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第97話:神の目
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帝国中央軍、二十万。
その大軍勢は王国領の広大な中央平原を、まるで黒い絨毯のように覆い尽くしながら王都を目指して進軍していた。
総司令官であるブルクハルト将軍は馬上で、余裕綽々の表情を浮かべていた。
彼の目には勝利しか見えていない。この圧倒的な物量の前に、ひれ伏さない者などいるはずがなかった。
斥候からの報告も、彼のその確信をさらに強固にするものばかりだった。
「将軍! 前方十キロの地点に敵部隊を確認! ですが、その数およそ五万! 我らの四分の一にも満たない寡兵にございます!」
「フン、愚か者どもめ」
ブルクハルトは鼻で笑った。「野戦で我らに正面から挑むとは。よほどの命知らずか、あるいはただの無能か。いずれにせよ、我らの敵ではないわ」
彼は何の疑いも抱かなかった。
敵が自分たちの進軍ルートや兵力規模を完全に把握した上で、そこに防衛線を築いているなどとは夢にも思わなかったのだ。
彼はまだ、自分たちが巨大な掌の上で踊らされているだけの、哀れな駒であることに気づいていなかった。
そのブルクハルト将軍の遥か数千メートル上空。
雲の切れ間に、白銀の船体を持つ飛行船『イーグル』が静かにその姿を潜ませていた。
ゴンドラの中ではシルフィが、特殊なガラスレンズが何枚も組み合わされた超望遠鏡を覗き込み、眼下に広がる帝国軍の動きを食い入るように見つめていた。
彼女の隣では、通信士に任命された大学の学生が彼女の報告を瞬時にモールス信号へと変換し、電信キーを叩き続けている。
「……敵、中央軍。陣形に変更なし。先鋒は重装歩兵、その後方に弓兵部隊。総司令官の位置は、本隊中央、鷲の紋章旗の下……」
シルフィの目は、もはやただのエルフの目ではなかった。
それは戦場全体を俯瞰し、敵の全てを見通す神の目。
彼女が捉えた情報は光の速さで、王都の最高司令部へと送られていく。
「……受信。イーグルより、定時報告」
最高司令部の巨大な地図盤の前で俺は、通信士が読み上げる報告を冷静に分析していた。
地図盤の上には帝国軍の動きが、まるでチェスの盤面のようにリアルタイムで正確に再現されていく。
赤い駒が、一歩、また一歩と俺たちが仕掛けた罠の中心へと進んでくる。
「……バルガスに伝えろ」
俺は電信士に短い命令を下した。「敵先鋒、予定通りポイント・ベータに到達。作戦第二段階へ移行せよ」
その命令は瞬時に、平原の最前線で固唾をのんで待ち構えているバルガスの元へと届けられた。
バルガス率いる王国軍第一軍、五万。
彼らは平原の中央を流れる緩やかな川を背にして、半円形の防衛陣を敷いていた。
その陣形は一見すると、あまりにも無防備に見えた。
だが、その地面の下には俺の指示で無数の「罠」が仕掛けられていた。
巧妙に偽装された落とし穴。
敵の騎馬突撃を阻むための鉄製の撒菱(まきびし)。
そして、地面に浅く埋められた指向性の地雷。ダイナマイトを応用した対人兵器だ。
「……来たか」
バルガスは、地響きと共に迫り来る帝国軍の先鋒を見据え、静かに呟いた。
その顔に恐怖の色はない。あるのは絶対的な勝利への確信と、若き主君への揺るぎない信頼だけだった。
帝国軍の重装歩兵たちが鬨の声を上げ、王国軍の陣地へと突撃を開始する。
彼らは目の前の寡兵を、一蹴できると信じていた。
だが、彼らが王国軍の陣地まであと数百メートルという地点に到達した、その時。
地獄の蓋が開かれた。
バルガスの合図と共に、地面に埋められた地雷が一斉に遠隔操作で起爆されたのだ。
ドッ! ドッドッドッ!
連続的な地を揺るがす爆発。
突撃してきた帝国軍の最前列が、土煙と血飛沫の中に消えた。
地面は一瞬にしてクレーターだらけとなり、無数の鉄片が悲鳴を上げて飛び散る。
さらに、その混乱に陥った兵士たちの足元を、落とし穴と撒菱が襲う。
帝国軍の完璧だったはずの突撃陣形は、戦う前に内部からズタズタに引き裂かれてしまった。
「な、何が起きた!?」
後方で見ていたブルクハルト将軍は自分の目を疑った。「地面が爆発しただと……? これもあの小僧の妖術か!」
「今だ! ライフル部隊、撃ち方始め!」
バルガスが剣を天に突き上げ、絶叫した。
塹壕の中に身を潜めていた数万の王国軍兵士たちが一斉に立ち上がり、後装式ライフルを構える。
そして、混乱する帝国軍に向かって鉄の嵐を一斉に解き放った。
タタタタタタタタタッ!
それは、グラウ平原の悪夢の再現だった。
だが、その規模は比較にすらならない。
数万のライフルから放たれる弾丸の豪雨。
帝国軍の兵士たちはなすすべもなく、バタバタとなぎ倒されていく。
彼らの分厚い鉄の鎧も屈強な肉体も、高速で回転しながら飛来する鋼鉄の弾丸の前には何の意味もなさなかった。
神の目による、完全な情報的優位。
それに基づいて仕掛けられた、周到な罠。
そして、圧倒的な火力の差。
新しい時代の戦争は、もはや兵士の数や勇気だけでどうにかなるものではなかった。
それは冷徹な科学と数学による、一方的な殺戮のシステムだった。
俺は最高司令部で、前線から次々と送られてくる戦況報告を静かに聞いていた。
『敵先鋒、大混乱! 損害多数!』
『こちら、損害軽微! 敵を完全に釘付けにしています!』
全てはシミュレーション通りだった。
俺は次の駒を動かす。
「クラウス。西の別動隊に電信を送れ」
俺は地図盤の帝国軍の長い補給部隊の列を指し示した。
「蛇の頭は叩いた。次は、その胴体を断ち切る」
俺の神の目は、すでにこの戦場のさらにその先を見据えていた。
この戦いをどう終わらせるか。
その最終的なチェックメイトの形を。
その大軍勢は王国領の広大な中央平原を、まるで黒い絨毯のように覆い尽くしながら王都を目指して進軍していた。
総司令官であるブルクハルト将軍は馬上で、余裕綽々の表情を浮かべていた。
彼の目には勝利しか見えていない。この圧倒的な物量の前に、ひれ伏さない者などいるはずがなかった。
斥候からの報告も、彼のその確信をさらに強固にするものばかりだった。
「将軍! 前方十キロの地点に敵部隊を確認! ですが、その数およそ五万! 我らの四分の一にも満たない寡兵にございます!」
「フン、愚か者どもめ」
ブルクハルトは鼻で笑った。「野戦で我らに正面から挑むとは。よほどの命知らずか、あるいはただの無能か。いずれにせよ、我らの敵ではないわ」
彼は何の疑いも抱かなかった。
敵が自分たちの進軍ルートや兵力規模を完全に把握した上で、そこに防衛線を築いているなどとは夢にも思わなかったのだ。
彼はまだ、自分たちが巨大な掌の上で踊らされているだけの、哀れな駒であることに気づいていなかった。
そのブルクハルト将軍の遥か数千メートル上空。
雲の切れ間に、白銀の船体を持つ飛行船『イーグル』が静かにその姿を潜ませていた。
ゴンドラの中ではシルフィが、特殊なガラスレンズが何枚も組み合わされた超望遠鏡を覗き込み、眼下に広がる帝国軍の動きを食い入るように見つめていた。
彼女の隣では、通信士に任命された大学の学生が彼女の報告を瞬時にモールス信号へと変換し、電信キーを叩き続けている。
「……敵、中央軍。陣形に変更なし。先鋒は重装歩兵、その後方に弓兵部隊。総司令官の位置は、本隊中央、鷲の紋章旗の下……」
シルフィの目は、もはやただのエルフの目ではなかった。
それは戦場全体を俯瞰し、敵の全てを見通す神の目。
彼女が捉えた情報は光の速さで、王都の最高司令部へと送られていく。
「……受信。イーグルより、定時報告」
最高司令部の巨大な地図盤の前で俺は、通信士が読み上げる報告を冷静に分析していた。
地図盤の上には帝国軍の動きが、まるでチェスの盤面のようにリアルタイムで正確に再現されていく。
赤い駒が、一歩、また一歩と俺たちが仕掛けた罠の中心へと進んでくる。
「……バルガスに伝えろ」
俺は電信士に短い命令を下した。「敵先鋒、予定通りポイント・ベータに到達。作戦第二段階へ移行せよ」
その命令は瞬時に、平原の最前線で固唾をのんで待ち構えているバルガスの元へと届けられた。
バルガス率いる王国軍第一軍、五万。
彼らは平原の中央を流れる緩やかな川を背にして、半円形の防衛陣を敷いていた。
その陣形は一見すると、あまりにも無防備に見えた。
だが、その地面の下には俺の指示で無数の「罠」が仕掛けられていた。
巧妙に偽装された落とし穴。
敵の騎馬突撃を阻むための鉄製の撒菱(まきびし)。
そして、地面に浅く埋められた指向性の地雷。ダイナマイトを応用した対人兵器だ。
「……来たか」
バルガスは、地響きと共に迫り来る帝国軍の先鋒を見据え、静かに呟いた。
その顔に恐怖の色はない。あるのは絶対的な勝利への確信と、若き主君への揺るぎない信頼だけだった。
帝国軍の重装歩兵たちが鬨の声を上げ、王国軍の陣地へと突撃を開始する。
彼らは目の前の寡兵を、一蹴できると信じていた。
だが、彼らが王国軍の陣地まであと数百メートルという地点に到達した、その時。
地獄の蓋が開かれた。
バルガスの合図と共に、地面に埋められた地雷が一斉に遠隔操作で起爆されたのだ。
ドッ! ドッドッドッ!
連続的な地を揺るがす爆発。
突撃してきた帝国軍の最前列が、土煙と血飛沫の中に消えた。
地面は一瞬にしてクレーターだらけとなり、無数の鉄片が悲鳴を上げて飛び散る。
さらに、その混乱に陥った兵士たちの足元を、落とし穴と撒菱が襲う。
帝国軍の完璧だったはずの突撃陣形は、戦う前に内部からズタズタに引き裂かれてしまった。
「な、何が起きた!?」
後方で見ていたブルクハルト将軍は自分の目を疑った。「地面が爆発しただと……? これもあの小僧の妖術か!」
「今だ! ライフル部隊、撃ち方始め!」
バルガスが剣を天に突き上げ、絶叫した。
塹壕の中に身を潜めていた数万の王国軍兵士たちが一斉に立ち上がり、後装式ライフルを構える。
そして、混乱する帝国軍に向かって鉄の嵐を一斉に解き放った。
タタタタタタタタタッ!
それは、グラウ平原の悪夢の再現だった。
だが、その規模は比較にすらならない。
数万のライフルから放たれる弾丸の豪雨。
帝国軍の兵士たちはなすすべもなく、バタバタとなぎ倒されていく。
彼らの分厚い鉄の鎧も屈強な肉体も、高速で回転しながら飛来する鋼鉄の弾丸の前には何の意味もなさなかった。
神の目による、完全な情報的優位。
それに基づいて仕掛けられた、周到な罠。
そして、圧倒的な火力の差。
新しい時代の戦争は、もはや兵士の数や勇気だけでどうにかなるものではなかった。
それは冷徹な科学と数学による、一方的な殺戮のシステムだった。
俺は最高司令部で、前線から次々と送られてくる戦況報告を静かに聞いていた。
『敵先鋒、大混乱! 損害多数!』
『こちら、損害軽微! 敵を完全に釘付けにしています!』
全てはシミュレーション通りだった。
俺は次の駒を動かす。
「クラウス。西の別動隊に電信を送れ」
俺は地図盤の帝国軍の長い補給部隊の列を指し示した。
「蛇の頭は叩いた。次は、その胴体を断ち切る」
俺の神の目は、すでにこの戦場のさらにその先を見据えていた。
この戦いをどう終わらせるか。
その最終的なチェックメイトの形を。
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