【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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5章

61話「春を呼ぶ歌」

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 春の朝、グランツ砦の石壁は、やわらかな陽差しに包まれていた。
 村と砦を覆っていた疫病の影も、徐々に薄れつつある。
 花壇には子どもたちが植えた新しい花が並び、広場には明るい声が響いていた。

 「ねえノクティア様、今日は村のお祭りに来てくれる?」

 朝食の席で、フレッドやサーシャが元気に声をかけてくる。
 エイミーが「今日は春を呼ぶ歌祭りですよ!」と笑顔で言った。

 「花探し隊もみんな来るんだよ!」
 「ノクティア様がいれば、きっと楽しいお祭りになるよ!」

 ノクティアは、まだ胸の奥に残る不安をそっと隠し、子どもたちに微笑み返した。

 「もちろん行くわ。みんなと歌えるのを楽しみにしている」

    * * *

 その日、村の広場では、小さな舞台が設けられ、春色のリボンや花で飾られていた。
 砦からも村からも、たくさんの子どもや大人たちが集まり、手作りの菓子やパン、果物が並ぶ。

 エイミーがリーダーとなって、「春を呼ぶ歌」をみんなで歌う計画を立てていた。
 アリシアやレオナートも、照れながらも参加することになっている。

 「ノクティア様、私たち一緒に歌おう!」
 「ノクティアさんの歌声があれば、春がもっと来てくれる気がする」

 子どもたちがノクティアの手を引き、舞台の中央へと誘う。

    * * *

 小さな祭りが始まると、村人や砦の兵士たちは手拍子をしながら、順番に歌や踊りを披露していく。
 みんなの顔には久しぶりの笑顔が戻り、疫病や不安で曇っていた空気がゆっくりと晴れていく。

 ノクティアも子どもたちと並び、澄んだ声で「春を呼ぶ歌」を歌った。

 ――冬を越えて 春が来る
  つないだ手と手 花咲く日
  涙のあとには 希望の芽
  今日も明日も 歌を贈ろう

 歌いながら、ノクティアは不思議な温もりに包まれていくのを感じた。
 カイラスが少し離れたところで、その様子をじっと見つめている。

    * * *

 祭りの終盤、子どもたちとエイミーの「花探し隊」が広場に駆け込んできた。
 「ノクティア様、エイミーさん! ちょっと来て!」

 騒がしい声に大人たちも集まる。
 エイミーが興奮気味に、手に小さな鉢植えを抱えていた。

 「これ、見つけたんです……奇跡の花の苗! 村外れの古い井戸のそばで!」

 皆が思わず息をのむ。ノクティアも目を見開いた。

 「まだ咲いてないけど……絶対に奇跡の花だと思うの」

 フレッドが、得意げに説明する。

 「星の形の葉っぱで、根元が青いんだよ。村のおばあちゃんが『むかし砦にだけ咲いた花だ』って教えてくれたんだ!」

 村人も、砦の人々も沸き立ち、希望の種を見守るような温かい空気に包まれた。

    * * *

 ノクティアは花の苗をそっと手に取り、その柔らかな命の気配に胸を震わせた。

 (みんなの思いが、春を連れてきてくれた……)

 「ありがとう、みんな。……奇跡の花が咲く日を、きっと一緒に迎えましょう」

 子どもたちが「うん!」と声を揃え、花探し隊は大満足の表情を見せた。

    * * *

 お祭りの終わり、ノクティアは舞台の裏で一息ついていた。
 そこへ、カイラスがそっと現れる。

 「今日は……すごく楽しそうだったな。お前が歌うと、春がもう一度来る気がする」

 ノクティアは照れくさそうに笑い、舞台裏の静けさの中で小さく言う。

 「みんなのおかげよ。私も、なんだか久しぶりに心が軽くなった気がするの」

 カイラスはその手をそっと取り、ぎゅっと握った。

 「無理はするな。でも、今日のお前の笑顔が……何よりうれしかった」

 ふたりは少しだけ顔を赤らめながら、手をつないだまま静かに春の夕暮れを見つめる。

 ノクティアの心の中に、“また明日も頑張って生きよう”という小さな決意が芽生えていた。

    * * *

 砦に戻る帰り道、ノクティアとカイラスはゆっくりと手をつなぎながら歩いた。
 村の広場には、子どもたちの歌声がまだ残響のように漂い、春の夜風に乗って遠くまで響いていく。

 (この場所で、みんなと――カイラスと、もう少し一緒にいられますように)

 ノクティアは新しい花の苗を胸に抱きしめ、そっと星空を見上げた。
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