異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第41話:王都の光と影

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アシュフォード領を出発してから三週間。俺たちを乗せた馬車は、ついに王都の城門の前にたどり着いた。
その威容は、遠くから見た時とは比べ物にならないほどの、圧倒的な迫力で俺たちに迫ってきた。天を突くほどの高さまで積み上げられた石の壁。その上には無数の兵士が立ち、王家の紋章である黄金の獅子が刻まれた旗が、冬の冷たい風にはためいている。
門を通過する人や馬車の列は、まるで巨大な川の流れのようだった。様々な言語が飛び交い、活気と熱気が渦を巻いている。アシュフォード領の比ではない。ここは、この国の全ての富と、権力と、欲望が集まる中心地なのだ。
「すごい……」
馬車の窓から外を眺めていたシルフィが、小さな声で呟いた。彼女の翡翠色の瞳は、生まれて初めて見る巨大な都市の姿に、驚きと好奇心で大きく見開かれている。
バルガスは、周囲の喧騒に眉一つ動かさず、しかしその全身からは鋭い警戒心が放たれていた。彼の目には、この活気ある光景も、無数の危険が潜む魔窟にしか見えていないのだろう。
そしてエリアーナは。彼女は複雑な表情で、懐かしむように、そして何かを振り払うように、黙って外の景色を眺めていた。ここは彼女が生まれ育った場所であり、同時に彼女を縛り付けていた檻でもあったのだ。

アシュフォード商会が、王都での拠点として事前に用意してくれた屋敷は、貴族街の一角にあった。
表通りの喧騒が嘘のような、静かで整然とした街並み。石畳は綺麗に掃き清められ、立ち並ぶ屋敷はどれも壮麗な装飾が施されている。その光景は、この国の富が、いかに一部の人間の下に集中しているかを雄弁に物語っていた。
だが、その貴族街へ向かう途中、俺は馬車の窓から一瞬、裏路地の光景を目にした。
華やかな表通りとは対照的な、薄暗く、汚物にまみれた道。壁にもたれかかる人々は、皆一様に生気がなく、その目は淀んでいた。アシュフォード領で俺が真っ先に改善しようとした、貧困と不衛生さ。それが、この大都市の心臓部で、より深刻な病巣となって、人々の暮らしを蝕んでいる。
この国の光と、影。そのあまりにも激しいコントラストを、俺は目の当たりにした。
俺がやるべきことは、アシュフォード領を豊かにするだけでは終わらないのかもしれない。俺の脳裏に、新たな、そして途方もなく巨大な課題が、ぼんやりと浮かび上がった。

俺たちが滞在する屋敷は、貴族街の中では小ぶりな方だったが、手入れが行き届いており、長旅の疲れを癒すには十分すぎるほど快適だった。
だが、俺たちが荷を解き、一息つく時間は与えられなかった。
到着して一時間も経たないうちに、一人の来客が訪れたのだ。
「リオ様、エリアーナ様。ヴァイス伯爵家より、使者の方がお見えになっております」
執事として雇われた老人が、緊張した面持ちで告げた。
来たか。
俺とエリアーナは顔を見合わせた。王都からの、最初の洗礼だ。
応接室に通されたのは、いかにも主人の威光を笠に着ているといった風情の、小太りの中年男だった。彼は、俺の姿を一瞥すると、あからさまに侮った視線を向けた。そして、エリアーナに向き直ると、芝居がかった丁寧さで、しかし高圧的に言った。
「これはエリアーナお嬢様。長旅ご苦労様でございました。伯爵様が、お嬢様のご帰還を心待ちにしておられます。さあ、このような辺境貴族との道楽は、もうお終いに。すぐに荷をまとめ、お屋敷へお戻りください」
その言葉は、エリアーナ個人に向けられたものではなかった。俺たちアシュフォード家そのものを、伯爵家の令嬢を誑かした、取るに足らない存在だと断じているのだ。
俺の隣に控えていたバルガスの眉が、ピクリと動いた。彼の全身から、怒りのオーラが立ち上る。
だが、バルガスが口を開くより先に、エリアーナが静かに彼を手で制した。
そして、彼女はゆっくりと立ち上がった。
その顔からは、貴族令嬢としての優雅な笑みは消え失せていた。そこにいたのは、数々の修羅場を乗り越えてきた、アシュフォード商会代表としての、冷徹な経営者の顔だった。
「お久しぶりね、セバス。あなた、まだ父の犬を続けていたの」
その声は、冬の湖面のように静かで、冷たかった。
「なっ……お、お嬢様、何を……」
使者の男、セバスは、主君の娘から予想だにしなかった言葉を投げかけられ、狼狽している。
エリアーナは、そんな彼に一歩近づくと、氷のような視線で射抜いた。
「聞き間違いかしら。私は、アシュフォード子爵家の客人として、この屋敷に滞在しているの。それを、あなたごときが『戻れ』と命令する権限がどこにあるというのかしら」
「そ、それは、伯爵様のご命令で……」
「ならば、そのご主人様にこう伝えなさい」
エリアーナの声が、部屋に響き渡る。
「私はもはや、ヴァイス家の便利な道具ではありません。私は、アシュフォード商会代表、リオ・アシュフォード様のビジネスパートナーです。私の身の振り方は、私が決めます」
彼女の毅然とした宣言に、セバスは完全に言葉を失った。俺も、バルガスも、ただ息を飲んでその光景を見守る。
エリアーナは、とどめを刺すように、冷たく言い放った。
「もし、お父様が私に何か御用がおありなら、ヴァイス伯爵としてではなく、一人の商人として、正式にアポイントメントを取るように、と。その上で、私がお会いする価値があると判断すれば、ですが」
それは、完全な決別宣言だった。
家柄や権威ではなく、一個人の価値で相手を判断する。それは、貴族社会の常識を根底から否定する、アシュフォードの流儀そのものだった。
セバスは、顔を真っ赤にしたかと思うと、次の瞬間には真っ青になり、何も言い返せないまま、屈辱に震える肩を揺らして部屋から逃げるように去っていった。
応接室には、張り詰めたような静寂が残された。
俺は、静かに息を吐くと、目の前の強く、美しいパートナーに尋ねた。
「……よかったのか?」
もう、実家に戻ることはできないかもしれない。貴族としての安楽な未来も、完全に閉ざされた。
だが、エリアーナは、そんな俺の心配を吹き飛ばすように、不敵に、そして心の底から楽しそうに微笑んだ。
「ええ。ええ、もちろんよ」
その表情は、まるで長年背負っていた重い枷から、ようやく解き放たれたかのように、晴れやかだった。
「これで後戻りはできなくなったわ。最高の気分よ、リオ」
王都での戦いの火蓋は、今、確かに切って落とされた。
それは、家柄や血筋ではなく、個人の実力と才覚だけがものをいう、新しい時代の戦いの始まり。
俺たちの最初の戦いは、エリアーナ・フォン・ヴァイスという一人の女性が、自らの魂の自由を勝ち取った、輝かしい勝利で幕を開けたのだった。
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