異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第111話:命の科学

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大陸大戦の終結から五年という歳月が流れた。
王国は、俺が描いたロードマップに沿って着実に、そして力強く未来へとその歩みを進めていた。
鉄道は国の隅々まで血管のように伸び、工場は休むことなく煙を吐き、人々の暮らしは見違えるほど豊かになった。
そして、俺の個人的な生活にも一つの大きな変化が訪れていた。
妹のリリアナが十五歳になったのだ。
彼女は、かつての泣き虫でか弱かった少女の面影を、もはやどこにも残してはいなかった。
王立魔導科学大学医学部に、史上最年少でしかも首席で合格した彼女は、今やその聡明さと命に対する真摯な姿勢で教授たちからも一目置かれる若き天才として、その才能を開花させようとしていた。

その日、俺は大学に併設された最新鋭の付属病院の廊下を歩いていた。
視察のためだ。そして、最近少し思い詰めたような顔をしている妹の様子が気になったからでもあった。
手術室の前で、俺は足を止めた。
中から一人の疲れ果てた表情の外科医が出てきた。彼は俺の姿を認めると、悔しそうに壁に拳を叩きつけた。
「……また、だ。また救えなかった……」
手術は失敗したようだった。
「どうしたんだ、教授」
俺が声をかけると、老齢の外科医は力なく首を振った。
「……腹部の複雑な腫瘍だった。摘出そのものは上手くいった。だが、患者は手術中の激しい痛みに耐えきれず、ショックで心臓が……」
痛みによるショック死。
そして、たとえ手術が成功してもその後に待ち受けている術後の感染症という、もう一つの大きな壁。
ペニシリンの発見は確かに多くの命を救った。だが、それは万能ではなかった。抗生物質が効かない種類の菌も存在する。そして何より、体力が落ちた患者にとって傷口からの感染は、常に死と隣り合わせの脅威だった。
この世界の外科手術の成功率は、いまだ恐ろしく低いままだったのだ。

その夜、リリアナが俺の執務室を訪ねてきた。
「……お兄様」
その声はか細く、震えていた。「私、分からなくなってきました。私たちが学んでいる医学は、本当に人を救うためのものなのでしょうか。患者さんの体を切り開き、激しい苦痛を与え、その結果、死なせてしまう。そんなことが許されていいのでしょうか」
彼女の瞳は、理想と厳しい現実との間で深く苦悩していた。
俺はそんな妹の姿を見て、静かに決意を固めた。
医療革命の次なる一手を打つ時が来たと。
俺はリリアナを大学の俺の個人研究室へと連れて行った。
そして、俺がこの数ヶ月間、水面下で進めてきた二つの極秘研究の成果を彼女に見せた。

「リリアナ。外科手術が多くの命を奪う原因は二つだ。『痛み』と『雑菌』。逆に言えば、この二つさえ完全に克服することができれば、外科手術は人々を救うための最も力強い武器になる」
俺はまず、一つの茶色いガラス瓶をテーブルの上に置いた。
中には、コールタールから精製した特有の匂いを放つ油状の液体が入っている。
「これは石炭酸。フェノールとも言う。これには目に見えない雑菌を殺す力がある」
俺はリスターが確立した消毒法の概念を彼女に説明した。
「手術の前に、この液体の希釈液で術者の手、手術器具、そして患者の体、その全てを徹底的に消毒するんだ。そうすれば、傷口から雑菌が入り込むのを防ぐことができる。これを『無菌手術』と呼ぶ」
「むきん……しゅじゅつ……?」
リリアナは、その全く新しい概念に目を見開いた。

「そして、もう一つ」
俺は次に、ガラス製の奇妙な吸入器とエーテルの入った小瓶を取り出した。
「これが痛みを完全に消し去るための魔法の霧だ」
俺は化学部の協力の下、アルコールと硫酸からジエチルエーテルを合成することに成功していた。
「この液体が気化したものを患者に吸わせる。すると、患者は痛みを感じない深い眠りに落ちるんだ。その間に手術を全て終えてしまえばいい。これが『全身麻酔法』だ」
消毒法と麻酔法。
近代外科手術を支える二本の巨大な柱。
俺は、その両方をこの世界に同時にもたらそうとしていた。
リリアナは俺の説明を信じられないという顔で、しかしその瞳を熱狂的なまでの輝きで見つめていた。
それは彼女がずっと探し求めていた、絶望の闇を照らす希望の光そのものだったからだ。

数週間後。
大学付属病院の特別手術室には、王国の全ての著名な医師たちが集められていた。
彼らはこれから行われる歴史上初の近代的外科手術を、固唾をのんで見守っている。
患者は工場での事故で足の骨を複雑骨折した若い労働者だった。これまでの医療では足を切断するしか助かる道はなかった。
手術室は石炭酸の独特の匂いで満たされている。
執刀医も助手たちも、そして助手の一人としてその場に立つリリアナも、全員が消毒された手術着とマスク、手袋を身につけていた。
麻酔医が患者の口元にエーテルを染み込ませたガーゼを当てる。
やがて患者は静かな寝息を立て始めた。
「……麻酔、完了しました」
執刀医がメスを握る。
その刃が患者の皮膚を切り裂いていく。
だが、患者の体はぴくりとも動かない。その顔はまるで安らかに眠っているかのようだ。
医師たちの間に、どよめきが広がる。
手術は驚くほど静かに、そして正確に進んでいった。
これまでのように患者が痛みで暴れることも、ショックで容態が急変することもない。
執刀医は、これまで不可能だった精密な骨の接合手術に完全に集中することができた。
数時間後。
最後の一針が縫合された。
手術は完璧に成功した。
そして、その後の経過もまた奇跡的だった。
徹底した消毒のおかげで、患者の傷は一切化膿することなく順調に回復していったのだ。
一ヶ月後、彼は切断されるはずだった自らの足で、再び大地の上に立った。
そのニュースは王国中に大きな感動と共に伝えられた。

医学は新しい時代へと突入した。
病や怪我はもはやただ耐え忍ぶものではない。科学の力で克服できるものなのだ、と。
王国の平均寿命は、この日を境に目に見えて延び始めることになるだろう。
リリアナは回復した患者が涙を流して家族と抱き合う姿を、遠くから見つめていた。
彼女の胸の中には、あの日の無力感はもうない。
そこには、自分もまたこの新しい医療の世界でたくさんの命を救うことができるのだという、温かく、そして力強い希望が満ち溢れていた。
命の科学が人々の未来をより長く、そしてより輝かしいものへと変え始めた、その確かな手応えを彼女はこの胸に感じていた。
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