リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜

黒崎サトウ

文字の大きさ
2 / 75

隣人を回避せよ(2)

しおりを挟む

 千秋はバイトの帰り、これからどうしようか考えていた。

 あの人が隣に住んでるなんて、耐えられるわけがない。先月引っ越したばかりなのに、すぐ引っ越しを検討することになるとは思いもしなかった。

 アパートに着くと、すでに日は落ちかけていた。

 周囲にあの男がいないか確認しつつ、エレベーターに乗り込む。まさか運悪く鉢合わせるなんてないよな。毎日真夜中に帰宅してくる隣人は、そもそも千秋と随分生活スタイルが違うようだから、今日昼に出てきたのは本当にたまたまだったんだ。

 エレベーターが目的の階に止まると、例の曲がり角で左右を確認した。よし、廊下には誰もいないな。

 部屋にたどり着くにはあの男の部屋の前を通らないといけないが、そこはまあ大した問題じゃない。

 部屋の前を通り過ぎようというところで、ふと部屋の表札が目に入った。

『柳瀬』

 そうだ。千秋が今の今までなんの違和感も持たなかったのは、これが原因なのだ。

 苗字が昔と違う。

 引っ越しの際に表札は確認済みだったし、もし前の苗字のままだったならば、例え別人だろうと速攻あの人のことを連想してしまっていたことだろう。

 となれば、現在の彼の本名は、柳瀬英司やなせえいし

 でも、なんで苗字が変わってるんだ……?思いつく理由を色々考えてみたが自分の記憶の中に思い当たることはなく、どっちにしろ俺には関係ないかと部屋の鍵を開けて入ろうとした、その時。

 ガチャリ。

 まさかの隣室の扉が開く音がして、千秋は反射的にパッとそちらを見る。バカ俺、早く入ればよかったのに!

 左開きの玄関ドアが開く様子がスローモーションのようだと思った頃にはもう遅く、その隣人がやがて姿を現す。

 今度は、顔全体がはっきり見えた。菊池……いや、柳瀬英司。やっぱり、あの人だ。

 でも今すぐ逃げたいのに、なんで動かないんだ俺!

 さすがに千秋の存在に気づいたらしい、英司は玄関から出てきかけた状態でこちらを見た。

「……あれ、えっと」

 目が合うと、心臓がどきりと鳴る。その眼差しを向けられると、より鮮明に昔の記憶だけでなく、雰囲気をも思い出させる。

 久しぶりに声、聞いた……。昔よりだいぶ低くなったけど、落ち着いていて、どこか澄んだ声はやっぱり心地いい。

 ──いつか、あの声で囁かれながら、軽く頭を撫でられたことがある。

 ふと思い出すにしても、あんな些細で一瞬のこと……。

 やばい、何か言われたとして、なんて答えればいいんだろう。お久しぶりです?元気そうですね?そこまで考えて、ハッとする。いやこいつは今でもたまに夢にまで出てくる最低男だぞ。この際会ってしまったのは仕方ない、罵倒の一つでもしてやればいい。

 と、一瞬で結論に辿り着いて臨戦態勢をとった千秋だったが、

「新しい人ですか?」

 という言葉に、脳内で用意していた罵倒の言葉の数々は出番なく散っていった。

「あ、……そうです」

 その代わり、馬鹿正直に、ごく普通の返事をしてしまった。

 千秋の返答に「そっか」と呟いた英司は何を考えているのかわからない顔で、先に玄関の鍵を閉める。

 新しい人ですか?って。俺のこと、バカにしてんのか?

 しかし目の前の男の様子を見るに、からかっているわけではなく、本当に千秋を今日初めて会った人だと思っているらしい。

「俺、柳瀬と言います。すいません、今頃気づいて」

 たしかに昔とは見た目も多少は変わっただろうけど、俺はすぐ…気づいたのに。そもそも俺のこと忘れたのか?

「あー……すみません、ちょっとあの、用事があるのでっ」

 千秋は言いながら玄関のドアを開けると「え?」と驚いてる英司をよそに、ガチャン!とドアを思い切り閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

ワケありくんの愛され転生

鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。 アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。 ※オメガバース設定です。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

オメガ転生。

BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。 そして………… 気がつけば、男児の姿に… 双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね! 破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

【完結】愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

【BL】正統派イケメンな幼馴染が僕だけに見せる顔が可愛いすぎる!

ひつじのめい
BL
αとΩの同性の両親を持つ相模 楓(さがみ かえで)は母似の容姿の為にΩと思われる事が多々あるが、説明するのが面倒くさいと放置した事でクラスメイトにはΩと認識されていたが楓のバース性はαである。  そんな楓が初恋を拗らせている相手はαの両親を持つ2つ年上の小野寺 翠(おのでら すい)だった。  翠に恋人が出来た時に気持ちも告げずに、接触を一切絶ちながらも、好みのタイプを観察しながら自分磨きに勤しんでいたが、実際は好みのタイプとは正反対の風貌へと自ら進んでいた。  実は翠も幼い頃の女の子の様な可愛い楓に心を惹かれていたのだった。  楓がΩだと信じていた翠は、自分の本当のバース性がβだと気づかれるのを恐れ、楓とは正反対の相手と付き合っていたのだった。  楓がその事を知った時に、翠に対して粘着系の溺愛が始まるとは、この頃の翠は微塵も考えてはいなかった。 ※作者の個人的な解釈が含まれています。 ※Rシーンがある回はタイトルに☆が付きます。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

処理中です...