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第5話:町への旅立ちとギルド登録
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エムデン村で見張りとして働き始めてから、一週間が過ぎた。
俺の【情報読取】による索敵能力は、村の防衛に大きく貢献していた。魔物の接近を事前に察知し、的確な情報を伝えることで、村人たちは余裕を持って迎撃準備を整えることができるようになった。幸い、森の奥の不穏な気配――「魔力汚染」の兆候――は強まることなく、村が直接的な脅威に晒される事態には至っていない。
その間、俺は村での信頼を着実に積み重ねていた。索敵だけでなく、畑仕事では土壌や作物の状態を読み取って収穫量を上げる手伝いをし、道具の修理では劣化箇所を正確に指摘して無駄な労力を省いた。これらの貢献に対し、ゴードン村長は約束通り、日々の報酬として銅貨を支払ってくれた。それは決して多い額ではなかったが、地道に貯めることで、少しずつ旅立ちの資金が貯まっていった。
「ユズル殿、本当に助かるわい。君が来てから、村の仕事がずいぶんと捗るようになった」
村長は、満足そうにそう言ってくれた。他の村人たちも、最初はよそ者を見る目で俺を見ていたが、今ではだいぶ打ち解けてくれたように思う。
しかし、俺の心は既に次の目的地――町「リューン」へと向いていた。この村での生活は平穏だが、得られる情報には限界がある。【デバッガー】スキルをさらに理解し、活用するためにも、より大きな世界に触れる必要があった。そして何より、あの「魔力汚染」の存在が気がかりだった。あれがいつ、どのような形で村を脅かすか分からない。その時に備えるためにも、力をつけなければならない。
旅立ちを決意したことをゴードン村長に告げると、彼は少し寂しそうな顔をしたが、最終的には理解してくれた。
「そうか……君のような若者が、いつまでもこんな辺境の村に留まるわけにはいかんわな。リューンは大きな町じゃ。きっと、君の求める情報や機会が見つかるじゃろう」
村長は、餞別として、さらに銅貨数枚と、古びてはいるがまだ使えそうな革製の鎧、そして一本の短い剣(ショートソード)を譲ってくれた。
「剣は気休めかもしれんが、無いよりはマシじゃろう。道中、気をつけるんじゃぞ」
「ありがとうございます、村長。このご恩は忘れません」
俺は深く頭を下げた。剣は素人同然だが、護身用にはなるだろう。革鎧も、多少の衝撃なら和らげてくれるはずだ。
見張りで世話になったレッツォも、見送りに来てくれた。
「ユズル、町に行っても達者でな。お前のその力、きっと役に立つはずだ。もし、何か分かったら、また村に顔を出してくれ」
彼は、無骨な手で俺の肩を叩いた。
「はい、必ず。レッツォさんも、お元気で」
短い間だったが、この村の人々には世話になった。名残惜しい気持ちがないわけではないが、俺は前へ進まなければならない。
村人たちに見送られ、俺はエムデン村を後にした。目指すはリューンの町。村長の話では、歩いて三日ほどの距離らしい。携帯食料として黒パンと干し肉、そして水筒いっぱいの水を持ち、俺は再び一人旅となった。
◆
リューンへの道中は、エムデン村周辺の草原とは異なり、街道と呼べるほどの道が整備されていた。とはいえ、舗装されているわけではなく、時折、商人らしき馬車や、武装した旅人とすれ違う程度で、決して安全な旅とは言えない。
俺は常に【デバッガー】スキルを起動させ、周囲の警戒を怠らなかった。【情報読取】で地形や天候の変化を予測し、安全なルートを選び、野営に適した場所を探す。これは、元の世界でプロジェクトのリスク管理をしていた経験が活きているのかもしれない。常に最悪のケースを想定し、事前に対策を講じる。SEの悲しい性(さが)だ。
道中、何度か低級魔物との遭遇もあった。エムデン村周辺でも見かけたホーンラビットや、新たに遭遇したスライムなどだ。
『対象:ブルースライム
分類:粘体生物>スライム種
状態:通常
ステータス:Lv 2 / HP 15/15 / MP 20/20
スキル:【溶解液(弱)】【体当たり】【分裂(低確率)】
特性:物理攻撃耐性(低)、魔法耐性(水・氷系:高 / 火・雷系:弱)、核(コア)が弱点
備考:最も基本的な魔物の一つ。体液は錬金素材になる。』
スライムは物理攻撃に耐性があるらしい。村長からもらったショートソードで斬りかかっても、効果は薄いだろう。しかし、備考に「核(コア)が弱点」とある。そして、スキルには「分裂(低確率)」というものも。
(試しに、こいつに【バグ発見】を使ってみるか)
戦闘を避けたい気持ちもあったが、スキル検証のためには実戦経験が必要だ。スライムに意識を集中し、バグを探す。
『……バグ検出:2件
①【分裂トリガー判定の閾値(しきいち)バグ】
詳細:一定以上のダメージを受けた際に分裂する判定ロジックにバグがあり、特定のタイミングで微弱な衝撃(物理または魔力)を与えると、ダメージ量に関わらず高確率で分裂が誘発される。再現性:中。
②【核(コア)の座標固定ルーチンバグ】
詳細:移動や変形時に核の位置を体内中心に維持する処理に稀に遅延が発生し、ごく短時間(約0.1秒)、核が体表近くに露出し、物理的な衝撃に対して無防備になる瞬間がある。再現性:低。』
「……なるほど。面白い」
分裂を誘発するバグと、弱点である核が無防備になるバグか。これは使えそうだ。
俺は、スライムの動きを観察する。飛び跳ねるように移動し、時折、体をプルプルと震わせる。あの震える瞬間が、もしかしたら「特定のタイミング」かもしれない。
(【限定的干渉】で、分裂バグを誘発……!)
スライムが震えた瞬間を狙い、スキルを発動。同時に、足元の小石を拾い、軽く投げつける。頭痛や反動は、ゴブリンの時ほどではない。干渉の規模が小さいからだろうか?
小石がスライムの体表に当たると、通常なら弾かれるだけのはずが、スライムは「ポヨン!」という奇妙な音と共に、二つに分裂した。HPやレベルは低いままだが、数が増えた。
(よし、分裂は成功。次は核のバグだ)
二匹になったスライムの動きをさらに注意深く観察する。核の座標固定バグは「再現性:低」とあった。チャンスは少ないだろう。
数分間の睨み合い。スライムが体当たりを仕掛けてくる。それを避けながら、核が露わになる瞬間を待つ。そして――来た! 一瞬、スライムの体表近くに、ビー玉のような半透明の核が見えた気がした。
(今だ! ショートソードで、そこを……!)
咄嗟に剣を突き出す。狙いは正確だったはずだ。
グニッ。
しかし、剣先はスライムの弾力のある身体に阻まれ、核まで届かなかった。バグが発生する時間は、本当に一瞬だったようだ。タイミングが少しでもずれれば、意味がない。
(くそっ、難しい……!)
やはり、直接的な戦闘能力がないのは厳しい。バグを見つけても、それを突く手段がなければ宝の持ち腐れだ。
結局、俺はスライムから距離を取り、逃げることにした。分裂させて数を増やしただけ、という結果に終わってしまったが、スキル検証としては収穫があった。
【限定的干渉】は、やはり大規模な効果は期待できないこと。バグを利用するには、タイミングと、それを突くための適切な手段(物理攻撃、魔法、道具など)が必要であること。
(やはり、俺一人で戦うのは限界があるな。誰かと協力するか、あるいは、バグを利用した特殊な道具でも作れれば……)
そんなことを考えながら、俺はリューンへの道を急いだ。
◆
三日後。
地平線の先に、ようやく目的地の姿が見えてきた。石造りの高い城壁に囲まれた、大きな町。エムデン村とは比較にならない規模だ。あれがリューンに違いない。
町の門に近づくと、人の往来が急に増えた。様々な服装の人々、荷物を満載した馬車、武装した冒険者らしき集団。活気に満ち溢れている。門では衛兵による簡単なチェックが行われていたが、特に問題なく町の中へ入ることができた。
町の中は、さらに賑やかだった。石畳の道、立ち並ぶ商店、威勢の良い呼び込みの声。エムデン村の静けさとは対照的な喧騒に、少し気圧される。
(すごい……これが、この世界の町か)
見るもの全てが新鮮で、情報量が多い。キョロキョロと周囲を見渡しながら、俺はまず目的の場所を探した。冒険者ギルドだ。村長の話では、町の中心広場の近くにあるらしい。
道行く人に尋ねながら、しばらく歩くと、一際大きな建物が見えてきた。入り口には剣と盾を組み合わせた意匠の看板が掲げられている。ここが冒険者ギルドだろう。
建物の中に足を踏み入れると、酒場のような喧騒と、汗と土と、そして微かな血の匂いが入り混じった独特の空気が漂っていた。壁には依頼書(クエストボード)らしき羊皮紙がびっしりと貼られ、カウンターにはギルド職員と思われる人々が忙しそうに対応している。屈強な戦士、軽装の斥候、ローブを着た魔法使いなど、様々な格好の「冒険者」たちが談笑したり、依頼を受けたりしている。
(完全にファンタジーの世界だな……)
場違いな感を覚えつつも、俺はカウンターの一つへと向かった。対応してくれたのは、眼鏡をかけた、理知的な雰囲気の女性職員だった。
「ご用件は?」
事務的な口調で尋ねられる。
「あの、冒険者として登録したいのですが」
「新規登録ですね。身分を証明できるものはありますか? もしくは、紹介状などは?」
「いえ、何も……遠い場所から来たばかりで」
正直に答えるしかない。
女性職員は、少し訝しげな表情で俺を見たが、「そうですか。では、こちらの用紙にご記入ください。名前、年齢、出身地、それから、特技や扱える武器、魔法、スキルなど、可能な範囲で詳しく」と、一枚の羊皮紙とペン(羽ペンだった)を差し出した。
(スキル……どう書くべきか)
これが一番の問題だ。【デバッガー】と正直に書くわけにはいかない。どんな反応をされるか分からないし、能力を隠しておきたい気持ちもある。エムデン村で使っていた「物の状態が少し分かる」というのも曖昧すぎる。
少し考えて、俺はペンを取った。
名前:ユズル
年齢:28(自称)
出身地:東方の辺境(詳細不明)
特技・スキル:探索補助、危険察知、情報分析(詳細自己申告)
扱える武器:剣(未熟)
魔法:使用不可
【デバッガー】の能力を、当たり障りのない言葉で表現してみた。「探索補助」「危険察知」なら、索敵能力として解釈してもらえるだろう。「情報分析」は、まあ、元SEとしての自己評価だ。嘘ではない。
記入した用紙を提出すると、女性職員はそれに目を通し、特に怪しむ様子もなく手続きを進めてくれた。
「はい、確認しました。では、こちらのギルドカードを発行します。ランクは一番下のFランクからのスタートになります。依頼を達成し、実績を積むことでランクアップが可能です。紛失しないようにしてください」
手渡されたのは、手のひらサイズの金属製のプレートだった。表面には俺の名前とランク「F」が刻まれている。これが、この世界での俺の身分証代わりになるのだろう。
「ありがとうございます」
「ギルドの利用規則や依頼の受け方については、あちらの掲示板に説明がありますので、よく読んでおいてください。何か質問は?」
「いえ、今のところは大丈夫です」
こうして、俺は晴れて(?)冒険者ギルドの一員となった。最低ランクからのスタートだが、大きな一歩だ。
(さて、次は……)
俺は、ギルド内に設置されている依頼ボードへと向かった。Fランク冒険者が受けられる依頼は、薬草採取、町の清掃、荷物運びといった雑用が多い。戦闘系の依頼もあるが、推奨レベルが低いものでも、今の俺には荷が重いだろう。
(やはり、まずはダンジョンか)
依頼ボードの一角に、「ダンジョン情報」というコーナーがあった。そこには、近隣のダンジョンの概要や推奨ランク、最近の状況などが記されている。その中に、初心者向けとして紹介されているダンジョンがあった。
『低級ダンジョン:ゴブリンの洞穴
推奨ランク:F~E
主な出現魔物:ゴブリン、ホブゴブリン(稀)、ジャイアントラット
構造:単純な洞窟型、全3階層(推定)
注意:最深部にボス(ゴブリンリーダー等)出現の可能性あり。単独行動は非推奨。』
(ゴブリンの洞穴……)
エムデン村近くで遭遇した、あの忌々しいゴブリンが出るダンジョンか。しかし、推奨ランクはFから。今の俺でも、やり方次第では攻略可能かもしれない。そして何より、ダンジョンという閉鎖環境は、【デバッガー】スキルを試すにはうってつけの場所だ。壁、床、罠、モンスター……あらゆるものが、俺の「デバッグ」対象となり得る。
(リスクはある。だが、リターンも大きい)
効率的なレベルアップ、スキル検証、そして資金稼ぎ。今の俺に必要な要素が、ダンジョンには詰まっている。
俺は、ゴブリンの洞穴の情報を頭に叩き込み、ギルドを後にした。
まずは、ダンジョン探索に必要な最低限の準備を整えなければならない。ポーション、松明、予備の食料。そして、ショートソードの使い方にも、少しは慣れておく必要があるだろう。
リューンの町の喧騒の中、俺の胸は、新たな挑戦への期待と、わずかな不安で高鳴っていた。
元SEの異世界ダンジョン攻略。果たして、どんな「バグ」が見つかるだろうか。
俺の【情報読取】による索敵能力は、村の防衛に大きく貢献していた。魔物の接近を事前に察知し、的確な情報を伝えることで、村人たちは余裕を持って迎撃準備を整えることができるようになった。幸い、森の奥の不穏な気配――「魔力汚染」の兆候――は強まることなく、村が直接的な脅威に晒される事態には至っていない。
その間、俺は村での信頼を着実に積み重ねていた。索敵だけでなく、畑仕事では土壌や作物の状態を読み取って収穫量を上げる手伝いをし、道具の修理では劣化箇所を正確に指摘して無駄な労力を省いた。これらの貢献に対し、ゴードン村長は約束通り、日々の報酬として銅貨を支払ってくれた。それは決して多い額ではなかったが、地道に貯めることで、少しずつ旅立ちの資金が貯まっていった。
「ユズル殿、本当に助かるわい。君が来てから、村の仕事がずいぶんと捗るようになった」
村長は、満足そうにそう言ってくれた。他の村人たちも、最初はよそ者を見る目で俺を見ていたが、今ではだいぶ打ち解けてくれたように思う。
しかし、俺の心は既に次の目的地――町「リューン」へと向いていた。この村での生活は平穏だが、得られる情報には限界がある。【デバッガー】スキルをさらに理解し、活用するためにも、より大きな世界に触れる必要があった。そして何より、あの「魔力汚染」の存在が気がかりだった。あれがいつ、どのような形で村を脅かすか分からない。その時に備えるためにも、力をつけなければならない。
旅立ちを決意したことをゴードン村長に告げると、彼は少し寂しそうな顔をしたが、最終的には理解してくれた。
「そうか……君のような若者が、いつまでもこんな辺境の村に留まるわけにはいかんわな。リューンは大きな町じゃ。きっと、君の求める情報や機会が見つかるじゃろう」
村長は、餞別として、さらに銅貨数枚と、古びてはいるがまだ使えそうな革製の鎧、そして一本の短い剣(ショートソード)を譲ってくれた。
「剣は気休めかもしれんが、無いよりはマシじゃろう。道中、気をつけるんじゃぞ」
「ありがとうございます、村長。このご恩は忘れません」
俺は深く頭を下げた。剣は素人同然だが、護身用にはなるだろう。革鎧も、多少の衝撃なら和らげてくれるはずだ。
見張りで世話になったレッツォも、見送りに来てくれた。
「ユズル、町に行っても達者でな。お前のその力、きっと役に立つはずだ。もし、何か分かったら、また村に顔を出してくれ」
彼は、無骨な手で俺の肩を叩いた。
「はい、必ず。レッツォさんも、お元気で」
短い間だったが、この村の人々には世話になった。名残惜しい気持ちがないわけではないが、俺は前へ進まなければならない。
村人たちに見送られ、俺はエムデン村を後にした。目指すはリューンの町。村長の話では、歩いて三日ほどの距離らしい。携帯食料として黒パンと干し肉、そして水筒いっぱいの水を持ち、俺は再び一人旅となった。
◆
リューンへの道中は、エムデン村周辺の草原とは異なり、街道と呼べるほどの道が整備されていた。とはいえ、舗装されているわけではなく、時折、商人らしき馬車や、武装した旅人とすれ違う程度で、決して安全な旅とは言えない。
俺は常に【デバッガー】スキルを起動させ、周囲の警戒を怠らなかった。【情報読取】で地形や天候の変化を予測し、安全なルートを選び、野営に適した場所を探す。これは、元の世界でプロジェクトのリスク管理をしていた経験が活きているのかもしれない。常に最悪のケースを想定し、事前に対策を講じる。SEの悲しい性(さが)だ。
道中、何度か低級魔物との遭遇もあった。エムデン村周辺でも見かけたホーンラビットや、新たに遭遇したスライムなどだ。
『対象:ブルースライム
分類:粘体生物>スライム種
状態:通常
ステータス:Lv 2 / HP 15/15 / MP 20/20
スキル:【溶解液(弱)】【体当たり】【分裂(低確率)】
特性:物理攻撃耐性(低)、魔法耐性(水・氷系:高 / 火・雷系:弱)、核(コア)が弱点
備考:最も基本的な魔物の一つ。体液は錬金素材になる。』
スライムは物理攻撃に耐性があるらしい。村長からもらったショートソードで斬りかかっても、効果は薄いだろう。しかし、備考に「核(コア)が弱点」とある。そして、スキルには「分裂(低確率)」というものも。
(試しに、こいつに【バグ発見】を使ってみるか)
戦闘を避けたい気持ちもあったが、スキル検証のためには実戦経験が必要だ。スライムに意識を集中し、バグを探す。
『……バグ検出:2件
①【分裂トリガー判定の閾値(しきいち)バグ】
詳細:一定以上のダメージを受けた際に分裂する判定ロジックにバグがあり、特定のタイミングで微弱な衝撃(物理または魔力)を与えると、ダメージ量に関わらず高確率で分裂が誘発される。再現性:中。
②【核(コア)の座標固定ルーチンバグ】
詳細:移動や変形時に核の位置を体内中心に維持する処理に稀に遅延が発生し、ごく短時間(約0.1秒)、核が体表近くに露出し、物理的な衝撃に対して無防備になる瞬間がある。再現性:低。』
「……なるほど。面白い」
分裂を誘発するバグと、弱点である核が無防備になるバグか。これは使えそうだ。
俺は、スライムの動きを観察する。飛び跳ねるように移動し、時折、体をプルプルと震わせる。あの震える瞬間が、もしかしたら「特定のタイミング」かもしれない。
(【限定的干渉】で、分裂バグを誘発……!)
スライムが震えた瞬間を狙い、スキルを発動。同時に、足元の小石を拾い、軽く投げつける。頭痛や反動は、ゴブリンの時ほどではない。干渉の規模が小さいからだろうか?
小石がスライムの体表に当たると、通常なら弾かれるだけのはずが、スライムは「ポヨン!」という奇妙な音と共に、二つに分裂した。HPやレベルは低いままだが、数が増えた。
(よし、分裂は成功。次は核のバグだ)
二匹になったスライムの動きをさらに注意深く観察する。核の座標固定バグは「再現性:低」とあった。チャンスは少ないだろう。
数分間の睨み合い。スライムが体当たりを仕掛けてくる。それを避けながら、核が露わになる瞬間を待つ。そして――来た! 一瞬、スライムの体表近くに、ビー玉のような半透明の核が見えた気がした。
(今だ! ショートソードで、そこを……!)
咄嗟に剣を突き出す。狙いは正確だったはずだ。
グニッ。
しかし、剣先はスライムの弾力のある身体に阻まれ、核まで届かなかった。バグが発生する時間は、本当に一瞬だったようだ。タイミングが少しでもずれれば、意味がない。
(くそっ、難しい……!)
やはり、直接的な戦闘能力がないのは厳しい。バグを見つけても、それを突く手段がなければ宝の持ち腐れだ。
結局、俺はスライムから距離を取り、逃げることにした。分裂させて数を増やしただけ、という結果に終わってしまったが、スキル検証としては収穫があった。
【限定的干渉】は、やはり大規模な効果は期待できないこと。バグを利用するには、タイミングと、それを突くための適切な手段(物理攻撃、魔法、道具など)が必要であること。
(やはり、俺一人で戦うのは限界があるな。誰かと協力するか、あるいは、バグを利用した特殊な道具でも作れれば……)
そんなことを考えながら、俺はリューンへの道を急いだ。
◆
三日後。
地平線の先に、ようやく目的地の姿が見えてきた。石造りの高い城壁に囲まれた、大きな町。エムデン村とは比較にならない規模だ。あれがリューンに違いない。
町の門に近づくと、人の往来が急に増えた。様々な服装の人々、荷物を満載した馬車、武装した冒険者らしき集団。活気に満ち溢れている。門では衛兵による簡単なチェックが行われていたが、特に問題なく町の中へ入ることができた。
町の中は、さらに賑やかだった。石畳の道、立ち並ぶ商店、威勢の良い呼び込みの声。エムデン村の静けさとは対照的な喧騒に、少し気圧される。
(すごい……これが、この世界の町か)
見るもの全てが新鮮で、情報量が多い。キョロキョロと周囲を見渡しながら、俺はまず目的の場所を探した。冒険者ギルドだ。村長の話では、町の中心広場の近くにあるらしい。
道行く人に尋ねながら、しばらく歩くと、一際大きな建物が見えてきた。入り口には剣と盾を組み合わせた意匠の看板が掲げられている。ここが冒険者ギルドだろう。
建物の中に足を踏み入れると、酒場のような喧騒と、汗と土と、そして微かな血の匂いが入り混じった独特の空気が漂っていた。壁には依頼書(クエストボード)らしき羊皮紙がびっしりと貼られ、カウンターにはギルド職員と思われる人々が忙しそうに対応している。屈強な戦士、軽装の斥候、ローブを着た魔法使いなど、様々な格好の「冒険者」たちが談笑したり、依頼を受けたりしている。
(完全にファンタジーの世界だな……)
場違いな感を覚えつつも、俺はカウンターの一つへと向かった。対応してくれたのは、眼鏡をかけた、理知的な雰囲気の女性職員だった。
「ご用件は?」
事務的な口調で尋ねられる。
「あの、冒険者として登録したいのですが」
「新規登録ですね。身分を証明できるものはありますか? もしくは、紹介状などは?」
「いえ、何も……遠い場所から来たばかりで」
正直に答えるしかない。
女性職員は、少し訝しげな表情で俺を見たが、「そうですか。では、こちらの用紙にご記入ください。名前、年齢、出身地、それから、特技や扱える武器、魔法、スキルなど、可能な範囲で詳しく」と、一枚の羊皮紙とペン(羽ペンだった)を差し出した。
(スキル……どう書くべきか)
これが一番の問題だ。【デバッガー】と正直に書くわけにはいかない。どんな反応をされるか分からないし、能力を隠しておきたい気持ちもある。エムデン村で使っていた「物の状態が少し分かる」というのも曖昧すぎる。
少し考えて、俺はペンを取った。
名前:ユズル
年齢:28(自称)
出身地:東方の辺境(詳細不明)
特技・スキル:探索補助、危険察知、情報分析(詳細自己申告)
扱える武器:剣(未熟)
魔法:使用不可
【デバッガー】の能力を、当たり障りのない言葉で表現してみた。「探索補助」「危険察知」なら、索敵能力として解釈してもらえるだろう。「情報分析」は、まあ、元SEとしての自己評価だ。嘘ではない。
記入した用紙を提出すると、女性職員はそれに目を通し、特に怪しむ様子もなく手続きを進めてくれた。
「はい、確認しました。では、こちらのギルドカードを発行します。ランクは一番下のFランクからのスタートになります。依頼を達成し、実績を積むことでランクアップが可能です。紛失しないようにしてください」
手渡されたのは、手のひらサイズの金属製のプレートだった。表面には俺の名前とランク「F」が刻まれている。これが、この世界での俺の身分証代わりになるのだろう。
「ありがとうございます」
「ギルドの利用規則や依頼の受け方については、あちらの掲示板に説明がありますので、よく読んでおいてください。何か質問は?」
「いえ、今のところは大丈夫です」
こうして、俺は晴れて(?)冒険者ギルドの一員となった。最低ランクからのスタートだが、大きな一歩だ。
(さて、次は……)
俺は、ギルド内に設置されている依頼ボードへと向かった。Fランク冒険者が受けられる依頼は、薬草採取、町の清掃、荷物運びといった雑用が多い。戦闘系の依頼もあるが、推奨レベルが低いものでも、今の俺には荷が重いだろう。
(やはり、まずはダンジョンか)
依頼ボードの一角に、「ダンジョン情報」というコーナーがあった。そこには、近隣のダンジョンの概要や推奨ランク、最近の状況などが記されている。その中に、初心者向けとして紹介されているダンジョンがあった。
『低級ダンジョン:ゴブリンの洞穴
推奨ランク:F~E
主な出現魔物:ゴブリン、ホブゴブリン(稀)、ジャイアントラット
構造:単純な洞窟型、全3階層(推定)
注意:最深部にボス(ゴブリンリーダー等)出現の可能性あり。単独行動は非推奨。』
(ゴブリンの洞穴……)
エムデン村近くで遭遇した、あの忌々しいゴブリンが出るダンジョンか。しかし、推奨ランクはFから。今の俺でも、やり方次第では攻略可能かもしれない。そして何より、ダンジョンという閉鎖環境は、【デバッガー】スキルを試すにはうってつけの場所だ。壁、床、罠、モンスター……あらゆるものが、俺の「デバッグ」対象となり得る。
(リスクはある。だが、リターンも大きい)
効率的なレベルアップ、スキル検証、そして資金稼ぎ。今の俺に必要な要素が、ダンジョンには詰まっている。
俺は、ゴブリンの洞穴の情報を頭に叩き込み、ギルドを後にした。
まずは、ダンジョン探索に必要な最低限の準備を整えなければならない。ポーション、松明、予備の食料。そして、ショートソードの使い方にも、少しは慣れておく必要があるだろう。
リューンの町の喧騒の中、俺の胸は、新たな挑戦への期待と、わずかな不安で高鳴っていた。
元SEの異世界ダンジョン攻略。果たして、どんな「バグ」が見つかるだろうか。
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ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
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