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第77話:王立魔導科学大学の設立
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『プロジェクト・ミネルヴァ』が始動してから、一年が過ぎた。
王国は、まるで生き物が脱皮するかのように、急速にその姿を変え始めていた。
全国に張り巡らされ始めた鉄道網と電信網は経済の血流を加速させ、人々の生活圏を劇的に広げた。魔導蒸気機関を導入した工場はこれまでの何倍もの製品を生み出し、国は活気に満ち溢れている。
だが俺の目には、その輝かしい発展の裏側にある深刻な問題が見えていた。
それは、以前エリアーナも指摘していた「人材不足」という問題が、国家レベルでより顕在化してきたということだった。
鉄道を運行する機関士が足りない。電信を打つ通信士が足りない。新しい機械をメンテナンスする技術者が圧倒的に足りない。
そして何より、俺が最も重要視している『魔導科学』の分野において、その担い手はいまだに俺とシルフィ、そして数人の弟子しかいないという絶望的な状況だった。
アシュフォード領に建設中の学術院は初等教育を担うには十分だが、この国の未来を牽引する最高レベルの頭脳を育成するには、規模も設備もあまりにも不足していた。
このままでは、俺が生み出した技術は俺という個人がいなくなればいずれ廃れてしまうだろう。
技術は人に受け継がれ、さらに発展させられてこそ、本当の意味で社会に根付くのだ。
俺はクラウスと共に、国王アルベール三世に次なる一手を進言した。
「大学……ですと?」
国王は、俺が提出した分厚い計画書を手に驚きの声を上げた。
「はい、陛下。王国の未来を永続的に支える『知の心臓』を、この王都に創設するのです。その名は、『王立魔導科学大学』」
俺は、その構想を熱く語った。
「それはアシュフォード学術院のさらに上位に位置する最高学府です。アカデミーが歴史や法律といった伝統的な学問の府であるならば、この大学は我々が生み出した新しい時代の学問を探求するための場所となります」
俺は、計画書に描かれた大学の学部構成を指し示した。
「機械の設計と製造を教える『工学部』。電気と通信の技術を探求する『情報通信学部』。そして、この大学の核となるのが、シルフィと共に研究を進めている魔法の科学的応用を学ぶ『魔導科学部』です」
「……つまり、そなたの持つ知識の全てを体系化し、次の世代へと受け継がせるための壮大な仕組みを作るというのだな」
国王は、俺の計画の真の意図を正確に読み取っていた。
クラウスが冷静な分析を付け加える。
「陛下。これは極めて有効な投資です。この大学から巣立っていく若者たちが、十年後、二十年後の王国を我々が想像もできないほど豊かな国へと導いてくれるでしょう。北の帝国の脅威に対抗するためにも、技術力とそれを支える人材の育成はもはや待ったなしの課題です」
国王は深く頷いた。彼の目は、すでに遥か先の未来を見据えていた。
「……よかろう。許可する。リオ公爵、そなたにこの王立魔導科学大学の設立に関する全権を委ねる。そして、完成した暁にはそなた自身がその初代学長に就任するのだ」
「……御意」
俺は深く頭を下げた。
それは、俺が望んでいた最高の役職だった。
大学の設立プロジェクトは国家事業として、破格の予算と王都の一等地に広大な土地が与えられて開始された。
設計は俺自身が行った。
それは、伝統的な石造りのアカデミーとは対照的な、鉄骨とアシュフォードが生み出した巨大なガラスをふんだんに使った、光に満ちた近代的な建築だった。
内部には最新鋭の実験設備を備えた研究室、数万冊の蔵書を収める巨大な図書館、そして数百人を収容できる大講義室が機能的に配置されている。
建設と並行して、俺とエリアーナは教授陣の選定にも奔走した。
アカデミーから俺の思想に共感してくれた進歩的な学者たちを引き抜き、アシュフォード領で育った俺の弟子たちを若き助教として採用した。
そして魔導科学部の学部長には、もちろんシルフィが就任することになった。
「わ、私が学部長なんて……。そんなの無理だよ!」
最初は固辞していた彼女だったが、俺と、そして彼女を姉のように慕うリリアナの説得によって、ようやくその大役を引き受けてくれた。
彼女はもはや森の奥で人間を恐れていたか弱い少女ではない。魔法という未知の分野を切り拓く偉大な研究者としての確かな自覚と誇りが、その瞳には宿っていた。
一年後。
王都の中心に、白亜とガラスの殿堂、王立魔導科学大学がその威容を現した。
開校式には国王陛下も臨席し、その祝辞が電信によって王国全土へと中継された。
「……今日この日、我が王国は新しい知性の時代を迎える! この学び舎から未来の光が生まれることを、余は確信している!」
初代学長として、俺もまた壇上に立った。
目の前には、厳しい入学試験を突破してきた第一期生の若者たちの、希望に満ちた顔、顔、顔。
彼らの身分は様々だった。貴族の子弟もいれば、平民の出身者もいる。男も女もいる。
だがその目には等しく、新しい時代を自分たちの手で創り上げたいという熱い情熱の炎が燃えていた。
俺は、マイク――魔導的な音響増幅装置――に向かって静かに語り始めた。
「諸君、入学おめでとう。そして、ようこそ未来へ」
俺の言葉に、講堂は静まり返った。
「君たちがこれからここで学ぶことは、まだ世界の誰も知らない新しい知識ばかりだ。教科書もまだ完成していない。君たち自身が我々と共に、その教科書の最初のページを書き記していくことになる」
俺は、若者たちの目を一人ずつ見つめながら続けた。
「失敗を恐れるな。常識を疑え。そして常に問い続けろ、『なぜ』と。その知的好奇心こそが、世界を前に進める唯一のエンジンだ」
そして俺は最後に、俺自身の信念を彼らに伝えた。
「我々が学ぶ科学と技術。それは人を傷つけるためでも、誰かを支配するためでもない。ただ人々の暮らしを豊かにし、この世界を昨日よりも少しだけ良い場所にするためにある。そのことを決して忘れないでほしい」
俺の言葉が終わると一瞬の静寂の後、講堂は割れんばかりの熱狂的な拍手に包まれた。
その拍手を聞きながら、俺は確かな手応えを感じていた。
俺が蒔いた未来への種は、今、確かに芽吹いたのだ。
この若者たちがやがて大樹となり、この国を支える豊かな森を創り上げてくれるだろう。
その未来を、俺は心の底から信じていた。
束の間の平和の間に俺たちが成し遂げた、最も重要で最も偉大な仕事。
それが、この王立魔導科学大学の設立だったのだ。
王国は、まるで生き物が脱皮するかのように、急速にその姿を変え始めていた。
全国に張り巡らされ始めた鉄道網と電信網は経済の血流を加速させ、人々の生活圏を劇的に広げた。魔導蒸気機関を導入した工場はこれまでの何倍もの製品を生み出し、国は活気に満ち溢れている。
だが俺の目には、その輝かしい発展の裏側にある深刻な問題が見えていた。
それは、以前エリアーナも指摘していた「人材不足」という問題が、国家レベルでより顕在化してきたということだった。
鉄道を運行する機関士が足りない。電信を打つ通信士が足りない。新しい機械をメンテナンスする技術者が圧倒的に足りない。
そして何より、俺が最も重要視している『魔導科学』の分野において、その担い手はいまだに俺とシルフィ、そして数人の弟子しかいないという絶望的な状況だった。
アシュフォード領に建設中の学術院は初等教育を担うには十分だが、この国の未来を牽引する最高レベルの頭脳を育成するには、規模も設備もあまりにも不足していた。
このままでは、俺が生み出した技術は俺という個人がいなくなればいずれ廃れてしまうだろう。
技術は人に受け継がれ、さらに発展させられてこそ、本当の意味で社会に根付くのだ。
俺はクラウスと共に、国王アルベール三世に次なる一手を進言した。
「大学……ですと?」
国王は、俺が提出した分厚い計画書を手に驚きの声を上げた。
「はい、陛下。王国の未来を永続的に支える『知の心臓』を、この王都に創設するのです。その名は、『王立魔導科学大学』」
俺は、その構想を熱く語った。
「それはアシュフォード学術院のさらに上位に位置する最高学府です。アカデミーが歴史や法律といった伝統的な学問の府であるならば、この大学は我々が生み出した新しい時代の学問を探求するための場所となります」
俺は、計画書に描かれた大学の学部構成を指し示した。
「機械の設計と製造を教える『工学部』。電気と通信の技術を探求する『情報通信学部』。そして、この大学の核となるのが、シルフィと共に研究を進めている魔法の科学的応用を学ぶ『魔導科学部』です」
「……つまり、そなたの持つ知識の全てを体系化し、次の世代へと受け継がせるための壮大な仕組みを作るというのだな」
国王は、俺の計画の真の意図を正確に読み取っていた。
クラウスが冷静な分析を付け加える。
「陛下。これは極めて有効な投資です。この大学から巣立っていく若者たちが、十年後、二十年後の王国を我々が想像もできないほど豊かな国へと導いてくれるでしょう。北の帝国の脅威に対抗するためにも、技術力とそれを支える人材の育成はもはや待ったなしの課題です」
国王は深く頷いた。彼の目は、すでに遥か先の未来を見据えていた。
「……よかろう。許可する。リオ公爵、そなたにこの王立魔導科学大学の設立に関する全権を委ねる。そして、完成した暁にはそなた自身がその初代学長に就任するのだ」
「……御意」
俺は深く頭を下げた。
それは、俺が望んでいた最高の役職だった。
大学の設立プロジェクトは国家事業として、破格の予算と王都の一等地に広大な土地が与えられて開始された。
設計は俺自身が行った。
それは、伝統的な石造りのアカデミーとは対照的な、鉄骨とアシュフォードが生み出した巨大なガラスをふんだんに使った、光に満ちた近代的な建築だった。
内部には最新鋭の実験設備を備えた研究室、数万冊の蔵書を収める巨大な図書館、そして数百人を収容できる大講義室が機能的に配置されている。
建設と並行して、俺とエリアーナは教授陣の選定にも奔走した。
アカデミーから俺の思想に共感してくれた進歩的な学者たちを引き抜き、アシュフォード領で育った俺の弟子たちを若き助教として採用した。
そして魔導科学部の学部長には、もちろんシルフィが就任することになった。
「わ、私が学部長なんて……。そんなの無理だよ!」
最初は固辞していた彼女だったが、俺と、そして彼女を姉のように慕うリリアナの説得によって、ようやくその大役を引き受けてくれた。
彼女はもはや森の奥で人間を恐れていたか弱い少女ではない。魔法という未知の分野を切り拓く偉大な研究者としての確かな自覚と誇りが、その瞳には宿っていた。
一年後。
王都の中心に、白亜とガラスの殿堂、王立魔導科学大学がその威容を現した。
開校式には国王陛下も臨席し、その祝辞が電信によって王国全土へと中継された。
「……今日この日、我が王国は新しい知性の時代を迎える! この学び舎から未来の光が生まれることを、余は確信している!」
初代学長として、俺もまた壇上に立った。
目の前には、厳しい入学試験を突破してきた第一期生の若者たちの、希望に満ちた顔、顔、顔。
彼らの身分は様々だった。貴族の子弟もいれば、平民の出身者もいる。男も女もいる。
だがその目には等しく、新しい時代を自分たちの手で創り上げたいという熱い情熱の炎が燃えていた。
俺は、マイク――魔導的な音響増幅装置――に向かって静かに語り始めた。
「諸君、入学おめでとう。そして、ようこそ未来へ」
俺の言葉に、講堂は静まり返った。
「君たちがこれからここで学ぶことは、まだ世界の誰も知らない新しい知識ばかりだ。教科書もまだ完成していない。君たち自身が我々と共に、その教科書の最初のページを書き記していくことになる」
俺は、若者たちの目を一人ずつ見つめながら続けた。
「失敗を恐れるな。常識を疑え。そして常に問い続けろ、『なぜ』と。その知的好奇心こそが、世界を前に進める唯一のエンジンだ」
そして俺は最後に、俺自身の信念を彼らに伝えた。
「我々が学ぶ科学と技術。それは人を傷つけるためでも、誰かを支配するためでもない。ただ人々の暮らしを豊かにし、この世界を昨日よりも少しだけ良い場所にするためにある。そのことを決して忘れないでほしい」
俺の言葉が終わると一瞬の静寂の後、講堂は割れんばかりの熱狂的な拍手に包まれた。
その拍手を聞きながら、俺は確かな手応えを感じていた。
俺が蒔いた未来への種は、今、確かに芽吹いたのだ。
この若者たちがやがて大樹となり、この国を支える豊かな森を創り上げてくれるだろう。
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