異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第112話:プラスチックとナイロン

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医療革命が王国の平均寿命を延ばし、人々の生活の質を向上させていく一方で、俺の研究開発の触手はさらに新しい領域へと伸びていた。
化学の力。
ダイナマイトや医薬品でその絶大な可能性を示したこの分野は、まだ巨大な宝の山が眠る未開のフロンティアだった。
俺が次に目を付けたのは、人々の日常生活を根底から変える可能性を秘めた、二つの魔法のような新素材だった。

「……リオ、これは一体何なの?」
エリアーナは俺の研究室のテーブルの上に置かれた奇妙な物体を、不思議そうにつまみ上げた。
それは、半透明で弾力があり、そして驚くほど軽い小さな櫛(くし)だった。
「プラスチックだ」
俺は得意げに答えた。「石炭を熱分解して作る『コールタール』。その中から取り出したフェノールという物質と、ホルマリンという液体を化学反応させて作った、全く新しい素材だよ」
この世界の櫛は木や動物の骨、あるいはべっ甲のような高価な天然素材で作るのが当たり前だった。
だが、このプラスチックは原料が石炭という、ほぼ無限にある資源だ。そして、熱を加えることでどんな形にも自由自在に、そして安価に加工することができる。
「信じられない……。こんなに滑らかで美しいものが、あの黒い石炭から生まれるなんて」
エリアーナは、そのプラスチック製の櫛の未来的な感触と可能性に目を見張っていた。
「櫛だけじゃない」と俺は続けた。「食器、筆記用具、おもちゃ、ボタン……。これまで木や金属、陶器で作られていたありとあらゆる日用品が、このプラスチックに置き換わる時代が来るだろう。安価で丈夫でカラフルな製品が、人々の生活をもっと便利で、もっと豊かなものに変えていくんだ」
それは大量生産、大量消費時代の幕開けを告げる静かな号砲だった。
エリアーナは経営者として、即座にその価値を理解した。
「……すぐに量産体制を整えましょう。アシュフォード商会の新しい目玉商品になるわ、これは」

俺が彼女に示したもう一つの新素材は、さらに彼女を驚かせた。
それは、一本の細くしなやかで、そして絹よりも美しい光沢を持つ白い糸だった。
「これは……?」
「ナイロンだ」
俺は、その糸を両手で力いっぱい引っ張ってみせた。だが、糸はびくともしない。信じられないほどの強度を持っていた。
「これも石炭から作った化学繊維だよ。絹よりも丈夫で水に強く、そして何よりも遥かに安価に大量生産できる」
この世界の衣類の素材は主に麻、羊毛、そしてごく一部の富裕層だけが手にできる高級品の絹だった。
だが、このナイロンの登場はその常識を完全に覆すことになるだろう。
「……つまり」
エリアーナは震える声で言った。「全ての国民が、絹のような美しくて丈夫な服を当たり前のように着られる時代が来るというの……?」
「ああ、そうだ」
俺は頷いた。「ストッキングや下着、漁網、そしてパラシュートまで。この糸は、この国のあらゆる『布』の概念を塗り替えることになる」
エリアーナはもはや言葉もなかった。
彼女はただ、その細く美しい糸がこれから生み出すであろう計り知れないほどの富と社会変革の大きさに、打ち震えるだけだった。

プラスチックとナイロン。
二つの石炭化学が生み出した魔法の新素材は、瞬く間に王国中に広まっていった。
アシュフォード商会が設立した巨大な化学工場からは、毎日、大量の安価で便利なプラスチック製品が生み出されていく。
人々はこれまで手の届かなかった衛生的でカラフルな日用品を、当たり前のように手に入れることができるようになった。
生活は確実に便利で、そして彩り豊かなものへと変わっていった。
ナイロン製のストッキングは王都の女性たちの間で爆発的なブームを巻き起こした。それは新しい時代のファッションの象徴となった。
そしてナイロン製の漁網は漁師たちの漁獲量を飛躍的に増大させ、食卓をさらに豊かなものにした。

俺はそんな変わりゆく街の景色を、深い満足感と共に眺めていた。
俺がやりたかったのはこういうことなのだ。
戦争のための兵器開発ではない。
一部の富裕層だけを潤わせるための高級品作りでもない。
名もなき普通の人々の、日々の暮らしを少しだけ豊かに、そして便利にするための技術。
それこそが科学の本来あるべき姿なのだと、俺は信じていた。

だが、もちろん光が生まれれば影もまた生まれる。
大量生産は大量の廃棄物を生み出した。
これまで自然に還っていた木や骨とは違い、プラスチックは半永久的に分解されることなくゴミとして残り続ける。
環境問題という、新しい、そして非常に厄介な課題が、この豊かな社会のすぐ足元で静かに芽吹き始めていた。
俺は、その問題からも目を逸らすつもりはなかった。
リサイクル、そして生分解性プラスチックの開発。
俺の頭の中には、すでに次のロードマップが描き出されていた。
俺たちの創世の物語は、決して輝かしいだけのお伽話ではない。
常に新しい問題と向き合い、それを知恵と技術で乗り越えていく、終わりのない挑戦の物語なのだ。
俺は、その挑戦をこれからも仲間たちと共に続けていく覚悟を新たにしていた。
この便利で豊かな生活のその先に、人々が真に自然と共存できる持続可能な未来を創り上げるために。
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