異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第7話:モンスターAIのバグと効率狩り

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壁抜けバグによる隠しエリアの発見と、そこでの予想外の収穫。興奮冷めやらぬまま、俺はダンジョンの探索を再開した。懐に入れた金貨の重みと、腰に差した新しい武器――魔鋼のダガーの確かな感触が、これからの探索への期待感を高めてくれる。

とはいえ、浮かれてばかりもいられない。ここは依然として危険なダンジョンの中だ。【デバッガー】スキルが強力であることは分かったが、同時にリスクも伴う。ゴブリンとの戦闘も避けられないだろう。気を引き締めなければ。

新しいダガーを抜き、軽く振ってみる。村長にもらったショートソードよりも軽く、それでいて重心のバランスが良い。手にしっくりと馴染む感じがする。

(魔鋼のダガー……攻撃力+15、【切れ味向上(小)】【魔力伝導(微)】か。【情報読取】で確認した通りなら、かなりの業物のはずだ)

切れ味向上は文字通りだろう。魔力伝導は、今は魔法が使えない俺には宝の持ち腐れかもしれないが、将来的に何かに使えるかもしれない。何より、ショートソードより格段にマシな武器があるというだけで、心強い。

通路を進んでいくと、前方から複数の足音が聞こえてきた。松明の光を慎重に遮り、物陰から様子を窺う。ゴブリンだ。今度は三匹。おそらく巡回中の個体だろう。

『対象:ゴブリン×3
 分類:亜人科>ゴブリン属
 状態:通常(巡回中)
 ステータス:Lv 5 / HP 40/40 / MP 10/10 (平均)
 スキル:【棍棒術(低級)】【投石】【連携(低)】
 特性:凶暴、集団行動を好む、知能は低い
 備考:数が増えると厄介。各個撃破が望ましい。』

【情報読取】で基本的な情報を確認。レベル5が三匹。正面から戦うのは無謀だ。エムデン村近くで遭遇した時も、一体のバグを利用してなんとか逃げ切れただけ。今回は、もっと積極的に【デバッガー】スキルを戦闘に応用する必要がある。

(狙うは、行動ルーチン――AIのバグだ)

元の世界でゲームのデバッグをしていた時、敵キャラクターのAIの穴を突いて、ハメ技のような攻略法を見つけ出すことがあった。この世界の魔物も、何らかの法則(プログラム)に基づいて行動しているはずだ。そこにバグが存在する可能性は高い。

俺は三匹のゴブリンに意識を集中し、【バグ発見】を発動させた。対象が複数いるためか、あるいは「AI」という複雑なシステムを解析するためか、前回よりも強い集中力が必要とされる。脳の血管がドクドクと脈打つのが分かる。

(行動パターン、認識範囲、敵対判定、移動アルゴリズム、仲間との連携ロジック……どこかに、利用可能な欠陥は……?)

まるで、膨大なソースコードの中から、特定の脆弱性を探すような作業だ。数秒間の集中の後、いくつかの候補が脳内にリストアップされた。

『……バグ検出:3件
 ①【障害物認識ルーチンの死角バグ】
  詳細:特定の形状の障害物(例:高さ1メートル以下の岩、通路の狭窄部など)の背後に密着して隠れた場合、ゴブリンの視覚・聴覚センサーが対象を正しく認識できなくなり、索敵範囲から一時的に外れることがある。再現性:中。
 ②【連携行動におけるターゲット同期遅延バグ】
  詳細:複数のゴブリンが同一のターゲットを攻撃する際、ターゲット情報の同期に僅かな遅延が発生することがある。この遅延中にターゲットが急な方向転換や高速移動を行うと、一部のゴブリンが連携から外れ、一時的に別々の行動を取る(例:元の巡回ルートに戻ろうとする、別の対象に反応するなど)。再現性:低。
 ③【恐怖・撤退判定ロジックの閾値エラー】
  詳細:HPが一定以下になった際に発動するはずの撤退行動ロジックの閾値設定に誤りがあり、想定よりも高いHP(約50%)でも、短時間に連続して大きなダメージを受けた場合、あるいは格上の存在(レベル差10以上など)と認識した場合に、パニック状態に陥り、戦意を喪失して逃走する可能性がある。再現性:低。』

「……なるほど。使えるバグがいくつかあるな」
特に①の障害物認識バグは使えそうだ。この洞窟には、手頃な岩や通路のくぼみがいくつもある。これを利用すれば、ヒットアンドアウェイ戦法が取れるかもしれない。

②の連携バグも面白いが、再現性が低く、狙って発動させるのは難しそうだ。③の恐怖判定バグは、今の俺の攻撃力では「短時間に大きなダメージ」を与えるのが難しいだろう。

(よし、①の障害物認識バグを試してみよう)

俺は、ゴブリンたちが近づいてくる通路の少し手前にある、腰くらいの高さの岩陰に素早く身を隠した。息を殺し、気配を消す。ゴブリンたちが、何も気づかずに通り過ぎようとした、その瞬間――

俺は岩陰から飛び出し、最後尾のゴブリンの背中に向けて、魔鋼のダガーを突き出した!

「グギャッ!?」

狙い通り、ダガーはゴブリンの粗末な革鎧を貫き、その肉体に深々と突き刺さった。【切れ味向上】の効果は本物のようだ。ゴブリンは悲鳴を上げ、前のめりに倒れ込む。

『対象:ゴブリン / HP 12/40』

一撃でHPの半分以上を削った! さすが魔鋼のダガーだ。
しかし、他の二匹がすぐに反応し、怒りの形相でこちらに向かってくる。

(すぐに隠れる!)
俺は即座に、先ほどの岩陰へと飛び込み、身を伏せた。障害物認識バグが発動することを祈る。

ゴブリンたちは、仲間がやられたことに興奮し、棍棒を振り回しながら俺が隠れた岩へと迫ってくる。だが――

「? ギャ?(どこだ?)」
「グェ?(消えた?)」

ゴブリンたちは、岩のすぐそばまで来ているにも関わらず、俺の姿を完全に見失ったかのように、キョロキョロと周囲を見回し始めた。どうやら、バグは正常に(?)機能しているらしい。視覚だけでなく、聴覚でも捉えられていないようだ。

(よし、効いてる!)
この隙を逃す手はない。俺は再び岩陰から飛び出し、混乱しているゴブリンの一匹に斬りかかる!

ザシュッ!

今度は、ゴブリンの首筋を狙った。鮮血が飛び散り、ゴブリンは声もなく崩れ落ちる。

『対象:ゴブリン / HP 0/40 / 討伐完了』
『経験値を獲得しました』

脳内にシステムメッセージのようなものが流れる。経験値という概念があるのは知っていたが、こうして明確に表示されるのは初めてだ。

残るは一匹! そのゴブリンも、仲間が次々と倒されたことに気づき、ようやく俺の存在を再認識したようだが、明らかに動揺している。

「ギャアアア!」
やけくそになったように棍棒を振りかぶってくるが、動きは単調だ。俺は冷静にそれを見極め、懐に潜り込むようにして回避し、カウンター気味にダガーを腹部に突き立てた。

「グ……」
ゴブリンは苦悶の声を漏らし、動きを止める。

『対象:ゴブリン / HP 0/40 / 討伐完了』
『経験値を獲得しました』

これで三匹目。最初の不意打ちで瀕死にした個体も、既に息絶えていた。

「はぁ……はぁ……」
戦闘が終わると、どっと疲労感が押し寄せる。息が上がり、心臓が激しく鼓動している。AIバグを利用したとはいえ、実戦はやはり神経をすり減らす。

(だが、勝てた……! レベル5のゴブリン三匹に、ほぼ無傷で!)
これは大きな成果だ。魔鋼のダガーの性能もさることながら、【デバッガー】スキルの戦闘における有効性を、身をもって証明できた。

倒したゴブリンたちの亡骸を【情報読取】で確認する。

『対象:ゴブリンの死体
 状態:死亡
 ドロップアイテム候補:ゴブリンの耳(換金アイテム、確率:高)、粗末な棍棒(武器、確率:中)、稀に低級魔石(素材、確率:低)
 備考:死体は時間経過と共に消滅する。ドロップアイテムの回収はお早めに。』

ドロップアイテムという概念もあるのか。俺は指示通り、ゴブリンの耳を三対、それから比較的状態の良い棍棒を一本、回収した。魔石は残念ながらドロップしなかったようだ。ゴブリンの耳はギルドで換金できると聞いたことがある。棍棒は……まあ、何かの役に立つかもしれない。

(経験値も獲得できたし、レベルアップも近いかもしれないな)
自分のステータスを確認する方法はまだ分からないが、経験値が蓄積されている感覚はある。レベルが上がれば、身体能力も向上するのだろうか?

気を良くした俺は、同じ要領で、さらにダンジョンの探索を進めることにした。障害物認識バグは非常に有用で、通路の形状や落ちている岩などを利用すれば、比較的安全にゴブリンを狩ることができた。

一体ずつ確実に仕留める。無理はしない。ヒットアンドアウェイを徹底する。
まるで、デバッグ作業で一つずつバグを潰していくような感覚だ。効率的で、確実。俺の性に合っているのかもしれない。

数時間後。俺は合計で十数匹のゴブリンを討伐し、それなりの経験値とゴブリンの耳を稼いでいた。レベルが上がったのか、身体が少し軽くなったような気もする。

しかし、良いことばかりではない。一度だけ、障害物認識バグがうまく機能せず、ゴブリンに接近を許してしまったことがあった。棍棒の一撃をダガーで受け流したが、腕に痺れが走り、ヒヤリとした。バグは絶対ではない。常にリスクは存在するのだ。

(それに、スキルの使いすぎか、頭痛がしてきたな……)
【情報読取】と【バグ発見】を頻繁に使ったせいか、脳が疲労しているのを感じる。特に【バグ発見】は、集中力と情報処理能力をかなり消耗するようだ。

(今日のところは、これくらいにしておくか)
欲張って深入りし、危険な目に遭うのは避けたい。SEの仕事でも、リリース直前に無理な修正を入れて、かえって大きなバグを生むことがあった。撤退する勇気も重要だ。

俺は、獲得した戦利品(主にゴブリンの耳)を袋に詰め、ダンジョンの入り口へと引き返し始めた。壁抜けバグで手に入れた金貨とダガー、そしてAIバグを利用した効率的な狩り。初日のダンジョン探索としては、上々の成果と言えるだろう。

(この調子でいけば、レベルアップも装備の強化も、効率的に進められそうだ)
【デバッガー】スキルへの期待は、ますます高まっていた。戦闘、探索、情報収集、金策……あらゆる面で、このスキルは俺の異世界ライフを有利にしてくれるはずだ。

しかし、俺はこの時、まだ気づいていなかった。
このダンジョンにも、そしてこの世界にも、俺がまだ知らない、もっと根深く、危険な「バグ」が潜んでいる可能性を。そして、俺の「バグ利用」が、いずれ大きな波紋を呼ぶことになるということを。

今はただ、初めてのダンジョン攻略の成功と、ささやかな戦利品に満足感を覚えながら、俺は地上への帰路を急いでいた。
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