異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第36話:魔導科学の第一歩

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グライフ子爵との戦いが終わり、アシュフォード領は再び穏やかな日常を取り戻していた。
拡大した領地の復興は急務だった。俺はバルガスに指示して、捕虜とした元グライフ軍の農民たちを積極的に受け入れさせた。彼らは、アシュフォードの兵士たちが自分たちを丁重に扱ったこと、そして領主である俺が彼らに寛大な処置を与えたことに驚き、次第に心を開いていった。
「まさか、こんなに良い暮らしができるとは思いませんでした……」
かつてのグライフ領の農民が、満面の笑みでそう言った時、俺の胸には温かいものが込み上げた。この領地が、誰もが安心して暮らせる場所になること。それが、俺の最大の願いだった。
エリアーナは、休む間もなく商会の再編と、新領地の経済活動の統合に奔走していた。彼女の指揮の下、アシュフォードの製品はさらに多くの地域へと広がり、莫大な利益をもたらし続けている。

俺自身の時間は、再び研究開発へと注がれていた。
今回の戦争で、俺は自らの生み出した技術が、いかに絶大な力を持つかを痛感した。パイク方陣とクロスボウ、焼夷手榴弾に煙幕弾。それらは全て、この世界の常識を覆す兵器となり、少ない犠牲で完璧な勝利を収めることを可能にした。
だが、同時に、技術が持つ負の側面も肌で感じた。炎と煙に包まれ、恐怖に狂奔する敵兵たちの姿は、今も俺の脳裏に焼き付いている。
俺の技術は、人を守るためのものだ。しかし、時には人を傷つけるための道具にもなり得る。
この力を、どう使っていくべきか。
その問いの答えは、俺の中にすでにあった。
人を殺すためではなく、人を豊かにし、健やかにするための力。
それを生み出すために、俺は次なる革命を起こさなければならない。

俺が次に目を付けたのは、以前から着手していた「魔法の科学的利用」だった。
シルフィとの実験で、魔法の根源である「魔力(マナ)」が、熱や光、運動エネルギーに変換される現象であることを突き止めた。それはつまり、マナが「エネルギー源」として利用できる可能性を示唆していた。
この世界に、マナは無限に存在する。大地にも、空気にも、そして生物の体内にも。
もし、このマナを安定的に、効率よく、熱エネルギーに変換できる装置を作ることができたなら。
それは、世界を変える。
水力や風力、人力といった既存のエネルギー源とは、比べ物にならない規模の、圧倒的な動力を生み出すことができるだろう。
「そうすれば、もっと大きな工場が作れる。もっと速い輸送手段も。夜を昼に変える光も、生まれるかもしれない」
俺は、開発室で一人、未来のビジョンを語るように呟いた。
魔力(マナ)を熱エネルギーに変換する炉。
俺はそれを、「魔導炉」と名付けた。

俺はすぐにシルフィを開発室に呼んだ。
彼女は俺の目の前に座ると、興味津々といった様子で、俺が広げた羊皮紙を覗き込んだ。
「シルフィ、君の力が必要なんだ」
俺は彼女に、魔導炉の構想を説明した。
「君の体からマナを少しだけ分けてもらい、それをこの炉の中に集める。そして、マナを熱エネルギーへと効率的に変換する仕組みを開発したいんだ。それができれば、蒸気機関のような、より強力な動力が生まれる可能性がある」
シルフィの表情が、少しだけ曇った。彼女は、自分の力が、また戦争のような惨劇に使われることを恐れているのかもしれない。
「……それは、また誰かを傷つけるためのものなの?」
彼女の不安げな問いに、俺はきっぱりと首を振った。
「いや、違う。これは、人々を幸せにするための力だ。例えば、冬の寒い日でも、部屋を温かく保つことができるようになるかもしれない。遠くの水を、ボタン一つで沸かすこともできる。もっと大きな工場を動かし、たくさんのパンや服を作れるようになるかもしれないんだ」
俺は、彼女の目をまっすぐに見つめた。
「君の力を、人々の暮らしを豊かにするために使いたいんだ。力を貸してはくれないか」
シルfiは、俺の言葉をじっと聞いていた。やがて、彼女の顔から不安の色が消え、純粋な好奇心の光が宿った。
「人を傷つけないなら……やる。リオと一緒に、面白いこと、してみたい」
彼女の笑顔は、いつも俺を安心させてくれる。
こうして、魔導炉の基礎実験が開始された。

まずは、魔力を効率的に集め、制御するための「魔力集束装置」の開発だ。
俺はシルフィの協力を得て、彼女がマナを放出した際に、最も強く反応する鉱石を探した。そして、王立アカデミーの古文書館で偶然見つけた、「アーククリスタル」と呼ばれる、この世界に古くから伝わる水晶が、その性質を持つことを発見した。
アーククリスタルは、この世界の魔法使いが魔力を安定させるために使うと言われる、高価で希少な鉱石だ。エリアーナが商会の力でいくつか入手してくれた。
俺はアーククリスタルを細かく砕き、それを銅製のコイルの中に埋め込んだ。そして、そのコイルを、炉の形に形成した耐熱性の高い粘土とアシュフォード鋼の枠の中に設置する。
「シルフィ、この装置に、ゆっくりとマナを流し込んでみてくれ」
シルフィは、装置に手をかざし、目を閉じた。彼女の体から、淡い緑色の光の粒子が流れ出し、コイルの中のアーククリスタルに吸い込まれていく。
その瞬間、コイルに触れていた俺の指先に、チリチリとした微かな熱を感じた。
「熱が、発生している……!」
俺は興奮を抑えきれない。だが、その熱はごく微弱で、とても実用レベルとは言えないものだった。
試行錯誤の連続が始まった。
アーククリスタルの配置。コイルの巻き数と素材。炉の形状。全てを少しずつ変えては、シルフィにマナを流してもらい、発生する熱の量と、シルフィが感じる疲労度を記録していく。
ある時は、熱が発生するどころか、装置が冷気を放ち始めた。
「リオ、なんか、冷たいよ……」
「くそ、マナの変換が逆に働いているのか……」
またある時は、マナを流し込んだ瞬間に、アーククリスタルが爆発的に輝き、ショートするような現象が起きた。
「わあ! 今度はすごくまぶしい!」
「くっ、マナが光エネルギーに変換されてしまったか!」
部屋の中は、奇妙な光と、時折焦げ付くような匂いで満たされた。
シルフィは、失敗のたびに落ち込んでいる俺を、不思議そうに見ていた。
「リオ、なんで失敗なのに、そんなに楽しそうにしているの?」
「失敗はな、シルフィ。成功へと導くための貴重なデータなんだ。どこに問題があったか教えてくれる、優しい先生みたいなものさ」
俺の言葉に、シルフィは目を丸くした後、けらけらと楽しそうに笑った。彼女の純粋な心が、俺の情熱をさらに加速させた。

数週間の実験の末、俺は、とある構造に行き着いた。
それは、炉の内部に螺旋状の溝を刻み、そこにアーククリスタルを均等に配置する構造だった。そして、マナを流し込む際に、特定の周波数の音波を同時に流すことで、マナが熱エネルギーへと集中して変換されるという仮説を立てた。
その音波を発生させるために、俺は小型の水車を動力とした、原始的な「音叉」のような装置を開発した。

最終実験の日。
俺は、改良に改良を重ねた試作一号機を炉の中に設置した。
シルフィは、いつになく緊張した面持ちで、装置に手をかざす。リリアナが、シルフィのそばにぴったりと寄り添い、小さな手で彼女の手を握っている。
俺は、音叉装置の起動を指示した。ガリガリという音と共に、音叉が振動を始め、炉の中に微かな共鳴音を響かせる。
「シルフィ! ゆっくりと、マナを流し込んでくれ!」
シルフィが、深呼吸をして、目を閉じた。彼女の体から、淡い光が溢れ出し、炉の中へと吸い込まれていく。
数秒後。
炉の内部から、わずかな、しかし確かな熱気が、じわりと外へと漏れてくるのを感じた。
俺は、炉の温度を測るために、熱せられた石を炉の中に放り込んだ。ジュッという音と共に、石から水蒸気が上がる。
「熱だ! 安定して熱が発生している!」
俺は、興奮して叫んだ。
シルフィが目を開けた。その顔には、わずかな疲労の色はあるものの、成功への喜びが満ちていた。
「リオ! 温かくなってるよ! 大成功だね!」
リリアナも、嬉しそうに拍手を送っている。
それは、この世界の常識を打ち破る、小さな奇跡だった。
マナを、狙い通りに、熱エネルギーに変換することに成功したのだ。

俺は、この小さな魔導炉を見つめながら、途方もない未来を夢見ていた。
これは、まだ基礎実験の成功に過ぎない。だが、この技術を発展させれば、やがて来るべき「蒸気機関」や、さらには「電力」という概念の原点となるだろう。
この世界は、今、魔導科学という名の、新たな産業革命の夜明けに立っていたのだ。
俺の挑戦は、まだ始まったばかりだ。
この小さな炎が、やがて世界を照らす、巨大な光となるために。
俺は、その熱き鼓動を、この胸に確かに感じていた。
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