異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

文字の大きさ
89 / 118

第91話:思考する機械への挑戦

しおりを挟む
帝国の侵攻が、もはや避けられない現実として刻一刻と迫っていた。
俺たちの時間は限られている。
王国の軍備は急ピッチで近代化が進められている。後装式ライフルと新型カノン砲の量産体制は軌道に乗り、兵士たちはバルガスの下で新しい戦術の習熟に汗を流していた。
だが、俺の頭の中にはまだ一つの大きな懸念が残っていた。
それは、あまりにも複雑化しすぎた戦場の「計算」の問題だった。
例えば、長距離砲撃。
敵の位置、風向き、湿度、そして砲弾自体の重さと初速。それら全ての要素を考慮して正確な弾道を計算しなければ、精密な砲撃など不可能だ。今は、観測班からの報告を元に熟練した砲手が経験と勘でそれを補っている。
だが、帝国との総力戦になれば、何十、何百という砲が同時に、そして絶え間なく火を噴くことになるだろう。
その膨大な数の弾道計算を、人間の頭だけで瞬時に、そして正確に行うことなどできるはずがない。
俺は、人間を超える計算能力を持つ、新しい「道具」の必要性を痛感していた。

俺は、王立魔導科学大学の最も静かな研究室に、工学部と数学科の選りすぐりの天才学生たちを集めた。
「諸君、我々はこれから人間の『思考』そのものを機械に代行させるという、前代未聞の挑戦を始める」
俺の言葉に、学生たちはポカンとした顔で顔を見合わせた。
俺は黒板に、複雑に絡み合った無数の歯車の絵を描き始めた。
「これは機械式の計算機だ。歯車の回転数とその組み合わせによって、足し算、引き算、掛け算、割り算といった基本的な四則演算を自動で行うことができる」
それは前世の歴史において、パスカルやライプニッツが夢見た歯車式の計算機の概念だった。
学生たちは初めは半信半疑だったが、俺が十進数の繰り上がりをいかにして歯車の噛み合わせで実現するかを具体的に説明し始めると、彼らの目の色がみるみるうちに変わっていった。
「……すごい。歯車の動きだけで数字を扱えるなんて……」
「まるで機械に魂が宿るようだ……」
だが、俺の構想はそんな単純な計算機に留まるものではなかった。
俺が本当に作りたいのは、チャールズ・バベッジが夢見たあの幻の超機械。
「我々が目指すのはただの計算機ではない。もっと高度な、複雑な数式をプログラムに従って自動的に、そして連続的に解き続けることができる『解析機関(アナリティカル・エンジン)』だ」
俺は、バベッジの階差機関の概念を彼らに説明した。
対数表や三角関数表といった複雑な計算結果を、多項式近似の原理を使い、単純な足し算と引き算の繰り返しだけで自動的に算出していく驚異的なマシン。
「弾道計算のような複雑な微分方程式も、この階差機関を使えば人間よりも遥かに速く、そして正確に解を導き出すことができるはずだ」
学生たちは、もはや声も出なかった。
彼らは自分たちが今、人類の知性の歴史におけるとんでもない飛躍の瞬間に立ち会っているのだということを肌で感じていた。
それは錬金術でも魔法でもない。
純粋な数学と機械工学の論理の結晶。
「思考する機械」への壮大な挑戦の始まりだった。

プロジェクトは、大学の最も機密性の高い工房で静かに、しかし熱狂的に進められた。
それはこれまでのどんな開発よりも地味で、そして根気のいる作業だった。
何千、何万という大きさの違う歯車を、アシュフォード鋼から一つ一つミクロン単位の精度で削り出していく。
それらの歯車を設計図通りに、巨大な真鍮のフレームへと組み上げていく。
わずか一つの歯車のほんの僅かなズレが、計算結果全体を狂わせてしまう。
学生たちは食事も睡眠も忘れ、まるで何かに取り憑かれたかのようにその精密な機械の組み立てに没頭した。
彼らの頭脳は複雑な数学の論理を追い求め、その指先はそれを物理的な形へと具現化していく。
俺は彼らの指導をしながら、この光景にある種の感動を覚えていた。
戦争という究極の破壊行為に備えるために、俺たちは今、人類の知性が生み出した最も創造的で最も美しい機械を作っているのだ。
その矛盾こそが、科学技術というものが持つ宿命的な業なのかもしれない。

数ヶ月後。
工房の中央に、ついにその異様な機械が姿を現した。
それは、高さ二メートル、幅三メートルにも及ぶ真鍮と鋼鉄でできた歯車の城だった。
無数の歯車が複雑に、そして有機的に絡み合い、まるで時を待つ巨大な生命体のように静まり返っている。
『階差機関(ディファレンス・エンジン)一号機』。
俺は最初の計算プログラムとして、単純な二次関数の数表を作成するよう入力装置に歯車の初期設定を施した。
そしてクランクハンドルに、ゆっくりと力を込める。
ギギギ……。
重い金属音と共に、最初の歯車が回転を始めた。
その動きはドミノ倒しのように、隣の歯車へ、そのまた隣の歯車へと次々と伝わっていく。
工房の中は、何千もの歯車が一斉に回転し、噛み合う、複雑でしかし調和の取れた金属音のシンフォニーに包まれた。
カチャリ、と。
出力装置に繋がれた活字のハンマーが動き出し、羊皮紙の上に最初の計算結果を自動的に刻み込んだ。
『1』
さらにクランクを回す。
歯車が再び複雑な計算を行い、次の結果を導き出す。
『4』
『9』
『16』
それは間違いなく、入力された関数の正しい計算結果だった。
俺たちが作ったこのただの金属の塊は、確かに「思考」していたのだ。
「……動いた」
学生の一人が震える声で呟いた。
次の瞬間、工房はこれまでの苦労が全て報われた歓喜の雄叫びに包まれた。
「やったぞ! こいつ、本当に計算してる!」
「俺たちの子供だ!」
彼らは抱き合い、涙を流し、自分たちが生み出した人類史上初の原始的なコンピュータの誕生を心から祝福した。
俺は、静かに回転を続ける歯車の城を見つめていた。
これはまだ始まりに過ぎない。
この機械がいずれパンチカードによるプログラム入力を可能にし、より複雑な計算をこなす「解析機関」へと進化するだろう。
そしてその先には、真空管やトランジスタを使った電子計算機の時代が待っている。
情報が光の速さで駆け巡り、世界中の知性が一つのネットワークで繋がる未来。
その遥かなる未来への最初で最も重要な一歩を、俺たちは今、確かに踏み出したのだ。
思考する機械の萌芽。
それは帝国との戦争を前に、俺たちが手に入れた究極の知的な兵器だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス 優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました お父さんは村の村長みたいな立場みたい お母さんは病弱で家から出れないほど 二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます ーーーーー この作品は大変楽しく書けていましたが 49話で終わりとすることにいたしました 完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい そんな欲求に屈してしまいましたすみません

落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!

たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。 途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。 鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒! 素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。 裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした

赤白玉ゆずる
ファンタジー
【コミックス第2巻発売中です!】 逞しく成長したリューク、そしてジーナ、ユフィオ、キスティーが大活躍します! 皆様どうぞよろしくお願いいたします。 【書籍第3巻が発売されました!】 今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。 イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。アニスもレムも超カワで、表紙もカッコイイです! 素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。 【2024年10月23日コミカライズ開始!】 『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました! 颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。 【ストーリー紹介】 幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。 そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。 養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。 だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。 『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。 貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。 『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。 『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。 どん底だった主人公が一発逆転する物語です。 ※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。

どうやら俺は、魔王を倒した英雄の両親より強いらしい。~オリハルコンを斬ってくっつけたら試験無しで王立学園に入学、いろいろやらかすハメに

試運転中
ファンタジー
山を割るほどに剣を極めたおとん「ケン」と、ケガなど何でも治してしまうおかん「セイ」。 そんな二人に山で育てられた息子「ケイ」は、15歳の大人の仲間入りを機に、王都の学園へと入学する。 両親の素性すらも知らず、その血を受け継いだ自分が、どれほど常軌を逸しているかもわからず。 気心の知れた仲間と、困ったり楽しんだりする学園生活のはずが…… 主人公最強だけど、何かがおかしい!? ちょっぴり異色な異世界学園ファンタジー。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

盾乃あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。〜少年アレクの倫理で殴る学園ファンタジー〜

鮒捌ケコラ
ファンタジー
入学式から3週間目にして『退学」を言い渡された。 (早くない?RTAじゃないんだからさ。) 自分で言うのもアレだけど、入学してからは結構真面目に通ってた。 けど、どうやら教員の不況を買ってしまったらしい。 幸か不幸か、退学まで1週間の執行猶予が与えられた。 けど、今更どう足掻いても挽回する事は不可能だろうし、 そもそも挽回する気も起こらない。 ここまでの学園生活を振り返っても 『この学園に執着出来る程の魅力』 というものが思い当たらないからだ。 寧ろ散々な事ばかりだったな、今日まで。 それに、これ以上無理に通い続けて 貴族とのしがらみシミッシミの薬師になるより 故郷に帰って自由気ままな森番に復職した方が ずっと実りある人生になるだろう。 私を送り出した公爵様も領主様も、 アイツだってきっとわかってくれる筈だ。 よし。決まりだな。 それじゃあ、退学するまでは休まず毎日通い続けるとして…… 大人しくする理由も無くなったし、 これからは自由気ままに、我儘に、好き勝手に過ごす事にしよう。 せっかくだし、教員達からのヘイトをカンストさせるのも面白そうだ。 てな訳で……… 薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。 …そう息巻いて迎えた執行猶予満了日、 掲示板に張り出された正式な退学勧告文を 確認しに行ったんだけど…… どういう事なの?これ。

処理中です...