「よし……」
俺は、敵陣の混乱が頂点に達したのを見計らい、最後の、そして最も非情な命令を下した。
「投石器、次弾装填! 今度は『炎』だ! 煙幕の中心に、全て叩き込め! 放て!」
再び、投石器が唸りを上げる。
今度の壺には、黒色火薬の元となる、硝石を混ぜ込んだ可燃性の油脂が詰め込まれている。
壺は、黒い煙の中に吸い込まれるように着弾し、砕けた。
そして。
戦場に、地獄が出現した。
ゴウッという爆音と共に、黒煙の中から、巨大な火柱が何本も立ち上った。硝石によって酸素を供給された油脂は、爆発的な勢いで燃え広がり、周囲の全てを飲み込んでいく。
それは、ただの炎ではなかった。水をかけても消えない、粘着性の炎だ。鎧に付けば、皮膚まで焼き尽くすまで燃え続ける。
「ぎゃあああああ!」
「熱い! 助けてくれ!」
「悪魔だ! こいつらは悪魔の軍勢だ!」
煙の中で視界を奪われ、逃げ惑っていた兵士たちが、今度は灼熱の炎に巻かれる。悲鳴と絶叫が、阿鼻叫喚の地獄絵図を描き出した。
もはや、それは戦争ではなかった。一方的な、蹂躙だった。
戦意など、かけらも残っているはずがない。
生き残ったグライフ軍の兵士たちは、武器を放り出し、味方を突き飛ばし、狂ったように戦場から逃げ出していく。傭兵も、農民兵も、関係ない。ただ、この地獄から一刻も早く離れたいという、生物としての本能だけが、彼らを支配していた。
グライフ子爵も、例外ではなかった。
彼は、目の前で繰り広げられる悪夢のような光景に、腰を抜かさんばかりに震え上がっていた。
「ひっ……! ば、化け物め……」
彼は、供回りの数騎だけを連れて、誰よりも早く戦場に背を向け、逃げ出していった。
総大将の逃亡。それは、軍隊の完全な崩壊を意味していた。

アシュフォード軍の兵士たちは、その光景を、ただ呆然と眺めていた。
自分たちの目の前で、四倍もの大軍が、ほとんど戦うことなく崩壊していく。
恐怖の対象だったはずの敵が、赤子のように逃げ惑っている。
彼らは、自分たちが成し遂げたことの重大さと、そしてその恐ろしさに、打ち震えていた。
「……リオ様」
バルガスが、掠れた声で俺に話しかけてきた。彼の顔は、蒼白だった。
「これが……あなた様の戦い方、なのですな」
「ああ」
俺は、燃え盛る敵陣から目を逸らさずに答えた。「これが、弱者が強者に勝つための、唯一の方法だ」
俺の隣で、シルフィが小さく肩を震わせていた。彼女は、自分の力が引き起こした惨状から、目を背けていた。
俺は、彼女の肩にそっと手を置いた。
「すまない、シルフィ。君に酷い役目を負わせた」
「……ううん」
シルフィは、首を横に振った。「これで……みんなが、守られたんだよね……?」
「そうだ。君のおかげで、この戦いは終わった。俺たちの領地は、守られたんだ」
俺の言葉に、彼女は少しだけ安堵したような表情を浮かべた。
俺は、潰走していく敵軍を見つめる。
深追いはしない。ここで敵兵を無闇に殺しても、新たな恨みを生むだけだ。
目的は、達成された。
アシュフォード領は、最小限の損害で、完璧な勝利を収めたのだ。
だが、俺の心に、勝利の昂揚感はなかった。
あるのはただ、自らの手が作り出した地獄の光景と、戦争という行為の持つ、どうしようもない空虚さだけだった。
俺は、この日の光景を、生涯忘れることはないだろう。
技術の力は、人を豊かにもするが、同時に、これほどの地獄をも生み出せるのだという、厳然たる事実を。
俺は、その罪を、この両肩に背負って、これからも生きていかなければならない。
静かになった戦場に、遠くで逃げ惑う兵士たちの悲鳴と、炎が爆ぜる音だけが、いつまでも響き渡っていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!

たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。 途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。 鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒! 素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。 裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。〜少年アレクの倫理で殴る学園ファンタジー〜

鮒捌ケコラ
ファンタジー
入学式から3週間目にして『退学」を言い渡された。 (早くない?RTAじゃないんだからさ。) 自分で言うのもアレだけど、入学してからは結構真面目に通ってた。 けど、どうやら教員の不況を買ってしまったらしい。 幸か不幸か、退学まで1週間の執行猶予が与えられた。 けど、今更どう足掻いても挽回する事は不可能だろうし、 そもそも挽回する気も起こらない。 ここまでの学園生活を振り返っても 『この学園に執着出来る程の魅力』 というものが思い当たらないからだ。 寧ろ散々な事ばかりだったな、今日まで。 それに、これ以上無理に通い続けて 貴族とのしがらみシミッシミの薬師になるより 故郷に帰って自由気ままな森番に復職した方が ずっと実りある人生になるだろう。 私を送り出した公爵様も領主様も、 アイツだってきっとわかってくれる筈だ。 よし。決まりだな。 それじゃあ、退学するまでは休まず毎日通い続けるとして…… 大人しくする理由も無くなったし、 これからは自由気ままに、我儘に、好き勝手に過ごす事にしよう。 せっかくだし、教員達からのヘイトをカンストさせるのも面白そうだ。 てな訳で……… 薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。 …そう息巻いて迎えた執行猶予満了日、 掲示板に張り出された正式な退学勧告文を 確認しに行ったんだけど…… どういう事なの?これ。

赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス 優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました お父さんは村の村長みたいな立場みたい お母さんは病弱で家から出れないほど 二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます ーーーーー この作品は大変楽しく書けていましたが 49話で終わりとすることにいたしました 完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい そんな欲求に屈してしまいましたすみません

勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした

赤白玉ゆずる
ファンタジー
【コミックス第2巻発売中です!】 逞しく成長したリューク、そしてジーナ、ユフィオ、キスティーが大活躍します! 皆様どうぞよろしくお願いいたします。 【書籍第3巻が発売されました!】 今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。 イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。アニスもレムも超カワで、表紙もカッコイイです! 素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。 【2024年10月23日コミカライズ開始!】 『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました! 颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。 【ストーリー紹介】 幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。 そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。 養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。 だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。 『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。 貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。 『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。 『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。 どん底だった主人公が一発逆転する物語です。 ※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。

どうやら俺は、魔王を倒した英雄の両親より強いらしい。~オリハルコンを斬ってくっつけたら試験無しで王立学園に入学、いろいろやらかすハメに

試運転中
ファンタジー
山を割るほどに剣を極めたおとん「ケン」と、ケガなど何でも治してしまうおかん「セイ」。 そんな二人に山で育てられた息子「ケイ」は、15歳の大人の仲間入りを機に、王都の学園へと入学する。 両親の素性すらも知らず、その血を受け継いだ自分が、どれほど常軌を逸しているかもわからず。 気心の知れた仲間と、困ったり楽しんだりする学園生活のはずが…… 主人公最強だけど、何かがおかしい!? ちょっぴり異色な異世界学園ファンタジー。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

盾乃あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

処理中です...