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第83話:義務教育と識字率革命
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株式会社制度の導入により、プロジェクト・ミネルヴァは潤沢な資金という強力なエンジンを得た。鉄道網の敷設は加速し、新しい工場が次々と稼働を始める。王国は目に見えて豊かになっていった。
だが、俺はその輝かしい発展の足元に横たわる、深くそして根源的な問題から決して目を逸らさなかった。
教育だ。
どんなに立派な機械を作っても、どんなに優れた制度を設計しても、それを扱う人間が育たなければ文明は砂上の楼閣に過ぎない。
アシュフォード領に設立した学術院は確かに成功を収めていた。そこからは、新しい時代を担う意欲的な若者たちが少しずつ巣立ち始めていた。
だが、それはあまりにも小さな点に過ぎなかった。
俺が目指しているのは、国全体の知的水準の底上げ。
一部のエリートを育てるだけではない。この国に住まう全ての民が、最低限の知識を身につけ、自らの頭で考え、未来を切り拓く力を得ること。
それこそが真の国力に繋がるのだと、俺は信じていた。
俺は、プロジェクト・ミネルヴァの第三の矢。
『教育革命』を本格的に始動させる時が来たと判断した。
俺は国王アルベール三世とクラウスを前に、再び一つの大胆な提案を行った。
「陛下。これより王国全土に公立の学校を設立し、八年間の『義務教育』を導入することをご提案いたします」
「義務……教育?」
国王は聞き慣れない言葉に眉をひそめた。
「はい。この国に生まれた全ての子供。その身分、性別、貧富に関わらず、六歳から十四歳までの八年間、国が設立した学校で教育を受けることを法で『義務』とするのです」
その提案は、この世界の常識をあまりにも逸脱していた。
教育は、金と時間のある貴族や富裕層だけが受ける特権だった。農民や職人の子供は、物心ついた時から親の仕事を手伝うのが当たり前。読み書きなど、生きていく上で必要のない贅沢な技能だと考えられていた。
案の定、同席していた保守的な考えを持つ大臣の一人が声を荒らげた。
「馬鹿なことを! 農民の子に読み書きなど教えて、何になるというのですか! 彼らはただ畑を耕していればよいのです! 余計な知恵をつければ、分をわきまえず我々に逆らうようになるだけですぞ!」
それは民を無知なままにしておくことで、支配を容易にしようとする古い権力者たちの本音だった。
俺は、その大臣を冷たい目で見据えた。
「あなたは根本的に間違っている」
俺の静かだが有無を言わさぬ迫力に、大臣はたじろいだ。
「読み書きができる農民は、新しい農法を記した書物を読み、自ら生産性を向上させることができる。計算ができる職人は、より精密な設計図を理解し、より優れた製品を作ることができる。知識は反乱の種ではない。国を豊かにするための最大の資源なのです」
俺は国王に向き直った。
「陛下。考えてもみてください。国民の九割以上が文字を読めない国と、国民のほぼ全てが文字を読み、計算ができる国。十年後、二十年後、どちらの国がより強く、より豊かになっているかは火を見るより明らかです」
俺の言葉は、国王の心を強く打った。
彼は国の未来を憂う真の改革者だった。どちらが正しい道か、彼に分からないはずがなかった。
クラウスもまた、俺の提案を力強く後押しした。
「陛下。リオ公爵の言う通りです。識字率は国力そのもの。これは軍備の増強に匹敵する、いや、それ以上に重要な国防のための投資です」
国王は決断した。
「……よろしい。その『義務教育』とやら、採用しよう。反対する者は私が許さん」
王の鶴の一声だった。
王国の歴史上、最も静かで、しかし最も偉大な革命の火蓋が切って落とされた瞬間だった。
計画は壮大だった。
王国全土、全ての村、全ての町に、同じ規格の質素だが頑丈な校舎を建設する。
教科書は王立印刷局で、統一されたものが大量に印刷された。国語、算数、そしてこの国の歴史と地理。内容は、ごく基本的なものに絞られた。
最大の難関は、教師の確保だった。
俺は、王立魔導科学大学の学生たちに協力を仰いだ。
「諸君! 君たちには卒業後の数年間、地方の学校で子供たちに教えるという義務を果たしてもらう! これも君たちの学費の一部だと考えろ!」
俺の無茶な要求に、学生たちは文句を言うどころか、目を輝かせてその役目を引き受けてくれた。彼らは自分たちが新しい時代の伝道師となることに、誇りを感じていたのだ。
エリアーナも商会のネットワークを使い、引退した文官や知識のある商人たちを高い給金で教師としてスカウトしてくれた。
もちろん、反発はあった。
子供を貴重な労働力としか考えていない親たちは、学校に通わせることに強く抵抗した。
『勉強なんぞより、家の仕事を手伝え!』
だが、俺たちはそれも計算済みだった。
エリアーナは、子供をきちんと学校に通わせている家庭に対して、商会からわずかだが生活を助けるための補助金を支給するという制度を設けた。
アメとムチ。
その巧みな政策により、就学率は徐々に、しかし確実に上昇していった。
数年後。
王国には、目に見える大きな変化が訪れていた。
街角では子供たちが教科書を広げて、覚えたての文字を読み合っている。
店の看板や商品の値段が文字で書かれるようになった。
親に代わって子供が契約書を読むようになった。
読み書きができる国民が爆発的に増加したのだ。
それは、静かな、しかし何よりも力強い識字率革命だった。
この革命が、この国の産業の底力をどれほど押し上げることになるか。
この子供たちの中から、未来の第二、第三のリオ・アシュフォードが生まれてくるかもしれない。
俺は、アシュフォード領の小さな田舎の学校を視察していた。
教室の窓から、子供たちの元気な声が聞こえてくる。
『リンゴが三つ。ミカンが二つ。合わせると五つ!』
その当たり前の、しかしこれまでこの国には存在しなかった光景を、俺は深い感慨と共に見つめていた。
俺が本当に創りたかったのは、鉄道でも工場でもない。
この、子供たちの無限の可能性が広がる未来そのものだったのかもしれない。
義務教育の導入。
それは、俺がこの国で行った数ある改革の中で最も地味で、最も時間がかかり、そして最も偉大な仕事となったのだ。
だが、俺はその輝かしい発展の足元に横たわる、深くそして根源的な問題から決して目を逸らさなかった。
教育だ。
どんなに立派な機械を作っても、どんなに優れた制度を設計しても、それを扱う人間が育たなければ文明は砂上の楼閣に過ぎない。
アシュフォード領に設立した学術院は確かに成功を収めていた。そこからは、新しい時代を担う意欲的な若者たちが少しずつ巣立ち始めていた。
だが、それはあまりにも小さな点に過ぎなかった。
俺が目指しているのは、国全体の知的水準の底上げ。
一部のエリートを育てるだけではない。この国に住まう全ての民が、最低限の知識を身につけ、自らの頭で考え、未来を切り拓く力を得ること。
それこそが真の国力に繋がるのだと、俺は信じていた。
俺は、プロジェクト・ミネルヴァの第三の矢。
『教育革命』を本格的に始動させる時が来たと判断した。
俺は国王アルベール三世とクラウスを前に、再び一つの大胆な提案を行った。
「陛下。これより王国全土に公立の学校を設立し、八年間の『義務教育』を導入することをご提案いたします」
「義務……教育?」
国王は聞き慣れない言葉に眉をひそめた。
「はい。この国に生まれた全ての子供。その身分、性別、貧富に関わらず、六歳から十四歳までの八年間、国が設立した学校で教育を受けることを法で『義務』とするのです」
その提案は、この世界の常識をあまりにも逸脱していた。
教育は、金と時間のある貴族や富裕層だけが受ける特権だった。農民や職人の子供は、物心ついた時から親の仕事を手伝うのが当たり前。読み書きなど、生きていく上で必要のない贅沢な技能だと考えられていた。
案の定、同席していた保守的な考えを持つ大臣の一人が声を荒らげた。
「馬鹿なことを! 農民の子に読み書きなど教えて、何になるというのですか! 彼らはただ畑を耕していればよいのです! 余計な知恵をつければ、分をわきまえず我々に逆らうようになるだけですぞ!」
それは民を無知なままにしておくことで、支配を容易にしようとする古い権力者たちの本音だった。
俺は、その大臣を冷たい目で見据えた。
「あなたは根本的に間違っている」
俺の静かだが有無を言わさぬ迫力に、大臣はたじろいだ。
「読み書きができる農民は、新しい農法を記した書物を読み、自ら生産性を向上させることができる。計算ができる職人は、より精密な設計図を理解し、より優れた製品を作ることができる。知識は反乱の種ではない。国を豊かにするための最大の資源なのです」
俺は国王に向き直った。
「陛下。考えてもみてください。国民の九割以上が文字を読めない国と、国民のほぼ全てが文字を読み、計算ができる国。十年後、二十年後、どちらの国がより強く、より豊かになっているかは火を見るより明らかです」
俺の言葉は、国王の心を強く打った。
彼は国の未来を憂う真の改革者だった。どちらが正しい道か、彼に分からないはずがなかった。
クラウスもまた、俺の提案を力強く後押しした。
「陛下。リオ公爵の言う通りです。識字率は国力そのもの。これは軍備の増強に匹敵する、いや、それ以上に重要な国防のための投資です」
国王は決断した。
「……よろしい。その『義務教育』とやら、採用しよう。反対する者は私が許さん」
王の鶴の一声だった。
王国の歴史上、最も静かで、しかし最も偉大な革命の火蓋が切って落とされた瞬間だった。
計画は壮大だった。
王国全土、全ての村、全ての町に、同じ規格の質素だが頑丈な校舎を建設する。
教科書は王立印刷局で、統一されたものが大量に印刷された。国語、算数、そしてこの国の歴史と地理。内容は、ごく基本的なものに絞られた。
最大の難関は、教師の確保だった。
俺は、王立魔導科学大学の学生たちに協力を仰いだ。
「諸君! 君たちには卒業後の数年間、地方の学校で子供たちに教えるという義務を果たしてもらう! これも君たちの学費の一部だと考えろ!」
俺の無茶な要求に、学生たちは文句を言うどころか、目を輝かせてその役目を引き受けてくれた。彼らは自分たちが新しい時代の伝道師となることに、誇りを感じていたのだ。
エリアーナも商会のネットワークを使い、引退した文官や知識のある商人たちを高い給金で教師としてスカウトしてくれた。
もちろん、反発はあった。
子供を貴重な労働力としか考えていない親たちは、学校に通わせることに強く抵抗した。
『勉強なんぞより、家の仕事を手伝え!』
だが、俺たちはそれも計算済みだった。
エリアーナは、子供をきちんと学校に通わせている家庭に対して、商会からわずかだが生活を助けるための補助金を支給するという制度を設けた。
アメとムチ。
その巧みな政策により、就学率は徐々に、しかし確実に上昇していった。
数年後。
王国には、目に見える大きな変化が訪れていた。
街角では子供たちが教科書を広げて、覚えたての文字を読み合っている。
店の看板や商品の値段が文字で書かれるようになった。
親に代わって子供が契約書を読むようになった。
読み書きができる国民が爆発的に増加したのだ。
それは、静かな、しかし何よりも力強い識字率革命だった。
この革命が、この国の産業の底力をどれほど押し上げることになるか。
この子供たちの中から、未来の第二、第三のリオ・アシュフォードが生まれてくるかもしれない。
俺は、アシュフォード領の小さな田舎の学校を視察していた。
教室の窓から、子供たちの元気な声が聞こえてくる。
『リンゴが三つ。ミカンが二つ。合わせると五つ!』
その当たり前の、しかしこれまでこの国には存在しなかった光景を、俺は深い感慨と共に見つめていた。
俺が本当に創りたかったのは、鉄道でも工場でもない。
この、子供たちの無限の可能性が広がる未来そのものだったのかもしれない。
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