身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍

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第2章

21 終わる幸せ➁

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 黒塗りの車の後ろに、また同じような黒塗りの車がとまっている。
 玲我れいがさんは大学の授業が終わった後なのか、家へ帰る途中だったようだ。
 よく知った玲我さんの姿を見て、ホッとした。
 玲我さんはお父さんたちが生きている頃から、お店によく来ていた常連さんで、私にも親切でよく話しかけてくれる。

「ごめん。待たせたね」
 
 私と玲我さんは待ち合わせしていない。
 でも、玲我さんが私に手を差し伸べていているのを見て、これは話を合わせるべきだと気づいた。
 玲我さんのところまで走って、その手を取った。
 私の手が冷たかったからか、玲我さんは自分のコートから手袋出して、私の手にはめた。

「まるで恋人だな」
「付き合ってますけど?」
「……っ!?」

 玲我さんの嘘は私を驚かせた。
 誰でも驚くと思う。
 相手は都久山つくやまの頂きに住んでいて、何代も続くお金持ち。
 色素の薄い茶色の瞳と髪と整った顔立ちは、周りを魅了して『王子様』と呼ばれている。
 どこか冷たい印象があるけど、優しい玲我さん。
 そんな人に嘘でも『付き合ってます』って言われて動揺しない女性はいない。

「賢そうに見えたが、そうでもないようだ。有近家の一人息子が好きに相手を選べると思ってるのか?」
 
 海宏みひろさんは玲我さんを冷ややかな目で見た。
 その目が怖くて、思わず玲我さんのコートをつかんでしまった。
 コートをつかんだ私の手に玲我さんが優しく触れ、少しだけ微笑んだ。
 普通の人なら動じるはずの相手に玲我さんは動じない。

「結婚相手は自分で選ぶ。そう決めてます」

 玲我さんは敬語なのに、その態度は挑発的。
 挑発に乗るのか、海宏さんは笑って言った。

「若いな」
「まあ、あなたよりは若いですね」

 笑顔で応酬し合う二人が怖い。

 ――これが有近家と鷹沢家。

 玲我さんは負けてなかった。

「年寄りから忠告しておこう。お互いが傷つく前に離れたほうがいい」
「傷つくだけの関係ならそうしますが、離れて傷を深くするだけなら、離れる意味がありますか?」

 一瞬、海宏さんの表情が強張った気がした。
 飄々としていて、なにを考えているかわからなかった海宏さんだったけど、隙を見せたことに驚いた。
 玲我さんも海宏さんの反応が予想外だったのか、驚いた顔でその表情を見つめていた。

「なにも知らない人間に、なにもかも知ったような顔で話されるのは面白くない」
「知られたくないことでもあるんですか?」
「大人になるとしがらみが多くてね。俺も君くらいの時は自由だった」

 玲我さんに向けたのは憐れみの目だった。

「いずれ、君も現実を知る。どんなに愛していても無駄だとわかる……っと、しゃべり過ぎた。迎えが来たなら、俺は不要だな」

 展望台の手すりから手を離し、眼下の町を背にして公園の外へ向かう。
 その先には黒塗りの高級車が二台とまっていて、運転手さんが車に近づいた海宏さんに気づき、外へ出てドアを開けて待っている。
 車に乗るのかと思ったら、なにか思い出したかのように立ち止まり、振り返った。
 
「なにか困ったことがあれば、いつでも鷹沢にくるといい。君は特別だから、助けてあげるよ」

 ――私を知ってるはずなのに、私の名前を呼ばない。

 向けられた笑顔は、私じゃない誰かに向けられたものだ。
 玲我さんのコートから手を離さずに首を横に振って拒絶すると、海宏さんは傷ついたような顔をした。

「嫌われてしまったな。まあ、有近の一人息子と付き合っているなら、傷つくのは時間の問題だ。その時、うちへ来るといい」
「鷹沢家には行かせません」

 にらみ合う玲我さんと海宏さんは怖かった。
 鷹沢家の運転手さんが海宏さんになにか耳打ちする。

「……わかった。家へ戻る」

 返事をした海宏さんは、私たちを見ることはなく、さっきまでとは違う年相応の表情をしていた。
 車のドアが閉まる音に、これほどホッとしたことはない。
 海宏さんを乗せた車は坂の上を目指して去っていった。
 息を吐くと白い息が出て、寒さに気づいた。

「やっかいな相手に絡まれたね」
「玲我さん。ありがとうございます……」

 ――とても怖かった。

 最後まで言わなくてもわかるのか、玲我さんはぽんっと私の頭に手を置いた。
 そして、コートのポケットから、まだ温かい缶のミルクココアを取り出す。

「これ。帰ろうと坂道をのぼりかけたら、夕愛ちゃんの背中が見えたから」

 都久山には自動販売機がない。
 景観を害するという理由から置くことが禁止されていた。
 豆粒みたいな私の背中を見て、坂の下の自販機で買ってくれたのだと思う。

「ありがとうございます」
「うちの配達だろう? 焼き菓子の袋をもらうよ」
「いいんですか?」
「どうせ家まで帰るし、問題ない」

 にっこり頬笑んだ玲我さんは王子様みたいだった。

「ここにずっといたら風邪をひく。俺と行こう」
「はい」

 公園の外に待たせてあった車のドアの前に、運転手さんが待っていた。
 私と玲我さんが戻って来ると、車のドアを開ける。

「家まで送るから乗って」
「でも」
「話したいことがあるんだ」

 ――話したいこと?

 わからなかったけど、大事なことなのかもしれないと思って、車に乗った。
 運転手さんは黙って車をUターンさせて、坂の下に向けて車を走らせる。

「夕愛ちゃん。海宏さんに付き合ってるって言ったけど……」
「あ、あれは……嘘でもびっくりしました」
「俺と付き合ってほしい」

 ――今のは聞き間違い?

 運転手さんは動揺したのか、軽くブレーキを踏み、玲我さんがもの言いたげな視線をバックミラーに向けた。

「申し訳ございません……」

 玲我さんは運転手さんの謝罪には答えず、私に言った。

「昔から君だけが好きだった。返事を聞かせてもらえる?」

 美しく整った顔がそばまで迫ってきている。
 しかも、相手は大学生で私は平凡な女子中学生だった。
 服装もダッフルコートに中学校のセーラー服姿で、玲我さんの周りにいる綺麗な女の人たちと大違い。
 有近家のホームパーティーの料理を届けた時、目にしたのは綺麗な服を着て、優雅に話をするドラマみたいな光景。

「どうして私を……」
「俺のこと嫌い?」
「玲我さんを嫌いな人なんていません。憧れてる人もすごく多いです」
「夕愛ちゃんが俺をどう思ってるかだよ」

 こんなことが起きるとは思ってなかったから、どうしていいかわからず、正直に自分の気持ちを口にした。

「私が玲我さんを好きになるなんて図々しいと思ってました。だから、玲我さんのことは……その……憧れというか……」
「じゃあ、今すぐじゃなくて、夕愛が俺を好きになったら付き合うっていうのはどう?」

 玲我さんは私に考える時間を与えてくれた。
 それでようやく気持ちが落ち着いた。

「はい……」

 すぐに恋人なんて無理だと思ったから、玲我さんがそう言ってくれてホッとした。

「着きましたよ」

 運転手さんはデリカテッセン『オグラ』の前に車を止め、玲我さんに物言いたげな目を向けていた。

。また会いに行くよ」

 色々考えないと駄目なのに、頭の中から難しいことは全部消えた。
 車から降りても、窓の向こうから玲我さんがこちらを見ているのがわかる。

 ――私のことを気にかけてくれる人がいる。

 再び、坂を上っていく車を目で追った。 
 この先、楽しいことなんて、なにひとつないと思っていた私。

 ――付き合おうって言ってくれたのは同情かもしれない。優しい人だから。

 雪がやんだ後の水溜まりに青い空が映る。
 返しそびれた黒の手袋に気づき、今度お礼をしようと決めた。
 未来のことを考えられなかったのに、今は玲我さんのことを考えている。

「あっ! 夕愛が帰ってきた!」

 夢心地な私を現実に引き戻したのは、光華みつかの声だった。

「ああ。よかった! 遅かったから心配したのよ」

 おばさんはコートも着ないで、寒い店の外までやってきて、私の姿を見て胸をなでおろす。
 
「夕愛、早く!」

 光華が私の手を引いて、店の中に入る。
 暖かい店の空気が頬に触れて、甘いケーキの香りがした。
 光華の友達は、私の知らない子たちだったけど、礼儀正しくお辞儀する。

「これ、夕愛のぶんのケーキ。一番大きいのとっておいたの」

 椅子を用意して、私を座らせる。
 主役なのに光華は友達にも明るく、私を紹介して、ジュースを配ったり、お土産のお菓子を配ってもてなす。

「ほら、夕愛もごちそう食べて!」
「うん」

 ケーキは光華が好きなイチゴのショートケーキだった。
 日本に来てから好きになったケーキで、誕生日にはイチゴのショートケーキを食べたいと叔父さんに言っていた。

「パパのケーキ、美味しいでしょ」
「うん」
「夕愛の時も盛大に誕生日をお祝いするんだから、今から食べたいものを考えておくといいわよ」
「私の誕生日もお祝いするの?」

 光華は『なに言ってるの?』という顔で私を見る。 

「当たり前よ。だって、夕愛は家族でしょ!」
 
 おじさんが私の前に紅茶を置く。

「チョコレートケーキだろう? 兄さんが言っていたから覚えてるよ」
「夕愛ちゃんの時も可愛く飾ってお祝いしましょうね」

 家族だと光華から言われて、ようやく私は叔父家族の輪の中に入れた気がした。
 チョコレートが好きと聞いたからか、光華はチョコレートプレートを私の皿にのせる。
 得意顔の光華と目が合って、私たちは笑った。

 ――両親が死んでから、初めて笑えた。

「ケーキも料理も美味しいです。ぜんぶ、美味しくて……」

 私を置いていった両親を思い出しますと言えずに、ケーキを頬張った。
 涙があふれてきて、おばさんが優しく背中をさすり、ティッシュを持ってきてくれる。
 終わる幸せもあるけれど、始まる幸せもある――それを最初に教えてくれたのは、玲我さんだった。
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