異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第6話:壁抜けバグと隠しエリア

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冒険者ギルドで最低限の情報を得た俺は、まずダンジョン攻略に必要な物資を調達するために、リューンの市場へと足を運んだ。活気のある大通りから一本脇道に入ると、そこには様々な露店や専門店が軒を連ね、武器、防具、道具、食料などが所狭しと並べられている。エムデン村では見られなかった光景だ。

(さて、予算は限られている。効率よく買い物をしないとな)

エムデン村で稼いだ銅貨と、村長からの餞別を合わせても、潤沢な資金とは言えない。Fランク冒険者向けの装備を一式揃えるのは到底無理だ。優先順位をつけて、本当に必要なものだけを選ばなければならない。

ここで役立つのが、やはり【デバッガー】スキルだ。特に【情報読取】は、商品の品質や適正価格を見極めるのに非常に有効だった。

例えば、ポーション。見た目は同じような赤い液体が入った小瓶でも、【情報読取】を使えば、その効果や純度、使用期限(!)まで分かる。

『対象:低級回復ポーション
 分類:薬品>回復薬
 状態:正常(品質:並)
 効果:HPを少量回復(約30ポイント)
 副作用:なし
 備考:一般的な量産品。適正価格:銅貨5枚。』

『対象:低級回復ポーション(粗悪品)
 分類:薬品>回復薬
 状態:劣化(不純物混入)
 効果:HPを極少量回復(約10ポイント)、効果にムラあり
 副作用:腹痛(軽微)の可能性
 備考:保存状態が悪かったものか、製造ミス品。適正価格:銅貨1枚以下。売主提示価格:銅貨4枚。』

「……なるほど。これは便利だ」
見た目だけで判断していたら、粗悪品を掴まされていたかもしれない。俺は慎重に【情報読取】を繰り返し、品質が良く、かつ価格が適正なポーションを数本購入した。同じ要領で、長持ちしそうな松明、保存食(干し肉と硬いビスケット)、そして砥石(ショートソードの手入れ用)などを買い揃えていく。まるで、リアル世界でスペック表を見比べながらPCパーツを選んでいる時のような感覚だ。

最後に、古びた革鎧の手入れ用に、革用の手入れ油も購入した。これも【情報読取】で成分や効果を確認済みだ。村長から譲り受けた装備も、少しでも長持ちさせたい。

買い物を終え、宿屋(一番安い相部屋)に荷物を置いた後、俺は町の外れにある訓練場のような場所へ向かった。本格的な訓練を受ける金はないが、剣の素振りくらいはできるだろう。ゴブリンの洞穴で、あのスライムのようにバグを突くチャンスが訪れた時、最低限の攻撃手段は持っておきたい。

ショートソードを抜き、見よう見まねで振るってみる。重さ、バランス、振り抜いた時の感触。ぎこちない動きだが、繰り返すうちに少しずつマシになっていく……気がする。

(駄目だ、完全に素人だ……)
数十分も振ると、すぐに腕が疲れてくる。剣術スキルなんて便利なものはないし、一朝一夕でどうにかなるものでもないだろう。これも今後の課題だな。今は、致命的な隙を作らないように立ち回ることを意識するしかない。

翌日。準備を整えた俺は、冒険者ギルドでゴブリンの洞穴の場所を再確認し、リューンの町を出発した。洞窟は町の南東、森を抜けた先の岩場地帯にあるらしい。半日ほどの道のりだ。

道中は特に問題もなく、昼過ぎには目的地の岩場に到着した。そこには、不気味な口をぽっかりと開けた洞窟の入り口があった。入り口周辺には、他の冒険者が出入りした痕跡――焚き火の跡や、捨てられたゴミなどが残っている。初心者向けとはいえ、それなりに利用されているダンジョンのようだ。

深呼吸を一つして、俺は松明に火を灯し、洞窟の中へと足を踏み入れた。ひんやりとした湿った空気が肌を撫でる。鼻につくのは、カビ臭さと、獣のような、あるいはもっと生々しい何かの匂い。壁からは水滴が滴り落ち、ポタ、ポタ、という音が反響している。

(これが、ダンジョンか……)
ゲームや小説で知識はあったが、実際に体験すると、その雰囲気は想像以上だった。閉塞感、暗闇への恐怖、そして未知の存在への警戒心。気を抜けば、すぐに呑み込まれてしまいそうだ。

俺は常に【情報読取】を発動させ、周囲の状況を探る。壁の材質、通路の構造、空気の流れ、そして魔物の気配。

『対象:洞窟壁
 分類:岩石>石灰岩
 状態:湿潤、一部脆くなっている箇所あり
 特性:特になし
 備考:一般的な洞窟の壁。』

『対象:空気
 状態:淀み、カビ臭、微弱な魔素含有
 備考:換気は悪い。長時間の滞在は推奨されない。』

『前方、約20メートル。ゴブリン、レベル5、一体。巡回中。警戒レベル低』

早速ゴブリンを発見。一体だけなら、やり過ごすか、あるいは不意を突けば倒せるかもしれない。だが、今は戦闘よりも探索とスキル検証が優先だ。俺は息を潜め、ゴブリンが通り過ぎるのを待つことにした。

ゴブリンは、俺の存在に気づくことなく、通路の奥へと消えていった。俺は慎重に後を追う。ダンジョンの構造は、今のところ一本道のようだ。時折、左右に小さな横穴があるが、行き止まりになっていることが多い。

しばらく進むと、少し開けた場所に出た。広場のようになっており、焚き火の跡や、骨などが散乱している。ゴブリンたちのねぐらの一つなのだろうか。

(さて、ここらで本格的に【デバッガー】を試してみるか)
俺は壁に向き直り、【情報読取】に加えて【バグ発見】の意識を強める。狙うは、構造的なバグ。壁抜け、隠し通路、そういったものが存在しないか。

(壁の構成情報、座標データ、描画ポリゴン……何か、矛盾はないか? ズレは? 欠損は?)
SE時代の経験を活かし、システム的な観点から壁の「データ」を解析していくようなイメージで、集中力を高める。脳への負荷は大きいが、エムデン村での経験から、ある程度のコントロールはできるようになっていた。

壁の情報をくまなくスキャンしていく。一見、何の変哲もない岩壁だ。しかし、ある一点に差し掛かった時、微かな違和感を覚えた。

(ん……? ここの座標データ、他の部分と僅かに整合性が取れていない……?)

それは、ほんの僅かな数値のズレ。通常の鑑定スキルでは決して気づかないであろう、プログラムの記述ミスのようなものだ。

『……バグ検出:1件
 内容:【壁座標データの不整合バグ(極微小)】
 詳細:壁を構成するデータの一部に、隣接データとの間に0.001ユニット未満の座標ずれが存在する。通常、描画エンジンによって自動補完されるため、視覚的な異常は発生しない。しかし、特定の条件下(物理的接触、または極めて限定的な魔力干渉)において、この座標の隙間が一時的に当たり判定の消失を引き起こす可能性がある。再現性:低。影響:極小範囲の壁透過。』

「……あった!」
思わず声が出そうになるのを堪える。これだ! 俺が探していたのは、こういう類のバグだ!
壁抜けバグ。座標データの僅かなズレが原因で、壁をすり抜けられる可能性があるという。

(再現性:低、影響:極小範囲……か。試してみる価値はある)
ゴブリンの時のように、【限定的干渉】でこのバグを刺激してみる。狙いは、バグの発生確率を上げ、透過可能な時間を僅かでも延長させること。

俺は、バグが検出された壁の一点に手を触れ、意識を集中する。
(【限定的干渉】! 座標バグを、一時的に拡張!)

スキルを発動させると、軽い目眩と共に、触れている壁の部分が、ほんの一瞬、半透明になったような気がした。プラシーボ効果かもしれない。だが、構わず、その部分に身体を押し付けてみる。

ズ……ズズ……

「……!?」
信じられないことに、俺の身体が、壁の中に吸い込まれていく! まるで、濃い霧の中を進むような、奇妙な抵抗感がある。視界は壁の岩肌で遮られているが、確かに俺は、壁の中を進んでいる。

(本当に、壁抜けできた……!)
興奮と、少しの恐怖を感じながら、数歩ほど壁の中を進む。そして、壁の厚みを通り抜けた先――そこには、新たな空間が広がっていた。

そこは、ダンジョンの通路とは明らかに違う、人工的に作られたような小部屋だった。広さは六畳間ほど。壁には、古代文字のようなものが刻まれており、部屋の中央には、埃を被った石造りの台座と、その上に置かれた古びた木箱があった。

「隠し部屋……宝箱か!?」
ダンジョン探索の醍醐味ともいえる発見に、俺のテンションは一気に上がる。罠がないか【情報読取】で確認しつつ、慎重に木箱に近づく。

『対象:古びた宝箱
 分類:容器>宝箱
 状態:施錠(簡易な物理錠)、内部に物品あり
 特性:特になし
 備考:長年放置されていたもの。罠の類は設置されていない。』

罠はないようだ。錠前も、簡単な作りのものらしい。ショートソードの先端でこじ開けられないか試してみるが、うまくいかない。

(こういう時、鍵開けスキルがあれば……いや、待てよ?)
俺は、錠前に【デバッガー】を使ってみることにした。

(錠前の構造、部品の噛み合わせ……そこにバグはないか?)
【バグ発見】を発動。

『……バグ検出:1件
 内容:【タンブラー固定ピンの摩耗による動作不良バグ】
 詳細:経年劣化により、錠内部のピンの一つが摩耗し、正しい鍵でなくても、特定の角度で衝撃を与えると、偶然ロックが解除されてしまう可能性がある。再現性:低。』

「……ビンゴ!」
これも利用できそうだ。俺は、ショートソードの柄で、錠前を軽く叩いてみる。角度を変えながら、何度か試すと――

カチャリ。

軽い音を立てて、錠前が外れた!

(【デバッガー】、万能すぎる……!)
もはや、感動を通り越して、少し怖くなってきた。こんなことがまかり通っていいのだろうか?

震える手で、宝箱の蓋を開ける。中に入っていたのは――

眩いばかりの金貨が数枚、そして、質の良さそうな短剣が一本。さらに、手のひらサイズの、青く輝く鉱石のようなものが数個。

『対象:金貨
 分類:通貨
 価値:銅貨100枚分に相当
 備考:リューン王国発行の正規通貨。』

『対象:魔鋼のダガー
 分類:武器>短剣
 状態:良好
 攻撃力:+15
 付与効果:【切れ味向上(小)】【魔力伝導(微)】
 備考:魔力を帯びた金属「魔鋼」で作られたダガー。通常の鉄製武器より頑丈で、魔法効果が付与しやすい。』

『対象:月光石のかけら
 分類:鉱石>魔石
 状態:高純度
 特性:微弱な治癒魔力を放出、光属性魔力の触媒
 用途:回復系ポーションの高品質素材、光属性魔法の補助具、装飾品
 備考:夜間、特に満月の夜に強い輝きを放つ。比較的希少。』

「……大当たりだ!」
金貨だけでも、エムデン村で稼いだ全財産より多い。魔鋼のダガーは、村長からもらったショートソードよりも明らかに高性能だ。そして、月光石のかけら。これも高く売れるか、あるいは何かの役に立つかもしれない。

まさに、ハイリスク・ハイリターンの「バグ利用」による大収穫だ。

俺は、戦利品を慎重に懐にしまい込み、改めて隠し部屋を見渡した。壁に刻まれた古代文字のようなものも【情報読取】で調べてみるが、「解読不能:知識不足」と表示されるだけだった。今はこれ以上、深入りすべきではないだろう。

壁抜けに使ったバグは、再現性が低いとあった。戻れなくなる前に、早く通路に戻らなければ。俺は再び壁のバグポイントに身体を押し付け、【限定的干渉】を使いながら、元の通路へと戻った。

壁を抜けると、そこは先ほどと何も変わらない、薄暗いダンジョンの通路だった。まるで、夢でも見ていたかのような感覚だ。しかし、懐に入れた金貨やダガーの重みが、現実であることを告げている。

(【デバッガー】……このスキルは、俺の想像を遥かに超えているかもしれない)
世界の法則の「穴」を見つけ出し、それを悪用する。それは、まさにハッキング行為に近い。使い方次第では、莫大な利益を得ることも、あるいは計り知れない危険を招くこともできるだろう。

(もっと知りたい。もっと試したい。このダンジョンには、まだどんな「バグ」が隠されているんだ……?)

興奮と、一種の背徳感。そして、底知れない好奇心。
俺は、新たな武器となった魔鋼のダガーを握りしめ、ダンジョンのさらに奥へと進む決意を固めた。
元SEのデバッグ魂に、完全に火が付いてしまった瞬間だった。
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