異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第89話:医療革命の第一歩

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ダイナマイトの完成は、王国に圧倒的な軍事的・産業的な力を与えた。
だが、その開発の過程で、俺の心には常に一つの大きな懸念が影のように付きまとっていた。
それは、来るべき帝国との大戦で、必ずや発生するであろう膨大な数の負傷兵たちのことだった。
新しい兵器は確かに強力だ。だが、それは同時に、これまでとは比較にならないほど凄惨な傷を人間の体に残すだろう。
銃弾に貫かれた体、砲弾の破片で引き裂かれた四肢。
たとえ戦場で一命を取り留めたとしても、その後の傷口からの感染症によって命を落とす兵士が後を絶たないはずだ。
この世界の医療レベルはあまりにも低い。
傷口を焼いた鉄ごてで塞ぐか、あるいは祈祷師が意味のない呪文を唱えるのが関の山。化膿は神の与えた試練だとされ、なすすべもなく死を待つだけ。
そんな現状で近代戦を始めれば、戦場はまさしく地獄と化すだろう。
俺は兵士たちを、そんな無駄な死に方だけはさせたくなかった。
戦うための力と同時に、彼らの命を救うための力も、俺たちの手で生み出さなければならない。
俺の視線は、大学に新設された、まだ小さな『医学部』へと向けられていた。
そして、その革命の鍵を握っていたのは、意外なことにシルフィの研究室からもたらされた一つの偶然の発見だった。

シルフィは、大学の魔導科学部で、マナが生命に与える影響について、独自の研究を進めていた。
ある日、彼女は培養液の中で、様々な微生物を育てる実験をしていた。
「リオ、見て! なんだか変なの」
彼女が俺に見せてくれたのは、一つのシャーレ(ガラス皿)だった。
そのシャーレの中には、栄養分を含んだ寒天培地が敷かれ、ある種の細菌が一面に繁殖していた。だが、その中央部分だけ、奇妙なことに細菌が全く生えていない透明な円形の領域ができていたのだ。
そして、その円の中心には、どこからか紛れ込んだらしい一粒の青緑色のカビが生えていた。
「この青いカビさんの周りだけ、他の菌さんたちが育たないの。なんだか嫌がっているみたい」
シルフィは不思議そうにその現象を指し示した。
その光景を見た瞬間、俺の全身に雷が落ちたような衝撃が走った。
青カビ。
そして、その周囲に形成された細菌の生育を阻害するクリアゾーン。
間違いない。
これは、前世の歴史においてアレクサンダー・フレミングが偶然発見した、あの奇跡の光景そのものだ。
「……ペニシリン」
俺は震える声で、その名を呟いた。
青カビが生み出す、特定の細菌を殺す魔法の物質。
二十世紀の医学を根底から変えた、世界初の「抗生物質」。
それが今、この剣と魔法の世界で、俺の目の前にその姿を現したのだ。
それはダイナマイトの発明に匹敵する、いや、それ以上に多くの人々の命を救うことになる偉大な発見だった。
「シルフィ! 君はとんでもないものを見つけてくれたぞ!」
俺は彼女の両肩を掴み、興奮のままに叫んだ。「これはこの国の、いやこの世界の全ての病と傷に苦しむ人々を救う、神からの贈り物だ!」

俺はすぐに、大学の医学部と化学部の研究者たちを総動員し、『青カビプロジェクト』を始動させた。
まずは、シルフィが発見した、この奇跡の青カビを大量に培養する必要がある。
俺たちは無菌室の原型となる清浄な空間を作り出し、そこでパンや穀物を培地として青カビを育て始めた。
次に、最も困難な課題。
青カビが作り出す有効成分(ペニシリン)だけを、培養液の中から抽出し、精製する作業だ。
化学部の錬金術師たちは、持てる知識の全てを注ぎ込み、濾過、遠心分離、そして溶媒抽出といった様々な分離精製技術を試した。
実験は困難を極めた。
有効成分は極めて不安定で、熱や酸に弱く、すぐに分解してしまう。
何週間もの失敗の連続。
だが、俺たちは諦めなかった。
戦場で化膿した傷に苦しみ、死んでいくであろう名もなき兵士たちの顔が俺たちの脳裏から離れなかったからだ。
そして、ついに。
俺たちは培養液の中から、黄色みがかった粉末状の結晶をごく少量、取り出すことに成功した。
純粋な、ペニシリンの結晶。
俺は、その奇跡の粉末を動物実験で、その効果を確かめた。
わざと感染症を引き起こさせた二匹のネズミ。
片方にはこの薬を投与し、もう片方には何もしない。
結果は劇的だった。
薬を投与されなかったネズミは、数日で弱り果て、死んでしまった。
だが、薬を投与されたネズミは、数日後には何事もなかったかのように元気に走り回っていたのだ。
「……やった」
研究室にいた全員が、その光景を涙ながらに見つめていた。
それは人類が初めて「感染症」という、目に見えない最大の敵に打ち勝った瞬間だった。

この「奇跡の薬」の誕生はすぐに、王国の医療に革命をもたらした。
外科手術の際にこの薬を併用することで、術後の死亡率は劇的に低下した。
これまでなら死に至る病だった、肺炎や破傷風も、治癒可能な病へと変わった。
そして、この薬の最大の恩恵を受けることになるのは、これから戦場へ向かう兵士たちだった。
俺は量産体制を整えさせ、全ての兵士にこの粉末薬を個人装備として支給させることを決定した。
それは彼らの命を守るための、最強の、お守りとなるだろう。

研究室の窓から、夕暮れの空を眺めながら、俺はシルフィの小さな手に、感謝を込めてそっと触れた。
「ありがとう、シルフィ。君の優しい心が、この薬を生み出したんだ」
「ううん」
彼女ははにかんで首を横に振った。「私は見つけただけだよ。それをたくさんの人を救うための『お薬』に変えたのは、リオとみんなの力だよ」
俺たちの技術は、破壊のためだけにあるのではない。
それは命を救い、未来を繋ぐための希望の力にもなり得るのだ。
医療革命の第一歩。
その確かな手応えを、俺はこの胸に強く感じていた。
来るべき大戦を前に、俺たちは兵士たちの命を守るための、最も温かくそして最も力強い光を、手に入れたのだ。
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