異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第113話:思考する機械『アナリティカル・エンジン』

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化学の力が人々の生活を豊かに変えていく一方で、俺の頭脳は常に次の、そしてさらに根源的な課題へと向かっていた。
情報。
この世界は情報で満ち溢れている。経済の動向、気象の予測、そして複雑な科学技術の計算。これらの膨大な情報を、いかに速く、そして正確に処理できるか。それこそが次の時代の覇権を握るための鍵となる。
俺たちが開発した『階差機関』は、その偉大な第一歩だった。
大学の計算室に設置されたその歯車の城は、休むことなく回転を続け、弾道計算や天文航法のための数表を驚異的なスピードで生み出していた。人間の計算手では数年かかるような作業を、たった数日で終えてしまう。
だが、俺はその限界にも気づいていた。
階差機関は、特定の計算――あらかじめ決められた多項式の計算――しかできない特化型の天才だった。もし、違う種類の計算をさせたければ、技術者が何日もかけてその内部の歯車を物理的に組み替えなければならなかった。
これではダメだ。
俺が本当に必要としていたのは、一つのことしかできない天才ではない。
どんな問題でも、命令次第で解くことができる万能の天才。
すなわち、「汎用性」を持つ機械だった。

俺は、階差機関の開発に携わった最も優秀な学生たちを、再び秘密の工房へと集めた。
「諸君、我々の次の挑戦だ」
俺は黒板に一つの問いを書き記した。
『計算の種類そのものを、外部から機械に命令することはできないだろうか?』
学生たちは、その問いの意味をすぐには理解できなかった。
「……教授、それはどういう意味でしょうか?」
数学科の首席が困惑した顔で尋ねた。「機械とは一つの目的のために設計されるものです。計算の種類を変えるとは、つまりその都度、新しい機械を作るということでは……」
「違う」
俺は首を振った。「機械は、そのままだ。変えるのは『命令』の方だ」
俺は工房の隅に置かれていた一台の美しい木箱を指差した。それはゼンマイ仕掛けで複雑な音楽を自動で演奏するオルゴールだった。
「これを見ろ。この機械は、この金属の円盤を交換するだけで何百もの違う曲を演奏することができる。なぜだ?」
「それは……」学生の一人が答えた。「円盤に開けられた穴のパターンが違うからです。そのパターンが、どの音をどのタイミングで鳴らすかを機械に『命令』しているのです」
「その通り!」
俺は黒板を叩いた。「それこそがヒントだ! 穴の有無という単純な『パターン』を命令として機械に与える! 我々が作る新しい機械は、歯車を組み替えるのではなく、この『命令のパターン』を外部から読み込ませることで、あらゆる計算をこなすことができるようになるんだ!」
その媒体として俺は、織物工場で使われている紋様を織るための型紙からヒントを得た。
厚い紙に穴を開けたカード。『パンチカード』だ。
このカードに計算の手順を命令として符号化し、それを機械に読み込ませる。プログラムという概念の誕生だった。

プロジェクトはこれまでのどの開発よりも抽象的で、そして知的な挑戦となった。
それは単に機械を組み立てるだけではない。
機械が理解できる「言語」そのものをゼロから創り上げる作業だったからだ。
足し算をせよ(ADD)。
この数字を記憶せよ(STORE)。
もし、この数字がゼロより大きいなら、次の命令へ飛べ(BRANCH)。
俺と学生たちは何ヶ月もかけて、この世界で最初の原始的な「機械語」と、それを実行するための恐ろしく複雑な歯車の機構を設計していった。
ストア(数字を記憶する部分)、ミル(実際に計算する部分)、そしてパンチカードを読み取り、命令を伝達する制御装置。
それはもはや機械というよりも、人工的な脳の構造に近かった。

数年の歳月が流れた。
工房をほぼ埋め尽くすほどの巨大な機械の迷宮が、ついにその完成を見た。
階差機関が整然とした城だとするならば、それは無数の歯車とレバーとシャフトが有機的に、そして混沌と絡み合った巨大な金属の生命体のように見えた。
俺は、その人類史上初の汎用計算機にバベッジへの敬意を込めて同じ名を授けた。
『アナリティカル・エンジン』と。

最初の実演の日。
工房にはクラウスやエリアーナ、そして大学の全ての学部長たちが集まっていた。
彼らは目の前の理解不能な金属の塊を、半信半疑の顔で見つめている。
俺は最初のプログラム――弾道計算を行うための数百枚のパンチカードの束――を、読み取り装置にセットした。
そして魔導蒸気機関と接続された動力レバーを、ゆっくりと引いた。

ガシャコン! ガシャコン! ガシャコン!

機械が、けたたましい音を立てて目覚めた。
パンチカードが、一枚、また一枚と機械の中へと吸い込まれていく。
制御装置がその穴のパターンを読み取り、ストアとミルに次々と命令を伝達していく。
何万という歯車が一斉に複雑なダンスを踊り始める。
それは、まるで巨大な論理の嵐だった。
階差機関なら数時間かかったであろう計算を、アナリティカル・エンジンはわずか数分で解き終えてしまった。
そして、出力装置が正確な射表を自動的に羊皮紙の上に印刷していく。
だが、本当に人々が驚愕したのは、その次だった。
俺は弾道計算のパンチカードを取り出すと、今度は全く違う、利子の複利計算を行うための新しいカードの束をセットした。
そして再び機械を動かす。
すると、どうだろう。
あれほど軍事的な計算を冷徹にこなしていた機械が、今度は経済学の複雑な問題を何事もなかったかのように正確に解き始めたのだ。
機械は、そのままで。
ただ、与える「プログラム」を変えるだけで全く違う知的な作業をこなしてみせた。
その光景を目の当たりにして、ようやくその場にいた全ての人間がこの機械の本当の恐るべき意味を理解した。
「……なんということだ」
クラウスが震える声で呟いた。「これはもはや計算機などではない。これは……これはあらゆる『問い』に答えを出すことができる、神託の機械だ……!」
その通りだった。
これは世界初の汎用コンピュータの誕生だったのだ。
単なる数字を計算する機械ではない。
記号を、論理を、そして「情報」そのものを扱うことができる、思考する機械。
俺は、けたたましい音を立てて回転を続けるこの歯車の巨人のその遥か先に、幻視していた。
静かで、高速な、シリコンチップでできた未来のコンピュータの姿を。
そして、それらが見えないネットワークで繋がり、世界中の知性を一つにする新しい時代の夜明けを。
このアナリティカル・エンジンの騒々しい産声こそが、次の時代、情報化時代の本当の始まりを告げるファンファーレだったのだ。
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