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第40話:さらば、辺境
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俺たちを乗せた馬車が、アシュフォード領の領都を抜けていく。
その街道の両脇には、どこから噂を聞きつけたのか、おびただしい数の領民たちが集まっていた。彼らは、俺たちの旅立ちを、不安と、そして熱狂的なまでの期待を込めて見送ってくれていた。
「リオ様! どうかご無事で!」
「エリアーナ様、お気をつけて!」
「バルガス様、頼みましたぞ!」
ゴードンたち農夫の姿も、鍛冶屋や大工の親方たちの姿もあった。彼らは何も言わず、ただ力強く、信頼の眼差しで俺たちを見送っている。その目が「留守は我々に任せろ」と雄弁に語っていた。
俺はこの光景を、目に、そして心に焼き付けた。
俺が守りたいと願った、この笑顔。この活気。この場所。
その全てが、今、俺の背中を力強く押してくれていた。
守るべきものがあるから、人は強くなれる。俺は、その言葉の意味を、今、心の底から理解していた。
やがて領都の喧騒は遠ざかり、馬車は静かな街道を進んでいく。
これまで俺たちが築き上げてきた、豊かな田園風景が車窓を流れていく。力強く回る水車、高殿から立ち上る薄い煙。その全てが、俺たちの戦いの軌跡だった。
馬車の心地よい揺れの中、エリアーナが静かに口を開いた。
「……王都へ行くのは、何年ぶりかしら。あそこは、私にとって檻でしかなかった。でも、今は違う」
彼女は、俺の顔を見て、凛とした笑みを浮かべた。
「私の帰る場所は、もうヴァイス家の屋敷ではないわ。このアシュフォードよ。だから、私は私の故郷を守るために、王都で戦う」
その瞳には、もはや家の道具としての令嬢の姿はない。アシュフォード商会の代表として、そして俺のパートナーとしての、確固たる意志が宿っていた。
馬車の窓から顔を出していたシルフィが、少しだけ寂しそうに呟いた。
「リリアナ、泣いてたな……」
彼女の手には、リリアナが昨夜、お守りだと言って渡してくれた、手作りの花の刺繍が入った小さな布袋が握られている。
「でも、大丈夫。リオがいる。エリアーナも、バルガスもいる。だから、怖くない」
彼女はそう言うと、自分に言い聞かせるように、ぎゅっと布袋を握りしめた。初めて見る外の世界への不安と、仲間と共にあることの安心感。その二つが、彼女の中で確かな勇気へと変わろうとしていた。
馬上で周囲の警戒を怠らないバルガスが、俺たちの馬車に並走しながら言った。
「リオ様、全て順調です。この先の森までは、特に危険な場所はありません」
その声は、いつもと変わらぬ冷静さを保っていた。だが、その横顔には、これから始まるであろう戦いへの、静かな闘志が燃え盛っているのが見て取れた。
俺は、信頼できる仲間たちの顔を一人ずつ見渡した。
冷徹な頭脳を持つ経営者。未知の力を秘めた魔法使い。そして、絶対の忠誠を誓ってくれた最強の剣士。
こいつらがいれば、どんな困難も乗り越えられる。
俺の胸に、熱い確信が込み上げてきた。
数日間の旅は、比較的平穏に進んだ。
アシュフォード領を完全に抜けると、風景は一変した。道は荒れ、畑は痩せ細り、道端の村々は活気がなく、すれ違う人々の顔には疲労と諦めの色が濃い。
それは、数ヶ月前の、俺が初めてこの世界で目覚めた頃のアシュフォード領の姿そのものだった。
俺たちのやってきたことが、いかに異常な発展であったか。それを、この旅はまざまざと見せつけてくれた。そして同時に、この世界にはまだ、俺たちの技術を必要としている場所が、人々が、山のように存在するという事実も。
夜、俺たちは街道から少し外れた場所で野営をした。
焚き火の炎が、俺たちの顔を赤く照らす。バルガスたちが交代で見張りに立ち、エリアーナは明日の行程を確認している。シルフィは、疲れたのか、毛布にくるまってすでに寝息を立てていた。
俺は一人、焚き火から少し離れ、満天の星空を見上げていた。
過労死した前世の俺、藤堂亮は、こんな星空を見上げる余裕もなかった。ただ、コンクリートジャングルの中で、数字と納期に追われるだけの毎日。
それに比べれば、今の俺はどうだ。
命の危険はある。面倒な政争にも巻き込まれた。だが、ここには信頼できる仲間がいて、守るべきものがあり、そして変えるべき未来がある。
スローライフを送りたいなんていう、当初の甘い目標は、もはや欠片も残っていない。
だが、後悔はなかった。
俺は今、確かに「生きている」。心臓が、魂が、確かに燃えているのを感じる。
俺は一体、どこへ向かっているのだろう。
この世界の歴史を、どこまで変えてしまうのだろう。
その答えは、まだ分からない。
だが、進むしかない。俺が歩いた後が、道になるのだから。
旅を始めて、二週間が過ぎた頃。
俺たちの目の前に、ついにその巨大な姿が、地平線の彼方に現れた。
王都。
無数の尖塔が天を突き、巨大な城壁が、まるで大地に巣食う巨竜のように、どこまでも続いている。その規模は、俺が治めるアシュフォード領など、比較にもならないほどに巨大で、圧倒的だった。
遠目に見るだけでも、その街が放つ巨大なエネルギーと、欲望の渦が、プレッシャーとなって肌を刺すようだった。
あれが、俺たちの次の戦場。
獅子の巣であり、魔窟であり、そして無限の可能性が眠る場所。
俺は、馬車の窓からその威容を見据え、静かに息を吐いた。
そして、無意識に、口の端が吊り上がるのを感じた。
「面倒なことになりそうだ。だが、面白くなってきた」
俺の挑戦は、辺境という小さな舞台を終え、今、国の中心へとその幕を上げようとしていた。
これから始まるであろう、巨大な政治の渦と、新たな時代の幕開けを予感しながら。
【第一部・完】
その街道の両脇には、どこから噂を聞きつけたのか、おびただしい数の領民たちが集まっていた。彼らは、俺たちの旅立ちを、不安と、そして熱狂的なまでの期待を込めて見送ってくれていた。
「リオ様! どうかご無事で!」
「エリアーナ様、お気をつけて!」
「バルガス様、頼みましたぞ!」
ゴードンたち農夫の姿も、鍛冶屋や大工の親方たちの姿もあった。彼らは何も言わず、ただ力強く、信頼の眼差しで俺たちを見送っている。その目が「留守は我々に任せろ」と雄弁に語っていた。
俺はこの光景を、目に、そして心に焼き付けた。
俺が守りたいと願った、この笑顔。この活気。この場所。
その全てが、今、俺の背中を力強く押してくれていた。
守るべきものがあるから、人は強くなれる。俺は、その言葉の意味を、今、心の底から理解していた。
やがて領都の喧騒は遠ざかり、馬車は静かな街道を進んでいく。
これまで俺たちが築き上げてきた、豊かな田園風景が車窓を流れていく。力強く回る水車、高殿から立ち上る薄い煙。その全てが、俺たちの戦いの軌跡だった。
馬車の心地よい揺れの中、エリアーナが静かに口を開いた。
「……王都へ行くのは、何年ぶりかしら。あそこは、私にとって檻でしかなかった。でも、今は違う」
彼女は、俺の顔を見て、凛とした笑みを浮かべた。
「私の帰る場所は、もうヴァイス家の屋敷ではないわ。このアシュフォードよ。だから、私は私の故郷を守るために、王都で戦う」
その瞳には、もはや家の道具としての令嬢の姿はない。アシュフォード商会の代表として、そして俺のパートナーとしての、確固たる意志が宿っていた。
馬車の窓から顔を出していたシルフィが、少しだけ寂しそうに呟いた。
「リリアナ、泣いてたな……」
彼女の手には、リリアナが昨夜、お守りだと言って渡してくれた、手作りの花の刺繍が入った小さな布袋が握られている。
「でも、大丈夫。リオがいる。エリアーナも、バルガスもいる。だから、怖くない」
彼女はそう言うと、自分に言い聞かせるように、ぎゅっと布袋を握りしめた。初めて見る外の世界への不安と、仲間と共にあることの安心感。その二つが、彼女の中で確かな勇気へと変わろうとしていた。
馬上で周囲の警戒を怠らないバルガスが、俺たちの馬車に並走しながら言った。
「リオ様、全て順調です。この先の森までは、特に危険な場所はありません」
その声は、いつもと変わらぬ冷静さを保っていた。だが、その横顔には、これから始まるであろう戦いへの、静かな闘志が燃え盛っているのが見て取れた。
俺は、信頼できる仲間たちの顔を一人ずつ見渡した。
冷徹な頭脳を持つ経営者。未知の力を秘めた魔法使い。そして、絶対の忠誠を誓ってくれた最強の剣士。
こいつらがいれば、どんな困難も乗り越えられる。
俺の胸に、熱い確信が込み上げてきた。
数日間の旅は、比較的平穏に進んだ。
アシュフォード領を完全に抜けると、風景は一変した。道は荒れ、畑は痩せ細り、道端の村々は活気がなく、すれ違う人々の顔には疲労と諦めの色が濃い。
それは、数ヶ月前の、俺が初めてこの世界で目覚めた頃のアシュフォード領の姿そのものだった。
俺たちのやってきたことが、いかに異常な発展であったか。それを、この旅はまざまざと見せつけてくれた。そして同時に、この世界にはまだ、俺たちの技術を必要としている場所が、人々が、山のように存在するという事実も。
夜、俺たちは街道から少し外れた場所で野営をした。
焚き火の炎が、俺たちの顔を赤く照らす。バルガスたちが交代で見張りに立ち、エリアーナは明日の行程を確認している。シルフィは、疲れたのか、毛布にくるまってすでに寝息を立てていた。
俺は一人、焚き火から少し離れ、満天の星空を見上げていた。
過労死した前世の俺、藤堂亮は、こんな星空を見上げる余裕もなかった。ただ、コンクリートジャングルの中で、数字と納期に追われるだけの毎日。
それに比べれば、今の俺はどうだ。
命の危険はある。面倒な政争にも巻き込まれた。だが、ここには信頼できる仲間がいて、守るべきものがあり、そして変えるべき未来がある。
スローライフを送りたいなんていう、当初の甘い目標は、もはや欠片も残っていない。
だが、後悔はなかった。
俺は今、確かに「生きている」。心臓が、魂が、確かに燃えているのを感じる。
俺は一体、どこへ向かっているのだろう。
この世界の歴史を、どこまで変えてしまうのだろう。
その答えは、まだ分からない。
だが、進むしかない。俺が歩いた後が、道になるのだから。
旅を始めて、二週間が過ぎた頃。
俺たちの目の前に、ついにその巨大な姿が、地平線の彼方に現れた。
王都。
無数の尖塔が天を突き、巨大な城壁が、まるで大地に巣食う巨竜のように、どこまでも続いている。その規模は、俺が治めるアシュフォード領など、比較にもならないほどに巨大で、圧倒的だった。
遠目に見るだけでも、その街が放つ巨大なエネルギーと、欲望の渦が、プレッシャーとなって肌を刺すようだった。
あれが、俺たちの次の戦場。
獅子の巣であり、魔窟であり、そして無限の可能性が眠る場所。
俺は、馬車の窓からその威容を見据え、静かに息を吐いた。
そして、無意識に、口の端が吊り上がるのを感じた。
「面倒なことになりそうだ。だが、面白くなってきた」
俺の挑戦は、辺境という小さな舞台を終え、今、国の中心へとその幕を上げようとしていた。
これから始まるであろう、巨大な政治の渦と、新たな時代の幕開けを予感しながら。
【第一部・完】
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