【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

文字の大きさ
39 / 107
4章

35話「裏切りの夜」

しおりを挟む
 冷たい夜風が、鎖の音をさらっていく。
 私は黒鉄の傭兵団の本陣、仮設のテントへと連行されていた。
 両手は粗末な縄で縛られ、足かせもされている。
 魔力を緩やかに吸い取る封印具――簡素ながら、魔導士には十分すぎる拘束だ。

 砦の明かりは、もう見えない。
 背中に貼りつくような視線と、遠くで聞こえるすすり泣き。
 砦の仲間たちは今も私の無事を祈っているだろうか。それとも、私の犠牲を呪い、絶望の淵に沈んでいるだろうか。

 テント内は薄暗い。
 敵兵たちが無言で私を見張る中、私は敷き藁の上に座らされた。
 逃げ出す手段は――ない。今は、ただ時を待つしかない。

 ふと、外の物音に耳を澄ませた。
 敵兵たちの笑い声、酒瓶を交わす音、時折響く怒鳴り声。
 傭兵団の空気は、残忍で、緩慢だ。
 けれど、その中に、どこか異様な緊張感が漂っているのを、私は感じ取っていた。

 (……何かがおかしい)

 敵兵たちの間にも、焦りや苛立ちが混じっている。
 彼らは私を“脅しの材料”として使うつもりだろう。
 けれど、砦に残ったカイラスやレオナートが、ただ手をこまねいているはずがない。
 私自身も、このまま“犠牲”になどなってやるものか。

 私は膝を抱え、ゆっくりと深呼吸した。
 心を落ち着かせることで、体内にわずかに残った魔力の流れを確かめる。
 魔力の封印具は厄介だが、完全に無力というわけではない。
 小さな術式や、気配を読む魔眼なら、まだ使える。

 (……夜が明けるまでが勝負)

 外では、敵将らしき男が部下に命令していた。

 「ノクティア・エルヴァーンを監視しろ。奴が何か細工をしたら、すぐに報せろ」

 (思ったより警戒している)

 私が“ただの女”で終わることを、彼らは信じていない――そのことが、かすかな希望にも思えた。

 だが、その時だった。
 テントの入り口から、ぼろぼろのマントを羽織った一人の男が滑り込んできた。
 顔に見覚えがある。
 昼間、難民に紛れて砦内で暴れ、そして最後には敵に合図を送った――裏切り者の男だ。

 「……お前」

 私は低く問う。
 男は私を見るなり、顔を引きつらせ、やや震えた声で言った。

 「すまない……すまなかった……!」

 「……なぜ、あんなことを」

 「俺は……あいつらに脅されてた。家族を人質に取られて……」

 その言葉に、私は胸の奥に冷たいものが走る。

 「だが、もう何もかも手遅れだ。俺がいくら裏切ったところで、あいつらは……」

 彼は膝をついて、私の前にうずくまった。

 「砦の皆を、助けてくれ……俺のせいで、みんな……」

 私はその男の震える手を見つめる。

 (こんな形で、命の選択を迫られるのは……私だけじゃない)

 「あなたの家族は、今どこにいるの?」

 「わからない。もう……もう、きっと……」

 男は泣きじゃくった。
 私は目を閉じ、静かに呼吸した。

 「……あなたが罪を背負い、ここに来た意味を無駄にはしない。
 私は生きて帰る。そして、あなたの家族も必ず探す。約束する」

 その時、テントの外で怒鳴り声が響いた。

 「そこの裏切り者、何をしている!」

 敵兵が男の腕をつかみ、荒々しく引きずり出す。
 男は私の方を一度だけ振り返り――その目に、わずかな希望の光が宿った。

 私はその場で膝を抱きしめ、歯を食いしばる。

 (私は、必ず生きて帰る。誰かが望む未来を、絶対に繋いでみせる)

 その夜、眠ることはできなかった。

    * * *

 一方そのころ、グランツ砦の中――。

 砦はひとときの静寂に包まれていた。
 だが、その静けさは、決して平和から生まれたものではなかった。

 カイラスは城壁の上に立ち、夜空を睨みつけていた。
 彼の隣には、腕を吊ったままのレオナートがいる。

 「……ノクティアさんを、差し出してしまった」

 レオナートの声は、かすれていた。

 「違う。ノクティアは自分の意志で――皆を守るために行った。俺たちは……生き残った以上、ここで止まるわけにはいかない」

 カイラスは壁の外をじっと見ていた。
 黒鉄の傭兵団は、夜通し砦を監視し、包囲を続けている。
 だが、明らかに敵の動きにわずかな緩みが生まれていた。

 「隙がある。レオナート、偵察を頼む。ノクティア救出の策は、必ず見つける」

 「はい……!」

 その背後、エイミーがそっと二人に近寄る。

 「……ノクティアさんは、必ず戻りますよね?」

 カイラスは静かにエイミーの頭を撫でた。

 「ノクティアは、そんなに弱くない。あいつは……必ず帰ってくる」

 それは、願いであり、祈りであり――自分自身への誓いでもあった。

    * * *

 夜も更けたころ、敵陣では一つの小さな騒ぎが起きていた。
 裏切り者の男が敵兵に連れられ、テントの裏手に連行される。
 敵兵たちは彼を殴り、地面に倒れた男を容赦なく蹴り続けた。

 「裏切り者め。お前は“見せしめ”として吊るされるんだよ」

 「……やめろ……!」

 男のかすれた声が、闇夜に吸い込まれていく。
 そのとき――一人の黒鉄兵が、周囲をそっと見回し、男にこっそり囁いた。

 「……あの女(ノクティア)は、諦めるなと伝えていた。
 生き残れ。お前が“手引き”をすれば、明日の夜明け、砦から救出部隊が来る」

 男は驚き、微かに頷いた。

 敵の中にも、まだ“人間”が残っている――
 そう信じさせるには十分な、夜のささやきだった。

    * * *

 夜明け前。
 私はテントの隅で目を閉じ、最後の気力で体を温めていた。

 (砦の皆は、きっと私を助けようとしている。
 だけど、私は自分だけが犠牲になるつもりはない)

 敵陣のどこかで、また怒鳴り声と呻き声が上がる。
 私は気配を集中し、内外の動きを探った。

 敵の中には、明らかに私に同情的な者もいる。
 また一方で、“裏切り者狩り”を楽しむ者もいる。

 人の心の弱さと、強さと、残酷さと――
 私はそれらをひとつひとつ、胸に刻んでいた。

 (この夜を越えれば、私は必ず――)

 その時、テントの外から、低い声が聞こえてきた。

 「ノクティア・エルヴァーン。明朝、敵将が“儀式”を執り行う。
 お前の命をもって、この戦争を終わらせると言っている」

 私は静かに目を開いた。

 「それが、あの人たちの本当の目的……?」

 「そうだ。だが、お前には生きてほしいと願う者もいる。……“選択”を誤るな」

 その声は、敵兵にしては妙に優しかった。
 私は微かに頷いた。

 「私も、まだ終わらせるつもりはない。誰も死なせない――
 そのために、必ず戻る」

 敵兵の足音が遠ざかり、テントに静寂が戻った。

 私は夜の終わりを感じながら、もう一度だけ心に誓う。

 ――この闇を、必ず越えてみせる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

追放令嬢は辺境の廃村で美食の楽園を創る〜土と炎で紡ぐ、真の幸福レストラン〜

緋村ルナ
ファンタジー
華やかな公爵令嬢アメリアは、身に覚えのない罪で辺境の荒野へ追放された。絶望と空腹の中、泥まみれになって触れた土。そこから芽吹いた小さな命と、生まれたての料理は、アメリアの人生を大きく変える。土と炎、そして温かい人々との出会いが、彼女の才能を呼び覚ます!やがて、その手から生み出される「幸福の味」は、辺境の小さな村に奇跡を巻き起こし、追放されたはずの令嬢が、世界を変えるレストランのオーナーとして輝き始める!これは復讐ではない。自らの手で真の豊かさを掴む、美食と成長の成り上がり物語!

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

ともボン
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

処理中です...