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第4話:見張り台のデバッガー
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翌日から、俺の新たな任務が始まった。
エムデン村の粗末な見張り台は、高さ5メートルほどの木組みの櫓(やぐら)だ。上からの眺めは良く、村の周囲に広がる草原や、その先の森の入り口あたりまでを一望できる。見張りは二人一組で、交代制で行われる。俺の相方となったのは、レッツォという名の、日に焼けた寡黙な青年だった。彼は村の猟師でもあり、弓の扱いに長けているらしい。
「ユズル、だったか。よろしく頼む。まあ、そう頻繁に魔物が出るわけじゃない。気楽にな」
レッツォはぶっきらぼうにそう言ったが、その目は鋭く周囲を警戒しており、油断している様子は微塵もなかった。
「はい、よろしくお願いします。レッツォさん」
俺も気を引き締める。異世界に来てまだ数日。油断は死に直結する。
見張り台の上は、吹き抜ける風が心地よかった。元の世界のオフィスとは比べ物にならない開放感だ。しかし、ここが最前線であることに変わりはない。俺は早速【情報読取】スキルを使い、周囲の索敵を開始した。
意識を集中し、スキルを発動させる。脳内に、レーダーのように周囲の情報が流れ込んでくる。広範囲を一度にスキャンするのは難しいが、視界に入る範囲であれば、かなりの精度で情報を拾うことができた。
(……北東、約500メートル。ホーンラビット、レベル3が二匹。採餌中。警戒レベル低)
(……西、約800メートル。フォレストウルフの縄張りか? マーキング痕跡多数。本体は確認できず)
(……南、森の入り口付近。ゴブリン、レベル5が五匹。潜伏中。警戒レベル中。リーダー格一体、レベル6)
「レッツォさん」
俺は静かに声をかけた。
「南の森の入り口付近に、ゴブリンが五匹潜んでいます。リーダー格はレベル6です」
レッツォは驚いたように俺を見た。
「……本当か? ここからじゃ、茂みに隠れてたら見えんだろう」
彼は目を凝らして南の森を見るが、もちろんゴブリンの姿は見えない。
「ええ。数は五匹で間違いありません。今のところ、こちらに気づいている様子はありませんが……」
俺は自信を持って答える。スキルがそう示しているのだから。
レッツォは半信半疑といった顔だったが、俺の断定的な口調に何かを感じたのか、無言で弓を構え、矢をつがえた。そして、村の方へ向けて、特定の鳥の鳴き真似のような合図を送った。おそらく、他の見張りや村人への警戒信号なのだろう。
しばらくすると、森の入り口付近で潜んでいたゴブリンたちが動き出した。どうやら、近くを通りかかった小動物か何かを追いかけ始めたようだ。その姿が、一瞬だけ木々の間から見えた。
「……本当にいやがった。しかも、五匹……」
レッツォが、感嘆とも呆れともつかない声を漏らす。
「ユズル、お前のその『物の状態が分かる』って力、相当なもんじゃないか? まるで、千里眼みたいだ」
「いえ、そこまで大したものでは……」
謙遜しつつも、内心ではスキルの有用性を再確認していた。この距離から、隠れている敵の種類と数、さらにはレベルまで正確に把握できるのだ。これは、索敵能力としては破格と言っていいだろう。
ゴブリンたちは、結局、村に近づくことなく森の奥へと去っていった。レッツォは弓を下ろし、ふう、と息をつく。
「助かったぜ。あいつらが不意打ちで来てたら、危ないところだった。お前がいれば、早めに備えられるな」
彼の俺を見る目が、明らかに変わったのが分かった。疑いの色から、信頼と、少しの畏敬のようなものへ。
その後も、俺は定期的に【情報読取】で周囲をスキャンし、魔物の接近や異常がないかをチェックした。ホーンラビットの群れ、上空を飛ぶ鳥型の魔物、地面を這う毒虫……様々な生物の情報が、リアルタイムで俺の頭の中に流れ込んでくる。それは、まるで異世界の生態系データベースを閲覧しているかのようで、元SEの探求心をくすぐられた。
数時間が経過し、見張り任務も中盤に差し掛かった頃。ふと、森の奥の方角に、奇妙な気配を感じた。これまで感じたことのない、不穏な魔力の揺らぎ。
(なんだ……?)
意識を集中し、その方向へ【情報読取】の範囲を伸ばしていく。森の奥深く、通常のスキャンでは捉えきれない距離だ。脳に負荷がかかり、軽い頭痛がする。
(……いた)
『対象:???(情報取得失敗:距離・隠蔽レベル超過)』
『分類:???』
『状態:???(強い魔力反応、異常活性化の兆候)』
『ステータス:???』
『スキル:???』
『備考:【警告】高レベルの魔力干渉を確認。詳細情報の取得にはリスクが伴います。』
「……情報取得失敗?」
初めて見るメッセージだ。しかも、「警告」まで出ている。これは、ただ事ではない。
「どうした、ユズル? 顔色が悪いぞ」
俺の異変に気づいたレッツォが声をかけてくる。
「いえ……少し、森の奥に妙な気配を感じて。でも、遠すぎてよく分かりません」
正直に話すが、詳細は伏せる。スキルに関する情報は、まだ不用意に話すべきではない。
(警告が出るほどの存在……一体、何なんだ? そして、異常活性化の兆候?)
嫌な予感が胸をよぎる。ゴードン村長が言っていた、「魔物の活動の活発化」と関係があるのだろうか?
さらに情報を得ようと、今度は【バグ発見】を試みてみる。対象が不明確な状態でのスキル行使は、さらに脳への負荷が大きい。こめかみがズキズキと痛む。
(何か……何か、手掛かりはないか……?)
数秒間の集中。そして――
『……バグ検出:1件
内容:【周辺環境への魔力汚染(軽微)】
詳細:対象の存在、あるいは活動により、周辺の空間に微弱ながら異常な魔力粒子が拡散している。これは、通常の生態系バランスを僅かに崩し、低級魔物の凶暴化や、植物の異常生育などを引き起こす可能性がある。バグの根本原因は特定不能。干渉不可。』
「……魔力汚染?」
表示された内容に、俺は息を呑んだ。バグの原因は不明だが、その影響は既に出始めているらしい。「低級魔物の凶暴化」「植物の異常生育」……村の周辺で起きている異変は、この「魔力汚染」が原因なのかもしれない。
そして、その汚染源は、森の奥にいる正体不明の「何か」。
【デバッガー】スキルは、単なる個別のバグだけでなく、もっと広範囲な、環境レベルでの「歪み」すら検知できるようだ。
(これは、まずい状況かもしれないな……)
辺境の村を襲う、静かな異変。その背後には、まだ見ぬ強大な存在がいる。そして、俺のスキルは、その危険性をいち早く察知してしまった。
(このバグ……「魔力汚染」に対して、【限定的干渉】は……いや、駄目だ。「干渉不可」と出ている。それに、原因も特定できていないのに下手に手を出せば、どんな副作用(ペナルティ)があるか分からない)
ゴブリンの時のように、単純な動作バグとはわけが違う。これは、もっと根源的な、世界の法則に関わるような「バグ」なのかもしれない。
見張り任務が終わり、レッツォと交代する頃には、俺の頭の中は様々な情報と懸念でいっぱいになっていた。
村に戻り、ゴードン村長に報告する。ただし、スキルに関する詳細や「魔力汚染」のことは伏せ、「森の奥に、何やら不穏な気配を感じた。これまでより強い魔物か、あるいは何か異常事態が起きている可能性がある」とだけ伝えた。
村長は渋い顔で頷いた。
「そうか……やはり、ただ事ではなさそうじゃな。レッツォからも、お主の索敵能力の高さを聞いた。これからも頼りにさせてもらうぞ、ユズル殿」
「はい。できる限りのことは」
しかし、俺にできるのは早期警戒までだ。もし、あの正体不明の存在が村に牙を剥いたら、この小さな村ではひとたまりもないだろう。
(もっと情報が必要だ。そして、力をつけなければ……)
この村に留まるだけでは、いずれ限界が来る。より大きな町「リューン」に行けば、もっと多くの情報が得られるかもしれない。ギルドのような組織があれば、魔物に関する知識や、あるいはスキルに関する情報も手に入る可能性がある。そして、噂に聞く「ダンジョン」のような場所があれば、安全にレベルを上げたり、【デバッガー】スキルを試したりできるかもしれない。
(決めた。近いうちに、この村を出よう)
異世界に来てまだ数日だが、早くも次のステップに進む必要性を感じていた。
【デバッガー】という、未知の可能性と危険性を秘めたスキル。それを使いこなし、この世界で生き抜くためには、立ち止まっているわけにはいかない。
夜、あてがわれた小屋で一人、俺は決意を新たにしていた。
まずは、町へ行くための準備だ。資金を稼ぎ、最低限の装備を整える必要がある。幸い、【情報読取】を使えば、村の仕事の中でも効率よく成果を上げられそうだ。あるいは、近くの森で、安全な範囲で薬草や素材を集めて売る、という手もあるかもしれない。
元SEの効率厨としての血が騒ぎ始めていた。
異世界での、新たな「プロジェクト」の始まりだ。目標は、町への到達と、生存基盤の確立。そして、【デバッガー】スキルのさらなる解析と活用。
前途は多難だろう。だが、ブラック企業でのデスマに比べれば、まだマシかもしれない。
俺は、ポケットに入れていたレッドベリーを一つ口に放り込み、これからの計画を練り始めた。
エムデン村の粗末な見張り台は、高さ5メートルほどの木組みの櫓(やぐら)だ。上からの眺めは良く、村の周囲に広がる草原や、その先の森の入り口あたりまでを一望できる。見張りは二人一組で、交代制で行われる。俺の相方となったのは、レッツォという名の、日に焼けた寡黙な青年だった。彼は村の猟師でもあり、弓の扱いに長けているらしい。
「ユズル、だったか。よろしく頼む。まあ、そう頻繁に魔物が出るわけじゃない。気楽にな」
レッツォはぶっきらぼうにそう言ったが、その目は鋭く周囲を警戒しており、油断している様子は微塵もなかった。
「はい、よろしくお願いします。レッツォさん」
俺も気を引き締める。異世界に来てまだ数日。油断は死に直結する。
見張り台の上は、吹き抜ける風が心地よかった。元の世界のオフィスとは比べ物にならない開放感だ。しかし、ここが最前線であることに変わりはない。俺は早速【情報読取】スキルを使い、周囲の索敵を開始した。
意識を集中し、スキルを発動させる。脳内に、レーダーのように周囲の情報が流れ込んでくる。広範囲を一度にスキャンするのは難しいが、視界に入る範囲であれば、かなりの精度で情報を拾うことができた。
(……北東、約500メートル。ホーンラビット、レベル3が二匹。採餌中。警戒レベル低)
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(……南、森の入り口付近。ゴブリン、レベル5が五匹。潜伏中。警戒レベル中。リーダー格一体、レベル6)
「レッツォさん」
俺は静かに声をかけた。
「南の森の入り口付近に、ゴブリンが五匹潜んでいます。リーダー格はレベル6です」
レッツォは驚いたように俺を見た。
「……本当か? ここからじゃ、茂みに隠れてたら見えんだろう」
彼は目を凝らして南の森を見るが、もちろんゴブリンの姿は見えない。
「ええ。数は五匹で間違いありません。今のところ、こちらに気づいている様子はありませんが……」
俺は自信を持って答える。スキルがそう示しているのだから。
レッツォは半信半疑といった顔だったが、俺の断定的な口調に何かを感じたのか、無言で弓を構え、矢をつがえた。そして、村の方へ向けて、特定の鳥の鳴き真似のような合図を送った。おそらく、他の見張りや村人への警戒信号なのだろう。
しばらくすると、森の入り口付近で潜んでいたゴブリンたちが動き出した。どうやら、近くを通りかかった小動物か何かを追いかけ始めたようだ。その姿が、一瞬だけ木々の間から見えた。
「……本当にいやがった。しかも、五匹……」
レッツォが、感嘆とも呆れともつかない声を漏らす。
「ユズル、お前のその『物の状態が分かる』って力、相当なもんじゃないか? まるで、千里眼みたいだ」
「いえ、そこまで大したものでは……」
謙遜しつつも、内心ではスキルの有用性を再確認していた。この距離から、隠れている敵の種類と数、さらにはレベルまで正確に把握できるのだ。これは、索敵能力としては破格と言っていいだろう。
ゴブリンたちは、結局、村に近づくことなく森の奥へと去っていった。レッツォは弓を下ろし、ふう、と息をつく。
「助かったぜ。あいつらが不意打ちで来てたら、危ないところだった。お前がいれば、早めに備えられるな」
彼の俺を見る目が、明らかに変わったのが分かった。疑いの色から、信頼と、少しの畏敬のようなものへ。
その後も、俺は定期的に【情報読取】で周囲をスキャンし、魔物の接近や異常がないかをチェックした。ホーンラビットの群れ、上空を飛ぶ鳥型の魔物、地面を這う毒虫……様々な生物の情報が、リアルタイムで俺の頭の中に流れ込んでくる。それは、まるで異世界の生態系データベースを閲覧しているかのようで、元SEの探求心をくすぐられた。
数時間が経過し、見張り任務も中盤に差し掛かった頃。ふと、森の奥の方角に、奇妙な気配を感じた。これまで感じたことのない、不穏な魔力の揺らぎ。
(なんだ……?)
意識を集中し、その方向へ【情報読取】の範囲を伸ばしていく。森の奥深く、通常のスキャンでは捉えきれない距離だ。脳に負荷がかかり、軽い頭痛がする。
(……いた)
『対象:???(情報取得失敗:距離・隠蔽レベル超過)』
『分類:???』
『状態:???(強い魔力反応、異常活性化の兆候)』
『ステータス:???』
『スキル:???』
『備考:【警告】高レベルの魔力干渉を確認。詳細情報の取得にはリスクが伴います。』
「……情報取得失敗?」
初めて見るメッセージだ。しかも、「警告」まで出ている。これは、ただ事ではない。
「どうした、ユズル? 顔色が悪いぞ」
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「いえ……少し、森の奥に妙な気配を感じて。でも、遠すぎてよく分かりません」
正直に話すが、詳細は伏せる。スキルに関する情報は、まだ不用意に話すべきではない。
(警告が出るほどの存在……一体、何なんだ? そして、異常活性化の兆候?)
嫌な予感が胸をよぎる。ゴードン村長が言っていた、「魔物の活動の活発化」と関係があるのだろうか?
さらに情報を得ようと、今度は【バグ発見】を試みてみる。対象が不明確な状態でのスキル行使は、さらに脳への負荷が大きい。こめかみがズキズキと痛む。
(何か……何か、手掛かりはないか……?)
数秒間の集中。そして――
『……バグ検出:1件
内容:【周辺環境への魔力汚染(軽微)】
詳細:対象の存在、あるいは活動により、周辺の空間に微弱ながら異常な魔力粒子が拡散している。これは、通常の生態系バランスを僅かに崩し、低級魔物の凶暴化や、植物の異常生育などを引き起こす可能性がある。バグの根本原因は特定不能。干渉不可。』
「……魔力汚染?」
表示された内容に、俺は息を呑んだ。バグの原因は不明だが、その影響は既に出始めているらしい。「低級魔物の凶暴化」「植物の異常生育」……村の周辺で起きている異変は、この「魔力汚染」が原因なのかもしれない。
そして、その汚染源は、森の奥にいる正体不明の「何か」。
【デバッガー】スキルは、単なる個別のバグだけでなく、もっと広範囲な、環境レベルでの「歪み」すら検知できるようだ。
(これは、まずい状況かもしれないな……)
辺境の村を襲う、静かな異変。その背後には、まだ見ぬ強大な存在がいる。そして、俺のスキルは、その危険性をいち早く察知してしまった。
(このバグ……「魔力汚染」に対して、【限定的干渉】は……いや、駄目だ。「干渉不可」と出ている。それに、原因も特定できていないのに下手に手を出せば、どんな副作用(ペナルティ)があるか分からない)
ゴブリンの時のように、単純な動作バグとはわけが違う。これは、もっと根源的な、世界の法則に関わるような「バグ」なのかもしれない。
見張り任務が終わり、レッツォと交代する頃には、俺の頭の中は様々な情報と懸念でいっぱいになっていた。
村に戻り、ゴードン村長に報告する。ただし、スキルに関する詳細や「魔力汚染」のことは伏せ、「森の奥に、何やら不穏な気配を感じた。これまでより強い魔物か、あるいは何か異常事態が起きている可能性がある」とだけ伝えた。
村長は渋い顔で頷いた。
「そうか……やはり、ただ事ではなさそうじゃな。レッツォからも、お主の索敵能力の高さを聞いた。これからも頼りにさせてもらうぞ、ユズル殿」
「はい。できる限りのことは」
しかし、俺にできるのは早期警戒までだ。もし、あの正体不明の存在が村に牙を剥いたら、この小さな村ではひとたまりもないだろう。
(もっと情報が必要だ。そして、力をつけなければ……)
この村に留まるだけでは、いずれ限界が来る。より大きな町「リューン」に行けば、もっと多くの情報が得られるかもしれない。ギルドのような組織があれば、魔物に関する知識や、あるいはスキルに関する情報も手に入る可能性がある。そして、噂に聞く「ダンジョン」のような場所があれば、安全にレベルを上げたり、【デバッガー】スキルを試したりできるかもしれない。
(決めた。近いうちに、この村を出よう)
異世界に来てまだ数日だが、早くも次のステップに進む必要性を感じていた。
【デバッガー】という、未知の可能性と危険性を秘めたスキル。それを使いこなし、この世界で生き抜くためには、立ち止まっているわけにはいかない。
夜、あてがわれた小屋で一人、俺は決意を新たにしていた。
まずは、町へ行くための準備だ。資金を稼ぎ、最低限の装備を整える必要がある。幸い、【情報読取】を使えば、村の仕事の中でも効率よく成果を上げられそうだ。あるいは、近くの森で、安全な範囲で薬草や素材を集めて売る、という手もあるかもしれない。
元SEの効率厨としての血が騒ぎ始めていた。
異世界での、新たな「プロジェクト」の始まりだ。目標は、町への到達と、生存基盤の確立。そして、【デバッガー】スキルのさらなる解析と活用。
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