異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第65話:決戦への備え

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反乱決起の日まで、あと七日。
王都は表面上は穏やかな春の陽気を享受していたが、その水面下では巨大な嵐の前の息詰まるような緊張感が高まっていた。
俺たちの屋敷は、さながら前線の司令部と化していた。
「エリアーナ、兵糧の備蓄状況は?」
「王都内の主要な倉庫は商会のルートでほぼ確保したわ。少なくとも一ヶ月は籠城できるだけの食料はある。問題はマリウス公爵たちが地方からの補給路を完全に遮断しようとしていることね」
「バルガス、アシュフォードからの援軍は?」
「はっ! たった今、電信で返信が。プロメテウス三号機及び四号機に兵士三百、そして『新型』を積載し、三日後には王都に到着する、と」
「よし、間に合うな」
俺とエリアーナ、そしてバルガスは連日連夜、ほとんど眠らずに来るべき決戦への備えを進めていた。
シルフィも自分の部屋に籠り、来るべき戦いに備えて精神を集中させマナを高めていた。彼女の部屋の周りには時折、淡い緑色の光が揺らめいているのが見えた。
そして俺自身もまた、最後の切り札の準備に全ての時間を注ぎ込んでいた。

司令部と化した屋敷の開発室には、アシュフォード領から鉄道で極秘裏に運び込まれたいくつかの木箱が置かれていた。
俺はバルガスと共に、その中身を一つ一つ確認していく。
「これが新型の後装式ライフルだ」
俺が木箱から取り出したのは一本の美しい銃だった。銃身も機関部も、全てが精密に加工されたアシュフォード鋼で作られている。
これまでの兵士たちが使っていたのは、銃口から弾と火薬を詰める旧式のマスケット銃だった。だがこのライフルは違う。
俺は薬莢と一体になった紙製の弾薬を銃の後ろにある薬室に装填し、ボルトを閉鎖してみせた。
「見ての通り、後ろから弾を込める。これで装填速度はマスケット銃の三倍以上になる。しかも銃身の内側には螺旋状の溝『ライフリング』が刻んである。これにより弾丸は回転しながら発射され、命中精度と射程距離が飛躍的に向上する」
バルガスは、その洗練された機構を感嘆と畏怖の入り混じった目で見つめていた。
「……恐るべき武器ですな。これさえあれば騎士の鎧など、もはや無意味に等しい」
「ああ。そしてこれだけじゃない」
俺は次に、さらに大きな木箱を開けた。
中に入っていたのは、新型のカノン砲の部品だった。
「これもライフルと同じく、後ろから砲弾を装填する『後装式』だ。だが最大の特徴はそこじゃない」
俺は砲弾そのものを指し示した。
それは先端が尖った流線型の形状をしていた。
「これまでの砲弾はただの鉄の玉だった。だがこの砲弾には、俺が改良した強力な黒色火薬が詰め込まれている。着弾の衝撃で信管が作動し、内部の火薬が爆発する。『榴弾』だ」
ただの鉄球が敵を「点」で貫くのに対し、榴弾は着弾と同時に爆発し、その破片と衝撃波で周囲の敵を「面」で薙ぎ払う。
その破壊力は、もはや比較にすらならない。
バルガスはゴクリと喉を鳴らした。「もはや戦の神ですら、裸足で逃げ出すような兵器ですな……」
「まだだ、バルガス」
俺は静かに言った。「本当の切り札はこれだ」
俺は司令部の壁に貼られた王都周辺の地図を指差した。
「電信と鉄道。この二つが揃った時、俺たちの軍隊はこの世界の誰もが想像しえない、全く新しい戦い方ができるようになる」
俺は自分の構想を語り始めた。
「敵がグラウ平原に本陣を敷いたとする。俺たちは王都から鉄道を使ってこのカノン砲を敵の射程外ギリギリの場所まで一気に輸送する」
俺は地図の上に、鉄道路線から分岐する短い引き込み線の絵を描き加えた。
「そしてここから敵の本陣を直接砲撃するんだ。だが闇雲に撃つんじゃない」
俺は平原を見渡せるいくつかの丘の上に×印をつけた。
「これらの地点に少数の偵察兵を電信機と共に潜ませておく。彼らは双眼鏡で着弾地点を観測し、その誤差をリアルタイムで我々の砲兵部隊に電信で伝える」
『着弾、目標より右へ五十メートル!』
『方位角修正、撃て!』
「……まさか!」
バルガスは俺のその戦術の恐るべき意味を理解し、目を見開いた。
「観測手と砲手が目に見えない情報の糸で繋がる……。つまり敵の姿が見えない場所から、百発百中の神のような精密な砲撃が可能になる、と?」
「その通りだ」
それはこの世界の軍事史にまだ存在しない、全く新しい概念だった。
「情報戦」と「機動戦」、そして「火力戦」。
その三つが鉄道と電信というインフラによって有機的に結合した時、戦争の形そのものが根底から変わるのだ。
バルガスはもはや何も言えなかった。彼の騎士としての常識は、この数分間で完全に破壊され尽くしてしまった。
彼はただ、目の前の若き主君がもはや人間ではなく、遥か未来から来た戦の神そのものであるかのように、畏敬の念を持って見つめるだけだった。

全ての準備が整った。
物理的な兵器も、それを運用するための戦術も、そして共に戦う仲間たちの覚悟も。
反乱決起の日を二日後に控えた夜。
俺は屋敷のバルコニーから、静まり返った王都の夜景を眺めていた。
エリアーナがそっと俺の隣に寄り添い、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「……いよいよ、明日ね」
「ああ」
「怖くない、と言ったら嘘になるわ」
彼女は素直な気持ちを吐露した。「でも不思議ね。あなたといると、どんな絶望的な状況でも最後にはきっと何とかなるって思えてしまうの」
俺は彼女の肩をそっと抱き寄せた。
「俺もだよ。あんたがいなければ、俺はとっくの昔にどこかで潰れていたさ」
俺たちは言葉もなく、しばらく寄り添っていた。
王国の運命を賭けた最大の戦いが、もうすぐ始まろうとしている。
その結果がどうなろうと、俺たちは最後まで共に戦い抜く。
その誓いだけが暗闇の中で確かな光となって、俺たちの心を照らしていた。
静かな夜空に遠く、教会の鐘の音がゴーンと響き渡った。
それは古い時代の終わりと、血塗られた新しい時代の始まりを告げる、弔いの鐘のようにも祝福の鐘のようにも俺には聞こえた。
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