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第99話:見えない砲撃
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帝国中央軍の崩壊は、あまりにも一方的で、そしてあまりにも早かった。
ブルクハルト将軍はわずかな供回りと共に辛うじて戦場から離脱したが、その心は完全に折れていた。
だが、俺の描いた殲滅戦はまだ終わっていなかった。
頭を失い、混乱の中で逃げ惑う巨大な蛇の胴体。その息の根を完全に止めるための次の一手。
俺の視線は、最高司令部の地図盤の上で帝国軍の遥か後方に位置する一つの駒に注がれていた。
そこはブルクハルト将軍が自軍の司令部としていた小高い丘だった。
彼はすでにそこにはいない。だが、そこにはまだ軍の中枢機能――通信部隊や参謀たち、そして何より軍の象徴である鷲の紋章旗が残されているはずだった。
「シルフィ」
俺は魔導通信機に向かって静かに呼びかけた。「イーグル号より、敵司令部の正確な座標を送ってくれ」
『……了解、リオ。目標、ポイント・ガンマ。座標、X24.Y56。風は北西から秒速三メートル……』
シルフィの声はもはやただの少女の声ではなかった。それは戦場の全てを計測し、冷徹に報告する観測者の声だった。
彼女から送られてくるリアルタイムの精密なデータは瞬時に階差機関へと入力され、完璧な弾道計算が行われていく。
そして、その計算結果が電信によってある特別な部隊へと送られた。
その部隊は戦場から遥か離れた、二十キロ後方の森の中にその姿を潜ませていた。
彼らが操るのは通常の後装式カノン砲ではない。
鉄道の特別に補強された長大な貨車の上に直接固定された、口径三十センチ、砲身長十メートルにも及ぶ巨大な怪物。
『列車砲』。
鉄道の機動力を利用し、陸上では運用不可能な超重量級の巨砲を戦場のどこへでも迅速に展開させるための究極の兵器だった。
「……目標、敵司令部。座標、受信完了」
列車砲の指揮官が命令を下す。「仰角、三十四度。方位角、二百十度。修正、完了。……撃て!」
ゴオオオオオオオオオオオンッ!!
大地そのものが叫び声を上げたかのような、凄まじい轟音。
列車砲の砲身から巨大な榴弾が、爆炎と黒煙と共に吐き出された。
その砲弾は音速を超えて空高く舞い上がり、放物線を描きながら二十キロメートル先の見えざる目標へと吸い込まれるように飛んでいく。
帝国軍の司令部跡地では、残された参謀たちが必死に崩壊した軍の再編成を試みていた。
彼らは自分たちがすでに敵の射程圏内に入っているなどとは夢にも思っていなかった。
彼らの軍事常識では、大砲の射程などせいぜい三、四キロメートル。二十キロメートル先からの攻撃など神話の世界の出来事でしかなかった。
その彼らの頭上で。
突如として、空気が裂けるような鋭い風切り音が鳴り響いた。
「……ん?」
一人の参謀が空を見上げた、その瞬間。
世界は閃光と轟音に包まれた。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
ダイナマイトが満載された超大型榴弾の炸裂。
それはもはや爆発ではなかった。
局地的に太陽が墜落したかのような、圧倒的な破壊の奔流。
丘そのものが地震のように揺れ動き、巨大なクレーターへと姿を変える。
司令部の天幕も兵士たちも、そして帝国の象徴であった鷲の紋章旗も、全てが一瞬にして灼熱のプラズマの中に蒸発し、消え去った。
敵の中枢は、敵の姿を一度も見ることなく。
その存在を地上から完全に抹消された。
その光景を、遥か上空のイーグル号からシルフィはただ黙って見つめていた。
彼女の翡翠色の瞳には、地上で生まれた小さな太陽の恐ろしくも美しい光が静かに反射していた。
彼女はもはや泣かなかった。
これもまた大切なものを守るための戦いの一部なのだと、彼女はその小さな胸で受け止めていたからだ。
『……目標、完全に沈黙。……任務、完了』
彼女の淡々とした報告だけが、王都の司令部へと届けられた。
その報せを聞いた王国の将軍たちは、もはや声も出なかった。
彼らは理解した。
自分たちが今日目撃したものは、もはや自分たちの知る「戦争」ではないのだ、と。
それは神々の戦い。
あるいは、未来の戦争。
見えない目で全てを見通し。
見えない手で雷を落とす。
そして、その中心にいるのは常に、あのリオ・アシュフォードという静かな瞳をした若き公爵。
彼らの心の中には畏敬を通り越した、ほとんど宗教的なまでの恐怖が深く、そして永遠に刻み込まれた。
俺は最高司令部の窓から、静かになった北の空を見つめていた。
帝国中央軍は完全にその機能を停止した。
残るは東西の二つの方面軍。
だが、彼らも中央軍壊滅と司令部消滅の報せを間もなく知ることになるだろう。
頭を失い、心臓を砕かれた軍隊に、もはや戦う力は残されていない。
この戦争は事実上、たった一日で終わったのだ。
俺は静かに次の命令を発した。
「全軍に通達。これより我々は反攻に転じる」
俺の指は、地図盤の上で北の帝国の領土を静かになぞっていた。
「蛇の死体を放置しておくわけにはいかない。その毒が完全に消え失せるまで、我々は進み続ける」
見えない砲撃は、この大戦の終わりの始まりを告げる弔いの鐘だった。
そして、それは同時に新しい時代の覇者が誰であるのかを、大陸の全ての国々に明確に、そして無慈悲に知らしめるための祝砲でもあったのだ。
ブルクハルト将軍はわずかな供回りと共に辛うじて戦場から離脱したが、その心は完全に折れていた。
だが、俺の描いた殲滅戦はまだ終わっていなかった。
頭を失い、混乱の中で逃げ惑う巨大な蛇の胴体。その息の根を完全に止めるための次の一手。
俺の視線は、最高司令部の地図盤の上で帝国軍の遥か後方に位置する一つの駒に注がれていた。
そこはブルクハルト将軍が自軍の司令部としていた小高い丘だった。
彼はすでにそこにはいない。だが、そこにはまだ軍の中枢機能――通信部隊や参謀たち、そして何より軍の象徴である鷲の紋章旗が残されているはずだった。
「シルフィ」
俺は魔導通信機に向かって静かに呼びかけた。「イーグル号より、敵司令部の正確な座標を送ってくれ」
『……了解、リオ。目標、ポイント・ガンマ。座標、X24.Y56。風は北西から秒速三メートル……』
シルフィの声はもはやただの少女の声ではなかった。それは戦場の全てを計測し、冷徹に報告する観測者の声だった。
彼女から送られてくるリアルタイムの精密なデータは瞬時に階差機関へと入力され、完璧な弾道計算が行われていく。
そして、その計算結果が電信によってある特別な部隊へと送られた。
その部隊は戦場から遥か離れた、二十キロ後方の森の中にその姿を潜ませていた。
彼らが操るのは通常の後装式カノン砲ではない。
鉄道の特別に補強された長大な貨車の上に直接固定された、口径三十センチ、砲身長十メートルにも及ぶ巨大な怪物。
『列車砲』。
鉄道の機動力を利用し、陸上では運用不可能な超重量級の巨砲を戦場のどこへでも迅速に展開させるための究極の兵器だった。
「……目標、敵司令部。座標、受信完了」
列車砲の指揮官が命令を下す。「仰角、三十四度。方位角、二百十度。修正、完了。……撃て!」
ゴオオオオオオオオオオオンッ!!
大地そのものが叫び声を上げたかのような、凄まじい轟音。
列車砲の砲身から巨大な榴弾が、爆炎と黒煙と共に吐き出された。
その砲弾は音速を超えて空高く舞い上がり、放物線を描きながら二十キロメートル先の見えざる目標へと吸い込まれるように飛んでいく。
帝国軍の司令部跡地では、残された参謀たちが必死に崩壊した軍の再編成を試みていた。
彼らは自分たちがすでに敵の射程圏内に入っているなどとは夢にも思っていなかった。
彼らの軍事常識では、大砲の射程などせいぜい三、四キロメートル。二十キロメートル先からの攻撃など神話の世界の出来事でしかなかった。
その彼らの頭上で。
突如として、空気が裂けるような鋭い風切り音が鳴り響いた。
「……ん?」
一人の参謀が空を見上げた、その瞬間。
世界は閃光と轟音に包まれた。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
ダイナマイトが満載された超大型榴弾の炸裂。
それはもはや爆発ではなかった。
局地的に太陽が墜落したかのような、圧倒的な破壊の奔流。
丘そのものが地震のように揺れ動き、巨大なクレーターへと姿を変える。
司令部の天幕も兵士たちも、そして帝国の象徴であった鷲の紋章旗も、全てが一瞬にして灼熱のプラズマの中に蒸発し、消え去った。
敵の中枢は、敵の姿を一度も見ることなく。
その存在を地上から完全に抹消された。
その光景を、遥か上空のイーグル号からシルフィはただ黙って見つめていた。
彼女の翡翠色の瞳には、地上で生まれた小さな太陽の恐ろしくも美しい光が静かに反射していた。
彼女はもはや泣かなかった。
これもまた大切なものを守るための戦いの一部なのだと、彼女はその小さな胸で受け止めていたからだ。
『……目標、完全に沈黙。……任務、完了』
彼女の淡々とした報告だけが、王都の司令部へと届けられた。
その報せを聞いた王国の将軍たちは、もはや声も出なかった。
彼らは理解した。
自分たちが今日目撃したものは、もはや自分たちの知る「戦争」ではないのだ、と。
それは神々の戦い。
あるいは、未来の戦争。
見えない目で全てを見通し。
見えない手で雷を落とす。
そして、その中心にいるのは常に、あのリオ・アシュフォードという静かな瞳をした若き公爵。
彼らの心の中には畏敬を通り越した、ほとんど宗教的なまでの恐怖が深く、そして永遠に刻み込まれた。
俺は最高司令部の窓から、静かになった北の空を見つめていた。
帝国中央軍は完全にその機能を停止した。
残るは東西の二つの方面軍。
だが、彼らも中央軍壊滅と司令部消滅の報せを間もなく知ることになるだろう。
頭を失い、心臓を砕かれた軍隊に、もはや戦う力は残されていない。
この戦争は事実上、たった一日で終わったのだ。
俺は静かに次の命令を発した。
「全軍に通達。これより我々は反攻に転じる」
俺の指は、地図盤の上で北の帝国の領土を静かになぞっていた。
「蛇の死体を放置しておくわけにはいかない。その毒が完全に消え失せるまで、我々は進み続ける」
見えない砲撃は、この大戦の終わりの始まりを告げる弔いの鐘だった。
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※別サイトにも掲載しています。
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