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第64話:反乱の足音
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エリアーナとの間で互いの想いを確かめ合った夜から、俺たちの関係は微妙に、しかし確かな変化を遂げた。
以前のような、緊張感をはらんだビジネスパートナーとしての関係だけでなく、そこには互いを深く労り、支え合う温かい空気が流れるようになった。
だが、そんな穏やかな時間は長くは続かなかった。
春の雪解けと共に、俺たちが最も恐れていた事態が現実のものとなろうとしていた。
「リオ、エリアーナ。急報だ」
クラウス・フォン・ゲルラッハが珍しく息を切らして俺たちの屋敷に駆け込んできたのは、ある風の強い日のことだった。
彼の氷のような仮面は、わずかに焦りの色を浮かべていた。
「我々の情報網と、そして君たちのアシュフォード商会の情報網が、同時に同じ情報を掴んだ。間違いない」
彼はテーブルの上に一枚の羊皮紙を叩きつけるように置いた。
そこには、王国各地の保守派貴族たちの領地から、怪しい金の流れと物資の移動が詳細に記されていた。
「マリウス公爵とヴァイス伯爵がついに動いた。彼らは王国東部に位置する、十数の保守派貴族たちに密使を送り、一斉蜂起を促した。その決起の日は、おそらく今から一週間後」
一週間後。
その言葉の重みに、部屋の空気が凍り付いた。
「公爵たちは自分たちの領地から大量の兵糧と武具を、反乱の拠点となるであろう東部のトリスタン伯爵領へと密かに輸送している。そして、その輸送ルートの終着点には……」
クラウスは苦々しげに続けた。
「……ガルニア帝国の国境がある」
「帝国……!」
エリアーナが息をのむ。
「そうだ。今回の反乱の背後には、やはり帝国がいた。彼らは公爵たちに資金と最新の武具を援助し、内乱を扇動している。そして、反乱が起きて王国が混乱した隙を突き、『秩序回復』を名目に国境を越えて軍を侵攻させるつもりだろう」
それは俺たちが想像していた中でも、最悪のシナリオだった。
国内の反乱と、国外からの侵略。
二つの脅威が、同時にこの王国に襲いかかろうとしている。
「国王陛下はすでにご存知なのか?」
「もちろん。だが、先手は打てない。先程も言った通り、彼らが蜂起するという物的な証拠がない限り、王国の軍を動かせばこちらが悪者になってしまう。我々は、彼らが反乱の狼煙を上げるのを待つしかないのだ」
なんという、もどかしい状況だ。
敵の計画は分かっているのに、動けない。
まるで首筋に冷たい刃を突きつけられたまま、相手がそれを振り下ろすのをただ待っているようなものだ。
「……クラウス。反乱軍の、予想される総兵力は?」
俺は冷静に尋ねた。
「保守派貴族たちの私兵、そして金で雇われた傭兵たち。全てを合わせれば、少なくとも一万は下らないだろう」
一万。
グライフ子爵の軍勢とは、もはや比較にもならない巨大な戦力だった。
「対する、王都を守る国王直属の軍は、およそ五千。しかも、その中には保守派に内通している者がどれだけいるか分からない」
兵力は半分以下。しかも、内部に裏切り者を抱えている可能性がある。
状況は絶望的だった。
エリアーナの顔からも、血の気が引いていた。
だが、俺の心は不思議なほど静かだった。
ようやく、来たか。
俺は、この日のためにずっと準備を続けてきたのだ。
「クラウス、一つだけ、教えてくれ」
俺は壁に貼られた王国の地図を指差した。「反乱軍が王都へ進軍するとしたら、必ず通る道はどこだ?」
クラウスは俺の意図を察し、地図の一点を指し示した。
「……王都の東に広がる、グラウ平原だろうな。ここは、大軍が展開できる唯一の開けた場所だ。彼らが王都を包囲するなら、必ずここに本陣を敷くはずだ」
「分かった」
俺は静かに頷いた。決戦の場所は決まった。
俺はエリアーナとバルガス、そしてシルフィに向き直った。
「皆、聞いてくれ。俺たちの本当の戦いが始まる」
その声には、微塵の揺らぎもなかった。
「エリアーナ、商会の全ての力を使い、王都への兵糧と物資の輸送を何としてでも確保してくれ。籠城戦になる可能性も、考えておかなければならない」
「……分かったわ。私の全てを賭けて、王都の生命線を守り抜いてみせる」
「バルガス、アシュフォード領へ至急の電信を送れ。領地に残っている兵士たち、そして俺たちが育てた新しい兵器の全てを、鉄道を使ってただちに王都へ輸送するように、と」
「はっ! ただちに!」
「そして、シルフィ」
俺は彼女の小さな肩に手を置いた。「また、君の力が必要になる。今度の戦いは、これまでとは比べ物にならないくらい大きくて、恐ろしいものになるだろう。だが……」
「……分かってる」
シルフィは俺の言葉を遮るように、力強く頷いた。「リオが、みんなが戦うなら、私も戦う。もう、迷わないよ」
その翡翠色の瞳には、かつての怯えた少女の姿はなく、共に未来を切り拓く戦士の光が宿っていた。
俺は仲間たちの顔を、一人ずつ見渡した。
誰も、絶望してはいなかった。
その目には、これから始まるであろう王国史上最大の危機を、自分たちの手で乗り越えてみせるという燃えるような覚悟が宿っていた。
静かに、しかし確実に、反乱の足音は王都へと迫ってきていた。
だが、俺たちはもうただの辺境貴族ではない。
俺たちには、知識がある。技術がある。そして何より、共に戦う最高の仲間たちがいる。
俺は窓の外に広がる、春の訪れを感じさせる青い空を見上げた。
「マリウス公爵、そして帝国よ」
俺は静かに呟いた。
「お前たちが起こす嵐は、確かに大きいだろう。だが、俺たちが起こす新しい時代の風は、その嵐ごと、吹き飛ばしてみせる」
王国の運命を賭けたカウントダウンが、今、静かに始まった。
以前のような、緊張感をはらんだビジネスパートナーとしての関係だけでなく、そこには互いを深く労り、支え合う温かい空気が流れるようになった。
だが、そんな穏やかな時間は長くは続かなかった。
春の雪解けと共に、俺たちが最も恐れていた事態が現実のものとなろうとしていた。
「リオ、エリアーナ。急報だ」
クラウス・フォン・ゲルラッハが珍しく息を切らして俺たちの屋敷に駆け込んできたのは、ある風の強い日のことだった。
彼の氷のような仮面は、わずかに焦りの色を浮かべていた。
「我々の情報網と、そして君たちのアシュフォード商会の情報網が、同時に同じ情報を掴んだ。間違いない」
彼はテーブルの上に一枚の羊皮紙を叩きつけるように置いた。
そこには、王国各地の保守派貴族たちの領地から、怪しい金の流れと物資の移動が詳細に記されていた。
「マリウス公爵とヴァイス伯爵がついに動いた。彼らは王国東部に位置する、十数の保守派貴族たちに密使を送り、一斉蜂起を促した。その決起の日は、おそらく今から一週間後」
一週間後。
その言葉の重みに、部屋の空気が凍り付いた。
「公爵たちは自分たちの領地から大量の兵糧と武具を、反乱の拠点となるであろう東部のトリスタン伯爵領へと密かに輸送している。そして、その輸送ルートの終着点には……」
クラウスは苦々しげに続けた。
「……ガルニア帝国の国境がある」
「帝国……!」
エリアーナが息をのむ。
「そうだ。今回の反乱の背後には、やはり帝国がいた。彼らは公爵たちに資金と最新の武具を援助し、内乱を扇動している。そして、反乱が起きて王国が混乱した隙を突き、『秩序回復』を名目に国境を越えて軍を侵攻させるつもりだろう」
それは俺たちが想像していた中でも、最悪のシナリオだった。
国内の反乱と、国外からの侵略。
二つの脅威が、同時にこの王国に襲いかかろうとしている。
「国王陛下はすでにご存知なのか?」
「もちろん。だが、先手は打てない。先程も言った通り、彼らが蜂起するという物的な証拠がない限り、王国の軍を動かせばこちらが悪者になってしまう。我々は、彼らが反乱の狼煙を上げるのを待つしかないのだ」
なんという、もどかしい状況だ。
敵の計画は分かっているのに、動けない。
まるで首筋に冷たい刃を突きつけられたまま、相手がそれを振り下ろすのをただ待っているようなものだ。
「……クラウス。反乱軍の、予想される総兵力は?」
俺は冷静に尋ねた。
「保守派貴族たちの私兵、そして金で雇われた傭兵たち。全てを合わせれば、少なくとも一万は下らないだろう」
一万。
グライフ子爵の軍勢とは、もはや比較にもならない巨大な戦力だった。
「対する、王都を守る国王直属の軍は、およそ五千。しかも、その中には保守派に内通している者がどれだけいるか分からない」
兵力は半分以下。しかも、内部に裏切り者を抱えている可能性がある。
状況は絶望的だった。
エリアーナの顔からも、血の気が引いていた。
だが、俺の心は不思議なほど静かだった。
ようやく、来たか。
俺は、この日のためにずっと準備を続けてきたのだ。
「クラウス、一つだけ、教えてくれ」
俺は壁に貼られた王国の地図を指差した。「反乱軍が王都へ進軍するとしたら、必ず通る道はどこだ?」
クラウスは俺の意図を察し、地図の一点を指し示した。
「……王都の東に広がる、グラウ平原だろうな。ここは、大軍が展開できる唯一の開けた場所だ。彼らが王都を包囲するなら、必ずここに本陣を敷くはずだ」
「分かった」
俺は静かに頷いた。決戦の場所は決まった。
俺はエリアーナとバルガス、そしてシルフィに向き直った。
「皆、聞いてくれ。俺たちの本当の戦いが始まる」
その声には、微塵の揺らぎもなかった。
「エリアーナ、商会の全ての力を使い、王都への兵糧と物資の輸送を何としてでも確保してくれ。籠城戦になる可能性も、考えておかなければならない」
「……分かったわ。私の全てを賭けて、王都の生命線を守り抜いてみせる」
「バルガス、アシュフォード領へ至急の電信を送れ。領地に残っている兵士たち、そして俺たちが育てた新しい兵器の全てを、鉄道を使ってただちに王都へ輸送するように、と」
「はっ! ただちに!」
「そして、シルフィ」
俺は彼女の小さな肩に手を置いた。「また、君の力が必要になる。今度の戦いは、これまでとは比べ物にならないくらい大きくて、恐ろしいものになるだろう。だが……」
「……分かってる」
シルフィは俺の言葉を遮るように、力強く頷いた。「リオが、みんなが戦うなら、私も戦う。もう、迷わないよ」
その翡翠色の瞳には、かつての怯えた少女の姿はなく、共に未来を切り拓く戦士の光が宿っていた。
俺は仲間たちの顔を、一人ずつ見渡した。
誰も、絶望してはいなかった。
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だが、俺たちはもうただの辺境貴族ではない。
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俺は窓の外に広がる、春の訪れを感じさせる青い空を見上げた。
「マリウス公爵、そして帝国よ」
俺は静かに呟いた。
「お前たちが起こす嵐は、確かに大きいだろう。だが、俺たちが起こす新しい時代の風は、その嵐ごと、吹き飛ばしてみせる」
王国の運命を賭けたカウントダウンが、今、静かに始まった。
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