いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍

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第三章

25 プロポーズ

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「セレステ様が王位を放棄したのか」

 セレステが王位継承権を放棄したと聞いたフリアンは、いち早く私の部屋へ訪れた。
 事実の確認と詳細を知りたかったからで、今ごろ話を聞いた貴族たちも混乱していることだろう。

「ええ。お姉様は王位継承権を放棄し、アギラカリサ王国へ嫁ぐことを望まれてます」
「驚きましたわ。セレステ様は絶対に女王の地位を譲られないと思ってましたから……」

 フリアンはティアほど驚いておらず、争いにならずに済んでよかったという顔をしていた。

「宮廷では派閥ができてしまっていたからね。これで、しばらくは落ち着く。よかったよ」

 フリアンが持つ優しく穏やかな空気は昔と変わらない。
 四年前、アギラカリサ王国から戻った後、フリアンは私専属の護衛騎士になりたいと申し出た。
 セレステから命を狙われていると知ったからだ。 
 私の護衛だけでなく、補佐官としても働いてくれた。
 礼儀正しく紳士なフリアンの評判は、他国でもすごくよかった。

「フリアン様。マーレア諸島からお戻りになられたばかりで、お疲れでしょう? 少し休まれた方が……」
「ルナリアのほうこそ、マーレア諸島から戻ったばかりなのに……って、すごい贈り物の数だけど、これ他国から?」

 私の部屋に届けられた贈り物は、不在の間に届けられたものばかりだ。
 
「これはさすがに……」

 フリアンがなにか言いかけた時、ティアがずいっと前に出た。

「フリアン様。ルナリア様は他国の男性からも人気があるのですよ!」
「知ってるよ」

 ティアは誇らしげだった。

「ご覧ください。この贈り物の数々を!」
「すごいね。今度はどこから?」
「こちらの毛織物は辺境伯から。先日、ルナリア様が視察に行って羊飼いの真似事をなさったでしょう?」
「ティア。羊飼いの真似事じゃなくて、羊たちの毛を刈る手伝いをしただけよ」

 伯爵が忙しそうだったから、手伝ったら喜んでくれた。
 刈られた後の羊の毛を運んだだけで、難しいことはしていない。
 でも、とても感謝され、毛織物が届いたのだ。

「こちらはマーレア諸島のルオン様から! すごく高価なアクセサリーですわ」

 四年前、アギラカリサ王宮で知り合ったクア族のルオンとは、友人関係が続いている。

「そして! これはレジェス様から! アギラカリサ王国の最新のドレスですよ、ドレス!」
「ティア。もういいから……」

 護衛のフリアンは私の交流関係をすべて知っている。
 他国へ行く時は必ず一緒だし、この間のマーレア諸島への訪問もフリアンがいた。
 ティアは平然としているフリアンが面白くないのか、新しく届いた手紙を見せる。

「ルナリア様。レジェス様から手紙が届いてますわ」
「レジェス様から手紙が?」

 ――この間、マーレア諸島で会ったばかりなのに、レジェス様から手紙?

 違和感があったけど、私に伝え忘れたことがあったのかもしれない。

「レジェスは変わらないな」

 フリアンはティアから手紙を奪い、私が読む前に開けた。
 贈り物や手紙のチェックは護衛であるフリアンの仕事のひとつ。
 でも、私が最初に開けたかったのに……
 恨みがましい目をした私に気づいたらしく、フリアンはやれやれとため息をついた。

「レジェスにやましい気持ちは一切ないと、わかってるよ。でも、手紙はすべてチェックさせてもらう。警護のためにね」
「もう私はレジェスのお兄様たちから命を狙われていないわ」

 アギラカリサでは、命を狙われていたけど、この四年の間に、私とレジェスが結婚する様子がないとわかったら、興味を失ったようだ。
 そして、私が何年もかけた罠を破ったことで、向こうは警戒して罠を仕掛けてこなくなった。

「レジェスの名を騙る可能性がある。これは、レジェスの文字だから大丈夫か」

 フリアンは手紙を読み終わると、私に渡す。

「これからは、もっと厳しくしないと危険だ。しばらくは、という意味だけどね」
「そうだけど、不便だわ」
「ずっとじゃないよ。でもまあ。アギラカリサよりは自由だよ」

 ――それはそうだけど。

 アギラカリサ王宮の治安の悪さに比べたら、オルテンシア王国は平和そのもの。
 レジェスはきっと今も戦っている。

「ティアもルナリアに近づく人間には、くれぐれも気をつけてくれ。たとえ、ルナリアが会いたいと言っても、必ず報告するようにしてほしい」
「わかってます。けれど、そこまで厳しくする必要がありますか?」
「ティアはルナリアに甘いところがあるから心配なんだよ」 
「そんなことありません! フリアン様こそ厳しすぎます!」
「ルナリアの命がかかっている。厳しくなるのは、しかたがないことだ」

 二人が言い争いをしている間に、レジェスの手紙を開く。
 レジェスが手紙に書いてきたのは、商業用の船が完成したという話だった。
 数年前から、レジェスは造船業に力を入れている。
 商船を売り、その儲けで次は漁船を作るらしい。
 北の領地に船を増やして漁業に力を入れることで、貧しい暮らしを一変させるという計画を教えてくれた。

 ――これは、船の完成報告というだけじゃないわ。レジェスは私に新しい提案をしている。

 漁業を盛んにする計画にのっかり、オルテンシア王国もなにかしてみたらどうかという提案が、この手紙には隠されている。
 表面上はただの報告に見えるかもしれないけど、数年先の計画を教えてくれるということは、私にもそれに加われという意味だと察した。

「フリアン様。私は今から、魚を遠くまで運べるような加工方法がないか考えなくてはなりません」

 手紙を封筒に戻し、机の引き出しにしまう。
 レジェスからの手紙は、一人になった時、いつでも読み返せるように大切に保管してあった。

「魚……。そういうことか」

 フリアンも手紙の本当の意味に気づいたようだ。
 でも、ティアは不思議そうな顔をして首をかしげた。

「レジェス様の手紙から、どうして魚になるんですか?」
「北の領地に産業を作りたいと、レジェス様が考えているの。それに私たちも加わらないかというお誘いよ」
「はあ……? 魚……」
「ティア。レジェスは漁業に力を入れるから、余剰な魚の加工を僕たちでなんとかしろってことだよ」

 フリアンはもう理解していて、ティアに言った。

「漁村を巡ってみようか? なにかヒントが見つかるかもしれない」
「ええ。そのつもりです」
「今からですか!? さっきマーレア諸島から戻ったばかりですよ。お休みになられないと……」

 ティアは反対したけど、私はもう元気が戻っていた。

「私だけ休んでいられないわ」

 誰がとは誰も聞かなかった。

「ティア。帽子と手袋、パラソルを持ってきて」
「かしこまりました。宿泊先の手配と身の回りのものを準備いたします」
「ええ。ありがとう」
「荷解きする暇もございませんね。馬車の用意と宿泊先を手配します」

 ティアは慌ただしく部屋から出ていった。
 部屋には私とフリアンだけが残る。

「ルナリアは手紙を読んだだけで、レジェスがなにを伝えたいかわかるんだね」
「全部、理解しているかどうかわからないけど……」

 レジェスは私よりずっと先を見ている。
 私はそのレジェスについていくので精一杯。
 
「正直言って、僕は二人の関係に嫉妬している。どれだけ僕がそばにいても、レジェスには勝てないと思う」

 フリアンの青い瞳が私を見つめる。

「やっぱり君はレジェスと同じで特別だ。君がこの国の女王になったほうがいい」
「特別ではありません。努力だけが、私のすべてでした」

 生き延びるための努力。
 私よりずっと優秀なフリアン、セレステ、レジェス。
 その三人を知っていたからこそ、私は必死に努力するしかなかった。

「ずっと一緒にいたから、君の努力は知っている」

 フリアンの真剣な目が私をとらえ、そして大事なことを告げようとしていることに気づく。

「ルナリア。君がレジェスを好きだとわかってる。でも、僕は自分の気持ちを伝えておきたい。ここで言わなかったら、二度と伝えられずに後悔するから」
「フリアン様……」
「僕と結婚して、この国に残ってほしい」

 レジェスも大切なだけど、フリアンも私にとって大切な人だった。
 幼い頃から、私を守り助けてくれた。

「困らせるだけだとわかってる……」

 フリアンは私の気持ちに気づき、どうしたいか知っている。
 傷つけてしまうとわかっていても、私のレジェスは一人だけ。
 いずれ、レジェスの助けになりたいという私の気持ちは変わってない。
 
『私は女王になれません』

 私の気持ちは、すでにお父様とシモン、フリアンに告げてある。
 お父様もシモンもそれでいいと言ってくれた。
 
「フリアン様。レジェス様の婚約者に私以外の人が選ばれたとしても、レジェス様がアギラカリサ王になるための支えになりたいと思ってます」

 それがこの世界の平和に繋がる。
 レジェス様以外の王子に、アギラカリサ王を名乗らせてはいけない。
 小説『二番目の姫』は変えられる部分と変えられない部分がある。 
 このままだと、レジェスとセレステが婚約者同士になるだろう。
 光の巫女を妻にするメリットは大きい。
 きっとアギラカリサの国王は、私でなくセレステを婚約者にするようレジェスに命じるはずだ。
 それでも――

「私はレジェス様のそばにいたい気持ちは、十二歳の頃から変わらないんです」

 泣き出しそうになっている私に、フリアンも泣きそうな顔で笑った。

「わかってるよ」
「フリアン、ごめんなさい」

 優しくて穏やかなフリアン。
 私が泣かないように、フリアンは私の頭をなでた。
 昔と同じだったけど、今は胸が痛くて切ない。
 私は十六歳で、フリアンは二十三歳。
 今まで一緒だった私とフリアン。
 私たちの別れの日が近い――そんな予感がした。
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