異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第63話:エリアーナの懸念と愛

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空への夢を語らった夜から数日後、俺たちの屋敷に珍しい来客があった。
クラウス・フォン・ゲルラッハだ。
彼はいつものように感情の読めないポーカーフェイスで、俺の前に一枚の報告書を差し出した。
「リオ殿、朗報です。あなた方が進めている電信網敷設プロジェクトですが、国王陛下がその重要性を認め、国家予算からの追加支出を承認されました。これで計画はさらに加速するでしょう」
「それは、ありがたい」
素直に礼を言うと、クラウスは眼鏡の奥の冷たい瞳で俺をじっと見つめた。
「……ですが、同時に悪い報せもあります」
彼の声がわずかに低くなる。
「マリウス公爵とヴァイス伯爵が完全に手を組みました。彼らは保守派の地方貴族たちに大量の資金を流し、反乱の準備を水面下で着々と進めています。我々の情報網によれば、早ければ春の雪解けと共に彼らは一斉に蜂起する可能性があります」
その情報は、エリアーナが掴んでいたものと完全に一致していた。
「国王陛下もこの動きには気づいておられます。ですが、彼らが反乱を起こすという決定的な証拠がない限り、こちらから先に手を出すことはできない。下手に動けば、逆に公爵たちに『国王が、無実の貴族を弾圧しようとしている』という口実を与えかねませんからな」
それはもどかしい、ギリギリの睨み合いだった。
「我々に何ができることはありますか」
「一つだけ」とクラウスは言った。「電信網の完成を一日でも早く。情報こそがこの戦いの趨勢を決する最大の武器となります。反乱の兆候を誰よりも早く掴むことができれば、先手を打つことができる」
「……分かりました。全力を尽くします」
俺の言葉にクラウスは静かに頷くと、それ以上何も言わずに去っていった。
彼は俺たちを利用しようとしている。それは間違いない。だが、同時に彼もまたこの国を憂い、守ろうとしている。その点において、俺たちの目的は今はまだ一致していた。

クラウスが帰った後、俺は開発室で電信機の中継器の改良設計に没頭していた。
長距離の通信では信号が減衰してしまう。それを防ぐため、一定区間ごとに信号を増幅して再送信するリレー装置が必要なのだ。
その設計に集中していると、不意にドアが静かに開いた。
エリアーナだった。彼女は手に温かい紅茶のカップを二つ持ち、俺の隣の椅子にそっと腰を下ろした。
「……少し、休憩したらどう? あなた、もう何日もまともに寝ていないでしょう」
その声には、労りと、そして深い心配の色が滲んでいた。
「ああ、ありがとう」
俺は彼女からカップを受け取ると、久しぶりに肩の力を抜いた。紅茶の温かい香りが、疲れた体に染み渡っていく。
エリアーナは俺が描いていた設計図を、しばらく黙って眺めていた。
やがて彼女は意を決したように、静かに口を開いた。
「ねえ、リオ。少しペースを落とすことはできないかしら」
「ペースを?」
俺が聞き返すと、彼女は真剣な目で俺を見つめ返した。
「あなたの改革はあまりにも急進的すぎるわ。蒸気機関、鉄道、電信……。あなたは、この国の歴史をたった一年で百年分進めてしまっている。その急激な変化に、誰も……社会も、人も、ついていけていないのよ」
彼女の指摘は的確だった。
「あなたの技術は確かに素晴らしいわ。でも、それは同時に大きな歪みを生んでいる。富を得る者がいれば、その裏で古いやり方にしがみついて仕事を失う者もいる。あなたの力を崇める者がいれば、それを恐れ、憎む者もいる。マリウス公爵のような人間は、その歪みが生み出した一つの象徴に過ぎないわ」
俺は何も言い返せなかった。
俺はただ前だけを見て、技術革新という名の機関車を全速力で走らせてきた。その車輪の下で何が起きているのかを、深く考える余裕もなかった。
「私は、怖い」
エリアーナは珍しく、弱音を吐いた。
「このまま進めば、私たちはどこへ行ってしまうのかしら。あなたの進む先にあるのは、本当に皆が幸せになれる世界なの? それとも、あなたの力が生み出す新しい争いに満ちた地獄なのかしら」
その瞳は不安に揺れていた。
俺は彼女のその小さな手を、そっと握った。
冷たく、そしてわずかに震えている手だった。
「……すまない」
俺は心の底から、そう言った。「俺は、お前にあまりにも重い荷物を背負わせすぎていたな」
彼女は商会の代表として、俺の改革がもたらす光と影、その両方をたった一人で受け止め続けてきたのだ。
「……エリアーナ。俺も、怖い時がある」
俺は初めて、彼女に自分の弱さを見せた。
「俺の知識が本当にこの世界を良い方向に導くのか。それとも、取り返しのつかない破滅を招くだけなのか。時々、分からなくなるんだ。だが」
俺は彼女の手を、さらに強く握りしめた。
「俺は進むしかないんだ。俺たちが築き上げてきたものを、俺たちを信じてくれる人々を守るために。もし、俺の進む道が間違っているのなら、その時はあんたが俺を止めてくれ。あんただけが、俺を止められる唯一の人間だから」
俺の言葉に、エリアーナははっとしたように顔を上げた。
彼女の瞳から、一筋の涙が静かに頬を伝った。
「……馬鹿ね。あなたって人は、本当に」
彼女はそう言うと、俺の肩にそっと頭をもたせかけた。
「私があなたを止められるわけ、ないじゃない」
その声は震えていた。
「だって、私は……」
彼女は言葉を続ける。
「どんな未来になろうと、私はあなたの隣にいると、もう決めたのだから」
それは愛の告白だった。
ビジネスパートナーとして、戦友として、俺の隣を歩き続けてきた彼女が、初めて見せた一人の女性としての偽らざる想い。
俺は何も言えずに、ただ彼女の肩をそっと抱きしめた。
言葉は必要なかった。
俺たちは互いの温もりの中で、同じ未来を見据えていた。
それが輝かしい希望に満ちた世界なのか、それとも茨の道なのかは分からない。
だが、一人ではない。
このかけがえのないパートナーと共に歩んでいけるのなら、どんな未来であろうと俺は受け入れる覚悟があった。
開発室の窓から差し込む月明かりが、静かに寄り添う二人の影を優しく照らし出していた。
束の間の、しかし何よりも確かな愛と安らぎの時間が、そこに流れていた。
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