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第92話:クラウスの問い
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階差機関の成功は、王立魔導科学大学の内部で静かな、しかし熱狂的な興奮を巻き起こした。
その報せはすぐにクラウスの耳にも届いた。彼は多忙な政務の合間を縫って自ら大学の工房を訪れ、その歯車の城が複雑な計算を黙々とこなしていく様を、深い沈黙の中で長時間にわたって見つめていた。
彼がその機械の前から立ち去る時、その氷のような仮面の奥に畏怖とも、あるいは恐怖ともつかない複雑な感情が揺らめいているのを俺は見逃さなかった。
その数日後の夜。
俺が執務室で帝国軍の兵力配置に関する最新の報告書に目を通していると、珍しくクラウスが何の予告もなく一人で訪ねてきた。
彼の顔にはいつもの官僚としての無表情さではなく、一人の人間としての深い思索の色が浮かんでいた。
「……少し、二人だけで話がしたい」
俺は人払いをし、彼と二人きりで執務室のソファに向かい合った。
暖炉の炎が、彼の銀縁の眼鏡に静かに反射している。
彼は単刀直入に切り出した。
「リオ殿。私は時々、恐ろしくなることがある」
それは常に冷静沈着で、全ての事象を合理的に判断してきたこの男の口から出るとは思えない言葉だった。
「恐ろしい?」
「そうだ。あなたという存在が、だ」
クラウスは暖炉の炎から俺の目へとその視線を移した。その瞳はこれまで見たこともないほど真剣だった。
「あなたは、この国に光をもたらした。鉄道、電信、電力、そして新しい教育。あなたは我々が百年かかっても成し遂げられなかったであろう改革を、たった数年で実現させた。あなたは紛れもなく、この国の救世主だ」
彼は一度言葉を切った。
「だが同時に、あなたはこの国に、これまで存在しなかった恐るべき『闇』をももたらした」
「……」
「後装式のライフル、榴弾を発射するカノン砲、ダイナマイト。そして、あの思考する機械。あなたの技術は、戦争という人類の最も愚かな行為を、これまでとは比較にならないほど効率的に、そして大規模に行うことを可能にする」
彼の声は静かだったが、その一言一言がまるで鋭い刃のように俺の心の最も痛い部分を抉ってきた。
それは俺自身が、ずっと自問自答し続けてきた問いだったからだ。
クラウスは俺の心を見透かすように続けた。
「私は、あなたに問いたい。リオ・アシュフォード。あなたのその神のごとき技術は、いずれこの世界の戦争を終わらせるのですか? それとも……」
彼はゆっくりと、そして重く最後の言葉を紡いだ。
「……我々の誰もが想像したことすらない、新しい『地獄』をこの地上に創り出すのですか?」
それはこの国の未来を俺と同じように真剣に憂いている男からの、魂の問いだった。
俺はしばらく何も答えられなかった。
暖炉の薪がパチリと音を立てて爆ぜる。
俺は静かに目を閉じた。
俺の脳裏に、グラウ平原のあの光景が蘇る。
炎に巻かれ、煙に咽び、恐怖に狂奔する敵兵たちの顔。
俺の技術が生み出した地獄。
あの光景を、俺は生涯忘れることはないだろう。
そして俺は、その地獄を再び、今度はさらに大きな規模で作り出す覚悟を決めなければならないのだ。
俺はゆっくりと目を開けた。
そしてクラウスの真摯な問いに、正面から向き合った。
「……地獄を創るだろうな」
俺の答えに、クラウスは息をのんだ。
「俺は聖人君子じゃない。ただの技術者だ。そして今は、この国を守る責任を負った一人の指導者だ」
俺は静かに、しかし微塵の揺らぎもない声で続けた。
「俺はこの国の民が、俺の仲間たちが帝国の軍靴に踏みにじられる光景を見るくらいなら。俺たちの築き上げてきたこの未来が、暴力によって破壊されるくらいなら」
俺の目に、冷徹な鋼のような光が宿る。
「俺はためらわない。俺の持つ全ての知識と技術を使って、この地上にどれほどの地獄を現出させてでも、この国を守り抜く」
それは俺の偽らざる覚悟だった。
理想だけでは何も守れない。
平和を勝ち取るためには、時に誰よりも非情に、そして冷徹にならなければならないのだ。
俺のその答えを聞いたクラウスは、しばらく黙り込んでいた。
やがて彼はふっと息を吐いた。
そしてその口元に、これまで見たこともないようなかすかな、しかし確かな笑みが浮かんだ。
それは安堵と、そして同志を見つけたかのような共感の笑みだった。
「……そうか。あなたも同じ覚悟を背負っていたのだな」
彼は立ち上がった。
「失礼した、リオ殿。今宵は無粋な問いを投げかけすぎたようだ」
「いや」と俺は言った。「あんたがいてくれて良かった。俺と同じ重荷を背負ってくれる人間が、この国にもう一人いる。そう思うと、少しだけ救われる」
俺たちの間にはもはや国王派も派閥も関係ない、一つの固い絆が生まれていた。
同じ国の未来を憂い、そのために自らの手を汚す覚悟を決めた、二人の男の静かなる共犯関係。
クラウスは執務室の扉の前で振り返った。
「……地獄を創ってでもこの国を守る、か。ならば私も、その地獄の業火の中であなたと共に踊り続けよう。この国の未来のために」
彼はそれだけを言うと、闇の中へと消えていった。
俺は一人執務室に残され、再び窓の外の夜景を見つめた。
クラウスの問いは、俺の心に深く、そして重く突き刺さったままだ。
だが、俺の進むべき道はもはや揺らがない。
俺が創り出すその地獄の先に、必ず平和な未来が待っていると信じて。
俺は静かに、その重い覚悟を再び胸に刻み込むのだった。
その報せはすぐにクラウスの耳にも届いた。彼は多忙な政務の合間を縫って自ら大学の工房を訪れ、その歯車の城が複雑な計算を黙々とこなしていく様を、深い沈黙の中で長時間にわたって見つめていた。
彼がその機械の前から立ち去る時、その氷のような仮面の奥に畏怖とも、あるいは恐怖ともつかない複雑な感情が揺らめいているのを俺は見逃さなかった。
その数日後の夜。
俺が執務室で帝国軍の兵力配置に関する最新の報告書に目を通していると、珍しくクラウスが何の予告もなく一人で訪ねてきた。
彼の顔にはいつもの官僚としての無表情さではなく、一人の人間としての深い思索の色が浮かんでいた。
「……少し、二人だけで話がしたい」
俺は人払いをし、彼と二人きりで執務室のソファに向かい合った。
暖炉の炎が、彼の銀縁の眼鏡に静かに反射している。
彼は単刀直入に切り出した。
「リオ殿。私は時々、恐ろしくなることがある」
それは常に冷静沈着で、全ての事象を合理的に判断してきたこの男の口から出るとは思えない言葉だった。
「恐ろしい?」
「そうだ。あなたという存在が、だ」
クラウスは暖炉の炎から俺の目へとその視線を移した。その瞳はこれまで見たこともないほど真剣だった。
「あなたは、この国に光をもたらした。鉄道、電信、電力、そして新しい教育。あなたは我々が百年かかっても成し遂げられなかったであろう改革を、たった数年で実現させた。あなたは紛れもなく、この国の救世主だ」
彼は一度言葉を切った。
「だが同時に、あなたはこの国に、これまで存在しなかった恐るべき『闇』をももたらした」
「……」
「後装式のライフル、榴弾を発射するカノン砲、ダイナマイト。そして、あの思考する機械。あなたの技術は、戦争という人類の最も愚かな行為を、これまでとは比較にならないほど効率的に、そして大規模に行うことを可能にする」
彼の声は静かだったが、その一言一言がまるで鋭い刃のように俺の心の最も痛い部分を抉ってきた。
それは俺自身が、ずっと自問自答し続けてきた問いだったからだ。
クラウスは俺の心を見透かすように続けた。
「私は、あなたに問いたい。リオ・アシュフォード。あなたのその神のごとき技術は、いずれこの世界の戦争を終わらせるのですか? それとも……」
彼はゆっくりと、そして重く最後の言葉を紡いだ。
「……我々の誰もが想像したことすらない、新しい『地獄』をこの地上に創り出すのですか?」
それはこの国の未来を俺と同じように真剣に憂いている男からの、魂の問いだった。
俺はしばらく何も答えられなかった。
暖炉の薪がパチリと音を立てて爆ぜる。
俺は静かに目を閉じた。
俺の脳裏に、グラウ平原のあの光景が蘇る。
炎に巻かれ、煙に咽び、恐怖に狂奔する敵兵たちの顔。
俺の技術が生み出した地獄。
あの光景を、俺は生涯忘れることはないだろう。
そして俺は、その地獄を再び、今度はさらに大きな規模で作り出す覚悟を決めなければならないのだ。
俺はゆっくりと目を開けた。
そしてクラウスの真摯な問いに、正面から向き合った。
「……地獄を創るだろうな」
俺の答えに、クラウスは息をのんだ。
「俺は聖人君子じゃない。ただの技術者だ。そして今は、この国を守る責任を負った一人の指導者だ」
俺は静かに、しかし微塵の揺らぎもない声で続けた。
「俺はこの国の民が、俺の仲間たちが帝国の軍靴に踏みにじられる光景を見るくらいなら。俺たちの築き上げてきたこの未来が、暴力によって破壊されるくらいなら」
俺の目に、冷徹な鋼のような光が宿る。
「俺はためらわない。俺の持つ全ての知識と技術を使って、この地上にどれほどの地獄を現出させてでも、この国を守り抜く」
それは俺の偽らざる覚悟だった。
理想だけでは何も守れない。
平和を勝ち取るためには、時に誰よりも非情に、そして冷徹にならなければならないのだ。
俺のその答えを聞いたクラウスは、しばらく黙り込んでいた。
やがて彼はふっと息を吐いた。
そしてその口元に、これまで見たこともないようなかすかな、しかし確かな笑みが浮かんだ。
それは安堵と、そして同志を見つけたかのような共感の笑みだった。
「……そうか。あなたも同じ覚悟を背負っていたのだな」
彼は立ち上がった。
「失礼した、リオ殿。今宵は無粋な問いを投げかけすぎたようだ」
「いや」と俺は言った。「あんたがいてくれて良かった。俺と同じ重荷を背負ってくれる人間が、この国にもう一人いる。そう思うと、少しだけ救われる」
俺たちの間にはもはや国王派も派閥も関係ない、一つの固い絆が生まれていた。
同じ国の未来を憂い、そのために自らの手を汚す覚悟を決めた、二人の男の静かなる共犯関係。
クラウスは執務室の扉の前で振り返った。
「……地獄を創ってでもこの国を守る、か。ならば私も、その地獄の業火の中であなたと共に踊り続けよう。この国の未来のために」
彼はそれだけを言うと、闇の中へと消えていった。
俺は一人執務室に残され、再び窓の外の夜景を見つめた。
クラウスの問いは、俺の心に深く、そして重く突き刺さったままだ。
だが、俺の進むべき道はもはや揺らがない。
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