身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍

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第2章

20 終わる幸せ①

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 ――幸せに終わりがあるのだと知った十五歳の冬。

 私の両親が亡くなった。
 一人になった私は、これからどうなるんだろうと思っていたら、お葬式が終わる頃にはすべて決まっていた。

『心配しなくていいよ』

 叔父さんは不安げな顔をしていた私にそう言ってくれた。
 でも、フランスにいた叔父夫妻は滅多に会わない親戚で、なかなか馴染めず、店にいることが多かった。
 小さい頃から出入りしていた店内は、私にとって安心できる場所だ。
 それに叔父さんの料理は懐かしい味がして、死んだおじいちゃんとお父さんの面影がそこにはあった。

「夕愛ちゃん、おかえりなさい。おやつにパンプティングあるわよ。試作品なんだけど、後から感想を聞かせてね」
「はい。ありがとうございます」
 
 おばさんが出してくれたのは新作のフルーツ入りパンプティング。
 薄いリンゴをカットして、パンの間に挟まっている。
 シナモンと柔らかく金色になったリンゴ甘い香り、それから雪みたいな粉砂糖がかかっていて、とても美味しそうだった。
 叔父さんは店が休みの日は試作品を作っていることが多い。

 ――おじいちゃんもお父さんもそうだった。

 やっぱり似ている。
 パンプティングを食べながら、新しいテイクアウト用の箱を出し、店の名前が入った銀色のシールをカウンターで整理していると、事務所から大きな声が聞こえてきた。

「誕生日にお友達を招待しちゃ駄目ってどうして? 今さら駄目なんて言えないわ!」
「駄目なんて言ってないでしょう? ケーキとお茶だけにしましょうと言ったのよ。夕愛ゆあちゃんはご両親を亡くしたばかりなんだから、お祝いごとは控えて、なるべく静かに過ごしましょ」
「学校の友達にパパの手料理が食べられるわよって自慢しちゃったんだからっ! 転校したばかりだし……パパの料理で……もてなしたかったんだもん……」

 光華はフランスの日本人学校にいて、友達と別れて日本に帰国した。
 明るい光華は日本で友達がすぐできたみたいだけど、誕生日パーティーは特別で、毎年盛大にお祝いをしているようだ。
 だから、新しい友達を招待するのを楽しみにしていた。
 光華が招待用のカードを選んでいたのを知っている。
 
 ――今日は光華の誕生日だったのね。
 
 私はいない両親を探してばかりで、周囲が見えてなかったことに気づいた。
 光華の泣き顔が見えた。

「ケーキとお茶だけなんて……そんな寂しい誕生日、初めてなんだから……」
「友達か」

 叔父さんは定休日じゃないのに、今日は店を臨時休業にしていたから迷っていたと思う。
 叔父さんたちが娘の誕生日をお祝いしたいのは当たり前だ。

「あの……。私は気にしませんから、誕生日のお祝いをしてあげてください」
「パーティーをしてもいいの?」

 私がうなずくと、光華が涙をぬぐって微笑んだ。

「早く! 友達がきちゃう!」
「わかった、わかったから。もう! 夕愛ちゃん、ごめんなさいね」
「店のことばかりで、光華の転校まで気が回ってなかったな……」

 光華は同じ年齢の十五歳で、帰国子女ということもあって、高校は都久山つくやまの子が通う私立の付属高校へ通うことになった。
 
 ――光華は生活が変わって大変だったのに、ずっと文句を言わなかったわ。

 叔父さんは定休日じゃないのに店を臨時休業にして、いたから迷っていたと思う。
 本心では娘の誕生日を盛大に祝いたかったはずだ。

「大変! そういえば、有近ありちか様に焼き菓子の配達があるんだったわ!」
「私が行きます。おばさんは光華のパーティーの用意をしてください」
「そんなわけにはいかないわ」
都久山つくやまの配達は慣れてますから」

 用意されていた焼き菓子を箱に入れ、包装紙に包み、汚れないよう雨避けのナイロンカバーをつける。

「……すごいわね。ちゃんとしていて、私より夕愛ちゃんのほうが上手だわ」

 おばさんは私に任せることに決めたらしく、急いで店のイートインスペースへ走っていった。
 光華の友達が到着する前に飾り付けを終わらせなくてはいけない。
 叔父さんとおばさんが忙しそうにしているのを見て、邪魔にならないよう店から出た。
 お祝い事に私はいないほうがいい。

 ――両親が死んでから、私は笑えなくなった。
 
 手で自分の顔をなでた。 
 私の楽しいとか嬉しいとか、そんな明るい気持ちは両親が全部持っていってしまった。
 いつも胸の中に鉛のようなずっしりした重くて苦しいものがある。
 マフラーを首に巻き、店の外に出ると、雪がちらちらと降っていた。
 もうすぐクリスマス。

『夕愛。今年のクリスマスはどんなケーキがいい?』
『今年もチョコレートでしょ。夕愛は甘い物が好きだから』
 
 まだ両親の声は記憶に残っていて、そんな声が聞こえてきそうだった。

「お父さん……お母さん……」

 マフラーで顔を隠して、泣き顔を誰にも見られないよう都久山の長い坂を上る。
 坂の途中には公園があり、春になると桜の花が咲いてお花見ができる。
 今は桜の花も葉もなく、寂しい公園となっていて、展望台のてすりやベンチが雪で濡れていた。
 展望台から雪に沈む町を眺める。

 ――灰色。

 特別なものは見えなかった。
 ぼうっと町を眺めていると、後ろから声がした。

「似てるな」

 声がしたほうを振り返ると、上等な黒いコートを着た男の人が立っていた。
 
「時間があの頃に巻き戻ったのかと思った」

 パッと見た感じは華やかなのに、どこか陰のある男の人だった。
 お父さんと同じくらいの年齢だけど、真逆だと思った。
 この人が都久山の住人だということは、公園のそばにとまっている黒塗りの高級車でわかった。

「あなたは誰ですか?」
「誰? そうか。俺が誰か知らないのか」

 自分を私が知らなかったことが不満だったのか、とても不機嫌そうな顔をして、展望台から見える町を眺める。
 横顔はどこか寂しげで苦しそうに見えた。

「あの……。もしかして、有名な方……? 私が知らないとまずい相手でしたか?」
「いや、別に」
「えっ!?」
 
 ――なんだか調子が狂う。
 
 見えない壁を叩いているみたいだ。
 この人の世界は一人でできている。
 今の私より孤独な人がいた。
 
「あいつは幸せになって、俺だけがずっと寂しいままだ」

 ここに誰かと来たことがあるのか、濡れた手すりに手を置いて、泣き笑いみたいな顔をした。
 大人のくせに子供みたいだった。
 もしかしたら、今、この人は昔に戻っているのかもしれない。
 大切な人と来たことがある公園で――
 
「俺と来る? 贅沢な暮らしをさせて、可愛く着飾って、そばに置いてあげるけど、どう?」

 穏やかな口調で笑顔なのに、私はこの人が怖いと思った。

「あなたは誘拐犯ですか?」

 足元から寒さが這い上がってくるような気がしたのは、雪が降っているだけではない。
 怖くて逃げたいと思ったけど、足がすくんで逃げられなかった。

「……ぜんぜん教えないんだからなぁ。せめて俺の名前くらい教えてから――」

 その先の言葉を口にしなかった。
 辛そうな顔をしたから、言葉を口にしたくてもできなかったのかもしれない。
 ぴたりと止まった会話に、どうしようと思っていると、雪を踏む音がして、私とその人は同時に振り返った。

海宏みひろさん。彼女になにか用ですか?」

 青い空が灰色の雲の隙間から顔を覗かせた。
 日差しとともに現れたのは、都久山に住む人なら知らない人はいない有名な人。
 都久山の王子様。
 そして、私の憧れの人――有近ありちか玲我れいがさんだった。

「珍しいですね。鷹沢の当主が女子中学生とおしゃべりですか?」

 そして、私のすぐ隣にいるのが、鷹沢たかざわ家の当主。
 鷹沢海宏さんだと知った。
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