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第100話:動く要塞
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帝国中央軍の壊滅。その報せは電信によって瞬く間に東西の方面軍にも届けられた。
彼らは信じられなかった。
二十万の、帝国最強と謳われた軍団がたった半日で、しかも本格的な白兵戦にすら至らずに蒸発した。
総司令部もまた、天から降ってきたという謎の雷によって地図の上から消え去った。
その報告はあまりにも現実離れしており、兵士たちの間には恐怖よりも先に深い混乱が広がった。
「嘘だ! そんなことがあるはずがない!」
「王国の魔術師どもが、集団幻覚でも見せているに違いない!」
だが、次々と舞い込んでくる敗残兵たちの錯乱した証言が、それが紛れもない事実であることを彼らに突きつけた。
『鉄の怪物が、地面を走っていた!』
『空から、神の雷が……!』
軍の士気は急速に崩壊していった。
指揮官たちは進軍か撤退か、その判断を下せないまま右往左往するだけだった。
頭脳を失った軍隊は、もはやただの烏合の衆に過ぎない。
その混乱の極みにある彼らの前に。
王国軍の反攻部隊が、その姿を現した。
だが、その先頭に立っていたのは騎士団でも歩兵部隊でもなかった。
大地を揺るがし、黒煙を吐きながらゆっくりと、しかし何者にも止められないという絶対的な威圧感を放って進んでくる十数台の鉄の怪物。
『陸上装甲艦』部隊だった。
「……な、なんだ、あれは……」
帝国軍の東部方面軍を率いる将軍が、丘の上からその異様な光景を呆然と見つめていた。
それはまるで巨大な亀か、あるいは伝説に登場する鉄の魔獣のようだった。
分厚い装甲板はあらゆる矢やマスケット銃の弾を、赤子をあやすかのように弾き返す。
無限軌道(キャタピラ)は、帝国軍が急ごしらえで作った塹壕やバリケードを、まるで紙細工のように踏み潰していく。
「……撃て! 撃てぇっ! あんな化け物、近づけさせるな!」
将軍のヒステリックな絶叫に、弓兵や砲兵たちが一斉に攻撃を開始した。
無数の矢が雨のように陸上装甲艦に降り注ぐ。
投石機から放たれた巨大な石弾が、その装甲に直撃する。
だが。
キンッ、カンッ、という軽い金属音が響くだけで、鉄の巨体は傷一つ負わない。
その装甲はあまりにも厚く、そして硬すぎた。
「……だ、駄目だ! 効いていない!」
兵士たちの顔に絶望の色が浮かぶ。
そして今度は、怪物からの反撃が始まった。
陸上装甲艦の回転砲塔が、ゆっくりと彼らの方を向く。
そして、その車体に取り付けられたいくつもの機関銃が一斉に火を噴いた。
ダダダダダダダダダダダダッ!
再び戦場に鉄の嵐が吹き荒れる。
それはもはや抵抗することすら許されない、一方的な虐殺だった。
帝国軍の兵士たちは、自分たちの攻撃が全く通用しない不死身の怪物に蹂躙され、なぎ倒されていく。
彼らの心は完全に折れた。
戦う相手が同じ人間ではない。
自分たちが対峙しているのは、人の力では到底抗うことのできない不条理な「災害」なのだと彼らは悟った。
「……逃げろ」
誰かがそう呟いた。
その一言が引き金だった。
東部方面軍は完全に崩壊した。兵士たちは武器を捨て、鎧を脱ぎ捨て、ただ狂ったように故郷へと逃げ出した。
西部方面軍も同じ運命を辿った。
彼らを打ち破ったのは陸上装甲艦ではなかった。
空から舞い降りてきた、銀色の巨大な鷲。
飛行船『イーグル』だった。
シルフィが操るイーグル号は、帝国軍の頭上、彼らの矢が決して届かない絶対的な安全圏から、静かに地獄の雨を降らせた。
ゴンドラから投下されたのは無数の小型の焼夷手榴弾。
それは乾燥した草原と彼らの木製の陣地を、瞬く間に巨大な火の海へと変えた。
そして炎と煙に巻かれ、パニックに陥った彼らの頭上にシルフィは風の魔法で、無数の鋭い「風の刃」を降らせた。
それは目に見えない無慈悲な刃だった。
兵士たちは何に切られたのかも分からないまま、次々とその体を切り裂かれていった。
動く要塞に蹂躙され。
空からの魔法の爆撃に焼き尽くされる。
帝国軍の五十万を誇った大軍勢は。
たった二日で、そのほとんどが戦わずして崩壊した。
それはもはや戦争の記録というよりも神話の一節。
あるいは終末の黙示録に記された、天罰の光景のようだった。
俺は最高司令部で、次々と舞い込んでくる圧倒的な戦勝報告を静かに受け止めていた。
将軍たちはもはや何も言わない。
彼らはただ畏怖と、そして少しの恐怖を込めて俺の横顔を見つめているだけだった。
俺の頭の中にはもはやこの戦場の光景はない。
俺が見据えているのはその先。
このあまりにも一方的すぎる勝利がもたらすであろう、新しい世界の秩序の形だった。
「……クラウス」
俺は静かに、隣に立つ氷の官僚に声をかけた。
「帝国との講和会議の準備を始めてくれ」
「……よろしいのですか?」
クラウスが意外そうな顔で尋ねてきた。「このまま帝都まで攻め入り、かの国を完全に滅ぼすことも可能ですが」
「いや」
俺は首を横に振った。「無意味な殺戮はもうたくさんだ。それに、帝国という巨大な国家が完全に崩壊すれば、この大陸は果てしない混乱の時代に突入することになる」
俺が望んでいるのは破壊ではない。
創造だ。
新しい安定した世界の秩序を、俺たちの手で創り上げること。
そのために帝国にはまだ生きていてもらわなければならない。
ただし。
二度と我々に牙を剥くことのできない、牙を抜かれた獅子として。
俺たちの動く要塞は、帝国の軍事的な野心を完全に粉砕した。
そしてこれから始まる外交という名の新しい戦場で。
俺たちの知性は、帝国の政治的な野心をも完全に打ち砕くことになるだろう。
俺は窓の外の青い空を見上げた。
この戦争はもうすぐ終わる。
そして、本当の俺たちの仕事が始まるのだ。
彼らは信じられなかった。
二十万の、帝国最強と謳われた軍団がたった半日で、しかも本格的な白兵戦にすら至らずに蒸発した。
総司令部もまた、天から降ってきたという謎の雷によって地図の上から消え去った。
その報告はあまりにも現実離れしており、兵士たちの間には恐怖よりも先に深い混乱が広がった。
「嘘だ! そんなことがあるはずがない!」
「王国の魔術師どもが、集団幻覚でも見せているに違いない!」
だが、次々と舞い込んでくる敗残兵たちの錯乱した証言が、それが紛れもない事実であることを彼らに突きつけた。
『鉄の怪物が、地面を走っていた!』
『空から、神の雷が……!』
軍の士気は急速に崩壊していった。
指揮官たちは進軍か撤退か、その判断を下せないまま右往左往するだけだった。
頭脳を失った軍隊は、もはやただの烏合の衆に過ぎない。
その混乱の極みにある彼らの前に。
王国軍の反攻部隊が、その姿を現した。
だが、その先頭に立っていたのは騎士団でも歩兵部隊でもなかった。
大地を揺るがし、黒煙を吐きながらゆっくりと、しかし何者にも止められないという絶対的な威圧感を放って進んでくる十数台の鉄の怪物。
『陸上装甲艦』部隊だった。
「……な、なんだ、あれは……」
帝国軍の東部方面軍を率いる将軍が、丘の上からその異様な光景を呆然と見つめていた。
それはまるで巨大な亀か、あるいは伝説に登場する鉄の魔獣のようだった。
分厚い装甲板はあらゆる矢やマスケット銃の弾を、赤子をあやすかのように弾き返す。
無限軌道(キャタピラ)は、帝国軍が急ごしらえで作った塹壕やバリケードを、まるで紙細工のように踏み潰していく。
「……撃て! 撃てぇっ! あんな化け物、近づけさせるな!」
将軍のヒステリックな絶叫に、弓兵や砲兵たちが一斉に攻撃を開始した。
無数の矢が雨のように陸上装甲艦に降り注ぐ。
投石機から放たれた巨大な石弾が、その装甲に直撃する。
だが。
キンッ、カンッ、という軽い金属音が響くだけで、鉄の巨体は傷一つ負わない。
その装甲はあまりにも厚く、そして硬すぎた。
「……だ、駄目だ! 効いていない!」
兵士たちの顔に絶望の色が浮かぶ。
そして今度は、怪物からの反撃が始まった。
陸上装甲艦の回転砲塔が、ゆっくりと彼らの方を向く。
そして、その車体に取り付けられたいくつもの機関銃が一斉に火を噴いた。
ダダダダダダダダダダダダッ!
再び戦場に鉄の嵐が吹き荒れる。
それはもはや抵抗することすら許されない、一方的な虐殺だった。
帝国軍の兵士たちは、自分たちの攻撃が全く通用しない不死身の怪物に蹂躙され、なぎ倒されていく。
彼らの心は完全に折れた。
戦う相手が同じ人間ではない。
自分たちが対峙しているのは、人の力では到底抗うことのできない不条理な「災害」なのだと彼らは悟った。
「……逃げろ」
誰かがそう呟いた。
その一言が引き金だった。
東部方面軍は完全に崩壊した。兵士たちは武器を捨て、鎧を脱ぎ捨て、ただ狂ったように故郷へと逃げ出した。
西部方面軍も同じ運命を辿った。
彼らを打ち破ったのは陸上装甲艦ではなかった。
空から舞い降りてきた、銀色の巨大な鷲。
飛行船『イーグル』だった。
シルフィが操るイーグル号は、帝国軍の頭上、彼らの矢が決して届かない絶対的な安全圏から、静かに地獄の雨を降らせた。
ゴンドラから投下されたのは無数の小型の焼夷手榴弾。
それは乾燥した草原と彼らの木製の陣地を、瞬く間に巨大な火の海へと変えた。
そして炎と煙に巻かれ、パニックに陥った彼らの頭上にシルフィは風の魔法で、無数の鋭い「風の刃」を降らせた。
それは目に見えない無慈悲な刃だった。
兵士たちは何に切られたのかも分からないまま、次々とその体を切り裂かれていった。
動く要塞に蹂躙され。
空からの魔法の爆撃に焼き尽くされる。
帝国軍の五十万を誇った大軍勢は。
たった二日で、そのほとんどが戦わずして崩壊した。
それはもはや戦争の記録というよりも神話の一節。
あるいは終末の黙示録に記された、天罰の光景のようだった。
俺は最高司令部で、次々と舞い込んでくる圧倒的な戦勝報告を静かに受け止めていた。
将軍たちはもはや何も言わない。
彼らはただ畏怖と、そして少しの恐怖を込めて俺の横顔を見つめているだけだった。
俺の頭の中にはもはやこの戦場の光景はない。
俺が見据えているのはその先。
このあまりにも一方的すぎる勝利がもたらすであろう、新しい世界の秩序の形だった。
「……クラウス」
俺は静かに、隣に立つ氷の官僚に声をかけた。
「帝国との講和会議の準備を始めてくれ」
「……よろしいのですか?」
クラウスが意外そうな顔で尋ねてきた。「このまま帝都まで攻め入り、かの国を完全に滅ぼすことも可能ですが」
「いや」
俺は首を横に振った。「無意味な殺戮はもうたくさんだ。それに、帝国という巨大な国家が完全に崩壊すれば、この大陸は果てしない混乱の時代に突入することになる」
俺が望んでいるのは破壊ではない。
創造だ。
新しい安定した世界の秩序を、俺たちの手で創り上げること。
そのために帝国にはまだ生きていてもらわなければならない。
ただし。
二度と我々に牙を剥くことのできない、牙を抜かれた獅子として。
俺たちの動く要塞は、帝国の軍事的な野心を完全に粉砕した。
そしてこれから始まる外交という名の新しい戦場で。
俺たちの知性は、帝国の政治的な野心をも完全に打ち砕くことになるだろう。
俺は窓の外の青い空を見上げた。
この戦争はもうすぐ終わる。
そして、本当の俺たちの仕事が始まるのだ。
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