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第78話:電力革命の胎動
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王立魔導科学大学の設立は、俺たちの改革に新しい次元の推進力を与えた。
知的好奇心に満ちた若い頭脳が、王国中から集まってきた。彼らは、まるで乾いたスポンジが水を吸うように俺たちが教える新しい知識を吸収し、時には俺たち自身が思いもよらなかったような斬新な発想で、研究をさらに加速させてくれた。
大学は単なる教育機関ではなかった。それは、この国の未来を生み出すための巨大な研究開発センターそのものだったのだ。
俺は学長としての仕事の傍ら、自らも一人の研究者として、一つの究極的なテーマに取り組んでいた。
それは、「電力」という新しいエネルギーの可能性を探求することだった。
これまでの動力源は魔導蒸気機関だった。それは確かにこの国に産業革命をもたらした偉大な発明だ。
だが、蒸気機関には限界があった。
動力源となる機関そのものが巨大で重く、そして大量の水と燃料を必要とする。その力を工場全体に行き渡らせるためには、複雑なベルトとシャフトを張り巡らせなければならず、エネルギーのロスも大きい。
もっとクリーンで、もっと効率的で、そしてもっと自由に力を伝達できるエネルギー。
その答えが電力だった。
俺は大学の研究室に最も優秀な学生たちを集め、新しいプロジェクトチームを結成した。
「諸君、我々の次の目標は、夜を昼に変えることだ」
俺のその言葉に、学生たちはきょとんと目を丸くした。
俺は研究室の黒板に一つの簡単な図を描いた。
水車、あるいは蒸気機関。その回転力で、俺が電磁誘導の法則を応用して設計した「発電機」を回す。
生み出された電気を銅線を通して、遠く離れた場所まで送る。
そして、その電気を使って「何か」を光らせる。
「この『何か』を発明することが我々の当面の目標だ。俺はこれを『電灯』と名付ける」
夜を照らすのは、もはや蝋燭やガス灯の炎ではない。安定した安全な、そして何よりも明るい電気の光。
それが実現すれば人々の生活は根底から変わるだろう。夜の活動時間が延び、工場の二十四時間稼働が可能になり、街はもっと安全になる。
学生たちの目が興奮に輝き始めた。自分たちがこれから、世界の夜の歴史を変える壮大なプロジェクトに参加するのだという事実に。
最初の課題はフィラメント。すなわち、電気を流すことで光る「何か」を見つけ出すことだった。
俺と学生たちは、ありとあらゆる素材を試した。
アシュフォード鋼の細い針金。プラチナ。銅。
だがどれもダメだった。電気を流すと一瞬だけ眩しく光るが、すぐに高温に耐えきれずに焼き切れてしまうのだ。
「駄目だ……。高熱に耐え、かつ効率よく光に変換できる素材でなければ……」
俺たちは何週間も壁に突き当たっていた。
そんな時、ヒントをくれたのは意外な人物だった。
研究室に遊びに来ていたシルフィだ。
彼女は、俺たちが実験で燃やし尽くした大量の炭の燃えカスを見て、不思議そうに言った。
「ねえ、リオ。どうして炭は燃え尽きる時に、あんなに赤くて綺麗な光になるの?」
炭。
その言葉が、俺の頭の中の電球を点灯させた。
そうだ。炭素だ。
前世の歴史において、エジソンが白熱電球を発明した時、彼が最終的にたどり着いたのも日本の竹を炭化させた炭素フィラメントだったではないか。
炭素は金属よりも遥かに高い融点を持ち、電気抵抗も大きい。まさにフィラメントにうってつけの素材だった。
「シルフィ! 君は天才だ!」
俺は思わず彼女を抱きしめて、ぐるぐると回した。
「きゃっ!? な、なあに、リオ!?」
顔を真っ赤にして戸惑う彼女をよそに、俺と学生たちはすぐに新しい実験に取り掛かった。
様々な木材を蒸し焼きにして炭化させ、それを細い糸状に加工していく。
そして、その炭素フィラメントを、俺がガラス工房に特注で作らせた内部の空気を抜いた真空のガラス球の中に封入する。
酸素がなければ、フィラメントは燃え尽きることなく光り続けるはずだ。
実験の日。
研究室には俺と学生たち、そしてシルフィとエリアーナも、固唾をのんでその瞬間を見守っていた。
ガラス球に、発電機から繋がれた銅線が接続される。
俺はゆっくりとスイッチを入れた。
微弱な電流が、真空のガラス球の中の黒い炭素の糸へと流れ込む。
次の瞬間。
その黒い糸が、まるで魔法のようにオレンジ色の温かい光を放ち始めたのだ。
「……ついた」
誰かが震える声で呟いた。
光は焼き切れることなく、安定して輝き続けている。
それは蝋燭の炎とは比べ物にならないほど明るく、そして煙も出ない完璧な光だった。
研究室の中が、夜だというのにまるで昼間のように隅々まで照らし出される。
「うわああああ……!」
学生たちは、自分たちの手で生み出した人類史上初の安定した電気の光を前に、歓声を上げた。
エリアーナもシルフィも、その奇跡のような光景に言葉を失っていた。
夜が、終わった。
少なくとも、この研究室の中では。
俺は、温かい光を放つ電球を静かに見つめていた。
これはただの明かりではない。
これは新しい時代の象徴だ。
電力という、無限の可能性を秘めた新しいエネルギーが、今、確かにこの世界に産声を上げたのだ。
俺の頭の中には、すでに次のビジョンが浮かんでいた。
この光を王都中へ、いや、この国全体へと届ける。
発電所を建設し、送電網を敷設し、全ての家庭にこの革命の光を灯す。
そしてこの電力は、いずれ電灯だけでなく、あらゆる機械を動かす新しい動力源となるだろう。
蒸気機関がもたらした第一次産業革命。
そして、電力がもたらす第二次産業革命。
俺たちの歩みは、まだ止まらない。
俺は輝く電球の向こうに、ネオンが輝き、路面電車が走り、夜でも人々が活発に行き交う百年後の王都の姿をはっきりと見ていた。
電力革命の胎動は、この小さな研究室から静かに、しかし力強く始まっていたのだ。
知的好奇心に満ちた若い頭脳が、王国中から集まってきた。彼らは、まるで乾いたスポンジが水を吸うように俺たちが教える新しい知識を吸収し、時には俺たち自身が思いもよらなかったような斬新な発想で、研究をさらに加速させてくれた。
大学は単なる教育機関ではなかった。それは、この国の未来を生み出すための巨大な研究開発センターそのものだったのだ。
俺は学長としての仕事の傍ら、自らも一人の研究者として、一つの究極的なテーマに取り組んでいた。
それは、「電力」という新しいエネルギーの可能性を探求することだった。
これまでの動力源は魔導蒸気機関だった。それは確かにこの国に産業革命をもたらした偉大な発明だ。
だが、蒸気機関には限界があった。
動力源となる機関そのものが巨大で重く、そして大量の水と燃料を必要とする。その力を工場全体に行き渡らせるためには、複雑なベルトとシャフトを張り巡らせなければならず、エネルギーのロスも大きい。
もっとクリーンで、もっと効率的で、そしてもっと自由に力を伝達できるエネルギー。
その答えが電力だった。
俺は大学の研究室に最も優秀な学生たちを集め、新しいプロジェクトチームを結成した。
「諸君、我々の次の目標は、夜を昼に変えることだ」
俺のその言葉に、学生たちはきょとんと目を丸くした。
俺は研究室の黒板に一つの簡単な図を描いた。
水車、あるいは蒸気機関。その回転力で、俺が電磁誘導の法則を応用して設計した「発電機」を回す。
生み出された電気を銅線を通して、遠く離れた場所まで送る。
そして、その電気を使って「何か」を光らせる。
「この『何か』を発明することが我々の当面の目標だ。俺はこれを『電灯』と名付ける」
夜を照らすのは、もはや蝋燭やガス灯の炎ではない。安定した安全な、そして何よりも明るい電気の光。
それが実現すれば人々の生活は根底から変わるだろう。夜の活動時間が延び、工場の二十四時間稼働が可能になり、街はもっと安全になる。
学生たちの目が興奮に輝き始めた。自分たちがこれから、世界の夜の歴史を変える壮大なプロジェクトに参加するのだという事実に。
最初の課題はフィラメント。すなわち、電気を流すことで光る「何か」を見つけ出すことだった。
俺と学生たちは、ありとあらゆる素材を試した。
アシュフォード鋼の細い針金。プラチナ。銅。
だがどれもダメだった。電気を流すと一瞬だけ眩しく光るが、すぐに高温に耐えきれずに焼き切れてしまうのだ。
「駄目だ……。高熱に耐え、かつ効率よく光に変換できる素材でなければ……」
俺たちは何週間も壁に突き当たっていた。
そんな時、ヒントをくれたのは意外な人物だった。
研究室に遊びに来ていたシルフィだ。
彼女は、俺たちが実験で燃やし尽くした大量の炭の燃えカスを見て、不思議そうに言った。
「ねえ、リオ。どうして炭は燃え尽きる時に、あんなに赤くて綺麗な光になるの?」
炭。
その言葉が、俺の頭の中の電球を点灯させた。
そうだ。炭素だ。
前世の歴史において、エジソンが白熱電球を発明した時、彼が最終的にたどり着いたのも日本の竹を炭化させた炭素フィラメントだったではないか。
炭素は金属よりも遥かに高い融点を持ち、電気抵抗も大きい。まさにフィラメントにうってつけの素材だった。
「シルフィ! 君は天才だ!」
俺は思わず彼女を抱きしめて、ぐるぐると回した。
「きゃっ!? な、なあに、リオ!?」
顔を真っ赤にして戸惑う彼女をよそに、俺と学生たちはすぐに新しい実験に取り掛かった。
様々な木材を蒸し焼きにして炭化させ、それを細い糸状に加工していく。
そして、その炭素フィラメントを、俺がガラス工房に特注で作らせた内部の空気を抜いた真空のガラス球の中に封入する。
酸素がなければ、フィラメントは燃え尽きることなく光り続けるはずだ。
実験の日。
研究室には俺と学生たち、そしてシルフィとエリアーナも、固唾をのんでその瞬間を見守っていた。
ガラス球に、発電機から繋がれた銅線が接続される。
俺はゆっくりとスイッチを入れた。
微弱な電流が、真空のガラス球の中の黒い炭素の糸へと流れ込む。
次の瞬間。
その黒い糸が、まるで魔法のようにオレンジ色の温かい光を放ち始めたのだ。
「……ついた」
誰かが震える声で呟いた。
光は焼き切れることなく、安定して輝き続けている。
それは蝋燭の炎とは比べ物にならないほど明るく、そして煙も出ない完璧な光だった。
研究室の中が、夜だというのにまるで昼間のように隅々まで照らし出される。
「うわああああ……!」
学生たちは、自分たちの手で生み出した人類史上初の安定した電気の光を前に、歓声を上げた。
エリアーナもシルフィも、その奇跡のような光景に言葉を失っていた。
夜が、終わった。
少なくとも、この研究室の中では。
俺は、温かい光を放つ電球を静かに見つめていた。
これはただの明かりではない。
これは新しい時代の象徴だ。
電力という、無限の可能性を秘めた新しいエネルギーが、今、確かにこの世界に産声を上げたのだ。
俺の頭の中には、すでに次のビジョンが浮かんでいた。
この光を王都中へ、いや、この国全体へと届ける。
発電所を建設し、送電網を敷設し、全ての家庭にこの革命の光を灯す。
そしてこの電力は、いずれ電灯だけでなく、あらゆる機械を動かす新しい動力源となるだろう。
蒸気機関がもたらした第一次産業革命。
そして、電力がもたらす第二次産業革命。
俺たちの歩みは、まだ止まらない。
俺は輝く電球の向こうに、ネオンが輝き、路面電車が走り、夜でも人々が活発に行き交う百年後の王都の姿をはっきりと見ていた。
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