1 / 75
隣人を回避せよ(1)
しおりを挟む
高梨千秋はついさっき、人生で初めての三度見をした。
落ち着け、落ち着け。絶対見間違いだ。三回も見てしまったけど、あれは完全に別人だ。
*
大学二年生になった千秋は、春休み中に実家を出て大学近くのアパートに引っ越した。
一人で住むには十分広く綺麗で、角部屋だし、家賃のわりにいい部屋を見つけることができたと満足している。日当たりもいいしな。
千秋は引っ越し早々、隣の部屋の住人に挨拶をしようと手土産を片手に部屋に尋ねたが、あいにく隣人はそのとき不在だったのだ。挨拶はできず、なんなら未だ顔を合わせたことがない。
今度会った時にすればいい。真夜中に小さく扉の閉まる音が聞こえたから、帰ってきてはいるが忙しい人なのだろう。
それから引っ越し後一ヶ月にして、ようやくその機会はやってきた。
日曜、珍しく昼頃に隣から扉の閉じる音がして、外の廊下を歩く足音が聞こえてくる。ちょうどバイトに出かけるところだった千秋は、挨拶するなら今だと急ぎ目に玄関を出た。
出て左を見ると、隣人らしき男はエレベーターの方へと向かう途中らしく、その後ろ姿は通路の曲がり角を曲がるところであった。
そういえば、隣人が男か女かも知らなかった。それにあれは大学生くらいだろうか。なんとなく若い社会人だと思っていたから意外だ。
少し早足で、ついに見えなくなってしまったその姿を追いかける。
そして、自分もエレベーターに乗ろうとその角を曲がりかけた、その時。
先に目に入った引っ越して初めて見るその顔に、千秋の体は考えるよりも先に硬直してしまった。
──そして、冒頭に戻る。
三度見とはいえ、見ては目をこすり、じっくり見ては目をこすり、そしてガン見、とかなり濃いめの三度見だ。角からこっそり息を殺して覗いている自分はさぞかし怪しいことだろう。
でも嘘だろ、こんなことって。
顔といっても、エレベーターを待っているのかこちらに背を向けていて横顔しか見えない。それに、最後に見た時よりかなり背が伸びていて後ろ姿だけではわからなかった。
しかし、あの形のいい少し切長の目に、スッと通った鼻。傷みのない黒い髪の毛はサラサラと、目に少しかかるほどの長さだ。そして冷たさと柔らかさ、どちらも孕む印象的な瞳は、昔と変わらない。
本物……。本格的に実感が湧いてきた千秋は絶句して、息を飲んだ。
見間違いだと、別人だと思いたいのに、どうしようとも見間違えるはずがない。
当の隣人はやってきたエレベーターにそのまま乗り込み、とっさに身を隠した千秋に気づくことなく行ってしまう。
いつの間にか息を止めていたらしい、一度深呼吸をした。
さっきまで、まさかの人物との遭遇に驚くばかりだったが、今度は思い出されたように怒りがフツフツと湧いてくる。
それは一番忘れたい記憶をむりやり引っ張り出してきて、苦い思い出たちを順に思い起こしていく。
千秋は痛い頭を手で押さえた。
「あいつ……」
なぜならあの男、千秋の元先輩であり元恋人、そして生涯許さないと決めた相手である。
いつの日か、あの人の瞳が俺を捕らえて、目が離せなくなったことを思い出した。
それはずっと忘れたいと思っていた、今の今まで動くことなく止まっていた記憶。
落ち着け、落ち着け。絶対見間違いだ。三回も見てしまったけど、あれは完全に別人だ。
*
大学二年生になった千秋は、春休み中に実家を出て大学近くのアパートに引っ越した。
一人で住むには十分広く綺麗で、角部屋だし、家賃のわりにいい部屋を見つけることができたと満足している。日当たりもいいしな。
千秋は引っ越し早々、隣の部屋の住人に挨拶をしようと手土産を片手に部屋に尋ねたが、あいにく隣人はそのとき不在だったのだ。挨拶はできず、なんなら未だ顔を合わせたことがない。
今度会った時にすればいい。真夜中に小さく扉の閉まる音が聞こえたから、帰ってきてはいるが忙しい人なのだろう。
それから引っ越し後一ヶ月にして、ようやくその機会はやってきた。
日曜、珍しく昼頃に隣から扉の閉じる音がして、外の廊下を歩く足音が聞こえてくる。ちょうどバイトに出かけるところだった千秋は、挨拶するなら今だと急ぎ目に玄関を出た。
出て左を見ると、隣人らしき男はエレベーターの方へと向かう途中らしく、その後ろ姿は通路の曲がり角を曲がるところであった。
そういえば、隣人が男か女かも知らなかった。それにあれは大学生くらいだろうか。なんとなく若い社会人だと思っていたから意外だ。
少し早足で、ついに見えなくなってしまったその姿を追いかける。
そして、自分もエレベーターに乗ろうとその角を曲がりかけた、その時。
先に目に入った引っ越して初めて見るその顔に、千秋の体は考えるよりも先に硬直してしまった。
──そして、冒頭に戻る。
三度見とはいえ、見ては目をこすり、じっくり見ては目をこすり、そしてガン見、とかなり濃いめの三度見だ。角からこっそり息を殺して覗いている自分はさぞかし怪しいことだろう。
でも嘘だろ、こんなことって。
顔といっても、エレベーターを待っているのかこちらに背を向けていて横顔しか見えない。それに、最後に見た時よりかなり背が伸びていて後ろ姿だけではわからなかった。
しかし、あの形のいい少し切長の目に、スッと通った鼻。傷みのない黒い髪の毛はサラサラと、目に少しかかるほどの長さだ。そして冷たさと柔らかさ、どちらも孕む印象的な瞳は、昔と変わらない。
本物……。本格的に実感が湧いてきた千秋は絶句して、息を飲んだ。
見間違いだと、別人だと思いたいのに、どうしようとも見間違えるはずがない。
当の隣人はやってきたエレベーターにそのまま乗り込み、とっさに身を隠した千秋に気づくことなく行ってしまう。
いつの間にか息を止めていたらしい、一度深呼吸をした。
さっきまで、まさかの人物との遭遇に驚くばかりだったが、今度は思い出されたように怒りがフツフツと湧いてくる。
それは一番忘れたい記憶をむりやり引っ張り出してきて、苦い思い出たちを順に思い起こしていく。
千秋は痛い頭を手で押さえた。
「あいつ……」
なぜならあの男、千秋の元先輩であり元恋人、そして生涯許さないと決めた相手である。
いつの日か、あの人の瞳が俺を捕らえて、目が離せなくなったことを思い出した。
それはずっと忘れたいと思っていた、今の今まで動くことなく止まっていた記憶。
11
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる