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Ep.2-9
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「アーシャ、お願いがあるの。里に下がったスーザンの実家に慰問に行ってくれない?」
毒に倒れたヴィヴィアンを心配し、見舞いに来てくれたアーシャに、ヴィヴィアンは話を切り出した。
ヴィヴィアンはアーシャの人柄に接し、信頼できる人物だと判断を下した。スーザンとユリアを魔法を使ってジェハスから解放した件も打ち明けていた。
「スーザン様のところにですか?」
ヴィヴィアンが元気に回復した様子に安心したアーシャだったが、側妃の任を解かれ王宮とは縁が切れているスーザンに、いまさらどういう用事があるのか、検討もつかなかった。
「そう。周辺に、陛下に対して何か不満を持っている人たちがいるかどうかを探ってきて欲しいの」
「それって……もしかして」
察しのいいアーシャは二人が大それたことを考えていると瞬時に理解した。
「ジェハスを倒す。そのための準備が必要なの」
アーシャはあの暴君ジェハスを倒すなど、恐ろしさで足元から震えがくるほどだったが、強くて前を向き続けるヴィヴィアンにどこまでもついていきたい衝動に駆られた。
「情報を集めるんだ。僕もお付きとしてアーシャ様に同行する」
「この方は?」
タイミングを見て部屋に入ってきたアレクに声をかけられ、アーシャはヴィヴィアンに尋ねた。
「ウォルト子爵家のアレクよ。私の故郷の恋人」
「え!」
アーシャは驚いてふたりを交互に見た。アレクは恋人と紹介されて、照れてもじもじしている。
「ジェハスを倒したら、私たち結婚しようと思っているの」
まあ!と言ってアーシャは顔を赤らめ、「応援しますわ!」と声を弾ませた。
ジェハスの恐怖政治には暗い未来しか思い浮かべられなかったが、ヴィヴィアンたちの話を聞くと、なんだか未来が明るくひらけるのではないか──そんな希望さえ感じた。
「お任せください。きっとお役に立ちますわ」
ヴィヴィアンがこんなに大事で極秘の計画に自分を加えてくれたことに、アーシャは誇りを感じた。
あれからスーザンは、かつていた王宮とは違い、はつらつとした毎日を過ごしていた。婚約者のグラントとも再会を喜び合えた。彼とは極秘に結婚することになっている。
ヴィヴィアンの書簡を手に訪ねてきたアーシャとアレクをスーザン一家は喜んで招き入れた。
「王妃様には感謝してもしきれません!大事な娘を取り返してくれたのです。どんなことでも力になるつもりです」
スーザンの父、ロン男爵は、ヴィヴィアンがあの暴君ジェハスと戦う意志を持っていることに大いに感動し、涙ぐみながらそう言葉にした。
ロン男爵は植物博士でもあった。農耕に通じ、農民ともよく交わり、とても慕われていた。スーザンのおおらかな優しさは父親譲りだ。
「ジェハスが王位について以降、農民たちはとても苦しんでいます」
厳しい年貢の取り立てでろくに食べ物がなく、みな老人のように痩せている状況に、ロン男爵は心を痛めていた。
ロン男爵が交配により生み出した荒地でも育つ強い野菜の苗を農民たちに分け与えたおかげで、なんとか彼らは食い繋いでいた。
「不満を持っている農民は大陸中に大勢いるはずです。もし彼らの力が必要になった時は、私が彼らとの間を繋ぐ役目をしましょう」
ロン男爵は協力を申し出てくれた。
「王妃様にどうぞお伝えください。私は王妃様のおかげで、もう一度自分の人生を歩むことができましたと」
相変わらず妖精のように美しいスーザンが、アーシャの手を取り目を潤ませ言った。
「お父様、あのことはお伝えしなくてよかったのでしょうか?」
アーシャ一行が館から帰ったあと、スーザンは暗い表情でロン男爵に尋ねた。
「私、怖くて」
スーザンはそう振り絞るように言うと、手の震えを抑え込むように両手を組んだ。
「あのことはまだ表沙汰にしてはならん。時がくるのを待つのだ。下手をすると、お前の命まで奪われかねん」
ロン男爵はスーザンの小刻みに震える肩を抱きしめ、たしなめるように言い含めた。
愛娘に課された重い十字架をできることならすぐにでも降ろしてやりたいが、その十字架は王国を揺るがしかねないほどの禁忌と言えた。
「……わかりましたわ」
沈黙の後、スーザンは沈痛な面持ちでうなずいた。
スーザンを通じ、苦しんでいる農民たちの情報を得たヴィヴィアンは、手応えを感じていた。
「きっとこれは将来ジェハスを倒す鍵の一つとなる」
だが運命は、ヴィヴィアンたちの計画をそうすんなりとは進めさせてはくれなかった。
「なんだ、死ななかったのか」
ヴィヴィアンが毒から生還したという話を侍従から聞き、ジェハスは実に残念そうにつぶやいた。
「これであいつの財産がすべて手に入ると思ったのだがな」
毒をしこんだのは、第一側妃のデリカや第二側妃のミアたちだろう。
「失敗しおって。愚かな女どもが」
ジェハスは最近、ヴィヴィアンの故郷のある隣の大陸への軍事進行をもくろんでいた。それにはまだまだ資金が必要だった。
あごひげを触りながら、しばらく思案していたジェハスは、あることを思いついた。
「そうだな。あの件を使うか」
尖った犬歯をのぞかせ、ゆかいそうにそうつぶやいた。
毒に倒れたヴィヴィアンを心配し、見舞いに来てくれたアーシャに、ヴィヴィアンは話を切り出した。
ヴィヴィアンはアーシャの人柄に接し、信頼できる人物だと判断を下した。スーザンとユリアを魔法を使ってジェハスから解放した件も打ち明けていた。
「スーザン様のところにですか?」
ヴィヴィアンが元気に回復した様子に安心したアーシャだったが、側妃の任を解かれ王宮とは縁が切れているスーザンに、いまさらどういう用事があるのか、検討もつかなかった。
「そう。周辺に、陛下に対して何か不満を持っている人たちがいるかどうかを探ってきて欲しいの」
「それって……もしかして」
察しのいいアーシャは二人が大それたことを考えていると瞬時に理解した。
「ジェハスを倒す。そのための準備が必要なの」
アーシャはあの暴君ジェハスを倒すなど、恐ろしさで足元から震えがくるほどだったが、強くて前を向き続けるヴィヴィアンにどこまでもついていきたい衝動に駆られた。
「情報を集めるんだ。僕もお付きとしてアーシャ様に同行する」
「この方は?」
タイミングを見て部屋に入ってきたアレクに声をかけられ、アーシャはヴィヴィアンに尋ねた。
「ウォルト子爵家のアレクよ。私の故郷の恋人」
「え!」
アーシャは驚いてふたりを交互に見た。アレクは恋人と紹介されて、照れてもじもじしている。
「ジェハスを倒したら、私たち結婚しようと思っているの」
まあ!と言ってアーシャは顔を赤らめ、「応援しますわ!」と声を弾ませた。
ジェハスの恐怖政治には暗い未来しか思い浮かべられなかったが、ヴィヴィアンたちの話を聞くと、なんだか未来が明るくひらけるのではないか──そんな希望さえ感じた。
「お任せください。きっとお役に立ちますわ」
ヴィヴィアンがこんなに大事で極秘の計画に自分を加えてくれたことに、アーシャは誇りを感じた。
あれからスーザンは、かつていた王宮とは違い、はつらつとした毎日を過ごしていた。婚約者のグラントとも再会を喜び合えた。彼とは極秘に結婚することになっている。
ヴィヴィアンの書簡を手に訪ねてきたアーシャとアレクをスーザン一家は喜んで招き入れた。
「王妃様には感謝してもしきれません!大事な娘を取り返してくれたのです。どんなことでも力になるつもりです」
スーザンの父、ロン男爵は、ヴィヴィアンがあの暴君ジェハスと戦う意志を持っていることに大いに感動し、涙ぐみながらそう言葉にした。
ロン男爵は植物博士でもあった。農耕に通じ、農民ともよく交わり、とても慕われていた。スーザンのおおらかな優しさは父親譲りだ。
「ジェハスが王位について以降、農民たちはとても苦しんでいます」
厳しい年貢の取り立てでろくに食べ物がなく、みな老人のように痩せている状況に、ロン男爵は心を痛めていた。
ロン男爵が交配により生み出した荒地でも育つ強い野菜の苗を農民たちに分け与えたおかげで、なんとか彼らは食い繋いでいた。
「不満を持っている農民は大陸中に大勢いるはずです。もし彼らの力が必要になった時は、私が彼らとの間を繋ぐ役目をしましょう」
ロン男爵は協力を申し出てくれた。
「王妃様にどうぞお伝えください。私は王妃様のおかげで、もう一度自分の人生を歩むことができましたと」
相変わらず妖精のように美しいスーザンが、アーシャの手を取り目を潤ませ言った。
「お父様、あのことはお伝えしなくてよかったのでしょうか?」
アーシャ一行が館から帰ったあと、スーザンは暗い表情でロン男爵に尋ねた。
「私、怖くて」
スーザンはそう振り絞るように言うと、手の震えを抑え込むように両手を組んだ。
「あのことはまだ表沙汰にしてはならん。時がくるのを待つのだ。下手をすると、お前の命まで奪われかねん」
ロン男爵はスーザンの小刻みに震える肩を抱きしめ、たしなめるように言い含めた。
愛娘に課された重い十字架をできることならすぐにでも降ろしてやりたいが、その十字架は王国を揺るがしかねないほどの禁忌と言えた。
「……わかりましたわ」
沈黙の後、スーザンは沈痛な面持ちでうなずいた。
スーザンを通じ、苦しんでいる農民たちの情報を得たヴィヴィアンは、手応えを感じていた。
「きっとこれは将来ジェハスを倒す鍵の一つとなる」
だが運命は、ヴィヴィアンたちの計画をそうすんなりとは進めさせてはくれなかった。
「なんだ、死ななかったのか」
ヴィヴィアンが毒から生還したという話を侍従から聞き、ジェハスは実に残念そうにつぶやいた。
「これであいつの財産がすべて手に入ると思ったのだがな」
毒をしこんだのは、第一側妃のデリカや第二側妃のミアたちだろう。
「失敗しおって。愚かな女どもが」
ジェハスは最近、ヴィヴィアンの故郷のある隣の大陸への軍事進行をもくろんでいた。それにはまだまだ資金が必要だった。
あごひげを触りながら、しばらく思案していたジェハスは、あることを思いついた。
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