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それは単純で特別な(1)
しおりを挟む「なーんか千秋、ご機嫌だな?」
大学のいつも通りの食堂。
拓也にじーっと観察するように見られて、千秋は思わず身を引いた。
「は?どこが、いつも通りだろ」
「そうか?……ま、元気になったんならよかったよかった」
先日、千秋と英司が家で色々あったのがバレたのかと思った。そんなわけないのに。
だめだ……こんなところで思い出すな。
実はあのあと寝てしまい、起きたときも英司は部屋にいたが、一体どんな顔をすればいいのかとだいぶ変な態度になってしまったのだ。
ただ拓也の前では普通にしていたし、別に特別浮かれているつもりもない。元気になったのはたしかにそうだが…変なところで鋭いのはこいつもか。
「そういや、この前合コン行っただろ?」
その時にあのキャンパスで英司と鉢合わせ、今回このようなことになったのだから、忘れるわけがない。
「実はその中の一人と連絡先交換してさ、なんとかデートにこぎつけたのに、まさかの彼氏もち」
「あーあ……」
拓也は、なら合コンくんなよな~とがっくり肩を落とした。
しかし今までも同じような目にあってきたからか、かわいそうな方向で慣れてしまったらしく、様子は落ち着いている。
拓也はいいやつで、外見も悪くなく大事にしてくれそうなのに、どうして相手に恵まれないのだろうか。
やっぱり、拭えない女好き感、又はがっつきすぎなせいか。
「どうやって知ったと思う?家に誘われて行ったら、そこに彼氏が来て修羅場よ」
「ええ……最悪だな」
流石に同情する。
そんなのにばっかり引っかかる拓也もどうかと思ったが、セフレが欲しいんじゃなくて恋人が欲しいんだ!と力強く言うので、そこは千秋も頷いた。
だけど、どこか既視感のある話だなと思いながら、千秋は続く拓也の愚痴に耳を傾けるのだった。
バイトもないので、学校の帰りそのままアパートに帰ると、英司の家の前に人影が見えた。
あれは……
「あ、どうも」
玄関のドア前に寄りかかっている恵理子だった。英司は不在なのか、たぶんここで帰ってくるのを待っているのだろう、見てすぐにわかった。
話しかけられて立ち止まると、千秋も「こんにちは」と返した。
昼間の拓也の話の既視感はこれか。言い合いになったとき、恵理子が訪れてきて、千秋はそのまま家に逃げ帰った。前提が違うけど、鉢合わせという点では拓也の話と類似している。
この人と英司がどういう関係なのかはわからない。
でも、別に千秋と英司はお互いに誤解を解き合って、体も重ねてしまったとはいえ、付き合ううんぬんという話はしていない。
だから、千秋はそのまま家に入ろうと、恵理子の前を過ぎようとした。
「君、柳瀬の後輩なんだって?」
「……え、はい」
さらっとした声で聞かれ、反射で返事をすると、進みかけた足を止める。
まさか、会話を続けてくるとは思わなかった。
……というか、柳瀬さん俺のこと話したのか。まあこんなに鉢合わせてたら言うタイミングもできるか。
「この前君が部屋にいた時、すごい怒られちゃってさ。ほんと理不尽。でも君との時間を邪魔されて怒ってたみたいだけど、それは解決したんだ?」
「……や、お見苦しいところを見せてすいません。一応、解決はしました」
その内容までは知らないよな、と心配になりながらも答える。
それにしても、無表情に淡々と聞いてくる恵理子の真意がわからない。掴めないタイプの人間だ、と瞬時に悟った。
「それで、仲良いだけの後輩相手に、普通あそこまで執着しないかなって思ったわけだけど」
目を細めて、口角をあげた恵理子がこちらを見据える。
いきなりのことで、ぎくりとして否定の言葉も出てこない。
……待て、もしかして色々と感づかれてる?
そのとき、後ろから「恵理子!」という声がして、二人同時にエレベーターのある方向を向いた。
「あ、柳瀬さん……」
「柳瀬、遅い」
「だから俺が持ってくって言っただろ。1日くらい待てよ」
帰ってきたのは英司で、千秋に一言「悪い、あとで部屋行く」と言うと、鍵を開けて中に入って行った。
別に気を使わなくていいのに。
そう思いながら、恵理子が閉まろうとするドアを手で止めたのを見て、千秋は「失礼します」と告げると、自分も家の中に入った。
千秋は夕食の準備をしながら、ぼーっと考えていた。
たしかに、恵理子は恋人ではないと思う。それは、千秋とあんなことがあったのにも関わらず、そんなわかりやすいことをするはずがないからだ。やるなら普通、もっと上手くやるだろう。
でもやっぱり、本人に聞かない限り、このモヤモヤは解決されなさそうだ。
しかし、もし恋人だと言うのなら、今度こそ千秋は完全なる人間不信として再起不能になってしまう。
そして、この前あんな風に体を求めといて!なんて面倒臭いセフレみたいなことを思ってしまうことだろう。
つまるところ、今の自分たちの関係は一体なんだ?
再会したときにもう一度付き合おうと言われたが、あれ以来「好きだ」と何度も告げられはしても、交際を申し込まれてはいない。
背中がすーっとなり、拓也の俺はセフレじゃなくて恋人が欲しいんだ、という言葉が脳内再生される。
ま、まさか……これ、セ、セフ………
と、結論に辿り着きそうなところで、玄関のチャイムが鳴って、驚きに体をびくつかせた。
「い、今出ます!」
すぐ玄関を開けると、英司が紙袋をぶら下げて立っていた。
お邪魔しますと言って中に入ってくると、英司がくんくんと鼻を鳴らす。
「なに、飯つくってる?」
「あ……はい、急に生姜焼き食べたくなって」
今さら「何しにきたんです?」とは言わないが、作っているところを横で見られるのは落ち着かない。腹、減っているのだろうか。
「あの……よかったら、食べていきますか」
「いいのか?」
「柳瀬さんがいいなら、ですけど」
「すげえ食べたい。高梨の手料理」
その期待のこもった眼差しで見られると、うっとなってしまう。
英司をぐいぐいと部屋の方に促すと、柳瀬さんも食べるならもうちょっと品目増やすか、と密かに腕まくりをした。
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