身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍

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第2章

22 憧れ① ※玲我

玲我れいがさん。あんな約束をしてよろしかったのですか?」

 夕愛ゆあが車を降りた後、運転手がバックミラーからこちらを覗き見て、心配そうに尋ねた。

「なにが?」
「いえ、その……」
「両親には言わなくていい」
「そ、そうですよね! いやぁ、本気で言ったのかと思っていました」

 運転手は笑ってハンドルを動かす。
 
 ――俺が夕愛に同情して言ったと思ったのか。

 俺は十九歳で大学生。
 向こうは十五歳の中学生だ。
 運転手は二人いて、昔から有近家で働いている運転手なら違った感想を述べただろう。
 俺と夕愛の出会いは、俺が小学生の頃まで遡る。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 小学生の頃、惣菜店だった小椋おぐらが、デリカテッセン『オグラ』に名前を変え、店構えもパリにある店のようなおしゃれなものになり、メニューも一新された。

「小椋さんの店はこれから流行りますよ。都久山の奥様たちは、手軽で美味しくおしゃれな食べ物を好みますからね」
 
 塾の送迎を担当する運転手が、デリカテッセン『オグラ』の前に車を止め、クリスマス仕様の店を見て言った。
 玄関横にはツリー、ドアにはライト付きのリースが飾られている。

「店を改装したのは長男ですが、次男の息子さんもフランスで修業してるそうですよ」
「へぇ……」

 小椋には息子が二人いて、兄弟で料理人になったらしい。
 フランスで修業したという上の息子は、サンドイッチやクロックムッシュ、タルト、エクレアなどを日替わりで揃え、飽きがこないようにし、店内で軽い食事ができるよう古かった店を改装した。
 もちろん、昔ながらの客層のために卵焼き、ポテトサラダとからあげも置いてある。
 うまく和食と洋食のコーナーをわけてあり、イートインできるようになったのも好評だった。
 ただ店のイメージが、まだ昔の惣菜店から抜け出せていないらしく、客足は安定してないようだ。

「玲我さん。なにを買われるんですか?」
「クリスマスに買うものは決まってるだろ」

 毎年、有近家ではクリスマスにいつも世話になっている運転手、家政婦たちに感謝の気持ちを込め、ちょっとしたプレゼントを贈る。
 これは昔、有近家で働く奉公人が藪入やぶいりの際に、手土産を持たせたところから始まっているらしい。
 すでに手頃な小物を買ってあるが、クリスマスらしくない気がして、追加でなにか欲しいと思っていた。
 両親よりも俺の身近にいるからこそ、こういう時は頭を悩ませる。

「今年から、俺もみんなに贈る」
「なんと! 玲我さんから……! 小学生だというのに、我々にそんな気遣いを!」

 運転手は感激のあまり、ハンカチで目尻をぬぐった。

 ――ほらな。両親は子供扱いしないのに、俺を子供扱いする。

「クッキーの一枚でも嬉しくいただきます」
「やめろ。子供扱いするな」
「え……子供では……? いえっ! 玲我さんは玲我さんです」

 俺ににらまれた運転手が慌てて訂正する。

 ――生意気で子供らしくない子供。

 大人は大抵、俺をそう思っている。
 物心ついた頃から、父さんと母さんに大人たちが集まる場所へ連れていかれ、『有近家の一人息子』として振舞うよう求められた。
 望み通り振舞えるからこそ、俺もそうであろうとした。

 ――可愛い子供って、どんな子供を言うんだろうな。

 車から降りると、雪が降っていて、運転手が傘をさす。
 デリカテッセン『オグラ』は大きなガラスで囲まれ、店内が見えるようになっている。
 雪のせいか客はおらず、店員も奥に引っ込んでいるのか誰もいないようだ。
 自動ドアが開き、店に一歩足を進めると暖かい空気が頬に触れた。

「いらっしゃいましぇ」
「うん?」
 
 いないと思った店員だが、カウンターに一人だけいた。
 
 ――いや、店員じゃないよな?

 カウンターに届かないくせに、背伸びをして、一生懸命注文を聞こうとしている子供がいた。
 運転手は困惑し、俺もどうしていいかわからない。
 戸惑う俺に気づいた運転手が、子供に尋ねた。

「お嬢さん、大人の人はいるかな?」
「ごちゅうもん、おききします!」

 目をキラキラさせていて、ものすごく得意顔をしているけど、計算できるとは思えない。
 試しにクリスマス用のキャンディが入った袋を二つ運転手に渡す。
 運転手は俺から受け取った焼き菓子を子供に見せた。

「かしこまりました」

 それを背伸びして受けとると、得意顔で言った。

「さんびゃくさんじゅうえんです!」
「当たってる!?」

 俺が驚くと子供はせっせと紙の袋に入れて、『オグラ』と書かれた金色のシールを取り出す。

「うんしょ」

 シールをはって、カウンターから出てくると俺に渡してお辞儀する。

「ありがとうございました!」
「あ、ああ……」

 にこっと笑った顔は可愛くて、妹がいたらこんな感じなのかなと思った。
 可愛い子供とは、きっとこういう子供を言うんだろう。

 ――俺と大違いだ。表面上では俺を賢いと褒めても、腹の中では生意気で気にくわないと思ってる。

「ゆあ、すき」
「えっ……? 好き!?」
「おかし、すき」
「……わかってる」

 なんでドキドキしたのかわからないけど、運転手が俺をにやにやしながら見ているのが気に入らなかった。

「帰るぞ」
「また、どーぞ」

 ぺこっとお辞儀をして、俺を最後まで見送る。
 俺と運転手が店を出ようとした時、奥から両親が出てきて慌てていた。

「こっ、こら、だめだろ!? お客さんがきたら呼ぶように言ったじゃないか」
 
 料理を作っていたのか、父親が持っている皿には、からあげが山盛りになっていた。
 母親はちょっとそそっかしい性格なのか顔に生クリームがついている。
 
「ごめんなさいね。私がそこらじゅうに生クリームを飛ばしちゃったから、店に出られなくて……」
「だいじょーぶ、ゆあ、がんばったから」
「ゆあは偉いなぁ!」
「天才かしら!?」

 二人は子供を挟んで笑い合い、とても幸せそうに見えた。

 ――俺の父さんはクリスマスにいないだろうな。

 愛人のところへ行っていないと思う。
 その代わり、父さんは正月だけはずっと家で過ごす。
 仕事関係者や親戚が挨拶にくるというのもあって、正月だけは家族らしい姿だ。
 自分がどうして子供らしく育たなかったのか、なんとなくわかった気がした。

「玲我さん?」
「……寒い」
「そうですね。雪が降ってますから、寒さがいつもより厳しく感じますね」

 この時、俺は初めて『寂しい』という気持ちを知った。
 今まで、このモヤモヤした気持ちの言葉を知らなかった。
 周りには親がいなくても、常に大人がいたからだ。

 ――そうか。俺はあの子みたいに両親から愛されたかったのか。

 複雑な気持ちを抱え、車へ乗ろうとした瞬間。

「まった!」

 店から出てきたのは、デリカテッセン『オグラ』の店主と妻、さっきの女の子「ゆあ」だった。

「メリークリスマス!」

 店主は明るい笑顔で、俺にサンタのクッキーをくれた。
 これでもかというくらいクリスマスを強調した大きなサンタ顔。
 手の平くらいあるクッキーだった。

「あとね、これ、ゆあから。すごく、おいしいの!」

 ゆあは俺の手に星のかたちをしたチョコをひとつのせた。
 自分が望んだ光景が向こうからやってきた。

「ありがとう……ございます」

 優しそうな母親が微笑んだ。

「クリスマスだから、お客様にはプレゼントを配っているの。二十四日と二十五日限定なのよ」
「ゆあもプレゼントもらった。これ!」

 ずいっと俺の前に絵本を見せた。

「王子様、かっこいいの!」

 表紙には城と王子様の絵が書いてある。

「王子様、やさしくてぇ、かっこいい!」
「そうかぁ。パパよりも?」
「王子様はお姫様が一番だもん。パパはママが一番でしょ? だからねぇ、ゆあはゆあの王子様がいいの」
「そんな!? 今から嫁にいく話!?」

 ショックを受けながら、絵本を見つめる店主に、妻が優しい顔で笑う。
 
 ――あったかいな。

 クッキーを手にして、車に乗ると運転手が振り返った。

「プレゼントもらえてよかったですね」
「ああ」

 窓の外では、寒いのに親子三人が『ありがとうございました』と言って、手を振っている。
 軽く会釈すると、運転手が車を出す。

「王子様か」
「玲我さんも王子様の素質がありますよ」

『ない』と答えるつもりが、星の形をしたチョコレートを眺めていたら、否定するタイミングを逃した。

「可愛い女の子でしたよね」

 玲我さんの初恋ですねと、運転手は笑っていた。
 今年のクリスマスは、いつものクリスマスより特別なクリスマスだった。
 まだ幸せな気持ちが残っている。
 幸せな光景が目に焼き付いて、ずっと忘れられず、夕愛たち家族は俺の憧れとなった――
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 俺は夕愛に特別な感情を持っている。
 恋愛感情以上のものだ。
 それを知っているのは、その運転手しかいない。
 若い運転手はさっきの出来事を忘れてしまったかのように、話題にも出さなかった。
 さっきまでいた都久山の公園を通り過ぎ、夕愛の怯えた顔が思い浮かんだ。
 両親を亡くしてから、笑顔が消えてしまった。
 いったい海宏みひろさんは夕愛になにを話したのか?
 今まで接点がない二人だ。
 デリカテッセン『オグラ』は都久山に配達をしているが、なぜか鷹沢家の配達だけ昔からいる料理人と決まっていた。
 その理由がわからず、前から気になっていたというのもある。
 都久山で決められたきまりは、どんなつまらないきまりであっても、必ず理由があって決められている。
 それを探るのは無粋とされているが、そこにも理由が存在する。

 ――探ってもいいことがないからだ。

 秘密は秘密のままで、探らない方がいいとわかっているが、夕愛が関わっていると思ったら、どうしても気になる。

『いずれ、君も現実を知る。都久山に住み、有近家の一人息子でいる限り、どんなに愛していても無駄だとわかる』

 夕愛と付き合っていると言った時、海宏さんは『君も』と言った。
 過去の経験、もしくは例えとして言ったのかとも考えられるが――どちらだ?

「……さん。玲我さん、着きましたよ」

 気づくと運転手がドアを開けて、俺が降りるのを待っていた。

「考え事ですか?」
「ああ」

 車から降りて、有近家の玄関へ向かう。
 今日は父さんが家に帰る日だから、夕食を一緒に食べようと母さんが言った。
 父さんは愛人宅で過ごし、気が向けば家へ戻る。
 別宅はいくつもあり、どこに父さんがいるか俺も知らない。
 母さんは黙認していて責めないのは、結婚してからこれが当たり前の生活になっているからだ。

「ただいま」

 ドアを開けると、父さんと母さんが揃っていた。
 正月に親族が集まるため、その段取りを母さんが父さんに説明している。

「一日目は絹山きぬやまの外商さんに頼んで、料亭のおせちを予約していただいたの。二日目はオグラさんのお料理でいいかしら?」
「例年通りだな」
「かわりばえしないけど、これが一番評判がいいのよ」

 新年の挨拶にやってくる仕事関係者と親族をもてなすのは母さんにとって一大イベントだ。
 毎年、同じことをやるのだが、たいてい大騒ぎになる。

「手土産はフランス菓子で……あら。玲我、おかえりなさい」
「帰ってきたのか」

 大学の近くにマンションがあり、そこで一人暮らしをしている。
 父さんもそうだったらしく、家を出たいと言っても反対されなかった。
 ただし、『有近家の跡取りとしての自分を忘れない範疇で、自由を楽しむんだぞ』としっかり釘を刺してきた。
 それを守れなかったら、父さんはどんな手段を使っても、俺を都久山へ連れ戻すだろう。
 穏やかで落ち着いている父さんは表面上だけのもので、中身はどこまでも『有近』で貪欲な腹黒だ。
 逆らえば、息子であっても許さない。

「母さんに呼ばれた。これ、『オグラ』の焼き菓子。配達途中でもらってきた」
「ちょうどよかったわ。あなた、『オグラ』の焼き菓子が好きでしょう? お茶を入れてもらうわね」

 母さんは焼き菓子が入った箱を家政婦に渡す。
 正月の打ち合わせをするために、家へ帰ってきた父さんをもてなすために頼んであった焼き菓子らしい。
 父さんにとって、『オグラ』は慣れ親しんだ懐かしい味だ。
 二人が正月の打ち合わせをしているのを横目に、居間のソファーに座った。
 洋間のテーブルほうで二人はああでもないこうでもないと話している。
 父さんが持ってきたのか、ソファーの上に経済系の雑誌が置いてあった。

 ――鷹沢家の特集か。

『都久山の優雅なご家族』
『代々続く大企業 次代を担うは一人息子の鷹沢海寿さん』

 海寿みことが笑顔で映っている。
 あいつは笑顔が
 腹の中では別のことを考えていたとしても、海宏さんと同じで、笑っていられるのだ。
 性悪で抜け目のない鷹沢家の性質をしっかり受け継いでいる。
 間違いなく、海寿と海宏さんは親子だ。

 ――海宏さんが夕愛に興味を持った理由がわからないな。

「父さん」
「なんだ?」
「鷹沢の海宏さんだけど、娘がいるって話は聞いたことがある?」

 昔から海宏さんを知る父さんが、いったいどんな顔をするのか知りたかった。

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