異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第88話:化学の力

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空の偵察者『イーグル』。鋼鉄の浮城『レヴィアタン』。
陸、空、海における俺たちの軍備は、旧時代の常識を遥かに超越したものとなりつつあった。
だが、俺はまだ満足していなかった。
兵器のプラットフォーム(乗り物)がどれだけ優れていても、敵を直接叩くための「矛」が貧弱では意味がない。
後装式ライフルと榴弾を発射するカノン砲。それらは確かにこれまでの戦争の常識を覆した。だが、帝国との総力戦を想定した場合、その破壊力はまだ十分とは言えなかった。
もっと強力な、一撃で戦況を覆せるほどの圧倒的な破壊力。
それを生み出す鍵がどこにあるのかを、俺は知っていた。
それは鉄や蒸気の力ではない。
目に見えない、原子と分子の世界。
化学の力だ。

俺の研究は、王立魔導科学大学に新設された『化学部』の研究室で本格的に始まった。
俺の最初のターゲットは、全ての爆薬の基礎となるあの物質だった。
「ニトログリセリン」。
グリセリンに濃硝酸と濃硫酸を反応させることで生まれる、極めて不安定で、しかし凄まじい爆発力を持つ油状の液体。
俺はアカデミーの錬金術師たちの中から、最も優秀で慎重な性格の者たちを選び出し、プロジェクトチームを結成した。
「諸君、我々はこれから雷神の怒りを、この小さなフラスコの中に封じ込める研究を始める」
俺のその言葉に、錬金術師たちはゴクリと喉を鳴らした。
実験は危険を極めた。
硝酸と硫酸は、この世界の錬金術でもごく少量なら精製することができた。問題は、その濃度と反応温度の管理だった。
俺はガラス工房に特注で作らせた、冷却管付きのガラス製反応装置を使い、反応温度が上がりすぎないように氷水で冷やしながら、慎重に一滴、また一滴と酸をグリセリンに滴下していく。
少しでも手順を間違えれば、この研究室ごと木っ端微塵に吹き飛ぶだろう。
その緊張感は、まるで虎の尾を踏むかのようだった。
幾度もの小さな失敗と、爆発事故寸前のヒヤリとする経験を乗り越え、俺たちはついに、黄色みがかった油状の液体を少量、フラスコの底に生み出すことに成功した。
ニトログリセリン。
俺は、その一滴を長い柄の先に付いた羽毛に染み込ませ、研究室の隅にある分厚い鉄板の上にそっと置いた。
そして、長い棒でその羽毛を軽く、突いた。

次の瞬間。
パァン! という鼓膜を突き破るような鋭い炸裂音と共に、閃光が走った。
分厚い鉄板には、まるで巨人の拳で殴られたかのような深い凹みができていた。
たった一滴で、この威力。
研究室にいた全員が、その圧倒的な破壊力を前に言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしていた。

だが、ニトログリセリンはあまりにも危険すぎた。わずかな衝撃や温度変化で簡単に暴発してしまう。これでは兵器として安全に運用することはできない。
俺の真の目的は、その先にあった。
アルフレッド・ノーベルが前世で成し遂げた偉大な発明。
ニトログリセリンを安全な固体爆薬へと変える技術。
「ダイナマイト」の開発だ。
俺は様々な物質を試し、ニトログリセリンを安定して吸収できる安全な媒体を探した。
そして最終的に行き着いたのが「珪藻土」だった。川の底から採れる、多孔質の軽い土だ。
俺は珪藻土にニトログリセリンを慎重に染み込ませ、それを粘土のように練り固め、油紙で包んで棒状にした。
見た目はただの茶色い土の棒だ。
だが、その中には眠れる雷神が封じ込められている。
俺は完成したダイナマイトの試作品を演習場に持ち込んだ。
そして、安全な距離から俺が開発した電気式の雷管(信管)を使って起爆させる。
スイッチを入れた瞬間。
ズゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
これまでの黒色火薬の爆発とは全く次元の違う、地鳴りのような腹の底を揺さぶる轟音が空気を震わせた。
爆心地には、直径数メートルの巨大なクレーターがぽっかりと口を開けていた。
その光景を見た、視察に来ていた軍の将校たちは顔面を蒼白にさせ、腰を抜かさんばかりに驚いていた。
「……も、もはや、人の手で扱ってよい力では、ない……」
化学の力は、この世界の戦争のスケールを再び根底から塗り替えようとしていた。

このダイナマイトの完成によって、俺たちの兵器は飛躍的な進化を遂げることになる。
カノン砲の榴弾に、黒色火薬の代わりにこのダイナマイトを充填すれば、その破壊力は数十倍に跳ね上がるだろう。城壁ですら一撃で粉砕できるかもしれない。
兵士が投擲する手榴弾も、より小型で、より安全で、そしてより強力なものになる。
さらに、この力は兵器としてだけではなく、平和のためにも使える。
鉄道を敷設するためのトンネル工事。
鉱山で硬い岩盤を砕くための採掘作業。
ダイナマイトは、俺たちの文明発展のスピードをさらに何倍にも加速させる、まさに魔法の道具となるのだ。

俺は巨大なクレーターの縁に立ち、化学がもたらした圧倒的な力の奔流を静かに見つめていた。
鉄、蒸気、電気、そして化学。
俺がこの世界にもたらした知識は、もはや誰にも止めることのできない巨大なうねりとなっていた。
そのうねりは、この国を、そしてこの世界を一体どこへ運んでいこうとしているのか。
俺自身にも、もはや完全には予測できない。
俺はただ、その激流の先頭に立ち、必死で舵を取り続けるしかないのだ。
人々が破滅ではなく、より豊かな未来へとたどり着けるように。
その重い責任を、俺は改めて胸に刻み込んでいた。
化学の力は、神の雷か、それとも悪魔の炎か。
その答えを決めるのは、いつの時代も、それを使う人間自身なのだから。
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