異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

文字の大きさ
47 / 118

第48話:父との決別

しおりを挟む
マナメーターの成功は、王立アカデミーに大きな衝撃を与えた。俺の研究室には、連日多くの学者たちが訪れ、魔導科学という新しい学問の可能性について、熱心な議論が交わされるようになった。
俺の立場は、単なる「辺境の英雄」から、「新進気鋭の若き賢者」へと変わりつつあった。それは、マリウス公爵のような保守派貴族からの風当たりを和らげる効果はなかったが、少なくともアカデミーという知の牙城において、俺たちの活動に一定の正当性を与えてくれた。
だが、その平穏は、長くは続かなかった。
新たな嵐は、俺たちの最も身近な場所、エリアーナの過去から吹きつけてきた。

その日、アシュフォード商会の王都屋敷に、一台の豪奢な馬車が、何の予告もなく乗り付けてきた。
その馬車の紋章を見た執事は、血相を変えて俺たちの元へ駆け込んできた。
「リオ様、エリアーナ様! ヴ、ヴァイス伯爵様が、お見えになりました!」
ヴァイス伯爵。エリアーナの実の父親だ。
俺たちが王都に来てから、伯爵は娘からの「絶縁状」に激怒し、沈黙を保っていた。その彼が、自らこの屋敷に乗り込んできた。それが何を意味するのか、俺たちには痛いほど分かっていた。
エリアーナの顔から、すっと血の気が引いた。だが、彼女はすぐに気丈な表情を取り戻し、俺に向かって静かに頷いた。
「……会いましょう。いつかは、決着をつけなければならないと思っていたことだわ」

応接室の重厚な扉を開けると、そこには一人の壮年の男が、ふんぞり返るようにソファに座っていた。
年の頃は五十代だろうか。贅沢な暮らしで肥え太った体に、いかにも高価そうな装飾品をじゃらじゃらと身につけている。だが、その目は商売人特有の鋭さを持ち、獲物を見定めるような光を放っていた。彼が、エリアーナの父、オーギュスト・フォン・ヴァイス伯爵。
彼は、俺の姿を値踏みするように一瞥すると、完全に無視を決め込み、娘であるエリアーナに向かって、怒りを滲ませた声で言った。
「エリアーナ! いつまでこのような馬鹿な真似を続けるつもりだ! お前のせいで、ヴァイス家がどれほど社交界で笑いものになっているか、分かっているのか!」
それは、娘の身を案じる父親の言葉ではなかった。家の体面が傷つけられたことに対する、自己中心的な怒りだった。
エリアーナは、そんな父の姿を、冷たい目で見つめ返した。
「お久しぶりですわ、お父様。相変わらず、ご自分のことばかりなのですね」
「な、なんだ、その口の利き方は! この私に向かって!」
オーギュスト伯爵は、激昂して立ち上がった。
「お前は、この辺境の小僧に誑かされているのだ! 目を覚ませ! マリウス公爵家との縁談を破談にし、家の名誉に泥を塗った罪、どう償うつもりだ!」
「罪、ですって?」
エリアーナは、自嘲気味に鼻で笑った。「私が犯した罪は、ただ一つ。お父様の、都合の良い道具であることを、やめたことですわ」
その言葉は、二人の間の溝が、もはや修復不可能なほどに深いことを示していた。
オーギュスト伯爵は、娘の反抗的な態度に、怒りで顔を真っ赤にしていたが、やがて何かを思い出したように、ふっと狡猾な笑みを浮かべた。
「……フン、まあよい。過ぎたことを、今さら責めても仕方あるまい。それよりも、本題に入ろうか」
彼は、ソファに再び腰を下ろすと、今度は俺の方に視線を向けた。
「リオ・アシュフォードとか言ったな。小僧。お前の噂は、嫌というほど耳に入っておる。石鹸、ガラス、そして最近では、アカデミーで『魔導科学』などという、得体の知れんものを広めているそうじゃないか」
その目は、俺の技術がもたらす「利益」を、正確に計算している商人の目だった。
「単刀直入に言おう。お前たちの、そのアシュフォード商会とやら。我がヴァイス家の傘下に入れ。そうすれば、マリウス公爵からの圧力も、我が家の力でねじ伏せてやろう。そして、お前たちの生み出す利益は、我が家と折半だ。悪い話ではあるまい?」
それは、マリウス公爵が提示したものと、ほとんど同じ提案だった。だが、そこには「娘を返せ」という、より個人的で、粘着質な欲望が絡みついていた。
俺が口を開く前に、エリアーナが、決然とした声で割り込んだ。
「お断りいたします」
「なんだと?」
「アシュフォード商会は、リオ様と私が、二人で築き上げてきたものです。誰の傘下にも入るつもりはありません。ましてや、あなたのような、人を道具としか見ない方の下につくなど、冗談ではありませんわ」
彼女の言葉に、オーギュスト伯爵の顔が、怒りでみるみるうちに歪んでいく。
「エリアーナ……! この、恩知らずめが! 誰のおかげで、お前が何不自由なく生きてこられたと思っている!」
「ええ、感謝していますわ」とエリアーナは、静かに、しかしはっきりと返した。「何不自由なく、心を殺して生きる術を教えてくださったことには、心から」
その言葉は、オーギュスト伯爵の心を、深く抉ったようだった。彼は、一瞬言葉に詰まった。
だが、彼は諦めなかった。彼は、娘の最大の弱点を突いてきた。
「……ならば、力ずくで分からせてやるまでだ。リオ・アシュフォード。お前が娘を解放し、商会の全ての利権を我がヴァイス家に譲渡するという誓約書に、今ここで署名しろ。さもなくば」
彼は、脅すように言った。「お前の故郷、アシュフォード領がどうなるか、分からんぞ。マリウス公爵がお前たちを潰したがっているのは知っている。私が公爵に少しばかりの資金援助をし、『アシュフォード討伐』の後押しをしてやってもいいのだ。そうなれば、お前の家族や領民が、どうなるかな?」
それは、最も卑劣で、最も効果的な脅迫だった。俺たちの、最大の弱点である、故郷を人質に取ってきたのだ。
俺の背後で、バルガスが怒りに身を震わせるのが分かった。
だが、その脅迫に立ち向かったのは、俺ではなかった。
エリアーナだった。
彼女は、震える父の前に、静かに一歩踏み出した。そして、俺と、バルガスと、この部屋にいる全ての者を守るように、両腕を広げた。
「……もう、やめて」
その声は、震えていたが、鋼のような強さを持っていた。
「私を道具として扱うのも、私の大切な人たちを脅すのも、もうたくさんです」
彼女は、父の目を、生まれて初めて、まっすぐに見据えた。
「お父様。私はもう、あなたの道具ではありません。私は、エリアーナ・フォン・ヴァイスという、一人の人間です」
その瞳には、涙が浮かんでいた。だが、それは悲しみの涙ではなかった。過去の自分と決別し、新しい自分として生まれ変わるための、力強い決意の涙だった。
「この商会は、私の誇りです。リオ様は、私の力を信じ、対等なパートナーとして認めてくれた、たった一人の人です。この人たちと、私たちが築き上げてきたこの場所を、あなたなんかに、絶対に壊させはしない!」
その魂の叫びは、オーギュスト伯爵の心を、完全に打ちのめした。
彼は、娘のそのあまりにも強い眼差しに、気圧され、たじろいだ。彼は、自分が育ててきたはずの「お人形」が、いつの間にか、自分の手の届かない、気高く、そして強い一人の女性へと成長してしまっていたことを、今、この瞬間、認めざるを得なかった。
彼は、何も言い返せないまま、悪態をつくように立ち上がると、逃げるように部屋を去っていった。
嵐が、過ぎ去った。
応接室には、静寂だけが残された。
エリアーナは、その場に崩れ落ちるように、ソファに座り込んだ。彼女の肩は、小さく震えていた。
俺は、何も言わずに、彼女の隣に座った。
「……強かったな」
俺がそう言うと、彼女は顔を上げて、涙で濡れた顔のまま、ふっと笑った。
「当たり前でしょう? 私は、アシュフォード商会の、代表なのだから」
その笑顔は、これまで俺が見たどの笑顔よりも、美しく、そして力強かった。
父との決別。それは、エリアーナにとって、最も辛く、そして最も必要な戦いだった。
彼女は、その戦いに、見事に勝利したのだ。
俺たちの結束は、この試練を経て、さらに強固なものとなった。
だが、同時に、ヴァイス伯爵という、新たな敵を作ってしまったこともまた、事実だった。
マリウス公爵と、ヴァイス伯爵。二人の強欲な貴族が、もし手を組むことになれば。
アシュフォード領は、再び、深刻な脅威に晒されることになるだろう。
俺は、静かに、次の戦いの始まりを予感していた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス 優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました お父さんは村の村長みたいな立場みたい お母さんは病弱で家から出れないほど 二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます ーーーーー この作品は大変楽しく書けていましたが 49話で終わりとすることにいたしました 完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい そんな欲求に屈してしまいましたすみません

落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!

たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。 途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。 鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒! 素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。 裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。〜少年アレクの倫理で殴る学園ファンタジー〜

鮒捌ケコラ
ファンタジー
入学式から3週間目にして『退学」を言い渡された。 (早くない?RTAじゃないんだからさ。) 自分で言うのもアレだけど、入学してからは結構真面目に通ってた。 けど、どうやら教員の不況を買ってしまったらしい。 幸か不幸か、退学まで1週間の執行猶予が与えられた。 けど、今更どう足掻いても挽回する事は不可能だろうし、 そもそも挽回する気も起こらない。 ここまでの学園生活を振り返っても 『この学園に執着出来る程の魅力』 というものが思い当たらないからだ。 寧ろ散々な事ばかりだったな、今日まで。 それに、これ以上無理に通い続けて 貴族とのしがらみシミッシミの薬師になるより 故郷に帰って自由気ままな森番に復職した方が ずっと実りある人生になるだろう。 私を送り出した公爵様も領主様も、 アイツだってきっとわかってくれる筈だ。 よし。決まりだな。 それじゃあ、退学するまでは休まず毎日通い続けるとして…… 大人しくする理由も無くなったし、 これからは自由気ままに、我儘に、好き勝手に過ごす事にしよう。 せっかくだし、教員達からのヘイトをカンストさせるのも面白そうだ。 てな訳で……… 薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。 …そう息巻いて迎えた執行猶予満了日、 掲示板に張り出された正式な退学勧告文を 確認しに行ったんだけど…… どういう事なの?これ。

勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした

赤白玉ゆずる
ファンタジー
【コミックス第2巻発売中です!】 逞しく成長したリューク、そしてジーナ、ユフィオ、キスティーが大活躍します! 皆様どうぞよろしくお願いいたします。 【書籍第3巻が発売されました!】 今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。 イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。アニスもレムも超カワで、表紙もカッコイイです! 素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。 【2024年10月23日コミカライズ開始!】 『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました! 颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。 【ストーリー紹介】 幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。 そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。 養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。 だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。 『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。 貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。 『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。 『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。 どん底だった主人公が一発逆転する物語です。 ※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。

どうやら俺は、魔王を倒した英雄の両親より強いらしい。~オリハルコンを斬ってくっつけたら試験無しで王立学園に入学、いろいろやらかすハメに

試運転中
ファンタジー
山を割るほどに剣を極めたおとん「ケン」と、ケガなど何でも治してしまうおかん「セイ」。 そんな二人に山で育てられた息子「ケイ」は、15歳の大人の仲間入りを機に、王都の学園へと入学する。 両親の素性すらも知らず、その血を受け継いだ自分が、どれほど常軌を逸しているかもわからず。 気心の知れた仲間と、困ったり楽しんだりする学園生活のはずが…… 主人公最強だけど、何かがおかしい!? ちょっぴり異色な異世界学園ファンタジー。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

盾乃あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

処理中です...