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第42話:謁見と嘲笑
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エリアーナが実家からの使者を追い返した一件は、瞬く間に王都の社交界を駆け巡った。
『ヴァイス家の令嬢が、辺境の小貴族に誑かされ、家を捨てた』
噂は、面白おかしく脚色されて広まっていった。俺たちアシュフォード家は、由緒ある伯爵家をないがしろにした、礼儀知らずの成り上がり者というレッテルを貼られることになった。
保守的な貴族たちの、俺たちに対する風当たりは、謁見の前からすでに最悪のものとなっていた。これも、俺たちの力を削ごうとする、保守派の思惑なのだろう。
だが、エリアーナは全く意に介していなかった。
「都合がいいわ。これで、中途半端に私たちに近づいてくる連中を、ふるいにかけることができるもの」
彼女の胆力は、もはや並の貴族のそれではない。
そして、国王に召喚されてから一月後。謁見の日がやってきた。
俺は、エリアーナが見立てた、アシュフォード商会が持つ最高の技術で作られた礼服に身を包んでいた。生地は上質だが、華美な装飾は一切ない。シンプルだが、機能美を追求したデザイン。それは、俺たちのスタンスそのものを象徴していた。
バルガスも、磨き上げられたアシュフォード鋼の鎧を身につけ、護衛として俺の後ろに控えている。シルフィとエリアーナは、謁見の間への同席は許されず、別室で待機することになっていた。
王城は、外から見た時以上に、巨大で、荘厳だった。
磨き上げられた大理石の床、天井から吊るされた巨大なシャンデリア、壁にかけられた歴代国王の肖像画。その全てが、この国の長い歴史と、王家の権威を無言で物語っていた。
俺たちは、案内の者に導かれ、謁見の間へと続く長い廊下を歩いていく。
すれ違う貴族や官僚たちが、好奇と、そしてあからさまな侮蔑の視線を、俺たちに投げかけてくるのが分かった。
(あれが、噂の辺境の小僧か)
(なんとも貧相な……。本当に、あんな子供がグライフ軍を破ったというのか)
(どうせ、何か卑劣な罠でも使ったに違いない)
彼らの心の声が、聞こえてくるようだった。バルガスは、その無礼な視線に怒りを滲ませていたが、俺は気にも留めなかった。これから起きることに比べれば、こんなものはただの挨拶代わりのようなものだ。
やがて、巨大な扉の前にたどり着いた。
「アシュフォード子爵家、リオ・アシュフォード様、ご入場!」
係員の朗々とした声と共に、重い扉がゆっくりと開かれる。
その先に広がっていたのは、眩いばかりの光景だった。
部屋の最も奥、数段高くなった場所に、豪華な玉座が鎮座している。そこに座っているのは、壮年の男性。年の頃は四十代半ばだろうか。金の髪に、威厳のある顔立ち。鋭い眼光は、まるで獅子のようだ。あれが、この国の王、アルベール三世。
玉座の左右には、王国の重鎮たちがずらりと並んでいる。きらびやかな衣装を身につけた、古参の貴族たち。その誰もが、品定めするような、冷ややかな目で俺を見下ろしていた。
その視線が、まるで無数の槍のように、俺に突き刺さる。
俺は、臆することなく、真っ直ぐに王の元へと進み出た。そして、玉座の前で、作法通りに深く膝をつき、頭を垂れた。
「お呼びにより参上いたしました。アシュフォード子爵家が三男、リオ・アシュフォードにございます」
謁見の間は、水を打ったように静まり返っていた。
国王は、しばらく何も言わず、玉座から俺の姿をじっと見下ろしていた。その視線は、俺の頭のてっぺんから爪先まで、全てを値踏みしているかのようだった。
やがて、国王は重々しく口を開いた。その声は、見た目の威厳に違わず、低く、そしてよく響いた。
「面を上げよ、リオ・アシュフォード」
俺が顔を上げると、国王はわずかに目を見開いた。俺の若さと、子供とは思えぬ落ち着き払った態度に、驚いたのだろう。
「そなたが、あのグライフ軍を打ち破ったという、辺境の英雄か。噂に聞くより、随分と幼いの」
その言葉には、侮りの響きはなかった。ただ、純粋な驚きと、好奇心の色が浮かんでいた。
俺は、静かに答えた。
「恐れながら、陛下。私一人の力ではございません。領主である父の指導、そして故郷を守らんとする領民たちの勇気があったからこその勝利にございます」
俺の謙虚な答えに、国王は満足げに頷いた。
だが、その時だった。
玉座の横に立つ、一人の老人が、わざとらしく咳払いをした。白髪に、鷲のような鋭い鼻。その目は、老獪な狐のように光っている。彼こそが、保守派の筆頭、マリウス公爵だった。
彼は、俺を嘲笑するような、ねっとりとした視線で言った。
「ほう。随分と殊勝なことを申すではないか、小僧。だが、そなたの戦い方は、神聖なる騎士道を汚す、卑劣極まりないものであったと聞き及んでおるぞ。得体の知れぬ炎と煙で敵を惑わすなど、それはもはや戦ではなく、ただの虐殺ではないのか?」
その言葉は、俺の戦いを「非道な行為」だと断じ、その功績を貶めようとする、明確な攻撃だった。
謁見の間にいる他の貴族たちからも、同調するかのような、嘲笑の囁きが漏れる。
(やはり、成り上がり者のやることは汚い)
(騎士の誇りも知らぬ田舎者め)
空気が、完全に俺への敵意で満たされていく。
俺は、この謁見が、ただの儀式ではないことを、改めて悟った。ここは、俺という存在の価値と、その危険性を測るための、最初の戦場なのだ。
俺は、マリウス公爵の挑発に乗ることなく、静かに、しかし毅然とした声で言い返した。
「公爵閣下。私の戦術が騎士道に悖るものであったとすれば、それは私の未熟さゆえ。お詫び申し上げます」
俺は、一度あっさりと頭を下げた。その態度に、マリウス公爵は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
だが、俺は続けた。
「しかし、敢えて申し上げます。私の目的は、騎士としての名誉を得ることではございませんでした。私の唯一の目的は、私の故郷を、そこに住む罪なき民を、不当な侵略者から守り抜くこと。ただ、それだけでございます」
俺は顔を上げ、謁見の間にいる全ての貴族たちを見渡した。
「そのために、最小の犠牲で、最大の効果を上げる最善の策を選んだまで。もし、民を守ることが罪であるならば、私は、その全ての罪を、この身に負う覚悟でございます」
俺の言葉に、謁見の間は再び静まり返った。
嘲笑の囁きは、消え失せていた。
民を守るためなら、卑劣漢の汚名を着ることも厭わない。その覚悟は、私利私欲にまみれた貴族たちの心を、わずかに揺さぶったのだ。
国王アルベール三世は、そのやり取りを、黙って、しかし興味深そうに眺めていた。
彼の瞳の奥に、知性の光が宿るのが見えた。彼は、俺という人間が、ただの子供でも、ただの田舎者でもないことを、この短い問答で見抜いたのだ。
謁見は、まだ始まったばかりだ。
この華やかで、陰険な魔窟の中心で。
俺は、たった一人で、この国の権力者たち全てを相手に、戦わなければならない。
だが、面白い。
俺の心は、恐怖ではなく、武者震いにも似た興奮で、静かに燃え上がっていた。
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だが、エリアーナは全く意に介していなかった。
「都合がいいわ。これで、中途半端に私たちに近づいてくる連中を、ふるいにかけることができるもの」
彼女の胆力は、もはや並の貴族のそれではない。
そして、国王に召喚されてから一月後。謁見の日がやってきた。
俺は、エリアーナが見立てた、アシュフォード商会が持つ最高の技術で作られた礼服に身を包んでいた。生地は上質だが、華美な装飾は一切ない。シンプルだが、機能美を追求したデザイン。それは、俺たちのスタンスそのものを象徴していた。
バルガスも、磨き上げられたアシュフォード鋼の鎧を身につけ、護衛として俺の後ろに控えている。シルフィとエリアーナは、謁見の間への同席は許されず、別室で待機することになっていた。
王城は、外から見た時以上に、巨大で、荘厳だった。
磨き上げられた大理石の床、天井から吊るされた巨大なシャンデリア、壁にかけられた歴代国王の肖像画。その全てが、この国の長い歴史と、王家の権威を無言で物語っていた。
俺たちは、案内の者に導かれ、謁見の間へと続く長い廊下を歩いていく。
すれ違う貴族や官僚たちが、好奇と、そしてあからさまな侮蔑の視線を、俺たちに投げかけてくるのが分かった。
(あれが、噂の辺境の小僧か)
(なんとも貧相な……。本当に、あんな子供がグライフ軍を破ったというのか)
(どうせ、何か卑劣な罠でも使ったに違いない)
彼らの心の声が、聞こえてくるようだった。バルガスは、その無礼な視線に怒りを滲ませていたが、俺は気にも留めなかった。これから起きることに比べれば、こんなものはただの挨拶代わりのようなものだ。
やがて、巨大な扉の前にたどり着いた。
「アシュフォード子爵家、リオ・アシュフォード様、ご入場!」
係員の朗々とした声と共に、重い扉がゆっくりと開かれる。
その先に広がっていたのは、眩いばかりの光景だった。
部屋の最も奥、数段高くなった場所に、豪華な玉座が鎮座している。そこに座っているのは、壮年の男性。年の頃は四十代半ばだろうか。金の髪に、威厳のある顔立ち。鋭い眼光は、まるで獅子のようだ。あれが、この国の王、アルベール三世。
玉座の左右には、王国の重鎮たちがずらりと並んでいる。きらびやかな衣装を身につけた、古参の貴族たち。その誰もが、品定めするような、冷ややかな目で俺を見下ろしていた。
その視線が、まるで無数の槍のように、俺に突き刺さる。
俺は、臆することなく、真っ直ぐに王の元へと進み出た。そして、玉座の前で、作法通りに深く膝をつき、頭を垂れた。
「お呼びにより参上いたしました。アシュフォード子爵家が三男、リオ・アシュフォードにございます」
謁見の間は、水を打ったように静まり返っていた。
国王は、しばらく何も言わず、玉座から俺の姿をじっと見下ろしていた。その視線は、俺の頭のてっぺんから爪先まで、全てを値踏みしているかのようだった。
やがて、国王は重々しく口を開いた。その声は、見た目の威厳に違わず、低く、そしてよく響いた。
「面を上げよ、リオ・アシュフォード」
俺が顔を上げると、国王はわずかに目を見開いた。俺の若さと、子供とは思えぬ落ち着き払った態度に、驚いたのだろう。
「そなたが、あのグライフ軍を打ち破ったという、辺境の英雄か。噂に聞くより、随分と幼いの」
その言葉には、侮りの響きはなかった。ただ、純粋な驚きと、好奇心の色が浮かんでいた。
俺は、静かに答えた。
「恐れながら、陛下。私一人の力ではございません。領主である父の指導、そして故郷を守らんとする領民たちの勇気があったからこその勝利にございます」
俺の謙虚な答えに、国王は満足げに頷いた。
だが、その時だった。
玉座の横に立つ、一人の老人が、わざとらしく咳払いをした。白髪に、鷲のような鋭い鼻。その目は、老獪な狐のように光っている。彼こそが、保守派の筆頭、マリウス公爵だった。
彼は、俺を嘲笑するような、ねっとりとした視線で言った。
「ほう。随分と殊勝なことを申すではないか、小僧。だが、そなたの戦い方は、神聖なる騎士道を汚す、卑劣極まりないものであったと聞き及んでおるぞ。得体の知れぬ炎と煙で敵を惑わすなど、それはもはや戦ではなく、ただの虐殺ではないのか?」
その言葉は、俺の戦いを「非道な行為」だと断じ、その功績を貶めようとする、明確な攻撃だった。
謁見の間にいる他の貴族たちからも、同調するかのような、嘲笑の囁きが漏れる。
(やはり、成り上がり者のやることは汚い)
(騎士の誇りも知らぬ田舎者め)
空気が、完全に俺への敵意で満たされていく。
俺は、この謁見が、ただの儀式ではないことを、改めて悟った。ここは、俺という存在の価値と、その危険性を測るための、最初の戦場なのだ。
俺は、マリウス公爵の挑発に乗ることなく、静かに、しかし毅然とした声で言い返した。
「公爵閣下。私の戦術が騎士道に悖るものであったとすれば、それは私の未熟さゆえ。お詫び申し上げます」
俺は、一度あっさりと頭を下げた。その態度に、マリウス公爵は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
だが、俺は続けた。
「しかし、敢えて申し上げます。私の目的は、騎士としての名誉を得ることではございませんでした。私の唯一の目的は、私の故郷を、そこに住む罪なき民を、不当な侵略者から守り抜くこと。ただ、それだけでございます」
俺は顔を上げ、謁見の間にいる全ての貴族たちを見渡した。
「そのために、最小の犠牲で、最大の効果を上げる最善の策を選んだまで。もし、民を守ることが罪であるならば、私は、その全ての罪を、この身に負う覚悟でございます」
俺の言葉に、謁見の間は再び静まり返った。
嘲笑の囁きは、消え失せていた。
民を守るためなら、卑劣漢の汚名を着ることも厭わない。その覚悟は、私利私欲にまみれた貴族たちの心を、わずかに揺さぶったのだ。
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謁見は、まだ始まったばかりだ。
この華やかで、陰険な魔窟の中心で。
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