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4章
36話「決戦前夜」
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夜明け前の空は、どこまでも深く暗い。
その闇の下で、世界は確実に変わろうとしていた。
* * *
グランツ砦――。
カイラスは静かに地図の上に手を置いた。
レオナート、エイミー、そして数人の老兵と若い兵士たちが囲む部屋は、蝋燭の炎がわずかに揺れている。
「ノクティアの救出は、明け方を狙う。敵は“儀式”に気を取られ、警備が分散するはずだ」
カイラスの声は低く、だがはっきりとしていた。
その瞳には、不安や悲しみの色も、もう見えない。
ただ、前に進むことだけを選んだ者の目だった。
「……敵将の本当の目的は、ノクティアさんの力を利用することでしょうか?」
レオナートが口を開く。
怪我の痛みをこらえながら、彼もまた剣の柄を強く握っている。
「おそらく、敵はノクティアを“生贄”として使う儀式を準備している。古代魔導士の力……それが何を意味するかは分からないが、放置すれば何もかも終わる」
カイラスの言葉に、室内の空気がさらに重くなる。
エイミーは膝の上で両手を握りしめ、声を震わせた。
「……ノクティアさん、絶対に助けたいです。今度こそ私も戦います」
「エイミー、危険だ。だが、お前の覚悟は――」
「あります!」
珍しく強く言い切るエイミーに、カイラスとレオナートが驚いたように目を見交わす。
カイラスは深く息を吐き、全員を見渡した。
「いいか、これは命がけの作戦だ。誰か一人でも怯めば全員が危ない。
ノクティアを救う、それだけに集中しろ。……必ず生きて帰るぞ」
「はい!」
皆の声が、静かに重なる。
外ではまだ敵の陣営がざわめき、見張りの兵が暗闇を見つめている。
だが、その奥で、小さな希望の炎が灯り始めていた。
* * *
一方、敵陣の仮設テント――。
私は、夜が明けるのをじっと待っていた。
体は冷え切り、手足はしびれ、魔力の流れも絶え間なく封じられている。
それでも、心の奥底には、不思議な静けさがあった。
(ここで終わるのかもしれない――それでも)
不思議と、恐怖はなかった。
私はずっと、誰かに必要とされることに怯え、同時に願っていた。
無能と罵られ、見捨てられ、辺境のこの地で、初めて“仲間”と呼べる人々と出会った。
カイラス、レオナート、エイミー、砦の皆――
彼らのためなら、自分の命を賭けることも、後悔しないと思える。
(けれど、本当にこれでいいの……?
私一人が犠牲になれば、全て丸く収まるの?)
考えないようにしても、疑問は消えない。
(違う、きっと違う――)
そう思う自分が、確かにいる。
敵のテントの隙間から、東の空にかすかな朱が滲みはじめている。
(夜が明ける)
どこかで、敵兵たちの声が大きくなった。
「“儀式”の準備だ! 全員、持ち場につけ!」
兵士たちの声、怒号、武器の擦れる音。
何人もの足音が、私のいるテントへと近づいてきた。
入口が開き、黒鉄の傭兵団の将が現れる。
「ノクティア・エルヴァーン、立て。
これから“儀式”の場へ向かう」
私は静かに頷き、両手足の鎖を引きずる。
「お前の命で、多くの命が救われるのだ。誇りに思え」
敵将の言葉に、私はかすかに笑う。
「自分を騙さないと、生きていけないのね」
敵将は一瞬だけ表情を曇らせ、すぐに背を向けた。
* * *
“儀式”の場は、砦から離れた森の奥――かつての古い祠跡。
かつてここで古代魔術の儀式が行われていたのだろう、崩れかけた石柱や、苔むした祭壇が薄明かりに浮かび上がる。
私はその中央に立たされた。
鎖が外され、両手を石柱に縛りつけられる。
空気が、異様に冷たい。
「準備は整った。
……これより“魔導士の血”をもって、我らの勝利と未来を開く」
敵将が高らかに叫ぶ。
黒鉄の傭兵団の兵士たちが、ぐるりと円を描くように取り囲む。
私は黙って目を閉じ、息を整えた。
そのときだった――
遠くで、何かが爆ぜるような音が響いた。
(……まさか)
私は瞬時に気配を探る。
祠跡の周囲、森の奥から、複数の足音――そして、聞き覚えのある気配。
(カイラス……!)
すぐに敵将が部下に怒鳴る。
「警戒しろ! 砦の連中が何か仕掛けてきた!」
黒鉄兵たちが一斉に武器を構え、森の方向を警戒する。
その中で、私は目を見開いた。
(私を助けるために――みんなが、来てくれた)
思わず涙がこぼれそうになるのを、必死で堪える。
(ここで、諦めてはいけない。
私が死ねば、敵の思うつぼ。
……私は、生きて帰る。自分のためにも、仲間のためにも)
* * *
森の中、カイラスたちの救出隊は、密やかに敵陣へと迫っていた。
「全員、抜き足で接近しろ。
合図とともに正面突破、ノクティアを囲む儀式隊形を崩す。
ノクティア救出後は、分散して森を突破――砦には戻らず、合流地点で集合だ」
カイラスは短く命令を飛ばす。
レオナートは、剣を静かに抜いた。
「エイミー、お前は後方支援だ。決して無理をするな」
「……はい!」
エイミーは緊張で声を震わせつつ、包帯や治療具を鞄に詰め込んでいる。
砦の精鋭兵も、決意の表情で頷いた。
(ノクティアを、必ず取り戻す)
全員の心に、同じ願いが灯っていた。
* * *
儀式の場――。
敵将が私の前に立つ。
「最後に、言い残すことは?」
私は静かに答える。
「――仲間が、生きていてくれるなら、それでいい。
私も生きて帰るわ。あなたたちの思い通りにはならない」
敵将は嘲るように肩をすくめた。
「強がりだな。だが、それでこそ“魔導士”というものだ」
空気が張り詰める。
夜が、明け始めていた。
* * *
私は、祠跡の石の上で、手の感覚をなくしかけていた。
でも、心だけは――どこまでも熱かった。
(みんなが来てくれる。信じて待つ。
私は絶対に、あきらめない――!)
新たな闘いの夜明けを、私は真っ直ぐ見据えていた。
その闇の下で、世界は確実に変わろうとしていた。
* * *
グランツ砦――。
カイラスは静かに地図の上に手を置いた。
レオナート、エイミー、そして数人の老兵と若い兵士たちが囲む部屋は、蝋燭の炎がわずかに揺れている。
「ノクティアの救出は、明け方を狙う。敵は“儀式”に気を取られ、警備が分散するはずだ」
カイラスの声は低く、だがはっきりとしていた。
その瞳には、不安や悲しみの色も、もう見えない。
ただ、前に進むことだけを選んだ者の目だった。
「……敵将の本当の目的は、ノクティアさんの力を利用することでしょうか?」
レオナートが口を開く。
怪我の痛みをこらえながら、彼もまた剣の柄を強く握っている。
「おそらく、敵はノクティアを“生贄”として使う儀式を準備している。古代魔導士の力……それが何を意味するかは分からないが、放置すれば何もかも終わる」
カイラスの言葉に、室内の空気がさらに重くなる。
エイミーは膝の上で両手を握りしめ、声を震わせた。
「……ノクティアさん、絶対に助けたいです。今度こそ私も戦います」
「エイミー、危険だ。だが、お前の覚悟は――」
「あります!」
珍しく強く言い切るエイミーに、カイラスとレオナートが驚いたように目を見交わす。
カイラスは深く息を吐き、全員を見渡した。
「いいか、これは命がけの作戦だ。誰か一人でも怯めば全員が危ない。
ノクティアを救う、それだけに集中しろ。……必ず生きて帰るぞ」
「はい!」
皆の声が、静かに重なる。
外ではまだ敵の陣営がざわめき、見張りの兵が暗闇を見つめている。
だが、その奥で、小さな希望の炎が灯り始めていた。
* * *
一方、敵陣の仮設テント――。
私は、夜が明けるのをじっと待っていた。
体は冷え切り、手足はしびれ、魔力の流れも絶え間なく封じられている。
それでも、心の奥底には、不思議な静けさがあった。
(ここで終わるのかもしれない――それでも)
不思議と、恐怖はなかった。
私はずっと、誰かに必要とされることに怯え、同時に願っていた。
無能と罵られ、見捨てられ、辺境のこの地で、初めて“仲間”と呼べる人々と出会った。
カイラス、レオナート、エイミー、砦の皆――
彼らのためなら、自分の命を賭けることも、後悔しないと思える。
(けれど、本当にこれでいいの……?
私一人が犠牲になれば、全て丸く収まるの?)
考えないようにしても、疑問は消えない。
(違う、きっと違う――)
そう思う自分が、確かにいる。
敵のテントの隙間から、東の空にかすかな朱が滲みはじめている。
(夜が明ける)
どこかで、敵兵たちの声が大きくなった。
「“儀式”の準備だ! 全員、持ち場につけ!」
兵士たちの声、怒号、武器の擦れる音。
何人もの足音が、私のいるテントへと近づいてきた。
入口が開き、黒鉄の傭兵団の将が現れる。
「ノクティア・エルヴァーン、立て。
これから“儀式”の場へ向かう」
私は静かに頷き、両手足の鎖を引きずる。
「お前の命で、多くの命が救われるのだ。誇りに思え」
敵将の言葉に、私はかすかに笑う。
「自分を騙さないと、生きていけないのね」
敵将は一瞬だけ表情を曇らせ、すぐに背を向けた。
* * *
“儀式”の場は、砦から離れた森の奥――かつての古い祠跡。
かつてここで古代魔術の儀式が行われていたのだろう、崩れかけた石柱や、苔むした祭壇が薄明かりに浮かび上がる。
私はその中央に立たされた。
鎖が外され、両手を石柱に縛りつけられる。
空気が、異様に冷たい。
「準備は整った。
……これより“魔導士の血”をもって、我らの勝利と未来を開く」
敵将が高らかに叫ぶ。
黒鉄の傭兵団の兵士たちが、ぐるりと円を描くように取り囲む。
私は黙って目を閉じ、息を整えた。
そのときだった――
遠くで、何かが爆ぜるような音が響いた。
(……まさか)
私は瞬時に気配を探る。
祠跡の周囲、森の奥から、複数の足音――そして、聞き覚えのある気配。
(カイラス……!)
すぐに敵将が部下に怒鳴る。
「警戒しろ! 砦の連中が何か仕掛けてきた!」
黒鉄兵たちが一斉に武器を構え、森の方向を警戒する。
その中で、私は目を見開いた。
(私を助けるために――みんなが、来てくれた)
思わず涙がこぼれそうになるのを、必死で堪える。
(ここで、諦めてはいけない。
私が死ねば、敵の思うつぼ。
……私は、生きて帰る。自分のためにも、仲間のためにも)
* * *
森の中、カイラスたちの救出隊は、密やかに敵陣へと迫っていた。
「全員、抜き足で接近しろ。
合図とともに正面突破、ノクティアを囲む儀式隊形を崩す。
ノクティア救出後は、分散して森を突破――砦には戻らず、合流地点で集合だ」
カイラスは短く命令を飛ばす。
レオナートは、剣を静かに抜いた。
「エイミー、お前は後方支援だ。決して無理をするな」
「……はい!」
エイミーは緊張で声を震わせつつ、包帯や治療具を鞄に詰め込んでいる。
砦の精鋭兵も、決意の表情で頷いた。
(ノクティアを、必ず取り戻す)
全員の心に、同じ願いが灯っていた。
* * *
儀式の場――。
敵将が私の前に立つ。
「最後に、言い残すことは?」
私は静かに答える。
「――仲間が、生きていてくれるなら、それでいい。
私も生きて帰るわ。あなたたちの思い通りにはならない」
敵将は嘲るように肩をすくめた。
「強がりだな。だが、それでこそ“魔導士”というものだ」
空気が張り詰める。
夜が、明け始めていた。
* * *
私は、祠跡の石の上で、手の感覚をなくしかけていた。
でも、心だけは――どこまでも熱かった。
(みんなが来てくれる。信じて待つ。
私は絶対に、あきらめない――!)
新たな闘いの夜明けを、私は真っ直ぐ見据えていた。
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