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第2章
23 憧れ➁ ※玲我
「お前と同じ年齢の息子が一人いるだけだぞ」
返ってきた答えは、俺が知ってる事実と同じで『なにをいってるんだ?』という顔をされた。
父さんと海宏さんは同じ年齢で、生まれた時からお互い知っている。
不仲であっても幼馴染みであることには変わらない。
しかも、家の前だ。
異変があればすぐにわかる。
父さんの反応を見る限り、夕愛が海宏さんの娘という線はなさそうだ。
――さすがに違うか?
俺と夕愛の年の差は四つ。
小椋夫妻が結婚したのも、夕愛が生まれたのも、しっかり覚えている。
夕愛が生まれる前、俺の母親が結婚祝いの花を持って、デリカテッセン『オグラ』に立ち寄っていた。
それは間違いないのだが、直感的になにかあると思ったのは、俺の考えすぎだったのか、それとも――雑誌に目を落とすと、微笑む海宏さんがいた。
俺にはこの微笑みが作られたものだとわかる。
素の海宏さんの暗く虚無的な目を見たばかりだったせいもある。
夕愛には素の自分で話していたのはなぜだ?
有近と鷹沢は不仲だが似ている――いわゆる同族嫌悪。
腹黒で計算高く強欲な人間が、なんの関わりのなかった人間に声をかけるか?
絶対になにか理由があるはずだ。
頭の中で海宏さんとの会話をひとつひとつ思い出す。
その中で、気になった言葉を拾う。
『俺も君くらいの時は自由だった』
――なにかあったとするなら、俺くらいの年齢の時期?
「父さん。海宏さんが大学の頃、付き合っていた女性はいた?」
「知らん。あいつは大学から都久山を出ていたからな」
「あなたもでしょ」
「そうだ。跡取りが世間知らずでは役に立たんという理由から、家から放り出される」
住まいも金も与えられて、世間知らずはないだろうと思ったが、一人暮らしをするメリットは大きい。
自由で自立した生活を送るのは、都久山では経験できないことだ。
その間に子供ができた可能性を考えてみたが、夕愛は生まれてなかった。
夕愛が生まれたのは十五年前で、父さんたちが大学生だったのは二十年も前だ。
「違うか」
ホッと息を吐いた自分に気づいた。
両親を失い、笑顔が消えた夕愛。
そんな夕愛をさらに傷つけるような事実はいらない。
「なんだ? なにかあるのか?」
「別に。今日、たまたま海宏さんと出会って、俺が若いって話をしたから気になっただけ」
「珍しいな。あいつと会話したのか」
父さんは隠しているのか、それとも本当に知らないのか、表情からなにも読み取れなかった。
「あらまあ、玲我さん。若いと言っても、私たちは大学を卒業してすぐに結婚したのよ。ねえ、あなた?」
「そうだな。お前も大学生だ。卒業後、どうするか考えておくんだぞ」
「親戚の妃莉さんなんてどうかしら? 年齢もぴったりだし。妃莉さんが大学を卒業するまでは婚約という形でもいいのよ?」
「またその話? 妃莉は母さんが気に入ってるだけで、俺のタイプじゃない」
まさか結婚話を持ち出されるとは思わなかった。
しかも、母さんのほうは俺の結婚相手まで考えているようだ。
「大学卒業後に結婚は早すぎる。ある程度、社会人として働いてからならわかるけどね」
「確かにそうだ。お前が優秀で助かった。期待しているぞ」
父さんは俺が会社を継ぐ気があると知って、安心したようだった。
「玲我は有近の一人息子として、しっかりとした自覚がある。大丈夫だろう」
「そうですけど……」
妃莉を俺の妻にしたい母さんは残念そうな顔をした。
有近家の一人息子の相手となると、周囲はそれなりの相手を望むだろう。
俺は一人息子で、この家を捨てられないのなら、夕愛を妻にする方法を考えなくてはならない。
このままだと、夕愛との結婚は認められないし、両親はすぐに別れろと言うに決まっている。
――海宏さんが言ったことは正しい。俺は自分の結婚相手を好きに選べない。
俺の恋は叶わない?
そう思った自分がおかしくて、ふっと笑った。
俺は『有近』だ。
貪欲な都久山の人間の頂きに君臨する有近家。
欲しいものを手に入れてきた血が、多少の困難で簡単に諦めるわけない。
海宏さんがどうだったか知らないが、結婚相手を選べないからという理由で、潔く諦めるという選択肢は俺にはなかった。
徹底的に夕愛と鷹沢の関係を調べることに決めた。
そこで見つかった秘密が俺の切り札になるだろう。
そんな簡単に諦められるか――特に夕愛の両親が亡くなった今は。
「あなた、夕食はどうしますの?」
正月の打ち合わせも終盤というところで、母さんが父さんに尋ねた。
母さんが父さんの顔をうかがい、一瞬だけ緊張が走る。
「いや、今日は約束がある」
「わかりました」
あっさり母さんは引き下がった。
愛人宅へ行くことを選んだ父さんに対して、母さんが感情的になったところを見たことがない。
政略結婚だった二人は、お互い結婚当初からプライベートに深入りしない関係だったという。
ただし、母さんは父さんにひとつだけ約束させた。
『隠し事はしない。外で子供は作らない。有近家の集まりには必ず出席』
――という内容だとか。
だから、母さんは父さんの別宅と愛人を全員知っていて、別宅の合鍵まで持っている。
父さんをスキャンダルで失墜させられるのは母さんだけだ。
首に刃物をあてられた状態で、父さんもよく愛人を作る気になるものだ。
「あなた、今度はいつ戻りますの?」
「なんだ? なにかあるのか?」
「いいえ。でも、お正月の挨拶の時はいてくださいね」
「わかっている」
そんな会話が聞こえてきた。
俺は雑誌を眺めながら、聞こえないふりをして関わらない。
早く結婚しろと言っておきながら、両親は平気で冷えた夫婦関係を俺に見せる。
結婚に夢なんてないと教えて、結婚を望む両親。
――これが俺の家族。
夕愛はきっと知らない。
俺がどれだけ夕愛とその家族に憧れてきたのか――君は知らない。
返ってきた答えは、俺が知ってる事実と同じで『なにをいってるんだ?』という顔をされた。
父さんと海宏さんは同じ年齢で、生まれた時からお互い知っている。
不仲であっても幼馴染みであることには変わらない。
しかも、家の前だ。
異変があればすぐにわかる。
父さんの反応を見る限り、夕愛が海宏さんの娘という線はなさそうだ。
――さすがに違うか?
俺と夕愛の年の差は四つ。
小椋夫妻が結婚したのも、夕愛が生まれたのも、しっかり覚えている。
夕愛が生まれる前、俺の母親が結婚祝いの花を持って、デリカテッセン『オグラ』に立ち寄っていた。
それは間違いないのだが、直感的になにかあると思ったのは、俺の考えすぎだったのか、それとも――雑誌に目を落とすと、微笑む海宏さんがいた。
俺にはこの微笑みが作られたものだとわかる。
素の海宏さんの暗く虚無的な目を見たばかりだったせいもある。
夕愛には素の自分で話していたのはなぜだ?
有近と鷹沢は不仲だが似ている――いわゆる同族嫌悪。
腹黒で計算高く強欲な人間が、なんの関わりのなかった人間に声をかけるか?
絶対になにか理由があるはずだ。
頭の中で海宏さんとの会話をひとつひとつ思い出す。
その中で、気になった言葉を拾う。
『俺も君くらいの時は自由だった』
――なにかあったとするなら、俺くらいの年齢の時期?
「父さん。海宏さんが大学の頃、付き合っていた女性はいた?」
「知らん。あいつは大学から都久山を出ていたからな」
「あなたもでしょ」
「そうだ。跡取りが世間知らずでは役に立たんという理由から、家から放り出される」
住まいも金も与えられて、世間知らずはないだろうと思ったが、一人暮らしをするメリットは大きい。
自由で自立した生活を送るのは、都久山では経験できないことだ。
その間に子供ができた可能性を考えてみたが、夕愛は生まれてなかった。
夕愛が生まれたのは十五年前で、父さんたちが大学生だったのは二十年も前だ。
「違うか」
ホッと息を吐いた自分に気づいた。
両親を失い、笑顔が消えた夕愛。
そんな夕愛をさらに傷つけるような事実はいらない。
「なんだ? なにかあるのか?」
「別に。今日、たまたま海宏さんと出会って、俺が若いって話をしたから気になっただけ」
「珍しいな。あいつと会話したのか」
父さんは隠しているのか、それとも本当に知らないのか、表情からなにも読み取れなかった。
「あらまあ、玲我さん。若いと言っても、私たちは大学を卒業してすぐに結婚したのよ。ねえ、あなた?」
「そうだな。お前も大学生だ。卒業後、どうするか考えておくんだぞ」
「親戚の妃莉さんなんてどうかしら? 年齢もぴったりだし。妃莉さんが大学を卒業するまでは婚約という形でもいいのよ?」
「またその話? 妃莉は母さんが気に入ってるだけで、俺のタイプじゃない」
まさか結婚話を持ち出されるとは思わなかった。
しかも、母さんのほうは俺の結婚相手まで考えているようだ。
「大学卒業後に結婚は早すぎる。ある程度、社会人として働いてからならわかるけどね」
「確かにそうだ。お前が優秀で助かった。期待しているぞ」
父さんは俺が会社を継ぐ気があると知って、安心したようだった。
「玲我は有近の一人息子として、しっかりとした自覚がある。大丈夫だろう」
「そうですけど……」
妃莉を俺の妻にしたい母さんは残念そうな顔をした。
有近家の一人息子の相手となると、周囲はそれなりの相手を望むだろう。
俺は一人息子で、この家を捨てられないのなら、夕愛を妻にする方法を考えなくてはならない。
このままだと、夕愛との結婚は認められないし、両親はすぐに別れろと言うに決まっている。
――海宏さんが言ったことは正しい。俺は自分の結婚相手を好きに選べない。
俺の恋は叶わない?
そう思った自分がおかしくて、ふっと笑った。
俺は『有近』だ。
貪欲な都久山の人間の頂きに君臨する有近家。
欲しいものを手に入れてきた血が、多少の困難で簡単に諦めるわけない。
海宏さんがどうだったか知らないが、結婚相手を選べないからという理由で、潔く諦めるという選択肢は俺にはなかった。
徹底的に夕愛と鷹沢の関係を調べることに決めた。
そこで見つかった秘密が俺の切り札になるだろう。
そんな簡単に諦められるか――特に夕愛の両親が亡くなった今は。
「あなた、夕食はどうしますの?」
正月の打ち合わせも終盤というところで、母さんが父さんに尋ねた。
母さんが父さんの顔をうかがい、一瞬だけ緊張が走る。
「いや、今日は約束がある」
「わかりました」
あっさり母さんは引き下がった。
愛人宅へ行くことを選んだ父さんに対して、母さんが感情的になったところを見たことがない。
政略結婚だった二人は、お互い結婚当初からプライベートに深入りしない関係だったという。
ただし、母さんは父さんにひとつだけ約束させた。
『隠し事はしない。外で子供は作らない。有近家の集まりには必ず出席』
――という内容だとか。
だから、母さんは父さんの別宅と愛人を全員知っていて、別宅の合鍵まで持っている。
父さんをスキャンダルで失墜させられるのは母さんだけだ。
首に刃物をあてられた状態で、父さんもよく愛人を作る気になるものだ。
「あなた、今度はいつ戻りますの?」
「なんだ? なにかあるのか?」
「いいえ。でも、お正月の挨拶の時はいてくださいね」
「わかっている」
そんな会話が聞こえてきた。
俺は雑誌を眺めながら、聞こえないふりをして関わらない。
早く結婚しろと言っておきながら、両親は平気で冷えた夫婦関係を俺に見せる。
結婚に夢なんてないと教えて、結婚を望む両親。
――これが俺の家族。
夕愛はきっと知らない。
俺がどれだけ夕愛とその家族に憧れてきたのか――君は知らない。
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*こちらは元の小説の途中に、エピソードを追加したものです。
文字数が倍になっています。