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第47話:魔力観測装置『マナメーター』
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魔導科学の提唱は、王立アカデミーという静かな池に投じられた、大きな波紋を呼ぶ石だった。
保守的な老学者たちは、俺の理論を「神への冒涜だ」と一蹴した。彼らにとって魔法は、解明すべき対象ではなく、畏怖し、敬うべき神秘そのものだったからだ。
だが、若い世代の学者や、錬金術のように経験則に基づいた学問を探求してきた者たちは、俺の提唱に強い興味を示した。
「もし、魔法が本当にエネルギー変換現象であるならば、そこには必ず法則が存在するはずだ」
「マナという概念……実に興味深い。もしそれが実在するなら、我々の錬金術における『賢者の石』探求にも、新たな光が当たるやもしれん」
俺の周りには、知的好奇心に満ちた小さな研究会のようなものが自然と形成されていった。
だが、議論は常に行き詰まった。
「リオ殿の仮説は魅力的だ。だが、証明ができない」
ある日、研究会の一人である若い錬金術師が、悔しそうに言った。
「科学であるならば、その現象は観測され、測定され、数値化されなければならない。だが、君の言う『マナ』というエネルギーは、我々の目には見えず、手で触れることもできん。これでは、議論が空論から一歩も前に進まんのだ」
彼の指摘は、的確だった。
シルフィとの実験で、俺はマナの存在を確信していた。だが、それは「彼女がお腹が空く」という、あまりにも主観的で曖昧な感覚に基づいたものだ。これでは、客観的なデータとは言えない。
魔導科学を、真の科学として確立させるためには、絶対的に必要なものがあった。
マナを、誰もが見える形で観測し、その量を客観的に測定するための装置。
俺は、その開発に着手することを決意した。
開発の拠点も、王都の屋敷の開発室だ。
俺は、アカデミーの地下書庫で得た古文書の知識と、シルフィとの実験で得たデータを組み合わせ、新しい装置の設計図を描き上げていく。
基本原理は、これまでの実験で明らかになった現象の応用だった。
『アーククリスタルは、マナに反応して光を発する。そして、流れるマナの量が多いほど、その光は強くなる』
この性質を利用するのだ。
マナの量を、光の強さ、すなわち「輝度」に変換して可視化する。
俺はエリアーナに頼み、商会のルートを使って、最高品質のアーククリスタルと、アシュフォード鋼の精密な部品、そして光を屈折させるための、ごく薄いガラスレンズをいくつか取り寄せた。
俺はまず、装置の心臓部となる「センサー」部分を組み立てた。
アーククリスタルを細かく砕き、それをアシュフォード鋼で作った細い筒の中に封入する。その筒の両端には、マナを効率よく集めるための、シルフィの髪の毛を数本編み込んだ銅製のアンテナを取り付けた。
次に、センサーが発した光を、客観的な数値として読み取るための「表示」部分を作る。
この世界に、光の強さを測る機械などない。ならば、原始的な方法で比較するしかない。
俺は、黒く塗ったアシュフォード鋼の板に、細いスリットを刻んだ。そして、そのスリットの後ろに、俺が作ったガラスレンズと、目盛りを刻んだ白い盤を配置した。
センサーが発した光は、レンズを通って白い盤の上に集光され、一つの輝点となる。その輝点の明るさを、基準となる光源、例えば「標準的な蝋燭一本を、一メートルの距離から見た時の明るさ」と比較するのだ。
そして、その明るさを、俺は「1マナ」と定義した。
それは、あまりにもアナログで、原始的な測定方法だった。だが、この世界にとっては、魔法という神秘を初めて数値化した、偉大な一歩となるはずだった。
俺は、組み上げた部品を、美しい木製の箱に収めた。それは、錬金術師が使う天秤か、あるいは異国の楽器のようにも見えた。
俺は、この世界初の魔力測定装置に、名をつけた。
『マナメーター』と。
試作品を手に、俺はシルフィと共に最終調整に臨んだ。
「シルフィ、頼む。君が『少しだけ』と感じるくらいのマナを、このアンテナに流してみてくれ」
「うん、わかった」
シルフィが装置に手をかざすと、表示盤のスリットが、ぼんやりと光った。白い盤の上には、か細い光の点が灯る。
「よし、この明るさを『10マナ』としよう」
俺は、目盛りの位置に印をつける。
「じゃあ次は、君が『結構使ったな』と感じるくらいのマナを」
シルフィが再びマナを流すと、光の点は先程よりずっと明るく輝いた。
「なるほど、この辺りが『50マナ』か」
俺とシルフィは、何時間もかけて、この地道な「校正」作業を繰り返した。彼女の主観的な感覚と、装置が示す客観的な光の強さを、一つ一つ丁寧に関連付けていく。
それは、二人にしかできない、新しい科学の夜明けを告げる共同作業だった。
数日後。俺は完成したマナメーターを携え、アカデミーの研究室にいた。
そこには、俺の研究に興味を持つ、十数人の若い学者たちが集まっていた。彼らは、俺が持参した奇妙な木箱を、好奇と疑いの入り混じった目で見つめている。
「リオ殿、これが、君の言う『マナ』を測定する装置かね?」
錬金術師の青年が、代表して尋ねてきた。
「ああ。その目で、確かめてみてほしい」
俺は、シルフィに合図を送った。彼女は緊張した面持ちで、水の入ったカップを手に取る。
「まず、シルフィが、この水を温める魔法を使います。皆さん、マナメーターの表示盤にご注目ください」
シルフィが魔法を発動させると、マナメーターのアンテナが淡く光り、表示盤の光の点が、すっと動いて、ある目盛りを指し示した。
「……今、針が指した数値は、およそ『23マナ』。この魔法の消費マナは、23ということになります」
学者たちが、ざわめいた。
「おお……光が、動いたぞ」
「本当に、数値を指し示している……」
次に、俺はシルフィにもう一つの魔法を使わせた。手のひらに、小さな光を灯す魔法だ。
マナメーターの光の点は、先程とは全く違う、より高い数値を示した。
「ご覧の通り、光の魔法の消費マナは、およそ『45マナ』。水を温める魔法より、多くのマナを必要とすることが、これで客観的に証明されました」
研究室のざわめきが、興奮を帯びたどよめきへと変わる。
これまで、誰もが「感覚」でしか語れなかった魔法の消費量が、今、初めて「数値」として、彼らの目の前に提示されたのだ。
そして、俺は最後の、そして最も重要な実証実験を行った。
俺は、シルフィに、もう一度だけ水を温める魔法を使ってもらった。だが、今度は、俺が開発室で教えた、より効率的なマナの運用法を意識させた。
「今度はどうだ!」
学者たちが、表示盤に殺到する。
マナメーターが指し示した数値は、『18マナ』。
同じ魔法であるにも関わらず、消費マナが、明らかに減少していたのだ。
「……なんということだ」
錬金術師の青年が、震える声で言った。「同じ魔法でも、使い方によって、燃費が……いや、魔力効率が変わるというのか。それが、数値として証明された……」
「その通り」と俺は言った。「そして、測定できるものは、いずれ、制御できるようになる。マナメーターは、そのための第一歩に過ぎません」
その瞬間、研究室は、熱狂的な歓声と、割れんばかりの拍手に包まれた。
学者たちは、もはや俺をただの英雄として見てはいなかった。彼らは、新しい学問の扉を開いた、偉大な先駆者として、俺に心からの敬意と賞賛を送っていた。
魔導科学は、この日、空論から実証の科学へと、その第一歩を確かに踏み出したのだ。
このマナメーターの成功は、アカデミー内で瞬く間に大きな評判となり、俺の立場をより強固なものにした。
だが、その光は、同時に濃い影をも生み出す。
この報せは、俺たちを危険視するマリウス公爵や、その力を利用しようとするクラウスの耳にも、必ず届くはずだ。
そして、王都の片隅では、家を捨てたはずの娘が、得体の知れない辺境貴族と共に、常識外れの「魔法」まで生み出しているという噂を聞きつけ、一人の伯爵が、怒りと焦りに顔を歪めていた。
俺たちが手に入れた新しい力は、俺たちの周りに渦巻く政治力学を、さらに複雑で、危険なものへと変えていく。
そのことを、俺は静かに予感していた。
保守的な老学者たちは、俺の理論を「神への冒涜だ」と一蹴した。彼らにとって魔法は、解明すべき対象ではなく、畏怖し、敬うべき神秘そのものだったからだ。
だが、若い世代の学者や、錬金術のように経験則に基づいた学問を探求してきた者たちは、俺の提唱に強い興味を示した。
「もし、魔法が本当にエネルギー変換現象であるならば、そこには必ず法則が存在するはずだ」
「マナという概念……実に興味深い。もしそれが実在するなら、我々の錬金術における『賢者の石』探求にも、新たな光が当たるやもしれん」
俺の周りには、知的好奇心に満ちた小さな研究会のようなものが自然と形成されていった。
だが、議論は常に行き詰まった。
「リオ殿の仮説は魅力的だ。だが、証明ができない」
ある日、研究会の一人である若い錬金術師が、悔しそうに言った。
「科学であるならば、その現象は観測され、測定され、数値化されなければならない。だが、君の言う『マナ』というエネルギーは、我々の目には見えず、手で触れることもできん。これでは、議論が空論から一歩も前に進まんのだ」
彼の指摘は、的確だった。
シルフィとの実験で、俺はマナの存在を確信していた。だが、それは「彼女がお腹が空く」という、あまりにも主観的で曖昧な感覚に基づいたものだ。これでは、客観的なデータとは言えない。
魔導科学を、真の科学として確立させるためには、絶対的に必要なものがあった。
マナを、誰もが見える形で観測し、その量を客観的に測定するための装置。
俺は、その開発に着手することを決意した。
開発の拠点も、王都の屋敷の開発室だ。
俺は、アカデミーの地下書庫で得た古文書の知識と、シルフィとの実験で得たデータを組み合わせ、新しい装置の設計図を描き上げていく。
基本原理は、これまでの実験で明らかになった現象の応用だった。
『アーククリスタルは、マナに反応して光を発する。そして、流れるマナの量が多いほど、その光は強くなる』
この性質を利用するのだ。
マナの量を、光の強さ、すなわち「輝度」に変換して可視化する。
俺はエリアーナに頼み、商会のルートを使って、最高品質のアーククリスタルと、アシュフォード鋼の精密な部品、そして光を屈折させるための、ごく薄いガラスレンズをいくつか取り寄せた。
俺はまず、装置の心臓部となる「センサー」部分を組み立てた。
アーククリスタルを細かく砕き、それをアシュフォード鋼で作った細い筒の中に封入する。その筒の両端には、マナを効率よく集めるための、シルフィの髪の毛を数本編み込んだ銅製のアンテナを取り付けた。
次に、センサーが発した光を、客観的な数値として読み取るための「表示」部分を作る。
この世界に、光の強さを測る機械などない。ならば、原始的な方法で比較するしかない。
俺は、黒く塗ったアシュフォード鋼の板に、細いスリットを刻んだ。そして、そのスリットの後ろに、俺が作ったガラスレンズと、目盛りを刻んだ白い盤を配置した。
センサーが発した光は、レンズを通って白い盤の上に集光され、一つの輝点となる。その輝点の明るさを、基準となる光源、例えば「標準的な蝋燭一本を、一メートルの距離から見た時の明るさ」と比較するのだ。
そして、その明るさを、俺は「1マナ」と定義した。
それは、あまりにもアナログで、原始的な測定方法だった。だが、この世界にとっては、魔法という神秘を初めて数値化した、偉大な一歩となるはずだった。
俺は、組み上げた部品を、美しい木製の箱に収めた。それは、錬金術師が使う天秤か、あるいは異国の楽器のようにも見えた。
俺は、この世界初の魔力測定装置に、名をつけた。
『マナメーター』と。
試作品を手に、俺はシルフィと共に最終調整に臨んだ。
「シルフィ、頼む。君が『少しだけ』と感じるくらいのマナを、このアンテナに流してみてくれ」
「うん、わかった」
シルフィが装置に手をかざすと、表示盤のスリットが、ぼんやりと光った。白い盤の上には、か細い光の点が灯る。
「よし、この明るさを『10マナ』としよう」
俺は、目盛りの位置に印をつける。
「じゃあ次は、君が『結構使ったな』と感じるくらいのマナを」
シルフィが再びマナを流すと、光の点は先程よりずっと明るく輝いた。
「なるほど、この辺りが『50マナ』か」
俺とシルフィは、何時間もかけて、この地道な「校正」作業を繰り返した。彼女の主観的な感覚と、装置が示す客観的な光の強さを、一つ一つ丁寧に関連付けていく。
それは、二人にしかできない、新しい科学の夜明けを告げる共同作業だった。
数日後。俺は完成したマナメーターを携え、アカデミーの研究室にいた。
そこには、俺の研究に興味を持つ、十数人の若い学者たちが集まっていた。彼らは、俺が持参した奇妙な木箱を、好奇と疑いの入り混じった目で見つめている。
「リオ殿、これが、君の言う『マナ』を測定する装置かね?」
錬金術師の青年が、代表して尋ねてきた。
「ああ。その目で、確かめてみてほしい」
俺は、シルフィに合図を送った。彼女は緊張した面持ちで、水の入ったカップを手に取る。
「まず、シルフィが、この水を温める魔法を使います。皆さん、マナメーターの表示盤にご注目ください」
シルフィが魔法を発動させると、マナメーターのアンテナが淡く光り、表示盤の光の点が、すっと動いて、ある目盛りを指し示した。
「……今、針が指した数値は、およそ『23マナ』。この魔法の消費マナは、23ということになります」
学者たちが、ざわめいた。
「おお……光が、動いたぞ」
「本当に、数値を指し示している……」
次に、俺はシルフィにもう一つの魔法を使わせた。手のひらに、小さな光を灯す魔法だ。
マナメーターの光の点は、先程とは全く違う、より高い数値を示した。
「ご覧の通り、光の魔法の消費マナは、およそ『45マナ』。水を温める魔法より、多くのマナを必要とすることが、これで客観的に証明されました」
研究室のざわめきが、興奮を帯びたどよめきへと変わる。
これまで、誰もが「感覚」でしか語れなかった魔法の消費量が、今、初めて「数値」として、彼らの目の前に提示されたのだ。
そして、俺は最後の、そして最も重要な実証実験を行った。
俺は、シルフィに、もう一度だけ水を温める魔法を使ってもらった。だが、今度は、俺が開発室で教えた、より効率的なマナの運用法を意識させた。
「今度はどうだ!」
学者たちが、表示盤に殺到する。
マナメーターが指し示した数値は、『18マナ』。
同じ魔法であるにも関わらず、消費マナが、明らかに減少していたのだ。
「……なんということだ」
錬金術師の青年が、震える声で言った。「同じ魔法でも、使い方によって、燃費が……いや、魔力効率が変わるというのか。それが、数値として証明された……」
「その通り」と俺は言った。「そして、測定できるものは、いずれ、制御できるようになる。マナメーターは、そのための第一歩に過ぎません」
その瞬間、研究室は、熱狂的な歓声と、割れんばかりの拍手に包まれた。
学者たちは、もはや俺をただの英雄として見てはいなかった。彼らは、新しい学問の扉を開いた、偉大な先駆者として、俺に心からの敬意と賞賛を送っていた。
魔導科学は、この日、空論から実証の科学へと、その第一歩を確かに踏み出したのだ。
このマナメーターの成功は、アカデミー内で瞬く間に大きな評判となり、俺の立場をより強固なものにした。
だが、その光は、同時に濃い影をも生み出す。
この報せは、俺たちを危険視するマリウス公爵や、その力を利用しようとするクラウスの耳にも、必ず届くはずだ。
そして、王都の片隅では、家を捨てたはずの娘が、得体の知れない辺境貴族と共に、常識外れの「魔法」まで生み出しているという噂を聞きつけ、一人の伯爵が、怒りと焦りに顔を歪めていた。
俺たちが手に入れた新しい力は、俺たちの周りに渦巻く政治力学を、さらに複雑で、危険なものへと変えていく。
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