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第90話:帝国の焦燥
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俺たちが王国で内政と技術の改革を爆発的なスピードで進めている間。
北の大国、ガルニア帝国では深い焦燥と苛立ちが暗い渦を巻いていた。
帝都の中枢、皇帝の執務室には諜報機関『影』の長が膝をついていた。
彼の報告は、皇帝とその側近たちを信じがたいという驚愕に陥れるには十分すぎる内容だった。
「……は、『飛行船』にございます。鉄の心臓とエルフの魔法を使い、馬車よりも速く自由に空を飛び回る、と」
「……ば、『爆薬』にございます。指先ほどの大きさで、城壁に大穴を開けるほどの雷神の怒りを封じ込めた棒だとか」
「……そ、『奇跡の薬』にございます。これまでなら死に至ったはずの深い傷も、その白い粉を振りかけるだけで数日で癒えてしまうと……」
報告を聞く帝国の将軍たちが、ざわめいた。
「馬鹿な! そんなお伽話、誰が信じるものか!」
「妖術か何かであろう! 我が帝国の正々堂々たる鋼の軍勢の前には、児戯に等しいわ!」
彼らは自分たちの軍事的な優位性を信じて疑っていなかった。伝統的な重装歩兵による物量作戦と、大陸最強と謳われる竜騎士団の突撃。それこそが勝利を約束する絶対の方程式だと。
アシュフォード領からもたらされる常識外れの報告の数々を、彼らは敗者の言い訳か、あるいは誇張された噂話としてまともに取り合おうとはしなかった。
だが、玉座に座る皇帝だけは違った。
彼の目は笑ってはいなかった。
その鷲のような瞳の奥で、冷徹な理性が報告された情報の断片と断片を繋ぎ合わせ、その背後にある恐るべき真実の姿を見抜こうとしていた。
鉄道、電信、後装式ライフル、そして飛行船とダイナマイト。
一つ一つは荒唐無稽な噂に聞こえる。
だが、それらが全てリオ・アシュフォードという一人の男を中心に、体系的に、そして驚異的なスピードで生み出されているという事実。
それはもはや偶然や妖術で片付けられる問題ではなかった。
そこには、自分たちの理解を遥かに超えた、全く新しい「力」の体系が存在しているのだ。
「……宰相よ」
皇帝は静かに口を開いた。「かの王国の鉄の生産量は、どうなっておる」
老宰相が震える声で答えた。
「はっ……。それが、異常と言うほかは……。黒鉄鉱山が復活してより、この一年で、かの国の鉄鋼生産量は推定で我が帝国の三倍に達しております」
「……さん、ばい……だと……?」
その言葉に、それまで報告をせせら笑っていた将軍たちも、さすがに言葉を失った。
軍事力とは結局のところ国力だ。そして国力とは、突き詰めれば鉄の生産量に他ならない。
その、最も基本的な指標において、自分たちがあの弱小だと思っていた王国に、すでに圧倒的な差をつけられてしまっている。
その事実は彼らの帝国軍人としての揺るぎない誇りを根元から揺さぶるものだった。
皇帝はゆっくりと立ち上がった。
その体からは、凍てつくような絶対者としてのオーラが放たれていた。
「……もはや猶予はない」
その声は静かだったが、部屋の隅々まで支配するような響きを持っていた。
「かのリオ・アシュフォードという男。奴は我々が何世代もかけて築き上げてきた、この大陸の秩序をたった一人で数年のうちに破壊しようとしている。あれは危険すぎる『変化』の種だ」
皇帝は、壁にかけられた巨大な大陸地図を睨みつけた。
「火種は燃え広がる前に踏み消さねばならん。奴の技術が完全に王国軍に行き渡り、奴の思想が民衆に根付いてしまう前に。我々は奴を、そして奴が生み出した全てのものをこの地上から抹消する」
それは事実上の宣戦布告だった。
だが老宰相が、恐る恐る進言した。
「へ、陛下、しかし、かの国には国王の庇護の下、あの『鉄の魔王』がおりますぞ。まともに戦っては、いかなる損害が出るか……」
「案ずるな」
皇帝は冷たく言い放った。「奴の奇妙な兵器がどれほどの威力を持つかは知らん。だが、戦の勝敗を決するのは結局のところ兵の数とその練度よ」
彼は自軍の圧倒的な優位性を語り始めた。
「我らには五十万の百戦錬磨の大軍がいる。かの国の三倍以上の兵力だ。そして空には大陸最強の竜騎士団がいる。奴の空飛ぶ船など、竜のブレス一発で燃え尽きるであろう」
それは伝統的な、大軍による物量作戦。
古い時代の絶対的な勝利の方程式だった。
彼は、自分たちの知らない新しい戦争の形を認めようとはしなかった。いや、認めることができなかったのだ。
「全軍に伝えよ」
皇帝は最終的な命令を下した。
「来る春。雪解けと共に全軍、国境を越え、一気にかの王国の王都を目指す。途中の抵抗は全て踏み潰せ。そして、リオ・アシュフォードという男を生きたまま我が前に連れてこい」
「「「ははーっ!!」」」
将軍たちは一斉に膝をついた。
帝国の巨大な戦争機械が、ついにその最終的な目標を定め動き始めた瞬間だった。
彼らの心には焦りも恐怖もない。
ただ、自分たちが大陸の覇者であるという揺るぎない驕りと、旧時代の栄光への盲信だけがあった。
その驕りが自分たちをどのような悲劇的な結末へと導くことになるのか。
彼らはまだ、知る由もなかった。
帝国の焦燥は、ついに最後の一線を超え、大陸全土を巻き込む巨大な戦争の引き金を引いてしまったのだ。
北の大国、ガルニア帝国では深い焦燥と苛立ちが暗い渦を巻いていた。
帝都の中枢、皇帝の執務室には諜報機関『影』の長が膝をついていた。
彼の報告は、皇帝とその側近たちを信じがたいという驚愕に陥れるには十分すぎる内容だった。
「……は、『飛行船』にございます。鉄の心臓とエルフの魔法を使い、馬車よりも速く自由に空を飛び回る、と」
「……ば、『爆薬』にございます。指先ほどの大きさで、城壁に大穴を開けるほどの雷神の怒りを封じ込めた棒だとか」
「……そ、『奇跡の薬』にございます。これまでなら死に至ったはずの深い傷も、その白い粉を振りかけるだけで数日で癒えてしまうと……」
報告を聞く帝国の将軍たちが、ざわめいた。
「馬鹿な! そんなお伽話、誰が信じるものか!」
「妖術か何かであろう! 我が帝国の正々堂々たる鋼の軍勢の前には、児戯に等しいわ!」
彼らは自分たちの軍事的な優位性を信じて疑っていなかった。伝統的な重装歩兵による物量作戦と、大陸最強と謳われる竜騎士団の突撃。それこそが勝利を約束する絶対の方程式だと。
アシュフォード領からもたらされる常識外れの報告の数々を、彼らは敗者の言い訳か、あるいは誇張された噂話としてまともに取り合おうとはしなかった。
だが、玉座に座る皇帝だけは違った。
彼の目は笑ってはいなかった。
その鷲のような瞳の奥で、冷徹な理性が報告された情報の断片と断片を繋ぎ合わせ、その背後にある恐るべき真実の姿を見抜こうとしていた。
鉄道、電信、後装式ライフル、そして飛行船とダイナマイト。
一つ一つは荒唐無稽な噂に聞こえる。
だが、それらが全てリオ・アシュフォードという一人の男を中心に、体系的に、そして驚異的なスピードで生み出されているという事実。
それはもはや偶然や妖術で片付けられる問題ではなかった。
そこには、自分たちの理解を遥かに超えた、全く新しい「力」の体系が存在しているのだ。
「……宰相よ」
皇帝は静かに口を開いた。「かの王国の鉄の生産量は、どうなっておる」
老宰相が震える声で答えた。
「はっ……。それが、異常と言うほかは……。黒鉄鉱山が復活してより、この一年で、かの国の鉄鋼生産量は推定で我が帝国の三倍に達しております」
「……さん、ばい……だと……?」
その言葉に、それまで報告をせせら笑っていた将軍たちも、さすがに言葉を失った。
軍事力とは結局のところ国力だ。そして国力とは、突き詰めれば鉄の生産量に他ならない。
その、最も基本的な指標において、自分たちがあの弱小だと思っていた王国に、すでに圧倒的な差をつけられてしまっている。
その事実は彼らの帝国軍人としての揺るぎない誇りを根元から揺さぶるものだった。
皇帝はゆっくりと立ち上がった。
その体からは、凍てつくような絶対者としてのオーラが放たれていた。
「……もはや猶予はない」
その声は静かだったが、部屋の隅々まで支配するような響きを持っていた。
「かのリオ・アシュフォードという男。奴は我々が何世代もかけて築き上げてきた、この大陸の秩序をたった一人で数年のうちに破壊しようとしている。あれは危険すぎる『変化』の種だ」
皇帝は、壁にかけられた巨大な大陸地図を睨みつけた。
「火種は燃え広がる前に踏み消さねばならん。奴の技術が完全に王国軍に行き渡り、奴の思想が民衆に根付いてしまう前に。我々は奴を、そして奴が生み出した全てのものをこの地上から抹消する」
それは事実上の宣戦布告だった。
だが老宰相が、恐る恐る進言した。
「へ、陛下、しかし、かの国には国王の庇護の下、あの『鉄の魔王』がおりますぞ。まともに戦っては、いかなる損害が出るか……」
「案ずるな」
皇帝は冷たく言い放った。「奴の奇妙な兵器がどれほどの威力を持つかは知らん。だが、戦の勝敗を決するのは結局のところ兵の数とその練度よ」
彼は自軍の圧倒的な優位性を語り始めた。
「我らには五十万の百戦錬磨の大軍がいる。かの国の三倍以上の兵力だ。そして空には大陸最強の竜騎士団がいる。奴の空飛ぶ船など、竜のブレス一発で燃え尽きるであろう」
それは伝統的な、大軍による物量作戦。
古い時代の絶対的な勝利の方程式だった。
彼は、自分たちの知らない新しい戦争の形を認めようとはしなかった。いや、認めることができなかったのだ。
「全軍に伝えよ」
皇帝は最終的な命令を下した。
「来る春。雪解けと共に全軍、国境を越え、一気にかの王国の王都を目指す。途中の抵抗は全て踏み潰せ。そして、リオ・アシュフォードという男を生きたまま我が前に連れてこい」
「「「ははーっ!!」」」
将軍たちは一斉に膝をついた。
帝国の巨大な戦争機械が、ついにその最終的な目標を定め動き始めた瞬間だった。
彼らの心には焦りも恐怖もない。
ただ、自分たちが大陸の覇者であるという揺るぎない驕りと、旧時代の栄光への盲信だけがあった。
その驕りが自分たちをどのような悲劇的な結末へと導くことになるのか。
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